第17話 魔王の陰謀

 リシェンは今日も今日とてレジと鍛錬に精を出す。

 レジとの手合わせは怪我が絶えない。


 機甲鎧を使っての戦闘でもレジに攻撃を撃ち込まれる度に衝撃で中の操縦席が揺さぶられ、身体のあちこちが打撲まみれだ。


 不老不死の効果があるスキルを持つ身でもすぐに身体の傷が回復するわけではない。

 体の再生にはどうしても一定時間掛かってしまう。


 超速再生のスキルでもあれば話は別だが。


 そんなわけで、リシェンはレジから受けた傷を特殊スキル【トウトマシン】を使って回復速度が速い魔法薬を体内で作り出し、身体を治療して回復させる。


 その後はお待ちかねの騎甲製造の修行である。


 現在、リシェンは騎工師であるボロと共にレジ専用の騎甲鎧を開発中だ。


 今までのレジ専用騎甲鎧は西洋の全身甲冑を模した外観だったが、それをリシェンが地球の祖国――日本のアニメや漫画などから得た知識をもとに設計から見直した。


 この世界――ファーレシアにおいての人型機動兵器である機甲鎧は昔あったブリキの玩具を大きくした様なものであった。


 外観は言うに及ばず、中身は操縦席以外空洞。


 頭は飾りというか、潜望鏡代わりだ。


 では、どうやって動かすかと言うと、マナの結晶で出来た結晶核コアというものが騎甲の装甲板内に回路を構築し、それをつたの様に騎甲全体に張り巡らせ、それが人間で言う所の筋肉や筋、神経の役割を果たし、操縦機器を通して結晶核で動作を制御する仕組みとなっている。


 ちなみに、騎甲は種類問わず大体がこの様な仕組だ。


 この仕組みのメリットは伝達回路が魔法的効果で装甲全体に及んでいるので、装甲が多少破損したり欠損しても動作や機能に影響を及ぼさない。


 そのためか、騎甲がこの世に生まれてこの方、仕組みがほとんど変わっていない。

 車の様にガソリン車から電気自動車へ、AIによる自動操縦化の様に仕組みが劇的に変わる技術革新がこの世界の歴史を紐解いてみても行われた形跡がないのだ。


 それだけこの仕組や構造がこの世界に浸透してしまい、この技術を手放せなくなってしまった。

 それほどまでにこの技術が”常識”になってしまい、他の技術が入る余地がなくなってしまった。


 現状のこの世界ファーレシアの技術だけでは多少の工夫を凝らしても五十歩百歩、どんぐりの背比べ。

 性能は一律で横並びになってしまうし、工夫して騎甲の性能を多少良くしても、それ以上に経費が掛かる。


 割に合わないのだ。

 

 ボロには特殊スキル【騎甲建造】があるからこそ、その工夫部分を簡単に実現できるのでコストも据え置き。


 これがボロが騎甲の名工として世界に名を馳せた大きな要因の一つだ。

 そのボロですらこの世界の技術の常識に囚われて先に進めていなかった。


 しかしそこに、そんな技術の常識に染められていない人物が現れた。


 リシェンだ。


 リシェンはトゥーレシア――地球の、しかもロボットを題材にした物語が数多くある日本の出身。

 さらには騎甲関連のギフトを持ち、今までの技術の問題や常識の壁を打ち破れる力――

特殊スキル【トウトマシン】の所持者でもある。


 リシェンの知識、”生物の身体の仕組みを模倣する”フレーム機構はボロにしてみれば目からウロコの発想だった。

 ボロはリシェンからその仕組の話を聞いた途端、興奮してすぐに試作の模型を作ったくらいだ。


 現在の騎甲にもフレームは存在するが、それは人間の様に中央ではなく枠型に組み上げた骨組みで、それに装甲板を貼り付けるものだった。


 耐久力や強度を追求する装甲板はオリハルコンの次に硬度が高いとされるアダマンタイト等の魔法金属を多く含んだ合金製の部材を使用するのでその分経費が掛かる。

 それにアダマンタイトは純度が高くなれば硬度は増すが、その分重量も増すと言う問題点もあった。


 だがリシェンが教えてくれたフレーム機構は、ファーレシアで使われているフレーム機構の技術とは全くの別物だった。


 新しいフレームに使用する部材は硬さだけでなく、柔軟性も求められる。

 それをアダマンタイトを全く使用せず、鉄と炭素を用いた鋼材をもとに、少量のミスリルとダマスカスという二種類の柔軟性のある魔法金属を混ぜた合金で、重量とコストの問題を同時に解決した。


 人と同じ様な骨格のフレーム構造を採用した事で、関節の可動範囲の拡大や柔軟な動きが可能になるばかりか、このフレーム機構のお陰で今までの枠組みフレームで使用していた余計な部材を取り払え、その分重量が軽くなり、機動力と燃費が格段に上がり、性能が六倍に跳ね上がった。


 だが、その新しいフレーム技術を試している最中に、それよりも大きな問題が発覚した。


 市場に流通している結晶核の性能が意図的に低く設定されている事にリシェンが【トウトマシン】で発見したのだ。


 市場に流通している結晶核には騎甲鎧や騎甲船、騎甲馬車等、それぞれ専用の結晶核が下級、中級、上級、最上級の四つのグレードにランク分けされているのだが、それらが実際には一番性能の低い下級の結晶核に出力制限を設けて、それらしく見せていたに過ぎなかった。


 しかもそれだけではない。


 結晶核に組み込まれていた回路には騎甲の全機能を緊急停止する信号を受信する回路が隠されていた。


 これに関して、ボロは百年以上昔に製造された結晶核や自身の特殊スキル【騎甲建造】で製造した騎甲の結晶核よりも性能が低い事を理解していたが、まさか全機能を停止させる細工も施されているとは思わなかった。


 それを知った時のボロは、”騎工師を舐めとんのかあ!!”――と、普段温厚な彼からは想像も出来ないくらい怒り狂った。

 その姿は幼馴染でもある妻のレジが大いに驚く程だったと言う。

 

 この結晶核は騎甲の映像回路・駆動回路・命令神経伝達回路・操縦回路・それら制御回路の形など騎甲に関する重要部分を一手に引き受けている。


 結晶核は主に魔族の中でも特にマナの扱いに長けている種族――サードアイと呼ばれる三つ眼族が魔獣の核である魔石を原料にして作り出していた。


 そして結晶核に関わる一切をサードアイが属している魔族の国――魔国が一手に取り仕切る。

 魔国が結晶核を一般の流通経路を通して世界中に販売し、騎工師はその結晶核を手に入れて騎甲を製造する。


 それによりサードアイと魔国は莫大な利益を得ていた。

 その代償にサードアイは魔国によって厳重に管理され、結晶核の製造技術は秘匿されている。

 当然だが魔国は技術流出を恐れ、現在、サードアイの出国を禁止している。 


 結晶核を騎工師でも作り出せる者はいるが、当然、秘匿技術としており、その情報は世間に出回らない。


 ボロも結晶核を作り出せるその内の一人だ。


 ボロの【騎甲建造】はスキル発動の条件に建造のための素材が必要だが、唯一準備する必要の無いのが騎甲の心臓と頭脳にあたる結晶核と騎甲を動かす燃料だ。


 【騎甲建造】によって作られる結晶核と燃料は大気中に存在する周囲のマナを取り込み形成して作り上げる。


 当然の事だが性能に制限は加えていない。


 では一体、誰が、何の目的でそんな事をしているのか?


 答えは簡単だ。


 魔国を総べる魔王の指示以外にありえない。


 目的は恐らく、軍事資金を調達すると同時に騎甲を使用する敵対国と戦争になった場合、相手国の主力である騎甲の動きを止めるためだとボロとレジの二人は睨んだ。


 この問題を重く受け止めたレジはすぐにシュタインベルク伯爵のいる領都――”ケリーニスタッド”に完成したばかりの自身の騎甲鎧――”ティソーナ”で知らせに向かうのだった。

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