オモイが為に、爪隠す―3―
───翌日以降。
何も知らない周囲の人々は、彼女の事をこう思ったに違いない。
気のせいか、いつもより近寄り難いかも。何だかとってもミステリアス。常人には計り知れない憂いを帯びている、気がする……etc…。
しかしそれら全ては、日が暮れるまでこってり絞られた故の、ブルーでしかない天華の猛省姿が魅せた幻想である。いや、本人としてはただ落ち込んでいるだけだったのだが……それでも周囲は好意的に受け取ってしまうのだから、見目麗しさと日頃の行いとαの濃さは相変わらず罪深い。
ともあれ、今回ばかりは申し訳なさが骨身にまで染みた天華は、しばらくの間粛々とした生活を送っていた。約二名からの刺々しい視線を甘んじて受けたり、大人しく距離を取ったり、色々と細心の注意を払ったり……彼女と出逢う前の自分を思い出しつつ、勉学等に励む。
こういう時、いつもなら、その傍らにはスイーツがあった。一個人として見て貰えない日や、成功を羨む者から妬まれた日───。どんなに無心で走っていても、辛いと感じる瞬間は来てしまう。そんな時は好きなものを一口含み、舌から鼻へ、脳から心へと愛を巡らせ、自らを慰めたものだ……が。
今となってはもう、そんじょそこらのスイーツでは満たされない。そう、あの娘でなければ───せめて、あのお店の──
そんな天華はついに、人前でのスイーツを解禁した。こんな状況になってしまったのだ。今はもう、物足りないとか言っていられない。スイーツだったら際限なく食べ続けてしまう為に、確実に引かれるだろうと危惧してこれまでは遠慮していたが……ひとまず、お昼のおやつにチョコレートを一粒、そしてまた一粒。そしてまた以下略。
クラスメートにとってはかなり珍しい光景と言えるだろう、初めておやつを持参して来た天華。早速、お昼を共にしていたクラスメートから興味津々といった様子で話しかけられた。
「へー、意外!チョコとか食べるんだ。そんなに甘いの好きじゃないイメージだった」
「そう……?」
「あ、だったら、キャラメルあるけどいる?結構甘いから、よかったらだけど」
「……ありがとう、頂くわ。今ね、無性に……甘い物が恋しくて、仕方ないの」
「……!?」
高嶺の花から放たれた、儚げな色気。溜息さえ様になっているその姿に……
「た、竜峰さん!クッキーはどう?」
「チョコ好きなの?私の分もあげる!」
「いちごクリームパンも美味しいよ!?」
ずぎゃんと心打たれた一部の方々が、各々の甘味を捧げまくるイベントが発生したとか、しなかったとか。。。
そんな事があったりなかったりした頃。生徒会執行部は、広報部との合同企画である生徒会新聞作りに取り組んでいた。担当部分の原稿が完成するまで、その活動は連日続く事になる。
「小鳥遊会長……竜峰先輩、今日もまだ帰らないんですか?」
「……そうみたいですね」
一人でノートパソコンと向き合い続ける天華を遠巻きに眺め、小さな声で咲夜が來夢に尋ねた。怪訝三割心配七割で、首を捻って肯定する來夢。何故かここのところ、天華はずっとこんな調子だった。言っておくが、その日一日のノルマは進んでいるのだ、滞りなく。居残りする程作業量が多い訳でもないのに、「まだやる事が残ってるから」と言って、何かと最後まで残り続けている。
手伝おうかと、そもそも何をしているのかと何人が声を掛けても、「大丈夫、個人的な事だから」とやんわり断られてしまうので、結局誰も、天華が何の為に何を頑張っているのか知らないままなのだ。メンバー曰く、「(天華と距離が近い)來夢でさえダメなんだからもうみんな無理」との事。わからないでもないと來夢も思ったが、いや、あるいは……と一縷の望みを抱き、チラリと盗み見たのは件の少女。
「ふぅん。それじゃあ、お疲れ様でした!」
「あ……はい。お疲れ様でした」
ダメそうである。
颯爽と出て行く後輩を見送って、來夢もスクールバックを肩に掛けた。
「天華?キリの良さとか関係なく、時間になったら帰るんですよ」
「ん」
頑固な一面がある彼女の事だ。どうせ満足するまで外野が何を言っても無駄なんだろう。だったら、ここはそっとしておくのが一番だ。その時が来れば案外ケロッと打ち明けてくれるかもしれないし。
と、來夢は、同級生と雑談しながら校舎を出た。寮生でない友人と別れ、いざ学園寮へといった辺りで、校門前から遠慮がちに近寄って来る影に気が付く。おや、と首を傾げた來夢。無理もない。その人は、もうとっくに帰ったとばかり思っていたのだから。
「どうかしましたか、瀧本さん?私に何か?」
「すみません……どうって事でもないんですけど……」
気まずそうに視線をあちらこちらに移しながら、それでも必要以上は近付いて来ない咲夜。來夢の友人ら──三年生の生徒会メンバーを気にしている為と雰囲気で察した來夢は、残りの距離を自ら縮め、咲夜に合わせて軽く背を屈めた。
「あの日の事なら、もうそんなに気にしてないって伝えてもらえますか?」
「……! わかりました」
「ありがとうございます」
誰宛かは聞かずともわかる、そんな耳打ち。ぺこりとお辞儀をして去って行く咲夜に小さく手を振って、ふむ……と一考する來夢。
(悪い子じゃないんですよね……むしろ、咄嗟に私を庇ってくれたり、あんな事があっても天華を気に掛けてくれるくらいなんですから、根は優しくて、機転の利く良い娘だと思うんですが……)
正直言うと。來夢の内心には、咲夜に対する一抹の不安があった。何故ってそれは、天華とそれ以外とで態度を変えたり、先輩相手に食って掛かったり。來夢が考える理想的な“先輩と後輩の関係”から、色んな意味で逸脱しているように見えるからだ。
もちろんその主な原因は天華自身だけども、これには咲夜も大きな一枚を噛んでいるだろう事を、來夢はとっくに見抜いていた。そうでなければ、あの天華があそこまで苦労したりおかしくなったりするはずがない。
そもそも──これは少々手前味噌になるが──あんなに完璧な彼女からの愛を阻むなんて、何度も言うが本当に信じられない。今まで食べたパンの数より、告白された数の方が多いかもしれないくらいのパーフェクトガールなのに……。
それに……と、來夢は更に思考を重ねる。
勝負の立会人として双方からある程度の事情を聞いてはいるけれども、それらはあらましであって全てではない。恐らく、二人の間にしかない何かしらの決まり事──暗黙の了解のようなものがあるように思うのだ。まあこれはただの勘だし、元々天華はお喋りでないし、咲夜に至っては要点以外を話したくなさそうな空気を纏っているので聞くに聞けないだけだが。
「どうしたの?瀧本さん、何て?」
「ああ……いえ、ただ天華が心配だったみたいで」
友人から話しかけられた事で、一度思考を中断し、当たり障りも他愛もない話で歩みを再開させる來夢。色々と課題が山積みな事で頭を悩ませながらも、名誉挽回が懸かっている誰かさんの為に──その人が好きなきな粉揚げパンでも買っておいてあげようかなと思った、ある日の帰り道なのだった。
……余談だが。
「……瀧本さんが!?」
「ええ、よかったですね」
「……そ……そうね」
帰宅後、落ち着いた頃に早速伝えてみたところ。気にしていない素振りを見せながらも、口にしていた揚げパンのきな粉でしっかりむせ返した天華に、來夢は笑いを堪え切れなかったらしい────。
*
[新着コメント 1件]
もし愛に色があるなら、何色だと思いますか?そう思った理由も教えてください ── amour
[コメント返信 > amourさん]
赤、ですね。やっぱりハートマークのイメージが大きくて。例えるなら、キャンパスに描いたような赤でしょうか。
当人にとって幸せであればあるほど、その色は綺麗で、鮮やかで、きっといついつまでも見ていられる。だけど、もしその想いが独りよがりで重苦しいものだったら、だんだん赤黒く変色していって、最後には真っ黒になる。
反対に、もし相手を想う気持ちが薄らいでいったなら、そのまま水を足していったような色になるでしょう。つまり、いつかは消えて無くなるってことです。
自分より大切な相手の好きな色を贈り合う。それが僕の理想とする愛の形です。……答えになってますかね?(笑) ── コトノハ少年
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