オモイが為に、爪隠す―5―
千里の道も一歩から、という言葉がある。どんなに長い道のりでも、一歩一歩着実に進んでさえいればいつかはそこへ辿り着く。弛まぬ努力が成功を導く事を謳ったことわざである。毎日コツコツ!という訳で、無事、本日分で予定通り、生徒会新聞の原稿は完成した。ああ、この経験を夏休みの宿題にも活かせたら……嗚呼。
「瀧本さん、ちょっといい?」
いざ解散、お疲れムードの解放的な気分になっていた頃だ。帰宅準備中だった咲夜を、久々に天華が呼び止めた。
「読んでもらいたい資料があるのだけど……」
「……」
正直、色んな一件があってから、天華を見る咲夜の視線は少々懐疑的だ。だから、返事をするよりもまず、振り返ってすぐ相手の様子を注意深く伺ってしまうのも、まあ致し方ない。賢い人類の学習能力あってこその判断と言えただろう。しかし、そんな咲夜の心配とは裏腹に、天華は至って真面目な顔をしていた。それに、その手には本当に、先程印刷して整え終えたばかりの紙束がある。咲夜はついつい、目線で來夢に真偽の程を求めてしまった。
「……それなら私も、今日はもう少しだけ残ります。この後広報部に向かいますし」
「じゃあOKです」
何がどう「じゃあ」なのか、深く追求すると切なくなりそうな気がしたので天華はスルーを選択した。彼女が残ってくれるなら、それに越した事はない。ああ、そのはずだ。間違いない、そうに決まってる……多分。
閑話休題。天華と咲夜、そして來夢だけとなった生徒会室にて。
「もしかして、それを作るのにここんとこずっと残ってたんですか?」
「そうよ」
各々近場に座り直して、早速咲夜が諸々の説明を求めた時、内心一番驚いていたのは天華の隣に位置していた來夢であった。あれ程誰が手を差し伸べても頑なに断ってきた作業理由が、こうも浅漬けのようなさっぱり感で公になったのだから。完成した今だからこそなのかもしれないが……ある程度予想出来ていた事とは言え、何だか拍子抜けと言うか、何と言うか。まあ、資料そのものの中身はまだわからないので、來夢は特に口を挟まず、天華が話してくれるのを待った。若干緊張した面持ちなのが気になるところではあったけれども。
「……読んで」
「えと……生徒会の歴史とか、です、か……?」
と、來夢が同席してくれている事で既に警戒を解いていた咲夜は、天華の向かいにてそれを受け取り、答えを聞きつつシンプルな表紙を捲って……何やら神妙に黙読し始めたが……何故か、まだ全てを読み終えてなさそうなスピードで次を捲り……そしてまた捲り…………最後には深い溜息と共に、青筋混じりの額を抑えた。
「……何すかこれ」
「私と瀧本さんが運命で結ばれていると考えられる理論やその根拠」
「…………」
「…………」
会長は知ってたんですか的な視線をモロに受け、來夢は堪らず大きく首を振った。たまにオーバーリアクションだと揶揄されるが、ここは親譲りという事で大目に見てほしい。本気で知らなかったし。
「いや、『他人には感知できない特有の匂いがある』とか…………普通に引くんすけど……」
それについては同意見だが何も言えない。逆に真顔を貫いておく。
「でも本当の事だから」
「……やっぱり帰ります」
「あっ!ま、待ってください!」
資料(苦笑)を置いて席を立つ咲夜を、來夢は慌てて引き止めた。勢いよく立ち上がったので椅子が後ろに倒れそうになったが、すっかり萎えきっているらしい咲夜は帰る姿勢を変えず、渋々といった様子で振り向く程度……
それでも、このまま帰らせてしまう訳にはいかない! この場を何とかするべく、一瞬の内に悩みまくった結果──とりあえず來夢は、親友を叱り付けるという暴挙に出た。
「て、天華!一体何なんですかこれは!?」
「何って。言ったでしょ、だから……」
「そうではなくっ!いいですか!?私が思うに、貴女のやり方には大事なものが足りません!」
「大事なもの?」
「Romanticです!!」
「……はぁ?」
扉に手を掛けた咲夜を尻目に、來夢は尚も声を荒げる。今はとにかく彼女を行かせてしまわない事が先決──と思っての行動なのだが、いかんせん、何言ってんだコイツ的な天華の呆れ顔がピキッと勘に触った。
「ロマンが一体どんな証拠になるって言うのよ」
「貴女らしさを否定するつもりはありませんが、もう少し気持ちを込めろと言っているのです!」
「気持ちならありったけ込めてるわ!じゃなかったらこれを作るのに毎日遅くまで没頭してない!」
「その努力が空回りしてるからこうなるんですよっ!もっと瀧本さんの好みを考えてですね……」
「付き合ってもらえるまで毎日毎日花を贈り続けてたしつこい誰かさんには言われたくないわね」
「うぐっ!な、何故それを……!」
「前に“ミヤさん”から聞いた」
「ミヤさん………っ」
カンカンカーン──……ここで試合終了の残酷なゴングが鳴り響いた。Winner、Tenka Tatsumine!うっかり王座と錯覚してしまいそうな椅子にて脚を組み、がっくりと膝を折ったLoserを冷ややかな目で見下ろしている。そんな哀れな來夢に駆け寄るのは、あたふたと試合の行方を見守っていたレフリー……改め。
「あのっ、会長!それって本当ですか!?」
「……はい?」
「花の話ですよ!その……恋人ですよね?その人に振り向いてもらえるまで、ずっと花をあげてたんですか?」
「え、あ、ああ……そうですよ。ふ……ええ、どうぞ、笑いたければ笑ってください。当時はどうしてもあの人の気を引きたくて……それはもう、園芸部の友達に分けてもらったり、出掛けた際に見付けたり買ってきた一輪花を……時には窓際で育てた事もありましたね……」
「……凄い」
「……? I couldn’t catch that……ごめんなさい、もう一度……」
「……凄い!凄いですよ、会長!私今めっちゃ感動してます!まさかほんとに少女漫画みたいな事する人がいたなんて!この日本に!しかもこんな身近で!」
「???」
咲夜からの、この思いもよらない突然の食い付かれ様!敗北の自虐に陥っていた來夢はもう完全に面食らった様子で言葉もなく、ぱちくりと大きな目で問題の後輩を見つめる事しか出来ない。
「で?で!?」
「で……とは?」
「あげ続けてどうなったんですか?いや、その人最初はどんなリアクションだったんですか!?」
「さ、最初ですか?それは……まあ、おっかなびっくりといった感じで……恥ずかしがって逃げられてばかりでした、ね……?」
「うわ、何それ初々しい……超青春じゃないですか……!」
物珍しさから馬鹿にされているのかと思っていたが、咲夜の瞳の輝きようからするとどうやらそうではないらしい。むしろその逆、本気で関心を持たれているようだった。キラキラとした熱い眼差しに、來夢の荒んだ心が徐々に回復してくる。
極め付けは……鳩が豆鉄砲を食らったような顔でぽかんと力無くこちらを見ている天華の存在だ。申し訳ないが、何だか腹の底から笑いが込み上げてくる。試合に負けたが勝負で勝ったのだと、來夢は心の中で元気いっぱいに拳を突き上げ、そして立ち上がった。New Winner、Rum Takanashi!
「ふふ……いいでしょう。瀧本さん、どうやら私達は良き友になれるようですね」
「え……と、友達ですか?それはさすがに恐れ多いと言いますか……」
「貴女さえ良ければ、ミヤさんとの馴れ初めを好きなだけお話しましょう。メッセIDを交換しませんか?」
「喜んでっ!」
「ちょっと待ちなさい!!」
ここで割り込まないなんて有り得ない、とばかりに勢い良く飛び込んだ天華。正直まだ何が何だかよくわかってないが、こうして脳の処理が追い付かない間に更なる緊急事態が続こうとしているなんて許せない。言語道断だ。もはや大声出すキャラじゃないとかそんな事言ってる場合じゃない。狼狽しきった黒豹は必死に威嚇の態勢を取った。
「だ、ダメよ!私だってまだ瀧本さんのID知らないのに……!」
「あら。じゃあお先に失礼します」
「だからダメだったら!」
「……あ、あのぉ。もう喧嘩しないでください、こんな小さな事で」
「小さくなんてないわ……って、大体何なの、瀧本さんっ、さっきのあの反応!」
「へ?」
今度は、まあまあと場を鎮めようとした咲夜に矛先(爪先?)が向いた。ぎょっとする咲夜だったが、よく見れば天華が涙目になっているのに気付いてさすがに狼狽える。
「……っだって……!瀧本さん、運命が嫌いだって、信じてないって……所詮作り物だって言ってたじゃない!ロマンチックが悪い訳じゃないけど、って……!だから、來夢が言ってたそういうロマンス的なのは好きじゃないんだって……これでも私なりに色々考えて……!」
「……あぁ」
そういう事かと深く頷いたのは、意外にも來夢が先だった。いや、意外でも何でもない。というのも、來夢には大きな心当たりがあったからだ。そう、誠実さについて語り聞かせた、いつぞやの夜である。
じゃあ何か?要するに、こんな情緒のカケラもないような方法を取ったのも、その方が相手に響くと考えたからだと?だから強引に迫るのではなく、ああやってわざわざ想いを論文のように印刷して渡した、と……!?
「來夢からたくさん話を聞いて、瀧本さんから怒られて……突っ走り気味だったのを反省して……だから、瀧本さんと同じ方向を見ようと……それで……」
「……っ!!」
──『愛は、お互いを見つめ合う事ではなく、共に同じ方向を見つめる事である』!?
天華は天華なりに自分を見つめ直していた事を知り、熱いパッションに駆られた來夢はどっと落ち込む妹分を涙ながらにハグをした。
「わっ、何!」
「I 'm sorry、天華!何という……私とした事が、貴女が隠れ不器用なのを失念していました……!」
「……別にそれは忘れたままでもよかったのだけど」
「ああ、今思えばあれもこれもそれもどれも、全ては女神のハートを射止める為に……密かに勝ち誇っていた自分が恥ずかしい!」
「ちょっと來夢?わかったから、もう!いいから離れて!」
咲夜の前で抱き着かれているのが恥ずかしくて気まずくて、天華は力ずくで來夢の腕から逃れた。
「はぁ、全く……。それで、瀧本さん」
「あ……」
「……結局、どうなの?いいえ、さっきのアレを見たら私にもわかるわ。本当は、來夢の経験談みたいな──ロマンチック?なのに興味があるのね?」
「……いや、さっきはつい、びっくりしただけで……」
「……瀧本さん」
なんて今更取り繕われても、さすがにもう誤魔化されない。何せ、この数日間で天華は少しずつわかってきたのだ、咲夜の癖を。一度素に戻ると、感情が露骨に表に出てしまうようになる事を。……例えば今のように。ほら、思いっきりやらかしたと顔に書かれている。
それに、色々ちんぷんかんぷんなのもさる事ながら、來夢ばっかりイイトコ取りしていて少々──いや、それなりに──苛立っているのだ。大人げないかもしれないが、到底見逃してあげる気にはなれない。
「い、言いたくありません……」
「……そう」
「え?あれ?……どこに行くんですか?」
「屋上。今から瀧本さんが好きだって叫んでくる」
「わかりました!わかりましたから!そんな望まれない未成年の主張がありますかっ!?」
とツッコむと、咲夜は前髪を大きくかき上げ、溜息と共に仕方なしに降参してみせた。その動作を挟む前と後で丸っきり印象が異なるのを、初見時は大層驚かせられたものだ。天華は、笑顔が眩しい前者もジト目が可愛い後者の咲夜もどちらも好きだ。特に、後者の存在を知ってから前者で接している姿を見ると心が疼く。本当の咲夜の内面を知っている、そんな優越感に浸れて。
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