オモイが為に、爪隠す―6―
「……フィクションなんす」
「フィクション?」
「そう。ハリウッド映画で、迫力満点のアクションシーンやファンタジー溢れる魔法の世界を観る感覚と同じっす。……憧れるけど、現実には有り得ないから」
「……もしかして、それが瀧本さんにとっての“運命”なの?」
「……そんな感じっすね。だって、今までアタシを好きだって言ってきた人達は、全員…………ここまで言えば、もうわかってもらえますよね?」
──『次々現れる“運命”に、毎回ときめいていられますか?』
(瀧本さんにとっての“愛”は、
ああ、忘れもしない。天華は無言の肯定で持って咲夜を見つめ返した。
「あの時センパイにめちゃくちゃ悪く言い返したのは、正直……ごめんなさい、ただの八つ当たりでした。でも、ああでも言わないと諦めてもらえないと思ったんす。アタシの経験上」
「だから、ワザと怒らせたり、悲しませたりするような事を……?」
「……“運命”っていうのは、もっと神聖なものなんで。アタシには関係ないけど、そんなんで好きじゃなくなる想いなんて、“運命”でも何でもない。結局、ただの思い込みっすからね」
そこで一旦言葉を切ると、転じて咲夜はニコニコと嬉しそうに、くるっと來夢に体を向けてこう続けた。
「いやあ、だから本当にビックリしたんですよ。今時そんな王道なアタックする人がいた事も、それでちゃんと報われてるって事にも!」
「お、王道、ですか?」
「はい!中にはベタって言う人もいるかもしれませんけど、私に言わせれば王道こそ正義!誰かが最初に立派な道を築いたからこそ、新しい道が生まれるんですよ!ですから、会長はもっと自信を持ってください!」
「────!」
昼休みの一件があってから、來夢はとっくのとっくに咲夜を認めていた。天華が惚れ抜くのもわかると、彼女になら親友を任せられると、心の底からそう確信していた。つまり、來夢の中の咲夜の株がうなぎ登り中だったのだ。そんなところでこんな嬉しい事を言われた來夢の胸中は、まさに感謝感激雨嵐といった感じで。
「た、た……っ、瀧本さ────!」
が、しかし。涙腺崩壊したライオンがか弱き羊に飛び付こうとしたその瞬間、ガチギレした黒豹に首根っこを掴まれ、そのまま教室の端へポイッと投げ捨てられてしまった。
埃でも払うかのようにパンパンと手を叩きながら、それでも愛しの彼女に笑顔を絶やさないのはさすがと言ったところかもしれないが……。と、まるで何事も無かったかのように話を再開させる天華だが、残念ながらその笑顔が逆に咲夜を震え上がらせる要因となっている自覚は少しもないようだ。
「つまり……」
「は、はひ」
「……? 瀧本さんは“運命”の存在を、夢物語みたいに思ってるって事なのね?」
「あ、そすね。そんな感じっす。あ!別に会長を馬鹿にしてる訳じゃないですからね?」
「わかってますとも……」
隅からよろよろ這い出して答える來夢に、咲夜は思わずと言った様子で小さく吹き出した。そして、どこか寂しそうな笑みを浮かべて、
「………羨ましいな」
と、小さく呟く。
(え……)
その意外な一言に、天華の両目が大きく見開かれたのは言うまでもない。
「瀧本さん……?」
「え?あ、えーっと。それで何でしたっけ。いや何でもないっすね!はい、この話はおしまいっ!」
「ちょ、ちょっと……」
「いえ──少し待ってくれませんか、瀧本さん」
「はい?」
ようやく普段の佇まいを取り戻した來夢は、本来の冷静さを思い出させる聡明な碧眼で咲夜の足を止めた。
「危うく流してしまうところでしたが……ふぅ。えー、ワザと嫌な事を言って、それで好きじゃなくなるくらいなら──と言っていましたね?」
「? それがどうかしました?」
「ふむ。だったら……幻滅するどころか貴女に夢中なままの天華は、第一関門を突破したという事でよろしいですね?」
「!?」
「ら、來夢……!」
なるほど、言われてみれば確かに……!?
と、大いなる期待を寄せて咲夜に熱視線を送ったけれども、いかんせん全く合わせてくれない。
「…………そういう意味では……なくて、ですね……いや、そう!そもそも、距離さえ取れてれば今だってこんな事にはなってない、はずなんですよ……それを竜峰先輩が無理やり……!」
「その天華ですが。さっきのあの論文、見ようによってはアレに見えませんか?」
「アレ?」
「瀧本さんの言葉を借りるなら、王道中の王道──そう、ラブレターです!」
「ら……」
(……いや、それはさすがに無理がある……)
と自分の事ながら申し訳なく思いつつ、取り持ってくれている來夢に戸惑いと感謝の念を送った。ふざけて言っているならまだしも、こうして真剣に説得にしてくれているのだから……一応……。
「……そうなんすか?」
「え?」
「だから……ラブレター。センパイにとって……あれ」
と、指差されるは、机に置きっ放しの堅っ苦しい愛の証明書(※自称)。
……ラブレター!?いやいやいや!あれが?いくら何でも……それだったらもっとマシな文章を書いて渡すわ、というのが本音だが………。
「一応……定義としては、間違ってないわね……」
「……一応?定義ぃ?」
「あ……じゃなくて!ちょっと待ってて」
と言うと、慌てた天華はその論文もどきを手に取り、一番最後のページを捲ってみせた。
「瀧本さん、全部は読んでないでしょう?実はその、最後のここだけは……まだ証明出来そうにない、私の気持ちをただ綴っただけになってて……」
「……」
「全然格好つかないけど……これに名前を付けるなら、ら、ラブレター……です」
「む……」
「……良かったらせめて、この一ページだけでも、受け取って貰えませんか?」
緊張やら恥ずかしさやら恐怖やらでぎゅっと目を閉じた天華は、半分やけっぱちで、もう半分は本気の本気で深く腰を折り、それを差し出した。
目を瞑っているので大事な咲夜の反応は伺えない。傍らでガッツポーズをしている來夢なんて以ての外!暗闇の中、何十倍にも時が早く流れる錯覚に苛まれながら……天華は、ただ、耐えた。そして。
「……まぁ、そういう事なら」
「え……い、いいの?本当に?」
「ちょっと!勘違いしないでくださいよ?これを貰ったからって、先輩を認めた訳じゃないんですからねっ!」
と、頬をほんのり桃色掛けてぷんすかと怒られながらも、無事、一風変わったラブレターは主人の元を旅立って行った。天華はもう嬉しくて嬉しくて、自然と戻った咲夜の丁寧口調にも気付かないまま、嬉々としてホッチキスを取りに掛かる。
「ありがとう!それでも充分嬉しい……貸して、最後のページだけ外すから」
「え、いや、いいですよ。このまま貰います」
「え!?」
「だって、せっかくのラブレ……じゃなくて!このままじゃ紙がもったいないですから。読むかどうかは置いといて……一応、貰っておきます、全部」
「…………好き」
「…………何て?」
「好き……瀧本さん……大好き……っ」
「なっ!なな、なん……急に!?何言って……!」
「どうしてそんなに優しく、いえ、甘くしてくれるの……?私、貴女を困らせてばかりなのに……」
「話聞いてました!?別にそんなつもりないって……いや何でちょっとずつ近付いて来るんですか!」
「瀧本さん……」
「ひぇ……か、会長おおお!」
爛々と妖しいオーラを纏い、目を潤ませながらにじり寄って来る超絶美少女───決して羨ましいなど言ってはいけない。悪寒という悪寒が身体中を走り抜けた咲夜は、すかさず最後の切り札に助けを求めに走った。
「な、何とか言ってやってください、会長からも!この人……ああもうこの人とか言っちゃった、でもほら!前もいきなりこんな風になったんですよ?なのにまた懲りずに──」
「まあまあ、いいじゃないですか」
「……へ?」
返ってきたのは、全く期待外れの楽天的な一言。理解が追い付かない咲夜はぽかんとして、自分の耳を疑った。
「こんなきっかけもあると思えば……ね?」
「ね、ってそんな……何言ってるんですか、会長まで……全然良くないですし……!」
お願いだから考え直してくれと縋りつつ、まさかの展開に口元が引き攣る。が、來夢はまるで、小動物のじゃれあいを眺めているかのようににこりと微笑んだだけ。……あ、マジで言ってるんだ───と咲夜は、絶望の淵に立たされている事態をようやくはっきり自覚した。そう、名実共に崖っぷち。後がない、しかし目の前には猛獣……絶体絶命の気分を味わわされているのだ。現在進行形で。
「てか、さっきから疑問に思ってたんですけど、どうして急に竜峰先輩の良いようにし出したんですか?暴走した先輩を治めるのが会長のお役目だったはずでは……」
「ふふふ」
「いやふふふでなく」
当然ながら咲夜は、昼休みの一件をこの二人に見られていた事なんて知らない。しかも当人は天華をフォローしようと発言した訳でなく、結局は頑張ったもん勝ち──αもβもΩも濃さがどうとか関係なく、皆同じ土俵で何一つ変わらないんだという事をわかってもらいたかっただけだ。要は、全て自分の為。それが話の流れでたまたまああなっただけで……とにかく本当にそういう気はこれっぽっちも無かった。……のにも関わらず、いつの間にか跳ね上がっている好感度。脱帽すると共に、本人には心からのドンマイを送りたいところ。
そして、それを知ってか知らずか……いや、天華だけは咲夜の想いを正しく理解していたが──実はその事は然程重要じゃない。天華にとっても來夢にとっても、咲夜が“同じ理想を抱いている”事、それだけで十分。もう全てにおいて最高なのである。…………本人には後日粗品でも贈ってあげたいところ。
という訳で、要するに。天華のお目付役を自負しているとは言っても、もはや全部が全部目ざとく指摘していく気はないという事だ。それが余程來夢の目に余る行動でなければの話だが。
「想いを寄せたラブレター……それを、他でもない愛する貴女に受け取ってもらえたのですから、多少舞い上がっても仕方ないでしょう」
「あ、愛って」
「元より中立でいるつもりでしたし、ここは不問とします」
「その舞い上がり方に問題があると思うんですが!?」
「瀧本さん……」
「ふぁい!?」
動揺しきっている間に、空いている方の手を絡め取られた。天華に、両手で、包み込まれるようにして。
「私……頑張るから」
「……っ」
「知らなすぎたもの、貴女の事。だからこれからはもっと、ちゃんと……好きなものや嫌いなもの、興味があるもの……とにかく、瀧本さんの全部を知って、まずは貴女に認められたい。運命を証明するのは、それからでも遅くはないはずだから!」
「………………台詞だけは、センスありますよね」
「えっ……」
「いえ何でも。……とにかくっ!そんなん言っても私、別に協力なんてしませんよ……」
「こら、瀧本さん。少し意地を張りすぎではありませんか?」
と、腰に手を当てて、來夢。しかし咲夜は依然として強気だ。
「だって会長!これ、勝負なんですよ?どうして私が対戦相手である先輩にそこまでしてあげなきゃいけないんですか?こんなんじゃ私が不利になるばっかで、フェアじゃないと思いますっ!」
「ふむ……それは一理ありますね。ではこういうのはどうでしょう?天華が瀧本さんに何かを教えてもらう度に、瀧本さんも天華に一つ頼み事をしても良い、とか」
「ええ……先輩に頼み事ですか?いや、すみませんけど何もなさそうなんでそれはちょっと……」
「例えば勉強を見てもらうとか」
「………勉強」
「そうです。天華は一年生の頃から成績優秀者のトップランカーだったんですよ」
「……それはアリかもしれないですね」
一転して神妙な顔になる咲夜。顎に手を添え、頭の中で色んなものを天秤にかけつつチラリと彼女を見てみれば……
「……! ッ……!」
「いやこれ何もなくても頼めば引き受けてもらえそうな気がするんですけど」
猫科の尻尾と耳をピンと立てた姿に目を平らにさせられた。結局何をどうしようと喜ばれるだけなんじゃないのか、と……。これにはさすがの來夢の笑みにも渋いものが混じる。大袈裟に咳払いを挟み、半強制的に空気を正したが。
「あ、じゃあまあ……一旦保留って事でもいいですか」
「……お任せします」
「どうして?大丈夫、何でも言って。どんな事でも絶対断らないから」
「じゃあもうアヤしいオーラでジリジリ近寄って来るの止めてください」
「…………アヤしいオーラって?」
「……マジで勘弁だわ」
「天華、後で教えますから……」
「わかった。じゃあ次は、私が一つ質問する番ね」
「そんで抜かりないし……釈然としないすけど、まあいいっす。どうぞ、何ですか?」
「他に好きなもの、何でもいいから教えて?」
最終的にまた口調を崩した(※崩された)咲夜だったが、今となっては先輩二人もそう気にした素振りは見せずに後輩の返答を待った。
好きなものと言えば、食べ物、趣味、スポーツ、服装、映画、動物───ある程度の予測を立てつつ見守っていると、数秒の後、彼女は実に可愛らしい笑顔でこう答えた。
「コトノハ少年さんっす」
それを聞いた黒豹の美しい黒髪が急激に逆立った。
「え……誰……?」
「コトノハさん。まあ、あんま知られてないっすけど、検索すればちゃんと出て来ますんで」
「だから……それは……瀧本さんにとってどんな……」
「アタシがめっちゃリスペクトしてる方っす」
「“方”!?」
この畏まった呼称!自分との違いに大ショックを受ける天華だが、口をパクパクさせている内に「答えたんだからもういいっすよね?」と滅法明るく切り出され、二の次を言う間も無く。
「では、そろそろ失礼します!久し振りにお店を手伝いたいので……あ、会長はこれからもう一仕事あるんでしたよね?お疲れ様です、もう少しだけ頑張ってください!」
「あ……あぁはい。ありがとうございます。気を付けてお帰りくださいね」
「はい、先輩方も!」
こうして見ればなんとまぁ出来た後輩か。いや、別に性悪だなんて神に誓って思ってないが……だとしても、本当の本当に出来た後輩なら、最後の最後にこんなに大きな大きな爆弾を投下して帰るだろうか。……どうなのだろう。意趣返しのつもりでもあったのかもしれないが……
「……來夢、知ってる?コトノハ少年って」
「さあ……聞いた事ないですね。歌手、アイドル、俳優……?きっと芸名ですよね?それともグループ名……?」
「……何にせよ、許せない……私の瀧本さんに………」
「…………あー」
「あそこまで気に入られてるなんて……っ、一体どんな男なの……!?」
「はあ、やっぱりこうなりますよね……」
「帰るわよ、來夢!今すぐ帰って、また作戦会議!」
「え!?ダメですって、私はこれから広報部に───」
「彼を知り己を知れば百戦殆からずでしょう!?」
「今それを言いますか!?あっちょっと!だからっ、引っ張らないでくださいってば!!」
齢十七、竜峰天華。抱いてきた望みは多くはなくとも、大抵全て叶えてきた一人の少女に、初めて疾る、激震。闘争心。そしてメラメラ燃え上がる───嫉妬の炎!
抵抗する來夢を片手でがっちり引きずりながら、スマホを睨みつけるようにして大股で寮へと向かう天華のかつてない横暴な姿は、奇跡的に誰にも目撃される事はなかったという……。
最後にこれだけ。
──歩きスマホ、ダメ、ゼッタイ!
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