第19話 物騒な情報と嬉しい情報

「この騎甲鎧を今すぐイジらせろ!」


「この騎甲鎧、今すぐにでも納品してもらいたいのだけど!」


 レジが搭乗席から降りてきたら、興奮したアナスタシヤとバッシュが同時に駆けて来て詰め寄られる。


「無理だって! コレは試作でまだ完成じゃないから! だから! ちょっと落ち着けっつーの!」


「伯爵! 落ち着いて下さい!」


「整備長も落ち着けって!」


 二人に揉みくちゃにされるレジを伯爵家専属の騎士や整備兵達が二人をレジから引き剥がし、助けてくれる。


 助けてくれた彼らに軽く礼を言うとレジは説明を続けた。


「コイツを完成させるには結晶核コアの回路をイジらなくちゃダメだけど。 でも、それはボロの専門じゃないからお手上げ状態。 で、今リシェンと手探りで一から研究してんの。 アタシにだって、コイツがいつ完成するのか分かんないのよ……」


「ムゥ……」


「そうですか……それは残念です……」


 不満そうに唸るバッシュと、普段表情に乏しいがこの時ばかりは言葉の通りなのだろう、顔にハッキリと感情が浮き出でているアナスタシヤだった。

 






 ――再びアナスタシヤの執務室にて


「ミルラルーシュ陛下に”運び屋”と調査団を派遣してもらえる様に要請を出します。 レジには彼らを護衛してもらう事になるでしょう」


「――で、戻ってくる時にボロとリシェンを連れてくれば良いわいけね?」


「はい、その通りです。 報酬は弾むのでお願いしますね」


「ハ~イ、了解」


「……伯爵、儂もレジに同行してよろしいか?」


 アナスタシヤから一通り事情を聞き終えたバッシュが、二人の会話が終わる頃に口を挟む。

 バッシュはレジが乗っていた騎甲鎧について、詳しい話をボロから一刻でも早く聞き出したかった。


「当然そうする予定です。 レジやボロ殿を疑うつもりはないのですが、騎甲飛船きこうひせんや他の発掘品の状態を確認してもらわねばなりませんから」


「おお! それは嬉しい限り! では早速、準備を――」


「まだ話は終わっていません」


ウキウキしながら執務室から出ていこうとするバッシュを引き止めるアナスタシヤ。


「貴方には二つ、頼みたい事があります」


「へっ? ああ……もしかして」


「そうです。 王国政府からも要請があると思うのですが、国軍が所有する騎甲鎧――それに使われている魔国製の結晶核の交換と調整作業をボロ殿と協力して下さい」


「確かに。 結晶核を製造できる儂達にしか出来ん仕事だ。 承知した」


 その話を聞いたレジが驚きの声を上げる。


「ちょっと持って!? バッシュが結晶核を作れるなんて初耳なんだけど!!??」


「おっと、しまった!? つい口が滑ってしまったわい……」


 バッシュは慌てて両手で口を塞ぐがもう後の祭り。


「構いません。 どのみち、レジには話さなければなりませんから」


 そうしてアナスタシヤの口から語られたのは、三十四年前に王国内で起こった連続殺人事件の話だった。


 最初は散発的で殺害の間隔が長い(最長で一年以上)のもあって、余計に気付き難かったというのもあり、事故や心臓発作などによる急病として片付けられていた。


 けれど、ある日の深夜。


 とある騎工師が自宅の自分の部屋で休んでいた時に暗闇の中、楕円形の単純な形で黒色に塗り潰された仮面を被った三人に襲われた。


 だが騎甲師が犯人達を返り討ちにすると犯人達は素早く退散。


 そしてその直後。


 返り討ちにあった犯人達は当日中に騎工師達を次々に殺害して回った。


 その夜だけで被害者は九人。


 全体の被害者の数は十七人にも及んだ。 


 そしてその夜に起こった連続殺人から以降、事件が起こることはなかった。




「ああ……アタシらが若い頃、ンなことあったね。 辺境の国境――ウチの国と魔国とサンドリオン帝国の二箇所の国境線で小競り合いが激化して、アタシは傭兵として、ボロは騎工師としてその防衛に参加してたから知らなかったけど」


「その被害者達の共通点が国内で結晶核を製造可能な技能を持つ腕の良い職人だという事。 ですが、それに気づいた頃には既に手遅れ。 犯人達の手掛かりは誰でも簡単に作れる黒い仮面で顔を隠した集団という事。 それ以外――犯人の特徴となるような手掛かりは一切なし。 今もその犯人達の行方はようとして知れません」


「そんな話は聞いた事ないんだけど?」


「箝口令が敷かれていましたからね。 知らないのは当たり前です。 当時、魔国とサンドリア帝国が我が国に対して攻勢を掛けて来てましたから。 そこで弱みにつけ込まれる情報を相手に知られるわけにはいきませんしね」


「もしかして、その時、ボロも標的に――あっ!? そういえば、あの頃。 アタシらの拠点にやたらアサシン《暗殺者》の襲撃が多かったのって、もしかして――」


 アナスタシヤが無言で頷く。


「犯人の手掛かりはありませんが、推測はできます。 恐らく魔国が絡んでいるのは間違いないしょう。 彼らは結晶核を量産可能な種族――サードアイを囲い込んでいますから。 エルフにドワーフ、リトラー《小人》は結晶核の製造自体は可能ですが、騎甲鎧を動かすための回路形成が可能な職人は極少数です」


 結晶核の回路形成に関しては、緻密で繊細な付与魔法の制御が必須だ。

 エルフ、ドワーフ、リトラーは魔法を扱う技術も高いが、マナや魔法の制御が巧みなサードアイ程ではない。

 なので高度な魔法技術を要する結晶核の回路作りはその三種族でも至難の技だ。


「バッシュはその事件後に回路形成の技能を会得したのですが、用心のためバッシュにはその事を隠すように前伯爵――亡くなった私の夫が指示したのですよ。 ですが、レジ。 この事はまだ内密に願います。 バッシュが魔国の標的になる可能性が高いので」


「んで、儂がボロが知りたい結晶核の回路について教えたる。 それがもう一つの頼みごとじゃろ、伯爵?」


 バッシュがアナスタシヤの言いたかった言葉を引き継ぎアナスタシヤに回答を求めた。

 それに対してアナスタシヤはニコリと微笑み肯定する。


「その代わり、新型の騎甲鎧を完成させた暁には我が伯爵家に優先して納入して頂きます」


「そんな事だろうと思ったわ。 どうせボロもその条件で引受るはず。 それじゃあアタシは、アンタ達の準備が整うまで、久しぶりに街で買い物でも行って、ゆっくりさせてもらうよ」

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