誰が為に、華は咲く―6―
───どの物語も、親友の後押しを得た主人公は無敵というものだ。
だが、それでも越えられない壁が立ちはだかってこそ、物語は息をし始める。
壁とは時に、巨悪であったり、身分であったり、挫折であったりと様々だが───
「……貴女、名前は?」
「………センパイは何て?」
「私は……竜峰、天華。空の天に、華で、天華」
「天華……竜峰センパイっすね、覚えとくっす。……一応」
「貴女は?」
腰を抜かしたαに、最後まで己を貫いたΩ。
「【
───それが今作の、最大の壁。
「流れる滝じゃなく龍の方の瀧本で、夜に咲くって書いて咲夜っす」
「瀧本……瀧本、咲夜さん……」
「なんか、やっぱりアタシら似てますね。真逆でもあるっすけど」
「ふ……そうね」
これ以上ない程こっ酷く振られ、尊厳も信念も激しく傷付けられておきながら、天華はそれでも小さく笑った。
そう、笑ったのだ。
まるで──ネジでも外れてしまったかのように。
壁は、乗り越えるもの。ぶち壊すもの。突破するもの。よく聞くフレーズはざっとこんなところだろう。各々の主人公は、そういった幾多もの困難を攻略し、その先に待ち受けるゴールを目指して突き進むものだ。
……だが今回ばかりは、その定石には当てはまらない。
何故なら─────
「瀧本さん。私からも最後に一つだけ、いいかしら」
何の助けも借りず、ゆらり、一人で立ち上がった主人公が、大事に大事に音にしたその名は。
大して興味なさげに視線を絡める、その人は。
立ち向かうべき“壁”であると同時に───!
「───諦めないから」
「……へ?」
それでもどうにも愛して止まない、“ゴール”でもあるからだ──────!!
「要は、証明出来ればいいんでしょう……?本能に関係なく、私の意思だけで、瀧本さんを運命だと思ったんだって」
「は……はぁ!?何言ってんすかマジで?」
さすがに想定外の解答だったのだろう、別れ際になって初めて壁が──咲夜が、揺らいだ。今までツンケンとしていた表情に明らかな動揺が浮かんでいるのが良い証拠だ。それくらい、意表を突かれ、たじろいでしまったのだろう。
だが、対する天華はそれはそれは真剣だ。至って真面目。至って健気。当然、相手を驚かそうとして言った訳ではない。自分なら実現出来ると本気で思った故の提案。運命を証明するなんていう、前代未聞の馬鹿げたアイディア!
「証明する?運命を?完全に意味不明だし……第一、無理っしょ、そんなの!」
「……ふ、ふふ…そうよね……私とした事が、またアヤフヤな何かに踊らさせるところだったわ……ありがとう、目を覚まさせてくれて」
「いや……」
「やっぱり、瀧本さんって素敵ね。出逢えて良かった」
「……何なんマジで」
壊れかけた世界に入り込んでしまった天華に、とうとう呆れ果てた咲夜の地が垣間見えた。が、それすら聞こえていない天華は迫る。ひたむきな眼差しで、一歩、また一歩と、可憐な微笑を携えて。そしてその度、一歩、また一歩と後退る口元を引きつらせた咲夜。何せ、理解の範疇を超えたモノは理屈抜きで怖い。
「う……」
だがしかし、咲夜の背が教室の(文字通りの)壁に阻まれ、プラマイゼロの鬼ごっこはその短い生涯を終える。
何やら上気している鬼はそのまま、咲夜の両肩をそっと(※個人の感想です)掴み、優しく(※感じ方には個人差があります)壁に押し付け、嬉しそうに、それでいて諭すように語り出した。
「……そう、きっとあれは一目惚れだわ」
「……は?何すか?まさかもう始まってんすか!?」
「昨日初めて瀧本さんを見た時──」
「聞いて!?」
手を振り払おうと躍起になる咲夜の眼前に、
「───食べてしまいたいって、思ったの」
酷く甘ったるい欲が、降り注がれる。
竜峰天華は、よく注目される。同級生然り、教師然り、道行く人然り。
その理由は、やはり“他人とは一味違うαだから”というのが大きい。明確さはさておいて、人が人に抱くイメージの影響は往々にしてあるものだろう。───だが、彼女の場合、実は……それだけではない。
純粋に、美しいのだ。
艶やかな黒髪。ややツリ目のくっきり二重。スラリと伸びた背筋。透明感のある肌。形の良い胸。細く長い御足。凛とした声。
十代半ばにしては大人びた美貌の彼女を一言で言うなら、まさしく、高嶺の花。
「クリームみたいに白い肌」
そんな彼女に今、情熱的に見つめられ。
「チョコレート色の髪」
真っ直ぐに、微笑まれ。
「唇、ショートケーキの苺かと思った」
その姿はまるで、大好きなスイーツを前にはしゃぐ乙女で。
「そしてこの、ハニーバターよりも甘くて良い香り……はぁ……本当に、何もかもたまらない……」
「ぁ……う、ぅあ………」
「私、元々甘党なの。きっと、貴女に巡り逢う為だったのね……」
至近距離で紡がれる愛に。
さすがの生意気少女も目を回し、謎ゲージを爆発させた。
「し……失礼しますっ!!」
「あ……」
勢いよくしゃがみ込み、あわや転びそうになりながら全速力で逃げゆく、史上最高級のスイーツ。
耳まで真っ赤に熟れた果実を名残惜しげに見送った収穫者は、それでも喉を鳴らし───オモイオモイ、溜息を吐くのだった。
────これは。男も女もαもβもΩも分け隔てなく結ばれるようになった、文句なく素晴らしいはずの世界で。
証明出来ないものを嫌い、実直で、誰より真の平等を望み、矛盾を愛で塗り替えようとするαと。
愛される事を嫌い、気怠げで、誰よりまずは愛してみたくて、孤独を虚勢で隠そうとするΩの。
あちらを取るか、こちらを取るかで想い悩む少女二人が、“運命”の存在を認め合うまでを書き綴った───どこまでも甘ったるい物語である。
………………多分。
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