第24話 財物の神タンミョウ

「ちょっ!? ケインさん、どこ行ってたんですか!! 心配しましたよ!!」


 ランスロットが襲撃者の主犯格であるボスを伴って現れたケインの下に駆けてゆく。

 スプリガンである軍務副長官はケインのスキルで体の自由を封じられており、逃げることが出来ない。


「スマンスマン。 だが、コイツを見逃す事が出来なくてね」


「コイツは?」


「今回の主犯でスプリガン達のボス」


「えっ!?」


「そして、ウチの国の軍務副長官殿」


「なっ!?」


 絶句するランスロット。

 まさか、自国の政府関係者が強盗なんて真似をするとは思っても見なかったのだ。

 当然の反応である。


「驚いただろ? 俺も驚いた。 スプリガン達は?」


「戦闘中に不利と悟って五人が逃亡。 それ以外は……生き残ったスプリガンも含め、全員、頭が吹き飛んで、骨も残さず溶けてしまいました。 ……多分、証拠隠滅ですね」


 ランスロットは軍務副長官を見る。


「そうか……こちらの方の被害は?」


「こちらに被害はほとんどありません。 レジさん達の活躍で、軽傷者が数名で済みました」


 ランスロットがケインに状況説明している途中で、ティソーナから降りたレジがリシェン達と共に合流。

 会話に加わる。


「軍部も腐ってンねぇ……。 で? そいつ、どうすんの?」


「もちろん、連れて行きますよ。 ホントなら、俺のスキルで閉じ込めて持っていくんですが。 今は大事な荷物で一杯なんで」


「アンタのスキル、生き物にも使えるん?」


 通常、アイテムストレート系のスキルでは生き物をストレージの中に入れることが出来ない。

 出来たとしても酸欠で窒息してしまう。

 ストレージの中に入った事がある体験者の話では、中には空気が無いので息ができないらしい。


「ええ、まあ……このスキルのお陰で、犯罪者や囚人の護送任務にも駆り出されるんですよ」


「ケイン、その手の持っている物は何じゃ? 仮面か?」


 バッシュがケインが持っている物に気付き尋ねる。


「ん? ああ、副長官が被っていた仮面です。 これも立派な犯罪の証拠ですからね。 持って来たんですよ」


「……おい、軍務副長官よ。 もしかしてお前さん、三十年前の連続殺人に何か関わってたんじゃないか?」


 険しい表情になっているバッシュに気付き、リシェンが問い掛ける。


「バッシュさん、どうしたんです? 怖い顔して」


「リシェンは知らんだろうがの。 その昔、ヘリッジ皇国で結晶核の回路を作れる職人を狙った連続殺人事件が起こったんじゃ。 犯人の襲撃を唯一生き残った目撃者の話から、楕円形で黒く塗り潰された仮面を被っとったらしい。 それが丁度――ケインが持っとる仮面と特徴が一緒だったんじゃ」


「えっ!? それじゃあ……」


 軍務副長官は自分に注目するバッシュ達から顔を逸らす。


 その様子を見て取ったケインは、少し考え込んだ後――


「……どうやら、他にも余罪がありそうですね。 本来なら皆さんと一緒に戻るつもりでしたが、この事を急いで知らせたいんで、ひと足お先に皇都に戻らせてもらいますよ」


「あ、じゃあ、私とレジさんが皇都まで護衛として共に行きます。 いいですか、レジさん?」


「ああ、そだね。 二人なら、アタシのティソーナで十分運べるしね」


 ランスロットはケインのその判断に、自分とレジを護衛として付いていく事を提案。

 レジもランスロットの提案を了承する。


「あ、いや、大丈夫。 俺と軍務副長官だけなら、一瞬で皇都に行けるから」


「なーに馬鹿なこと言ってんだい、ケイン! 一瞬で遠く離れた皇都に行けるわけないだろ!」


「頭でも打って、おかしくなったんですか!?」


「いやいや! ホントホント! ――こうやって移動するんだよ」


 言うと同時に、ケインと軍務副長官の姿は皆の目の前から一瞬で消え失せた。


「へ?」


「き、消えた?」


 ケインが消えた後、皆が呆然とする中、リシェンが呟く。


「……もしかして、瞬間移動?」







 ここから怒涛の展開が繰り広げられる。


 ケインが軍務副長官を連れて帰還し、上司を通して女皇に事の次第を報告すると、すぐに女皇の名の下に近衛騎士団に軍務長官グリーデンの拘束命令が下る。

 騎士団はすぐさまグリーデンを拘束し、とある場所まで連行する。


 場所は地下牢。


 しかも皇城の最下層に位置する。


(皇城にこんな所があったのか……しかし――)


 犯罪に関する取り調べには専用の部屋を使うのだが、地下牢に直行するなんて聞いた事がない。

 グリーデンは訝しながらも大人しく従った。

 ここで下手に行動をしては長年の苦労が不意となる。


(ここは大人しくしておこう……)


 地下牢に入れられて早々、格子越しに尋問が行われた。


 最初は黙秘していたグリーデンだったが、軍務副長官が今回の事件について自白したと取調官が伝えると――


「はっ! それはない。 そんな事を言えば――っ!?」


 グリーデンは取調官の話がブラフと気付き、途中で発言を止めて口を噤んだ。


「そんな事をすれば? どうなる? 頭が破裂し、体がすべて解けるか? そんなもの、事前に知ってさえいれば、仕掛けを解除すれば良いだけだ!」


「……」


「それも出来ないと思っていたか? にも仕掛けが施されていて、【解呪ディスペル】すれば仕掛けが作動し、同じ結果になると! それに変化の術と暗示でグリーデン長官を軍務副長官に仕立て上げていたな? 財物の神”タンミョウ”!」


 グリーデン――いや、グリーデンとして振る舞っていたタンミョウが両目を見開き驚く。

 自らの名を取調官が言い当てた事が事実であると


「っ!? バカを言うな! 奴に掛けた変化の術と暗示を解くのは至難の業だが解く事自体は可能だ! しかし、奴に施した術は神の力――神力で編まれた呪術だぞ! 例え神々を統べる主神の力を持ってしても解く事は不可能だ!!」


 そこからグリーデンは自ら自白し始めた。

 それこそ饒舌に――聞いてもいない事を自慢気にペラペラと。







 ケインが軍務副長官と一緒に消えて暫くし後、再びリシェン達の前に現れ――


「皆、証人として皇城に来てもらう」


 そう言った瞬間、有無を言わさず全員まとめてケインのスキルにより皇城に連れて来られた。


 皆、何が起こったのか訳も分からずポカンと呆ける。


「のわ~~~っ!? どうなっとンじゃいっ!?」


 正気に戻ったバッシュが絶叫を上げる。


 遺跡がある森に居たはずが、瞬きした瞬間に巨大な城がそびえ立つ場所に連れて来られていたのだから混乱するのは当然だ。


「え~と、ケインさんてもしかして……空間系の魔法スキルとか特殊スキルとかを持ってるんですか?」


 リシェンが遠慮がちにケインが所持するスキルについて尋ねる。


「いや、違うよ。 ただ、そうだね……空間関係の力は良く使う」


「魔法じゃない……それじゃあ超能力とかかな?」


 リシェンがボソリと小声で呟く。

 すると、耳聡いレジがその呟きに気付いて聞き返す。


「ちょうのうりょく?って何なん?」


「人間が本来持っているとされる超常的な力で、神様の力――神通力って呼ばれる事もあるんだ。 超能力には色んな種類があって、その中には一瞬で自分の思い描いた場所に行ける瞬間移動っていう能力があるんだ」


「はは、そうなんだ! いや~、リシェン君は物知りだね~!」


 リシェンとレジの会話に割って入るケイン。

 普段と変わらない飄々とした態度だが、どこか白々しい。


「おっと、そうだ! さっきも言ったけど、軍務副長官に襲撃された事を皇城の役人に証言してもらいたい。 そのために皆を連れて来たんだ。 悪いけど、城の役人に襲われた時の事を話してくれるかな?」


 話を逸らすように彼はリシェン達を皇城の役人達の居る場所まで案内した。


 その後――リシェン達はケインを除いた全員が皇城で一般人の使用が許可されている客間にて、役人達に襲撃された時の事を説明し、彼等の質問に答えた。


 細かい内容の質問に答えるのにウンザリしてきた時、リシェンはケイン彼が連れて行った軍務副長官の事を思い出し、少し気になったので近くにいたケインに尋ねてみた。

 ケインの話では、軍務副長官は拘束され、取調官から身体検査を受けている最中だという。


「大事な生き証人だ。 襲ってきたスプリガンのように死なれたら堪らないからな」


 すると、別の役人が部屋に入室して来てケイン所にやって来て耳打ちした。


「それは本当か?」


「ええ、宮廷魔術師長が言うにはケイン殿がおっしゃるような呪いが掛けられているのですが……それが相当強力な呪いでして。 もしかしたら神の力によるものかと……。 ですので、魔術師長では解く事が出来ないとの事です」


「厄介だな……」


 苦虫を噛み潰したような顔をするケイン。

 ふと、隣りにいたリシェンを見る。


(ひょっとして、坊やなら……)


「リシェン君、俺と一緒に来てくれないか」







 そう言ってケインに連れ来られたのは副長官が拘束されている独房の中だった。

 スプリガンが持つ【巨人化】のスキルは魔道具で封じられている。


「君に副長官の体を調べて欲しくてね」


「えっ!?」


「大丈夫! 上の許可は得ているし、宮廷魔術師長殿も立会人としていらっしゃる!」


「……キュリスだ」


 どこか不満そうな声音で名乗る女性――宮廷魔術師長のキュリス。

 黒系のダブついたローブに顔が隠れるほどフードを深く被っている典型的な魔術師の服装だった。

 ただキュリスは、そのダブついたローブの上からでも一目見れば分かる程、豊満な胸の持ち主であった、

 

「”大丈夫”、じゃなくてっ! 俺にはそんなスキルありませんて!」


「しかし、君の特殊スキルは応用範囲が広過ぎる。 それこそ、君達が主張する”道具や騎甲に関するもの”に当てはまらない部分も有った」


 顔や背中に冷や汗が流れるリシェン。


(うあ~、しまった……能力を見せ過ぎた。 どうしよう……)


 ケインはさらに畳み掛ける。


「別に君を責めてるわけじゃない。 だが我々は、どうしても軍務副長官から証言を引き出したい。 奴からとても重要な証言が引き出せると確信しているからだ。 しかし厄介な事に、副長官には強力な呪いが掛けられている。 それこそ、我がヘリッジ皇国が誇る宮廷魔術師の総力を上げてもだ」


「……」


 ケインの言動に不機嫌オーラを発するキュリス。

 だが口を挟まない。

 いや、挟めないと言ったほうが良いだろう。

 ケインの言っている事は彼女にとって不本意ではあるが、それは事実なのだから。


「藁にも縋る思いなんだ。 この通り――どうか頼む……」


 リシェンに頭を下げるケイン。

 こうまでされてはさすがに断り難い。


「……う”あぁぁぁ~~~、もうっ! 分かりました! やりますよ! やればいいんでしょっ!」


「やってくれるか! 助かる!」


 顔を上げて目を輝かせるケイン。


「ただし、出来なかったとしても文句言わないで下さいよ!」


「それはもちろん!」


(まあ、ここまでするんだ。 報酬は、多少無茶りしてもいいよな?)


 しっかり打算も含んでいたリシェンであった。

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