第20話 リシェンが目指す騎甲鎧

 ――一方その頃


 リシェンとボロは工具や騎甲鎧の部品やらが散らかった工房で二人揃ってウンウン唸っていた。


 結晶核コアについての研究があともう少しというところで行き詰まってしまったのだ。


 リシェン達が結晶核の研究でまず始めに行ったのは魔国製の危険な細工がなされている結晶核と魔国製であるが細工をされる以前の正常な結晶核、そしてボロの特殊スキル【騎甲建造】により生み出された結晶核を比較して回路の種類と機能を調べ上げ、回路の分類を行いまとめていった。


 次に回路の仕組みをリシェンの特殊スキル【トウトマシン】で分解して解析。

 実際に簡単な回路を試作して試してみるとそれは上手くいく。

 しかし回路を増やし、複雑になっていくと途端に動作不良を起こして上手く作動しなくなる。


「何で上手くいかんのだぁ……」


 ボヤくボロ。


 ボロの目の前の作業台には動作不良を起こしてショートした回路が置かれていた。


「何がダメなんだろ?」


「それが分からん! サッパリだあ!」


 余りの難解さにボロの頭が茹だってきた。


「やめだ、やめだ! リシェン、気分転換に作るぞぉ!」


 そう言いながらボロは別の作業台に向かい、その上に置かれていた物を弄り出す。

 そこに置かれていたのはそれぞれ形状が異る二機のラジコン模型航空機。

 見るものが見れば理解できるそれらの形状は、かつて太平洋戦争末期、日本軍が試作した二種類の戦闘機がモデルだ。


 一機は無尾翼機、もう一機はカナードもしくはエンテ型と呼ばれる機体。


 これらはリシェンが自分で考えたリシェン専用の騎甲鎧を作る上で必要な性能試験機だ。

 リシェンが以前、ネットゲームで一目見て惚れ込んだそれら戦闘機の形状と性能を騎甲鎧に組み込む事に決めたのだ。


 そう――リシェンが目指すのは、これら戦闘機に変形する可変機構を取り入れた騎甲鎧だ。


「しかし、トゥーレシア人は凄いモン作るもんだなあ。 魔法も無しで風を進む力に変えたり、それに火を加える事でとんでもない力にして、飛船のように空飛ぶ乗りもん作ったりしてよぉ。 ただぁこいつは、飛ぶ勢いがあり過ぎて、操作がちぃーと難しいが。 それに電波っていうもんも便利だなあ。 遠く離れた場所でやり取りできる。 お陰でこういうモンも作れる」


「電波はあんまり遠過ぎると弱くなるけどね」


 リシェンがステックイプの送信機に、魔石を高純度のアルコールで溶かした液体燃料電池を注入しながら苦笑いで答える。


「それを魔法で補うんだあ。 そうすりゃあ、問題ない! こいつに使こうとるエンジンちゅうモンも、そうして作ったんだしなあ」


「魔法って便利だね」


「何でも出来るってモンでもないがなあ……と、調整はこんなもんだなあ。 後は飛ばして調子をみるとするかあ」


 ボロは送信機でラジコン飛行機のフラップ《可動翼片》を操作して調子を確認しながら言った。








「何だあれ? 鳥?」


「あんな姿の鳥なんて見たことないぞ」


「それに変な音出してる……」


  レジが案内兼護衛を務める集団――ヘリッジ皇国に属する研究者達で構成された遺跡調査隊、それを護衛するためアナスタシヤが派遣した、シュタインベルク伯爵家に仕える護衛騎士数名と騎工師バッシュ。


 それに今回、重要な役割を持つ皇都の女皇直属の騎士団で輸送を担当する――通称”運び屋”と呼ばれる元冒険者の騎士ケイン。


 彼らが異変を察知して騒ぎ出す。


 最初は遠くから急に甲高い音が聞こえて来た。

 レジの自宅がある方向に近づくにつれてそれは大きくなっていく。

 森の木々の間から音源である空を見上げると、何やら高速で飛行する存在が見えた。


 護衛の騎士達は詳細不明なそれに対してすぐさま警戒、臨戦態勢を整える。


『ん~。 アレ、完成したんだ』


 そんな彼等とは正反対に、呑気な調子でティソーナの頭部にあるカメラを通して空を見上げるレジ。


「レジ、アレを知っとるのか?」


『ウチの旦那と義息子が作ってたんだけど。 何でも飛船みたいに空飛ぶ乗りモンだって。 もっとも、あれは模型なんだけどさ』


「何じゃと!?」


 レジの言葉にバッシュは慌てだした。


『どしたん、バッシュ? 急に慌てて』


「ばっ、バカモン!! そんな重要な事、周りにいるモンに聞こえるように言ったら……」


「あっ!? しまった!!」


 レジはバッシュの言わんとしていることをすぐさま理解した。

 そしてバッシュと共に調査隊の方に目を向けると――


「レジさん! 今の話、本当ですか!」


「それはもしや、遺跡から出土した技術ですかな!」


「飛船とは別の技術体系があるとは!」


「い、今すぐ弄りたい! 分解したい!」


 眼をギラつかせながら、レジの乗るティソーナに詰め寄り、質問攻めにする。

 研究者だけあって好奇心旺盛だ。


「ホレ、言わんこっちゃないワイ」


『あちゃ~……』


 ちょっと困り顔のランスロットがレジに問い掛ける。

 レジと騎甲鎧で手合わせしたランスロットは今回、シュタインベルク家が護衛騎士を派遣するにあたってその隊長役を務める事になった。


「あの~……レジ殿、アレは魔物のような危険なモノではないのですね?」


『ああ、うん……大丈夫。 ってか、コイツら引っ剥がして。 ティソーナが動けない……』


「調査隊の皆さん。 質問は後に! その前に、まずはレジ殿の自宅に急ぎましょう! そうすれば、騎工師のボロ殿がいくらでも質問に答えてくれますから!」


 レジの要請に答え、ランスロットは隊員達を説得。


「ならば急ぎましょう! さぁ、早く早く!」


 説得に応じた隊員達。

 はやる気持ちを抑えきれず、レジや護衛騎士達を置いて行く勢いで森の中にあるレジの自宅へと向かった。







「なんだあ、コイツら! 森ン中から急に現れたかと思うたら、喚き散らして!」


 遺跡調査の隊員達は日頃からフィールドワークを専門としているので体力があり、皇都からの長旅でも元気一杯だ。

 そんな彼等に囲まれて質問攻めに合うボロ。

 事情が分からず困惑する。

 

 そんな彼等の後から、軽鎧と剣を帯びた一団を率いて、見覚えのある騎甲鎧が姿を現した。


「おかえり! 義母さん!」


『ただいまー! リシェン!』


 ティソーナから降りてリシェンに抱きつくレジ。


「ぬぉっ! レジぃ! オレもオレも!」


「ハイハイ」


 まとわりつく隊員達を押し退け、レジに抱きつく事をねだるボロ。

 それに答えてレジはボロに抱きつく。


「帰ってくるの遅かったね」


「ちょっと、ゴタゴタがあって。 遺跡調査隊との派遣が遅れたの」


「ケインだ、よろしく! 近衛騎士団で輸送任務を任されてる」


 レジに視線で指し示された三十手前くらいの人間の男――ケインはリシェンに右手を差し出して握手を交わす。


 この国の女皇であるミルラルーシュ・ケーラが調査隊と軍の輸送隊を派遣しようとした際、軍でも高位な役職持ちの貴族がゴネたからだ。

 その貴族はスプリガンという妖精に属する種族で、一見ドワーフに良く似ているが、男女共に醜悪な容姿が特徴である。


「”今は魔国の動きが怪しいし、防備を強化した各砦や国境への兵站を維持するのにも輸送隊は重要だから派遣する余裕はない!”ってね。 んで、結局。 陛下直属の騎士団で、輸送を担当する彼の仕事が空くのを待ってたってわけ」


「いつもなら仕事に余裕あるんですが。 丁度、仕事が重なってしまって」


(えっと……義母さんこの人、そんなに優秀な人なの?)


 ケインに聞こえないよう、レジに耳打ちするリシェン。

 一見すると冴えないおっさんに見えるケイン。

 リシェンには、このケインがどのような重要人物なのか分からなかった。


「ん? ああ、このケインはアイテムストレージ……って、言っても、カードの方じゃなくて、スキルの方ね。 アイテムストレージの上位版のようなスキル持ってるンよ。 それこそ、飛船を何隻でも収納できるくらいのを」


「あ、いや。 何隻でもってのは、さすがに無理ですね」


「でも三隻くらい平気っしょ?」


「大きさにもよります。 現物を見みないと分からんですよ」


 レジの無茶振りに苦笑いで答えるケイン。

 しかし、出来ないと断言しないところをみると、それだけの自信はあるようだ。


「それに今回は、飛船に加えて他に発掘品も沢山あるから、ケインのように日頃から大量の物資なんかを持ち歩ける運び屋が必要になるンよ」


「確かに。 飛船を動かそうにも、俺達だけじゃ手が足りないし、目立つもんね」


「そゆこと」


 リシェンの考えに肯定する。


「もう夕暮れ前だから時間も遅いし、遺跡に向かうのは明日の早朝からね。 街で食材なんか沢山買い込んだから、それで今夜は久しぶりに豪勢な夕食作りましょうかね。 リシェン、荷物運びと料理作るの手伝って」


「分かった! ……て、どんだけ買ったんだよ! 騎甲鎧用のバックパックから荷物がはみ出てるじゃないか!」


「エヘヘ! 久しぶりに街に行ったもんだから奮発しちゃた!」


「それなら、我々も手伝いましょう」


 それを見かねた調査隊の護衛を務めるランスロット達が手伝いを申し出る。


「ありがとう、騎士様!」


「ランスロットだ。 これも仕事の内だからね」


 そうしてリシェンはランスロット達に手伝ってもらい、レジが大量購入した荷物を運び込むのだった。

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