第18話 ティソーナ

「まさか、そんな仕掛けが施されていたとは……」


 耳が長く、整った美しい容貌を持つハイエルフの女性が、その形の良い眉を歪ませる。


 シュタインベルク伯爵領、領都――”ケリーニスタッド”。


 その領主館の執務室にて執務机の椅子に腰掛けるシュタインベルク伯爵――アナスタシヤ・シュタインベルクが遺跡の守番であり、親友のレジから聞かされた重大な報告。


 騎甲に使われている結晶核コアのグレードの全てが低性能である事。

 そして、騎甲に緊急停止装置が組み込まれていた事実。


「これは由々しき事態です。 すぐに御母様――ミルラルーシュ陛下にお知らせしなければなりません」


「この国が配備している騎甲はどのくらいあるんだい?」


「……軍事機密です。 話せません――と、普段ならば言うのですが。 今は、そういうわけにもいきませんね。  これからの対応にはボロ殿の協力は絶対欠かせませんから。 それに――二人の養子となり、弟子となったリシェンという子の力も」


 アナスタシヤのその言葉に頷くレジ。


「そのリシェンが見つけたからね。 騎甲の匠であるボロでも気付けなかった、結晶核に施されたその仕掛けを」


「今、この国が保有している騎甲鎧は五千。 その中で現在、各地に配備・運用されている騎甲鎧は三千。 残り二千は予備戦力と整備等での交代用のための騎体。 その中でボロ殿が納品した騎体は百十。 残り全てが魔国製の結晶核が使われた騎甲鎧です」


「実質、ほとんどの騎体の結晶核を交換しなくちゃいけないわけか……。 溜息が出るね」


「そうですね……。 それにしても、ボロ殿以外にスキルで結晶核を作り出せる人間がいたのは驚きです。 その子、どこで拾ってきたのですか?」


「家の近くを流れる川――嵐で増水した時にね」


「あそこの川は確かナラ川……その川上というと、今はミリタリア王国の支配地域ね。 ねぇ、その子――」


「ダメ。 ゼッタイあげない」


「ムッ! 何故ですか?」


「アンタ、自分の娘婿にしようと考えてんでしょ? お生憎様。 リシェンには既に相手がいるのよね!」


「でも、あと一人くらい……余裕あるでしょう?」


 縋るような目でレジを見詰めるアナスタシヤ。

 とある事情から中々相手が見つからない、我が娘のために食い下がる。


「……相手の娘にちょっとした事情があってね。 デリケートな問題なの。 だから、ダメ」


 眉をハチの字にして残念がるアナスタシヤ。

 自分の目の前に立つ親友のレジは、一度決めたらその意思を余程の事がない限り曲げる事はない。

 だから諦めるしかないのだ。


「貴女がそう言うなら仕方ないですね。 ここは素直に引きましょう。 ……話は変わりますが、貴女が乗って来た騎甲鎧の装甲――あれ、偽装なのでは? ウチのお抱え騎工師のバッシュが騒いでましたよ。 ”あの装甲の下には何か秘密がある!”って」


「あちゃ~、バッシュにはさすがにバレたか……。 できるだけ目立ちたくなくて、装甲の上から鉄板貼り付けて、リベットで止めたのよ。 ――まさか、外して動かしてみせろ、なんて言わないよね?」


 頷くアナスタシヤ。


「もちろんです。 もしかして、あの騎甲鎧を作ったのは――」


「作ったのはボロよ。 アイデアを出したのがリシェン」


「そうなのですか?」


 アナスタシヤは椅子から立ち上がるとレジに近寄る。


「じゃあ、その騎甲鎧、見せて下さい」


 そう言いながらレジの腕を掴むと素早く体を持ち上げ、まるで荷物を持つように自分の腕の中に抱え込む。


「ちょっ!? 偽装を一旦外したら元に戻せないのよ!! それにまだ、試作段階で完全じゃないから!!」


「大丈夫、大丈夫。 バッシュに頼んで見た目だけでも元に戻してもらえば問題になりません。 その費用も私が出しますから。 それに性能をちょっとだけ見せてくれれば良いのです。 さあさあ、行きましょう!」


 アナスタシヤはレジと同じ様に一度言い出すと人の話を聞かない強引なところがあった。

 

 こうしてレジは伯爵家の屋敷の中、彼女の騎甲がある格納庫までアナスタシヤに担がれていくのであった。







 レジを抱えたアナスタシヤが格納庫に辿り着くと、騎甲の整備兵や騎士達が取り囲む中、レジの乗って来た騎甲鎧にへばり付き、 あちこちベタベタ触りながらうんうん唸っているドワーフがいた。


「ほうほうっ! こりゃあ中に”骨”が入っとるな! ”皮”もついとる! 昔、軍で試作された物によう似とるわ。 ……だが、あれはアダマンタイトを大量に使うから、そのせいで重いわ、機動力もおもいっクソ下がるわ……オマケにコストも嵩む。 なのに、コイツは軽やかに動いとった。 ――解せん!」


 人間に例えると中年に差し掛かる、そのドワーフの下に歩いて近寄るアナスタシヤと彼女の脇に抱えられたレジ。


 整備兵や騎士達が自分達の仕える主に気づくと横一列に並び、彼女に向かって整備兵は頭を下げ、騎士は敬礼をする。


 が、アナスタシヤは礼は不要とレジを抱えていない方の手でそれを制す。


 周囲が神妙な雰囲気にもかかわらず、中年ドワーフはレジの騎甲鎧を調べるのに夢中になっており、彼女達に気づく様子もない。


「バッシュ、どうですか? 何か分かりましたか?」


「ぬおっ!? アナスタシヤ様、いつの間にっ!!」


 己の主に声を掛けられてようやく気づいた中年ドワーフ――シュタインベルク家お抱えの騎工師バッシュ。


「……レジ、お前また、アナスタシヤ様に担がれとんのか。 いくつになっても好きだの~、それ」


「私だって好きで担がれてんじゃないわよっ!!」


 アナスタシヤの腕の中、レジはもがいて抜け出すと素早く彼女から遠退く。


「アンタもいい加減、それ辞めてよね!!」


「良いではないですか。 私は困りません」


「アタシが困るの!!」


 頬を膨らませ、憤るレジ。


「それよりもレジ。 ここまで来たのですから諦めて見せて下さい。 この騎甲の本来の姿とその性能を」


「おおっ! それはありがたい! 儂にも見せてくれい!」


  バッシュにアナスタシヤ、彼女に仕える者達が注目する騎甲鎧。

  その名は”ティソーナ”。

  それがレジが乗って来た新たな愛騎。


「……はぁ、仕方ないか」


  レジは溜息を吐きながら、”ティソーナ”に近寄ると搭乗口を開ける。


「な、何とっ!?」


 操縦席を覗き見たバッシュは驚きの声を上げた。

 ティソーナの操縦席は、彼が今まで見た事がない、不思議な仕様となっている。

 従来の騎甲鎧の操縦席は必用な計器や装置でゴチャゴチャしているのに対し、ティソーナは広く空間が取られている。

 左右両側、それに搭乗席から見て前方上部・下部には表面が滑らかで、長方形をした灰色の半透明の板が搭乗者から良く見えるよう配置されていた。


「……中が広い、それにスッキリしとる。 これで本当に動かせるのか?」


「いいから。 そこ退いて。 閉じるよ」


 レジが操縦席に乗り込むと胸部ハッチを締めるボタンを押す。

 すると、騎甲鎧の首元の装甲が下りてきて、観音開きとなっていた胸部装甲が最後に閉じた。


 同時に操縦席に設えられていた灰色の半透明の板に光が灯り、騎甲鎧の眼の内部に仕込まれたカメラから取り込んだ外の景色を映し出す。


 このカメラと映像板はリシェンが遺跡で見つけたアーティファクトを解析して、その技術を使用したものだ。


「おおっ! 自動で開閉するのか! 贅沢だの~!」


 ハッチが閉じる様子を見て、バッシュが感嘆の声を上げた。


 騎甲鎧の殆ど手動でハッチを開閉する。

 ハッチの自動開閉は多少便利ではあるが、それを取り付けるだけで騎甲鎧の価格は目玉が飛び出るほどに跳ね上がる。

 だから、そうした余分な機能は金銭的に余裕のある金持ちや貴族のボンボンが金を注ぎ込んで作らせる贅沢な機能なのだ。


『ちょっとアナ~、【結界エリアウォール】でアタシのティソーナを囲って~。 でないと、リベットが飛んで危ないから』


 レジが外部に声を届ける魔具製のマイク――これも本来なら伝声管を使う。


「分かりました。 【結界エリアウォール】!」


 アナスタシヤが呪文を唱えると、レジが乗るティソーナの周りに透明なドーム状の膜――【結界】を展開して囲う。


「これで良いですね?」


 レジは再度周りの安全を確認して皆に声を掛ける。


『じゃあ、行くよ~!』


 操縦桿の横に臨時で取り付けたボタンのスイッチを押した。

 すると、装甲に偽装した鉄板の繋ぎ目部分に仕掛けられていた炸薬が次々破裂して、鉄板を繋いでいたリベットが次々に弾け飛ぶ。

 繋いでいたリベットを失うと鉄板はガラガラと大きな音を立てて崩れてゆく。

 そして偽装した装甲の下に隠されていた、”ティソーナ”本来の姿が顕になった。


 内部フレームと呼ばれる騎甲鎧の骨格や関節は装甲には完全に包まれておらず、内部機構やパイプなどが所々が剥き出しに。

 今までの騎甲鎧にはなかった独特な曲線的フォルムの外部装甲は真っ赤に塗装されていた。


 アナスタシヤやバッシュ、その姿を目撃した者達は皆一様に目を大きく見開いて驚く。


「これは、一体……」


「な、なんじゃ、こりゃ……」


 今までの騎甲の概念を超えた異形の姿に皆一様に言葉が出ない。


 だが、見た目だけでは良し悪しは分からない。

 はったりか?、それとも本物なのか?

 目の前の異形の姿をした騎甲鎧の性能を確認したい。

 その衝動に駆られたアナスタシヤはある事を思いつく。


「……レジ、この騎体でウチの騎甲鎧と手合わせして頂けませんか?」


 アナスタシヤの口から出た言葉は騎甲鎧の性能を最も分かりやすい形で理解できる方法。


 騎甲鎧同士の手合わせ――戦いだ。


 だが、レジの返答は――


『””の騎甲鎧じゃゼッタイ駄目! 乗ってる騎甲士が死んじゃうから!』


 まるで悲鳴を上げるように拒絶する。


 そのレジの今まで見せた事のない反応に、アナスタシヤやバッシュは余計に興味を惹かれた。


「ほほう! お前がそんな反応するとは初めてだな!」


「そうですね。 騎甲鎧の事に関しては冷静な判断が下せる貴方がそんなに慌てるだなんて。 ……益々興味が湧きました。 そこの貴方、ちょっと――」


 アナスタシヤは傍にいた整備士の一人になにやら耳打ちする。

 その整備士は彼女の命を受け、走ってどこかに向かった。




 ――五分後


 大きな音を立てながら大地を踏みしめ、一体の騎甲鎧が剣と盾をその背に担いでアナスタシヤの下にやって来た。


 この騎甲鎧は伯爵家の敷地内にある修練場で訓練を行っていたところに整備兵がアナスタシヤの伝言を聞いて、そこから騎甲鎧を歩かせて来たのだ。


『アナスタシヤ様、お呼びにより馳せ参じました』


「ランスロット、貴方の乗る”アーバイン”と”国崩し”レジが乗るあの騎甲鎧との手合わせを命じます」


『だから! 駄目だって言ってんでしょうが! ねぇってば! 人の話聞いてる?』


 アナスタシヤは喚くレジを余所に騎甲士――エルフ族のランスロットに命じる。


 ランスロットは騎甲鎧の中から外を見るためにある胸部装甲の隙間からレジの乗る”ティソーナ”を一瞥すると、騎甲鎧の中で怪訝な顔をしながら自身が仕える主に尋ねた。


『……アナスタシヤ様、あれは何ですか?』


「”国崩し”のレジが乗るあの騎甲鎧は、騎工師ボロとその弟子リシェンなる者が製作した新しき騎甲鎧です」


「えっ!? あれが騎工師ボロの新作!!」


 ランスロットも男の子、騎甲鎧には目がない。

 だが、ただでさえ高価な騎甲鎧を、一代限りの騎士爵家の出自で経済的な余裕のない自分が手に入れるには難しい。

 だから貴族でも裕福でなおかつ騎甲鎧を所有しているシュタインベルク伯爵家に父親のコネで兵士見習いから仕え、この度やっと念願の騎甲士に取り立ててもらえたのだ。


 その騎甲士になるには幾つもの厳しい試練を突破しなければならない。

 それを成し遂げたランスロットの腕前は――十分な実力を備えていた。


「我が騎士団の中でも騎甲士として一、二の実力を持つ貴方にその性能を確かめてもらいたいのです」


「そういう事ならば承知しました」







レジの駆る”ティソーナ”とランスロットの搭乗する”アーバイン”の二騎は修練場に移動する。


 その間、修練場には話を聞きつけて、手の空いていた騎士や兵士、騎甲士に整備兵達が見学に訪れて大盛況だ。


 アナスタシヤやバッシュ達、大勢が見守る中、互いに向かい合う。


 ランスロットはティソーナに向き合いながら背中と肩にマウントされた長剣と盾をそれぞれ手に持つと、ラッチを解除して背中から長剣を、肩から盾を取り外す。

 

(私の乗るアーバインも騎工師ボロが作った鎧。 しかも騎甲士はあの”国崩し”。 奇天烈なあの騎甲鎧が如何ほどの性能か分からぬが、あの”国崩し”を倒せば私の格も上がると言うもの。 我が栄達のための贄としてくれようぞ!)


『レジ殿、不肖このランスロットがお相手致す!』


 ランスロットはそう言うと騎甲鎧に剣と盾を構えさせる。


 周りの様子から、もう止められないと悟ったレジは諦めた。


「どいつもこいつも、全然人の話聞かないし! ったく、もう! どうなっても知らないからね!」


 レジは自分の事を棚に上げ、アナスタシヤ達を非難するが、アナスタシヤ達からは、”お前が言うな!”と心の中でツッコミまれていた。


「儂が審判してやろう!」


 バッシュが自ら審判をかって出た。


「ん? レジ、背中の大剣は使わんのか?」


『言ったでしょ。 やりあったら相手は死んじゃうって。 それなのに使えるわけがないでしょうに……』


「フンッ! それを負けた時の言い訳にするなよ!」


 バッシュはレジを挑発してみるが、先程まで口調が荒々しかったレジからは一転、反論の言葉が帰って来ない。


 その様子を見て取ったバッシュは――


 (……こいつぁはもしかしたら、レジの言う通りになるかもしれん。 したら、ランスロット。 迷わず成仏してくれい!)


 ――などと、心内ではとても物騒な事を考えていた。


 自分達がランスロットをけしかけたと言うのに、なんともはや薄情な身内だ。


「ルールは簡単! 先に相手に一撃入れた方の勝ち! ただし、移動の範囲はこの修練場のみとする! 始めっ!」


 バッシュの掛け声で”ティソーナ”vs”アーバイン”の手合わせが遂に始まった。


 初めに動いたのはティソーナだ。

 その動きはまるで人体の骨格の様に滑らかで素早い。

 それに比べてどこかぎこちなく、ゆっくりした動作のアーバイン。


 その動きの速さに一瞬、ティソーナの姿を見失うアナスタシヤ達。


「はっ、速い! なんて速さなの!?」


 瞬く間に間合いを詰め、懐に潜り込むために邪魔なアーバインの長剣と盾を右の片腕だけで軽々払った。


 ”払った”――ただそれだけでアーバインの肘関節から先の腕がもぎ取れ、長剣と盾それぞれ手に持ったまま払った方向とは逆方向に弾け飛ぶ。


 装甲板にはオリハルコンの次に超硬質の魔法金属、アダマンタイトを使用しているので潰れる事こそなかったが、装甲板を支える中の枠組みごと曲がっていた。


 軽く払われただけで両腕が弾け飛んだ。


 身をもって体験したその現実に、本格的に試あったら自分はどうなるのかと未来を想像して、ランスロットの顔は恐怖の余り蒼白となり、体はガチガチと上下の歯が小刻みにぶつかりあうほど震え上がった。


 ティソーナはアーバインの胸のハッチに拳で器用にノックをするとランスロットに尋ねた。


『……まだ続ける?』


『まっ、参りましたっ!』


(こ、こんなバケモンに勝てるかっ!!)


 ランスロットの戦意は完全に折れてしまった。

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