第23話 暗躍するもの、その正体は……

 リシェンが頑なに固辞する理由――それはリシェンが本名の工技くぎ理真りしんと呼ばれ、彼がこの世界に転移する少し前の出来事。


 彼の両親がまだ生きており、父親が日本のとある政府系研究機関で技術者として働いていた時の事。


 地位も知名度もあり、某一流大学の教授でもある有名な学者が父親の研究内容を奪い、言われなき理由でその所属していた研究機関から追い出した。

 しかも学者と親しかった研究所の責任者である所長もそれに加担していたのだ。


 それにブチ切れた父親は、学者のセクハラ・パワハラ映像を音声付きでマスコミに、所長の汚職・脱税に関する書類を研究機関の上層部に匿名でリーク。


 所長を更迭し、学者を閑職に追いやるという復讐をきっちり果たした。


 その時、父親が言った言葉が――


『いいかい、理真。 僕は別に研究を奪われた事に怒っているんじゃない。 僕から大好きな仕事と仕事場を奪った事に対して怒っているんだよ。 だからこれは、やられた者がやった者に対して行える正当な権利だ』


 この言葉と静かで、それでいて怖かった父親の雰囲気を今でもリシェンの心の中に残っている。


 それ以降、リシェンには国が運営する組織に対して忌避感が生まれた。







「まあ、自分が納得できないんじゃな。 しょうがないじゃろ」


「確かに……」


「そだね……」


 リシェンの話を聞いたボロとレジは残念ではあるがリシェンの意思を尊重して納得してくれた。


 ボロやバッシュもモノづくりに携わる者。

 自分の努力の結晶が他人に奪われることに容認できないのは理解できる。


 レジは職人であるボロの幼馴染であり妻である。

 その背中を長年に渡りずっと見てきたのだ。

 理解できないわけがない。


 理由を尋ねたラインにも地球や日本の名称はぼかし、ただ”大きな組織の研究所で働いていたらしい”とだけ伝えた。


「お父さんが働いていた研究機関がどこか覚えているかい?」


「いえ、父さんは仕事の事はあまり話さない人で……どこで働いていたかは知らなくて……」


「そうか……嫌な事を思い出させてすまない」


 それ以降、ラインは勧誘の話を一切持ち出す事はなかった。


 その後、ボロやレジ、調査員達は暗い雰囲気に包まれたまま各々おのおの休み、話を聞いていた護衛の騎士達は、どこか居心地悪いまま夜が更けていった。







 その後、発掘調査と遺物回収の作業は順調に進み、予定通り無事終了した。


 あれから研究施設と思われる遺跡を発見。

 そこからさらに研究データや開発していたであろう道具類の設計図面などが収められていたデータバンク室の発見に至る。

 室内はセキュリティ対策の為か頑丈な作りになっており、お陰で大事な記録データの紙面は劣化して黄ばんではいるものの、ほぼ完全な状態であった。


 それらは勿論、【トウトマシン】にしっかり記憶させておく。


 【トウトマシン】は物を創造する時や付与魔法など発動する時、物質やエネルギー等をマナに還元する時以外では光を出す事がない。

 なので、誰にも気付かれないので大変便利だ。


 この他にも地中に埋もれていた遺跡で、大型の金庫扉が設置された場所が見つかった。


 金庫扉を調査団はボロやバッシュの手を借りて解錠を試みる。

 解錠には成功したものの、扉は堅くて開かない。

 どうやら扉に何らかの強い力が加わった形跡があり、それが原因で扉の周辺が歪んでしまったようだ。


 歪んだ扉周りをリシェンが【トウトマシン】で少し隙間が出来るようにマナに分解していく。

 人に気付かれないよう能力発動で出す光を最小限に抑えながらの作業は2時間近く掛かったが、扉は何とか開いてくれた。


 開いた金庫扉の入り口を潜り抜けると、中の広さは学校にある体育館より少し大きめだろうか。


 室内には定番の冒険物語には付き物の財宝――貴金属で作られた昔の貨幣、大量の宝石類や金銀などのインゴットが収められていた。


 この遺跡はどうやら、銀行のような施設であったようだ。


 宝石の中にはメンテナンスが必要なものがあり、変質したり割れたりして価値を失ったものもあったが、ラインの指示でそれらも回収された。


 ラインや調査隊の面々は――


 ”国の金庫番やお金好きの貴族達には金銭的な価値がある財宝の発見の方が嬉しいはずだ。 これで研究所に予算を多く回してもらえるぞ!”


 ――と言って笑い合っていた。







 撤収作業を終えて帰路につく準備をする遺跡調査団の一行。


 だが遺跡から帰還する為には最大の問題があった。


 さて、皆さんは覚えているだろうか?

 調査団の跡を密かに付けていた者の事を。


「微かだけど気配がある。 ……居るね」


 周囲をうかがい気配を探るレジ。


 リシェンがレジの指示で【トウトマシン】を辺りに散布して調べてみると正確な人数が判明する。


「人数は三十人、種族は――ドワーフ?ぽいけど……違う。 なんか、巨人化する能力があるとか何とか……。 種族は分からないけど、魔獣じゃないのは確かだね」


「ドワーフっぽくて巨人化する? それ、スプリガンじゃね?」


 レジの疑念にランスロットが肯定する。


「スプリガンですね。 それにしても予想以上に襲撃者の数が多い……」


 ランスロットの懸念は相手がスプリガンもあるが、こちらの戦闘要員を遥かに上回る人数を相手が用意している事だ。

 護衛騎士が十五人にレジとリシェンを含めても十七人。

 遺跡調査団の隊員達や近衛騎士であるケインも戦闘技能は持つが、彼等は護衛対象であるので積極的に戦わせるわけにいかない。

 特に今回、発掘品を預かっている荷物持ちのケインは最重要人物だ。


(ていうか、それもスキルで判るのか!!? もはや完全に道具や騎甲と関係ないんですけどーーーっ!!!???)


 リシェンの索敵能力に驚き、心の中で絶叫するライン。

 だが状況が状況だけに大声を出すのは何とか堪えた。


「相手がスプリガンとなるとかなり不利だね」


「巨人化するってやつ?」


「ああ、そうさ。 奴ら――スプリガンは種族特性で体質系のスキル【巨人化】を持っている。 巨人化する事で奴らの戦闘能力は大幅に強化されるんだ。 それこそ、騎甲鎧以上にね」


「ティソーナも?」


「いや、ティソーナなら余裕で勝てる。 でも、さすがにティーソナだけじゃね……。 それにここ、森の木や遺跡の建物跡が邪魔で立ち回りがしんどい。 だから、ランスロット達の魔法とアンタが頼りさね」


 そして後ろを振り向いて、髭面の二人のドワーフに言葉を投げ掛けるレジ。


「それにアンタとバッシュもね」


「おうよ!!」


「任せとけ!!」







 遺跡より少し離れた森の中。


 少し開けているが周辺が草や低木が生い茂り、外からは死角となって見え難い場所。


 そこには全身黒で統一され、頭巾で顔を覆い隠し、動きやすい装束に身を包んだ集団が集まっていた。


 集団の中で一人だけ、顔全体を覆う楕円形に黒く塗り潰された仮面を付けたボスの前に、片膝を立てて座り、頭を垂れる部下達。


 部下の一人がボスの前に出て、遺跡調査団の動向を報告していた。


「対象は騎甲を先頭に間もなく遺跡を立ちます」


『こちらの存在に気付かれた様子は?』


 口まで覆っている仮面の所為でくぐもった声となり、その声で部下に問うボス。


「ありません」


『よし、では配置に着け。 ケインは調査団を人質に必ず捕らえろ。 他は一人も残すな。 必ず始末しろ』


 ボスの命令に頷きながら了承の返事をすると、すぐさま各々役割を担う場所に向かう部下達。


 部下が立ち去った後、ボスは俯き、溜息を吐いて独りごちる。


『……ハァ~、長官も無茶を言いなさる。 ただでさえ、職人暗殺の一件で、ミルラルーシュに目を付けられているというのに……こんな事、他の妖精族に知られれば、ただでは済まんぞ。 我々スプリガンのためにも、これで終わりにしてもらいたいものだ……』


 独り言を言い終わると、ボスは部下達の首尾を遠くから見守るために見晴らしの良い木の上にジャンプしながら登って行く。


(さて、私の見立てでは、あのメンツで厄介なのは二人――元冒険者で近衛のケインと”国崩し”のレジだ。 レジは脳筋でその能力は知れている。 問題なのはケインだ)


『奴は得体が知れん。 元冒険者らしいが……』


 ケインはヘリッジ皇国の片隅にある辺境の村出身で、この世界で成人となる十五の頃から冒険者として活動していた。


 最初は新人冒険者の中でもぱっとしなかったが、冒険者としての経験を積むうちに徐々に頭角を表していく。


 やがて彼はどんな状況でも生還する冒険者として名が広まった。

 しかも、探索と討伐系の依頼達成率はほぼ100%。


 噂を聞き付けた女皇ミルラルーシュが直接勧誘して自身の近衛に抜擢した。


 その彼の能力は同じ近衛でも知っている者は少ない。


 知っているのはミルラルーシュと近衛隊長。


 あとは冒険者時代からの付き合いであるギルド長のみ。


 彼に敵対した者は気付かぬうちに倒される。

 場合によっては一瞬でその姿は搔き消え、後に残るのは相手のものとおぼしきおびただしい大量の血痕のみ。

 それが由来となり、付いたあだ名が”残血”。


 そこでスプリガンのボスが立てた作戦は、遺跡調査団を人質に護衛やレジの動きを鈍らせ、素早く殲滅。

 人質を盾にケインに言うことを聞かせるというものだ。


『さて、首尾は……』


 ボスは見晴らしの良い木の上から、部下達の様子を見守る。


『な、何だと!? どういう事だ!!』


 そこにはボスが予想していた状況とは全く異なる光景が展開されていた。







 持ち場に着いたスプリガン達は調査団を待ち伏せして襲撃を開始した。


 それに驚き、逃げ惑う遺跡調査団。


 特に大げさに逃げ回る二人のドワーフが滑稽だ。


 自分達の襲撃に剣や魔法で対抗する護衛役のシュタインベルク伯爵家の騎士達。


 ”国崩し”レジの駆る騎甲鎧には【巨人化】した仲間三人が相手する。


 本当は全員で【巨人化】したいが場所が悪い。


 ここは森の中。


 高木が邪魔して動き難い。


 所々ある遺跡も邪魔だ。


 仕方ない。


 だが問題ない。


 十分相手を圧倒している。


 このまま行けると思っていた。


 だが、ある場所に辿り着くと形成が逆転。


 仲間は次々にトラップに引っ掛かり、その隙きを突かれて倒されていく。


「しまった! 罠だ!」


 襲撃に気付かれてたか!


 だが時既に遅し。


 完全に立場が入れ替わっていた。







「うわっ!?」


「グベッ!!」


「ゴフッ!?」


 黒ずくめで頭巾を被った襲撃者――スプリガン達はボロとバッシュが製作して遺跡周辺に仕掛けておいた落とし穴、植物の蔓で編まれたロープによる拘束、頭上から丸太が落ちて来る等々、多種多様な罠に嵌って動きを封じられていく。


「フッハーッ!! またトラップに引っかかったぞぉ!!」


「喜んどる場合じゃない! 相手はまだまだ居るんじゃ! 急げ!」


 ドワーフの癖に逃げ足が素早いボロが襲い掛かって来るスプリガン達を罠が設置してある場所まで誘導して罠に掛け、バッシュは草むらに隠れながら移動し、ボロにスプリガンの動きを伝える。


 ボロとバッシュの二人は、相手に気付かれ難く、小型で素早く展開できる魔法の罠をこの遺跡に着いた時から作り続けていた。


 素材はリシェンが【トウトマシン】で学習・記憶させている物なら作り出せる。

 その素材を使ってボロとバッシュが魔法の罠を作り、作った罠をリシェンが【トウトマシン】で学習・記憶させて大量生産した。 


 スプリガンに情報が漏れないよう念の為、遺跡調査員や護衛の騎士達にも出立直前まで秘密にしていた。

 

石弾ストーンバレット!」


空気弾エアバレット!」


「ぐえっ!?」


「ギャッ!?」


 罠に嵌り、動けなくなったスプリガンを騎士達が魔法で遠慮なく攻撃する。

 ここは森の中なので燃えやすい木や草に引火しないよう火・雷系統の魔法の使用は厳禁だ。

 だがそれ以外の魔法は遠慮なく使いまくる。


「木や遺跡に近づくな! 罠がが仕掛けられてるぞ!」


 襲撃者の中には観察力が高い者も居て、今まで作動した罠の場所から罠が仕掛けられていそうな場所に注意を促す。


 ――が、それをリシェンが無意味なものにする。


「そ~れっ!」


「何っ!? うわーーーっ!!」


「お前達の為に作ったんだ! せっかくだから罠に掛かっとけ!」


 リシェンが自分の武器”ウエントリヒ”の蛇腹剣モードにして絡め取り、罠が設置してある場所にスプリガン達を放り投げる。


 すると、罠が作動して落とし穴が展開された。

 落とし穴は口を開けて襲撃者達を次々に飲み込む。


「何だこれはっ!?」


「トリモチだ!!」


 落とし穴の幅3m、深さは5m以上に達する。

 落とし穴の罠は壁面が堅く滑らかになるように作られ、手がかりが全く無いのでちょっとやそっとじゃ出てこれない。

 それに穴の底にはトリモチが仕掛けられており、落ちたら最後。

 トリモチで身動きが取れなくなるという二段構えの罠だ。


「くそ~、こうなったら……」


「!? よせ!! ヤメロッ!!」


 落とし穴に落ちたスプリガンの一人が巨大化した。

 巨人化したスプリガンは穴が狭くてつっかえてしまう。

 

「ギャアーーーッ!!」


 下にいたスプリガンは【巨人化】した仲間に圧し潰されて息絶える。


「さて、義母さんは……」


 リシェンが周囲を見回し、レジを探す。

 レジは自身の騎甲鎧”ティソーナ”で巨人化した三人のスプリガンを相手していた。


 スプリガンはレジの乗るティソーナと同じ5m位の大きさとなって素手で戦っている。

 今以上大きくなることは可能だが、そうすると木々や遺跡が邪魔して動きに制限が加わるのでこの大きさが限界だった。

 それに騎甲鎧程度なら【巨人化】の能力を使用した状態なら素手でも十分やりあえる――はずだった。


「この騎甲鎧、かなり強いぞ!」


「パワーとスピードが段違いだ!」


「このままじゃあこちらが不利だ!」


 三人のうちの一人が仲間を呼び寄せ、三人が【巨人化】しながらレジの乗るティソーナに向かって行く。


「させるか!」


 リシェンは利き腕に装備している手甲と手甲に付属してビットのように追従してくる盾型の武器――ウエントリヒの武装を蛇腹剣から銃砲にモードを切り替える。

 銃砲モードにも種類があり、今回はキャノン砲を使用した。

 リシェンは応援に向かうスプリガン達に向かって連続射撃する。


 ドゴンッ! ドゴンッ!! ドゴンッ!!!


 スプリガン達に命中した瞬間、凄まじい爆音と爆風、黒煙を伴う爆発が生まれ、スプリガンの体は跡形もなく吹き飛んだ。


「あ、しまった。 威力上げ過ぎた」


 その光景を目撃したスプリガン達は、仲間が残り少なくなったこともあり、不利を悟って逃げに転じた。







『とんだ失態だ!』


 スプリガンのボスは部下達の敗走に、自身もその場から離れ撤退するスプリガンのボス。


『おっと、忘れる所だった』


 懐に手を入れるとビー玉くらいの大きさのガラス玉のような透明な玉を握りしめて念じる。


『許せ。 お前達の死は無駄にはせん』


 捕まった部下達の素性を知られるわけにはいかない。

 彼等の装備に予め仕込んでいた呪術を発動させ、生死関係なく頭を吹き飛ばし体を溶かす。

 そうする事で遺跡調査団襲撃の犯人である自分に辿り着く手掛かりを消し去る。


『人数を補充して、再度襲撃を仕掛ける。 できれば、あのガキの素性と能力を調べたい所だが、もう時間が無――』


「また襲われるのは面倒なんで勘弁してくれ」


 誰かがボスの独り言にセリフを被せてくる。


『ケイン!?』


 いつの間にかボスの隣でケインが並走していた。


「そいうワケで、ここで潰させてもらう」


『なっ、何だっ!?』


 突然、何かに鷲掴みされたような感覚に襲われるボス。

 体が何らかの力に囚われ、そのまま宙に浮かせられて身動きが取れなくなる。


 ケインはボスを自身の持つ能力スキルで拘束しながら先程の光景を思い出す。


(にしてもあの坊や、とんでもない武器持ってんな。 ありゃあ多分、古代兵器の類だ。 陛下にあの坊やの素行や素性をそれとなく調べてくれと頼まれたが……いまいち良く分からん)


 遺跡調査団の団長のラインと同じようにケインもまた本来の仕事――発掘品の運搬とは別に、リシェンの身元調査を女皇ミルラルーシュから密かに頼まれていた。


『はっ、離せ!!』


「おっと、こっちを片付けるのが先だな」


空中で浮遊したまま身動ぎすらできず、無様に叫ぶ事しかできないボスを自分の下に引き寄せる。


「まずはお前さんの顔を拝ませてもらおうか」


 ケインは襲撃者の頭領と思しき人物の仮面を剥ぎ取り、白日の下に晒したその素顔を見て驚愕した。


「軍務副長官!? どうしてアンタがここにいるっ!!」

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