第21話 歓迎される者とされざる者

 その日の夕食は大変賑やかなものとなった。


「頼むから! 飯時くらい勘弁しろ~い!」


 ボロは夕食前でも調査隊の研究者達やバッシュから無遠慮に質問攻めにあっていた。


「ん? なんだ?」


「美味しそうな匂いがする……」


 それは彼等の眼の前のテーブルに置かれた大鍋から漂ってきていた。

 彼等が今まで嗅いだことのない美味しそうな匂いに、思わずボロへの質問がピタリと止む。

 すると途端に、お腹が大合唱を始めた。


 長距離を徒歩で移動していた研究者達は、体の疲労と体力の消耗を忘れてボロを質問攻めにしていたが、体は正直だ。


 美味そうな料理の匂いを嗅いで、自分達が思う以上に空腹であったことを自覚した。


 リシェンが体力作りの一環で森の中を駆け回るついでに、彼の相棒となった機械式武装指輪アームズリング”ウェントリヒ”で狩猟した猪や鶏の肉と、レジが領都ケリーニスタッドで仕入れた野菜類をざく切りにして、味噌をベースにしたスープをリシェンから聞いてボロが再現した土鍋に投入。


 これまたボロが再現した燃料電池で熱を放出するコンロを使って鍋を煮立たせる。


 レジが酒のツマミにはフランスパンのような硬めのパンを一口サイズに薄くスライスして、それを焼いたものにガーリックバターやこの森で採集した楓(のような木)の樹液を煮詰めて作ったメープルシロップを塗ったものを出した。


 味噌はリシェンが以前に小学校の体験実習で教わったのをうろ覚えで作ったもの。

 ティカ村にいた教会でも作っていた。

 村人達との物々交換では人気の品だったので、収入源の限られた教会では食料を手に入れる貴重な手段だった。


 余談だが、ティカ村の死んだ前村長のギゲロは、これに目を付けて金儲けができないか企んでいた。


 味噌に使う種麹は麦穂に偶然付いて繁殖したコウジカビを採取。

 これを酵母として使用する。


 レジが使う発行酵母は果実に付着したモノ(干しブドウなど)を利用して、主にパンや酒造りに使うが、味噌造りにはあまり適さない。

 これは種類にもよるが、酵母菌が塩に耐えられず死んでしまうからだ。


 それを灰と蒸した麦を混ぜる。

 灰はコウジカビ以外の雑菌を殺す殺菌作用がある。

 これで出来上がった種麹を、この地域でよく食べられるている豆と塩を使い、カビなどの雑菌が発生しないよう容器をよく洗浄し、味噌の表面が空気に触れないように半年間熟成させて完成だ。


 ただし、ここで注意が必要なのは、穀類からコウジカビを採取する時に麦角菌ばっかくきんと間違えないよう気をつけなければならない。


 麦角菌は猛毒で、その症状は精神錯乱や子宮収縮による流産、酷い場合には身体の一部が壊死して死んでしまう。


 昔から麦角菌が繁殖しやすいライ麦などでよく中毒が起こり、大勢の人が亡くなっている。


 これもリシェンが体験学習に行った先の人に教えてもらった知識だ。


 メープルシロップは森で自生しているカエデとよく似た木をリシェンが見つけたのでメープルシロップの事を思い出した。

 それをレジに相談してみたら、試してみようという事になって樹液を採集し煮詰めてみたら、見事にメープルシロップが出来上がった。


「この鍋のスープ、初めての味だ……」


「猪肉や鳥肉の臭みが消えてとても美味いぞ!」


「酒にも良く合うぞ!」


「この蜂蜜色の、蜂蜜じゃない!」


「ホントだ! 甘いけど、蜂蜜と違った深い風味と味わいで凄く美味しい!」


 これらは調査員や騎士達から大好評だった。







 ――夕食後


「にしても、バッシュ。 相変わらずジジくさい喋り方だの~。 オレよりちーとばかし、歳上ってだけだろーに。 女ならともかく、男がそんな喋り方しても需要なんぞ無いぞぉ!」


「うっさいワイ! お前の語尾が間延びした喋り方よりマシじゃ!」


 ボロは相変わらず酒に弱く、レジの醸した酒を三杯飲んだら酔っ払って久しぶりに再開したバッシュに管を巻いていた。


 その隣でリシェンはレジと一緒に近衛騎士団のケインやアナスタシヤ伯爵家のランスロットやその他の騎士達とお茶を飲みながら、最近の世間の話題や流行りなどを聞いていた。


 その中でもリシェンが特に気になったのがサンドリオン帝国とミリタリア王国についての話だ。


 リシェンが以前住んでいたティカ村はミリタリア王国所属で、そのティカ村には教会の司祭でリシェンの婚約者であるレイニィと親友のウィロ達が今も変わらず住んでいる。


 その影響がティカ村にも来るかもと心配しての事だ。


「サンドリオン帝国の凋落が酷くて。 数年前の一件で女神ルーキス様の御加護をなくし、スキルの効力が低下した民達は国を捨て難民に。 その数がここ最近で一気に増えましたね」


「あの国は今、蘇ろうとする太古の邪神に対抗するために、世界中の神々が協力してトゥーレシアから勇者達を召喚したという話ですよね?」


「その通り。 特に大国のミリタリアは難民が大量に押し寄せ、政府や各宗派の教会もその対応に追われて混乱している状況だ。 そのせいで国境を閉鎖する事態に発展してるらしい」


「他国に行くことでその国が信仰する神の”恩寵”にすがり、スキルの効力を取り戻そうという魂胆だな」


「今までスキルの効力が高かったのは、サンドリオン帝国が信仰していた女神ルーキス様のがゆえ。 他の神にすがって洗礼を受けたとしても、ほとんどの者は取り戻せんでしょうな」





 ”加護スキル”と”恩寵”は違う。


 ”恩寵”とは、信仰しようとする神の洗礼を教会などで受けた場合、信仰心に応じてその神の力を借り受ける事ができる。


 ”加護スキル”のように神の力は減らない上に、信仰心は神にとって力となり増える。


 まさにWin-Winの関係なのだ。


 ただし、洗礼を受けられる神は一柱と決まっている。


 もし以前に洗礼を受けた神とは違う、別の神の洗礼を受けると、”恩寵”もその


 日本のウェブ小説にある異世界ものように”際限無く”は、無理なのだ。






 リシェンがいつも買い出しに行く、最寄りの町の商店の気のいい商店主や店員に聞いた話がある。


 遥か昔、どこからかやって来た邪神と呼ばれる存在がこの世界――ファーレシアを滅亡の危機に陥れた。


 その邪神が再び復活しかけているという。


 その邪神を討伐するため、この世界の神々が異世界トゥーレシア――自分の生まれた地球世界から勇者達を召喚した。

 しかもどうやら、自分の故郷である日本から呼び出された日本人らしい。


 自分はこの世界でかけがえのない愛する人や家族ができた。

 もうトゥーレシアに戻るつもりはない。


 だが、故郷である日本が今どうなっているか気にならないわけではない。

 特に自分を騙した弁護士がその後どうなったとか。

 もし召喚された勇者に会う機会があれば、訪ねてみたいと思っていた。


「サンドリオン帝国の王侯貴族は人間至上主義が多いからね。 妖精族が中心の我が国よりも、ミリタリア王国に向かう人が多い。 ミリタリアも、人間優位な考えの国ですから」


「サンドリオン帝国の一部の上位貴族が、我が国に対し、難民の受け入れを要請して、それをケーラ陛下は受け入れた。 俺もその一件で走り回ってたから今回の仕事が遅くなったんだ」


 近衛騎士のケインが話しても良い範囲で情報を開示する。


「昔はサンドリオン帝国もヘリッジ皇国でしたからね。 その事を考慮してでしょう」


 リシェンが初めて聞く情報をランスロットが口にした。


「え? そうだったの?」


「リシェンが知らないのも無理ないわ。 なんせ、アンタが生まれる五百年以上も昔の事だし」


 当時、まだヘリッジ皇国領だった領地を、その周辺地域を治めていた貴族達が謀反を起こし、人間が治めるサンドリオン帝国と魔族が支配する魔国が誕生した。


 その裏ではヘリッジ皇国の国力を削ごうとミリタリア王国の裏工作があったとか。


 しかし、二国は共にミリタリアの予想を上回り、未開拓だった地域を怒涛の勢いで開拓。

 国力を大きく発展させてしまった。


 当初、ミリタリア王国が立てていたヘリッジ皇国侵略計画は大きく狂わされたという。

 そのため長年の間、三すくみならぬ四すくみ状態になっていた。


 それが近年、サンドリオン帝国の凋落によりバランスが一気に崩れた。


 いつ大きな戦争に発展してもおかしくない状態。


 そこへ邪神の復活という未知の変数が突如出現。


 その邪神の対処として、世界各国にお告げと言う形で神々の介入があり、緊張が一時的に緩和された状況であった。


 だからこそ今の間に軍事力の強化は必須。

 そのため、空を移動する数少ない手段の飛船発見はこの国にとって朗報なのだが。


「輸送隊や護衛の派遣を軍務局のグリーデン長官が反対したんですよ。 ”今は国境警備に忙しく、人手が避けん! それにタイミングがあまりに良すぎる! 魔国やミリタリアによる欺瞞情報ではないか?”とか疑ってて」


 ケインが半ば呆れた感じで、グリーデンのモノマネをしながらおどけて語る。


「長官くらいの役職の人の反対なんかで断念するもんなんですか?」


 リシェンがもっともな質問をケインに投げ掛ける。

 本来、長官は管理職にあたる。

 特に偉い役職でもない。


「グリーデン長官は代々、軍務大臣を輩出してきた名門の一族でね。 それに侯爵の称号を持っている。 その関係で軍やそれ以外にも広い人脈があるし。 本人も一応は基準を満たしてるから、いずれ軍務大臣になられる御人さ。 だから、彼の意見は陛下でも無視できないんだ。 例え、実の娘であるアナスタシヤ様が関係しててもね」


「えっ!? 義母さん、シュタインベルク伯爵はケーラ様の娘なの!?」


「そだよ。 アナは元皇女様さ。 学生時代に前のシュタインベルク伯爵と大恋愛した末に、降下して嫁いだんだよ」


 レジは微苦笑しながらリシェンに話す。


「まあ、その話はまた今度ね。 アナから聞いた話なんだけど、ケーラ陛下を含む上層部は、ケイン以外にも近衛騎士から護衛を派遣したかったのが、さっきのサンドリア帝国からの難民問題もあって近衛も駆り出されたんだわ。 それで余裕がなくなって、調査隊の護衛にランスロット達――シュタインベルク家の騎士が駆り出されたってわけ」


「我々としては願ったりですけどね。 何せその一隻は、我がシュタインベルク騎士団に拝領されることが決まっていますから。 それを一番に拝見できるのは嬉しい限りです。 ただ、ネズミの対処をどうしようかと……」


「あや、気づいてたの? さすがは、アナが護衛に抜擢するだけあるわね」


「何の話?」


 リシェンや調査隊は、レジとランスロットの”ネズミ”という言葉に首を傾げる。


「いやね。 付けてきてるんだよ。 ケリーニスタッドを出てから。 アタシ達の跡を誰かが。 それも、只者じゃない。 ここまで綺麗に気配を消せるなんて。 昔のアタシだったら絶対に気付かなかったさ」


「うぇっ!? どうするの、義母さん!?」


「まあ、落ち着きな。 どうせヤツらも、今は手出ししないさ。 問題なのは調査が終わって帰る時だ。 何せ、お宝一杯持ってんだからね。 対処は……そうだね――」


 リシェン達は酔っ払ったボロを余所に、”ネズミ”の駆除ついて話し始めた。

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