第16話 リシェンとレイニィ、時々ウィロ
「……どうしたのウィロ? こんな所に連れて来て」
レイニィはリシェンとの事がショックで今は誰にも合いたくなかった。
しかしウィロは何かと強引な理由を作って、半ば無理矢理教会から連れ出された。
ウィロは誰もいない村外れにレイニィを呼び出し連れて来たのだ。
ウィロにしては強引だと思いながらもレイニィは彼に付いて行く。
「リシェンッ!!?」
そこにはレイニィが今最も逢いたくない相手――リシェンが待っていた。
自分だと逃げられるかもしれなかったので、リシェンはウィロに頼んで自分の代わりにレイニィを教会から呼び出してもらったのだ。
「……レイニィ」
「何しに来たのリシェン? 貴方、他所の家の子になったのでしょう? それにもう……ここには貴方の居場所なんて無いわよ。 早く帰れば?」
自分はもうリシェンと関わってはいけない。
リシェンの事を思い、彼を冷たく突き放してその場を立ち去ろうとするレイニィ。
しかし、リシェンはレイニィの腕を掴み引き止める。
「離してっ!!」
語気を強めてリシェンを拒絶し、リシェンの手から逃れ様ともがく。
だがリシェンはそれを決して許さない。
「俺――レイニィの本心が聞きたい」
「私の、本心……?」
「ギゲロ村長と俺の事、どう思ってた?」
「さっき話した通りよ。 私はギゲロを愛してた。 貴方の事なんて何とも思ってない。 貴方は私とギゲロが愛し合うための隠れ蓑よ」
レイニィは先程と同じ言いわけをする。
その嘘も何も知らない以前の自分なら通用したであろう。
しかし、もうその嘘は通じない。
リシェンは既にウィロから真実を知った。
その上で聞くレイニィの言い訳は――どこか強引で矛盾していると気づく。
「じゃあ、何で村長と結婚しなかったの?」
「それは村長には奥様のラーナさんと息子のウィロがいたからで――」
「この国は基本、一夫一妻だ。 だけど別に複数の女性と結婚出来ないわけじゃない。 生活が厳しい農民ならともかく、相手が村長なら、二人くらい妻がいても十分な生活が出来るはずだ。 現に他の村ではそういう村長もいる」
これはウィロからの受け売りだ。
以前、そういう話をウィロから聞いた事がある。
言い訳できぬ様にリシェンはレイニィを理詰めで徐々に追い詰めていく。
「それは対面の問題よ。 私の様に年の離れた若い妻を娶れば何かと村人や世間の目が厳しいから……」
「……レイニィ。 俺、ウィロから全部聞いたんだ。 村長が――ギゲロが裏で何をやっていたかっ!」
レイニィとのやり取りがいい加減焦れったくなったリシェンは核心を突く。
「っ!?」
「だから誤魔化さないで話してくれ!」
「私の本心を知ってどうするの? 私と寄りを戻すつもり? そんな事、私から逃げた貴方に! 出来るわけがない!」
「……」
「私はギゲロに汚され続けてきたのよ? 今更、誰かと幸せになんてなれない! なれないのよ!」
「……レイニィはギゲロの事、憎んでたんだね?」
「そうよっ! でも、私にはアイツを殺す事が出来なかった! あの子達のために、アイツを憎んでも、我慢する事しか出来なかった!」
「……」
「どう? 分かったでしょう? 貴方の事もアイツから逃げるのに利用しただけなの。 分かったらもう行って。 ……二度と戻って来ないで。 そして、私の前に二度と姿を現さないで」
泣きそうになるのを必死で堪えるレイニィ。
レイニィは心の中で泣き叫ぶも、リシェンはレイニィの腕をこの半年の間に鍛え上げた手で強く掴んで決して離そうとしない。
「……まだ俺の事、どう思ってるか聞いてない」
「だから! 貴方の事なんて何とも思ってないって言って――」
「俺は! レイニィの本当の気持ちを知りたいんだ!! だから!!! 言ってくれ!!!!」
レイニィはリシェンの心からの強い問い掛けに観念して、遂に自分の本心を話す。
「……貴方の事は、今まで弟の様に思っていたわ。 でも……私から離れていた間に、立派に成長した貴方を見て……今は、正直……分からない……」
”弟”と聞いて少しショックを受けるリシェン。
でも、それに続くレイニィの言葉はどこか迷いを孕んでいた。
そこに希望を見出したリシェンはフッと力を抜いて、掴んでんいたレイニィの腕を離し、微苦笑しながらレイニィに問い掛ける。
「少しは……俺、弟を卒業できた?」
「少し……ね。 で、でも、まだよ! まだまだ! 貴方は私の弟なんだから!」
ムキになって反論するレイニィ。
レイニィの灰褐色の肌でも照れで顔が赤くなっているのがハッキリと分かる。
それが”弟”としてではなく、異性として、男として意識している事を証明しているとも気付かずに。
レイニィはこの村に来てギゲロに身体と心を弄ばれた。
そして現実の厳しさと世の無常を知った。
既に過ぎ去った過去に”もし”はあり得ないが、それでも敢えて言うなら。
もし、ギゲロと出会う前にリシェンと出会っていたら。
もし、ギゲロの魔手からリシェンに助けられたら。
きっとレイニィはリシェンと底無しの愛に堕ちただろう。
「じゃあ俺、ちゃんとレイニィの弟を卒業したいから……もう一度、始めからやり直そう」
「なっ!? 本気で言ってるの!?」
「俺、本気だよ。 てっきり、レイニィはギゲロの事を愛してると思って……俺、それが物凄くショックだったんだ」
「そんなわけないでしょう! あんなクズ、好きになるわけ……ご、ごめんなさい、ウィロ!」
慌てて訂正するレイニィ。
だがウィロは、苦笑いしながら軽く手を振り、気にしてないと言う。
「いや、いいんだよ。 僕もそう思ってたし。 それに、どうせ血は繋がってないしね」
あっけらかんと重大な告白をリスペクトするウィロ。
「ウィロ…貴方、知ってたのね……」
「うん。 小さい頃、ギゲロに言われたんだよ」
本当はギゲロが自分の子でないウィロを鍛えるのを理由に幼い頃から虐待していたのだ。
その拍子にギゲロは面白半分でウィロに己の子でない事をバラした。
それ以降、ウィロが自分に憎しみを溜め込み、復讐の機会を伺っていた事も気付かず共に過ごしていたのだ。
そして、ギゲロは死んだ。
「それで? レイニィはどうしたい?」
ウィロの質問に一瞬戸惑うレイニィ。
「私は……やり直せるなら……やり直したい。 こんな私で、良いのなら……」
「じゃあ、決まりだね」
ウィロはリシェンに目配せする。
リシェンはウィロに頷いてそっとレイニィを抱き寄せた。
「……ッ!?」
「レイニィ、愛してる。 俺と結婚してくれ。 そしてずっと、俺の側にいて欲しい」
「は…い…、はい! リシェン!」
レイニィはリシェンの胸の中で何度も頷き、包まれるように抱かれたレイニィは本心から喜びの涙を流した。
「リシェン、良かったじゃない!」
唐突に現れたレジ。
いきなり現れたレジに声を掛けられ驚く面々。
「うわっ!?」
「キャッ!?」
「かっ、義母さん!?」
レジは気配を消して今までリシェンやレイニィ達を隠れて観察していたのだ。
「え~と、リシェン、この娘は一体……」
レジに戸惑い言い淀むウィロ。
今まで見た事がない立派な揉み上げの少女。
ウィロは人間以外の他種族は、森の中の集落に住むミイナのようなエルフや、時折、行商で村を訪れるリトラーと呼ばれる小人族しか見た事がない。
「この人が俺に武術と騎甲の操作を教えてくれているドワーフのレジ師匠で、騎工師のボロ師匠の奥さん。 それで俺の義母さんでもあるんだ」
「へ~、初めてドワーフの人見たよ」
「はじめましてだね! 私がリシェンの師匠兼義母よ! いや~、どんな娘かと思って心配でついて来たけど、杞憂だった様ね! 安心したわ!」
「……義母さん、付けて来たの間違いでは?」
「あはは……何の事かな?」
ジト目で見詰めるリシェンから、顔を逸して恍けるレジ。
「あっ! は、初めまして、私、レイニィと言います。 その、リシェンの――」
「分かってるよ。 アンタがリシェンの嫁――つまりアタシの義娘になるんだね?」
「――っ!? は、はいっ!!」
「アンタも色々苦労したみたいね。 でもこれからはリシェンや私もいるからいつでも頼りな。 あ、次いでにちょっと頼りないけど、ウチの亭主のボロもね!」
チャーミングにウインクして見せるレジ。
「は、はいっ! ありがとう御座います!」
レイニィは涙をポロポロ流しながら返事した。
孤児故に今まで彼女の周りには頼りに出来る人がいなかった。
でも、それも今日まで。
愛する旦那様と頼れる義母が出来たのだ。
こんなに嬉しい事はない。
とは言え、レイニィはすぐにリシェンと一緒にいられるわけではない。
レイニィには神官として任された教会の管理の仕事がある。
それに孤児達の面倒も。
教会付きの神官の職を辞する場合は当然、所属する教会に届け出なければならない。
それには時間が掛かる。
リシェンの方は騎工師としてまだまだ修行中の身。
ボロを交えて今後の事を相談しなくてはならない。
結果、今は一旦このまま別れる事になった。
リシェンは別れる前に【トウトマシン】を使い、遺跡で発見したアーティファクトの一つを再現した。
それは手の平サイズの小さな箱型の通信機で、それを三台作る。
その取扱いを説明しながらレイニィとウィロに一台ずつ渡す。
「これでいつでも連絡できる。 だから何かあったら連絡してくれ。 すぐに駆け付けるから」
「分かったよ!」
「リシェンも修行、頑張ってね!」
「ああ!」
そしてリシェンはレイニィへの思いを新たに、レジと一緒にボロの待つ家へと帰って行った。
――蛇足
家に戻って来たその日の夜、リシェンの下に早速レイニィから連絡が入った。
と、思ったら――
「リシェン、リシェン!!」
「これでリシェンと話できるの?」
「うわーい、リシェン!」
「止めなさい! それはオモチャじゃないの!」
ドタドタという足音と共に教会の子供達を叱るレイニィの声が通信機から聞こえてくる。
どうやら子供達には全て知られていたみたいだ。
「ハハハ……」
もう苦笑いしか出来ないリシェンであった。
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