第26話 (G的な)何か

 軍務長官の証言を聞き終わったリシェン達。


 今までヘリッジ皇国で起きていたの問題の真相と根源をいきなり知ることになった彼等は頭を抱えた。

 しかし実態は切迫し、悩んでいる時間的猶予すらない。

 彼等はこれからの対応をすぐさまその場で決めねばならなかった。


「……ケイン、軍務長官――いや、タンミョウの捕縛はもう済んだのか?」


 キュリスはケインに軍務長官に化けたタンミョウの動向を確認する。


「いえ、まだその連絡は来てませんね。 タンミョウは国境線の砦の視察で出張してて、今日が城に帰還する日だそうです。 ですので、近衛隊は途中で逃げられないよう、城で待ち伏せして捕まえる手筈になってます」


キュリスは思考を高速回転させながら、ケインに指示を出す。


「時間がないな……よし! おい、ケイン! 今すぐ陛下と最高司祭の下に行き、最下層の”封緘ふうかん領域”の使用許可を申請しろ! そこにタンミョウを閉じ込めてから尋問に掛ける」


「確かにあそこなら……分かりました。 陛下に許可を貰ってきます」


 そう言うと、ケインはリシェン達を残して急いでその場を離れた。


「それとお前――リシェンだったな? リシェンは私とタンミョウの対応にあたる。 やつが暴れて逃げ出そうとしたら、私とケイン一緒に取り押さえて捕まえる」


 残されたりシェンにキュリスは驚くべき要求を突き付けた。


「ちょっ!? 何で俺が!? 俺はただの人間で、騎甲師見習いですよ!! 宮仕えの兵士でも何でもないんですから!! 神様相手とか、一般人に無茶振りするにも程がありますよ!!」


「そんな事言ったら、私だってただのダークエルフだぞ」


「いやいや! ダークエルフなら 対抗できるでしょう!」


 妖精族でも特にエルフやダークエルフは神に近い存在なので、基本能力や保有するマナの量が人族よりも遥かに高いのだ。


「まあ、私なら可能だろうが、それでも確実ではない。 だからこそ、お前――リシェンに頼んでいるのだ。 お前は一般人であっても”ただの人間”ではなかろう? でなければ、グリーデンに掛けられた神の呪いを滅する事など到底できん」


「それは……」


 図星を指されて言葉に詰まるリシェン。

 自分が有利と見て取ったキュリスは更に畳み掛ける。


「それにな、リシェン。 お前は国の秘事を知ってしまった。 その時点でお前はこの国にとって最重要人物となった。 皇家はお前を放っておかないぞ」


(あああ~、しまった! つい、グリーデンって人の話に聞き入っちゃったけど、良く考えたら頼まれ事が終わった時点で離れりゃ良かったんだ! 俺のバカ!)


「ならば、だ。 ここで皇家に仇なす神を捕縛に協力すれば、ミルラルーシュ陛下の印象も良いものとなる。 さすれば、お前の処遇は悪いものにはならんぞ」


 協力しない――この選択肢を潰されたりシェン。

 もし、選択すればどうなるか分からないほど愚かではない。


「……なら報酬は、タンマリはずんで下いよ!」


 これがリシェンの精一杯の抵抗であった。


「ああ、陛下にはちゃんと進言しておく。 なんなら私がお前に報酬を別で支払おう」


 リシェンのその言葉に、キュリスはニヤリと笑みを浮かべて答えた。







 近衛隊に囲まれ、捕縛されるタンミョウ。


 思いの外、こちらの要求に大人しく従い、気付かれる事なく城の最下層、”封緘領域”がある地下牢まで連行する事が出来た。


 地下牢の構造は変わっていた。

 左右対称になっている二つの四角い大きな部屋の中に格子で区切られた牢がある。

 その牢では取調官によるタンミョウの尋問が行われた。


 尋問の立ち会い人として宮廷魔術師長のキュリス、近衛騎士隊の隊長代理のケイン、妖精教の大司教の代理人で封緘領域の鍵の管理を任された司祭の三人に加え、リシェンはタンミョウの逃亡防止と言う名目でその場に居た。


 もちろん、トウトマシンは周辺に散布済み。


 他の警護の者は引き返して封緘領域の出入り口に待機している。

 タンミョウが脱走した時、リシェン達が追いつくまでの足止め要員としてだ。

 

 しかし、ここで誤算が生まれる。

 【トウトマシン】が封緘領域の奥に行くと一瞬で消滅してしまう。

 いくら【トウトマシン】を発動して大量に送り込んでも、送り込んだ瞬間――全て消えて失くなるのだ。


 これにはリシェンも冷や汗を流す。


(……しまった。 これだと俺は役に立たないぞ。 どうする? キュリスさんに知らせるか? だけど、俺のスキルの正体がバレる恐れもあるし……)


 リシェンが事前に聞かされた情報と打ち合わせを思い出す。


 予定では軍務長官・グリーデンに化けた財物の神・タンミョウを、この先にある”封緘領域”と呼ばれる神の力を封じる場所に通じる地下牢に誘導してそこで尋問する。


 地下牢はモノづくりが得意な妖精族らしく地下牢には仕掛けが施されていて、地下牢自体が封緘領域に行く地下鉄のような乗り物らしい。


 尋問している間に牢となっている部屋ごと封緘領域に移動する。


 ”封緘領域”とはヘリッジ城が建つ以前から存在した謎の空間で、そこでは神の力は封じる以外は分かっていない謎の場所である。


 遥か昔、神話時代に妖精教が崇める三柱女神が念のために迷宮を建てて誰も立ち入らないよう蓋をした。

 その三柱女神が邪神との戦いでいなくなると迷宮は見る見るうちに朽ち果てた。

 その迷宮跡地に妖精族が女神の意思を継ぎ、ヘリッジ城を建てて封緘領域を封鎖したのだ。


 ただ、封緘領域にはこの場所でないと処理できないが数多く閉じ込められている。

 それ故、使用には最高権力者である国皇と国教である妖精教の最高指導者の位を賜る大司教。

 この二人の許可が必要な仕組みとなっていた。


(多分、 【トウトマシン】が神の力と関係しているからだ……)


 取調官に自分の正体をバラされ、興奮して自分の事を自慢気にベラベラと喋るタンミョウ。

 それこそ、こちらが聞きたい事を尋ねる前にだ。


(このままタンミョウに気づかれなきゃ良いんだけどな……)


 タンミョウの自白に聞き入る面々。


 リシェンには気掛かりがある。

 牢の中に入れれられているはずのタンミョウの気配が牢の内側でなく外側に感じるのだ。

 この違和感がどうにも気になる。


 突然、リシェンは全身に得も言えぬ感覚に襲われ全身粟立つ。


(っ!? ここって、さっき【トウトマシン】が消えた場所だ!!!!)


 【トウトマシン】が消えた場所――その先に行くことを本能が全力で拒絶する。


(かっ、帰りたい!! 今すぐ帰りたい!!  この先に行きたくねぇ~~~~~~!!)


 今すぐ部屋から出て引き返したい衝動に駆られた。


 だが、それはリシェンだけではない。

 

 タンミョウだ。


 ベラベラと喋っていたタンミョウの口が止まる。


(ななな、何だ、これはっ!? マズイ、マズイぞっ!! 今すぐ、ここから逃げなければ!!!)


 牢の外側――リシェン達がいる側の天井で何かが動く気配がする。

 それと同時に、牢の中に居たはずのタンミョウの姿が掻き消えた。


「しまった、幻覚か!? 奴め、いつの間に外へ!!」


 いち早く反応したのはケインだ。

 ケインはタンミョウを拘束しようと自身の能力を発動させた。

 しかし、タンミョウはケインの目に見えない力を跳ね除けた。

 同時にタンミョウの姿が見る見る変化していく。

 それを見たキュリスが叫ぶ。


「奴め!! 正体を表したぞ!!」


 タンミョウの真の姿――それは全身をワカメや昆布のような形のモジャモジャとした体毛が覆い尽くし、体毛に包まれた体からは筋肉質でとても長い腕と足が飛び出しており、その腕と脚には無数の腕毛とスネ毛が生えた――思わず、モザイクで隠したくなるほどの存在感であった。


「うわぁ………近づきたくねぇ~~~」


「呆けている暇はないぞ! 私が奴を撃ち落とすから、お前とケインで奴を拘束しろ! 他の者は彼等の援護だ!」


 キュリスが大声で指示を飛ばす。


「【追尾光線ホーミングレーザー】!!」


 キュリスが魔術スキルを発動すると、無数の光が線を引きながらて天井を走るタンミョウに向かって殺到する。

 それを走りながら軽快に避けるタンミョウ。


「あれで当たらないなんて!!」


「なんて器用な奴なんだ!!」


「これならどうだ!! 【多重詠唱】!! 【追尾光線ホーミングレーザー】!!」


 タンミョウに攻撃を避けられたてムキになったキュリスが、スキルを追加して再び魔術スキルを発動する。

 すると、今度は視界を埋め尽くすほどの光の線がタンミョウに向かって飛んで行く。

 さすがのタンミョウもたまらず魔術を避けるために自ら床に落下した。


「グッ! ガッ! ダッ!」


 落下する時、何発か魔術を喰らうがそれでも逃走を諦めないタンミョウ。

 床に着地すると出口に向かって走り出す。


「逃がすか!!」


 リシェンは機械式武装指輪アームズリング【ウエントリヒ】を素早く展開。

 蛇腹剣でタンミョウをぐるぐる巻にして動きを封じ、拘束する事に成功した。


「良くやったぞ、リシェン! そのままそいつを拘束してろ!」


「……やっぱり、この先に行くんですか?」


「どうした? 何か問題でもあるのか?」


「問題と言うか……とにかく、嫌な感じがして体が拒絶するんです」


「だが、タンミョウを拘束しているのはお前のその珍妙な剣だ。 お前がタンミョウと一緒に来なければ始まらん」


「ですよね~~~~~~……」


 リシェンは諦めて封緘領域へと向かうのだった。

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