第15話 覚悟と決意

 教会から――レイニイから逃げる様に出て来たリシェン。


 リシェンはティカ村に帰ってくる時よりもなお一層落ち込んだ。


 やはり戻ってくるべきではなかった。

 ホントの事なんて知りたくなかった。

 そんな思いが心の内を占める。


(もう帰ろう……義父さん、義母さんの待つ家に。 ――って、義母さんは付いて来てたっけ。 探して一緒に家に帰ろう。 でも、どこにいるんだ?)


 リシェンはレジを見つけるために村中を探し回る。


 すると、道の向こうからこちらに向かって誰かが走って来るのが見えた。

 シルエットと着ている服装から男だという事は何となく判別できる。

 相手が近づいて来るとそれが誰だかハッキリと分かった。


「ウィロ……」


「ハア、ハア、リシェン……帰って来たんだね! 良かった、心配したんだよ! 今までどうしてたのさ!」


 ウィロの問い掛け何も答えないリシェン。

 ギゲロの息子である彼なら、もしかしたらレイニィの事を知っていたかもしれない。

 それなのに親友の自分に隠して、影で村人達と一緒に馬鹿にして笑っていたのかも。

 リシェンはそんな暗い思考に囚われ掛けていた。


「浮かない顔してどうしたんだよ? レイニィにはもう会ったのかい? レイニィもずっとリシェンの事、心配してたんだよ」


「ウィロ……俺、ティカ村を出るよ。 ……それでもう、二度と戻らないつもりだ」


 再会したリシェンの口から唐突に出た別れを告げる言葉。

 彼はリシェンの思いもよらぬその言葉に慌てふためく。


「なっ、何でっ!? レイニィはどうするのさ!」


「俺、村からいなくる時、レイニィと村長が……ウィロの親父さんがレイニィと裸で抱き合っているところを見たんだ。 それでさっき、レイニイにその事を尋ねたら――レイニィが言ったんだ。 ”自分はギゲロを愛してる”って……。 だから、邪魔な俺は村から出て行くのさ」


 自嘲気味にウィロに話す。

 ウィロはリシェンのその言葉で全てを悟った。

 レイニィは彼の将来と幸福を考えて、自分と別れるよう促すためにギゲロとの事を嘘を交えて告白したと。

 

「……レイニィから聞いてないのかい? 父さんは……ギゲロは死んだよ。 狩りの途中、取り巻きの男達と一緒に。 大熊に食い殺されて」


「ッ!? いや、レイニィからは何も!!」


 ギゲロが死んだ。

 その事実に驚くリシェン。

 まさか、ギゲロが死んでいるとは思いもよらなかった。

 

 ウィロは覚悟を決めて、今までリシェンに隠していた自分の知るギゲロとレイニィの全てを語って聞かせた。


 彼の話す内容にリシェンは歯を食いしばり、拳を握りしめ、爪が皮膚を突き破るほどにめり込み、血が指を伝い地面に滴り落ちる。


 ウィロから話を聞き終わったリシェンは悔しさで顔を滲ませていた。


「ハハ……俺、全然子供だった。 ……レイニィの事、何も知らなかった。 それなのに、自分の気持ちだけ一方的に押し付けて――俺、レイニィに合わせる顔がないよ……」


 レイニィが孤児達を養うために、ギゲロから援助を受ける代わりに彼女は身体をギゲロに差し出した。

 性奴隷も同然の、レイニィに不利な条件の取引。

 しかし、レイニィはそれに応じざるを得なかった。

 全ては孤児達を養うため――自分達が生きていくために。

 

「リシェン……」


「それなら俺も、チビ達と一緒でレイニイの負担になってたんだな……」


 何も気付かなかった自分の不甲斐なさに落ち込んでしまうリシェン。


「それは違う! 逆だよ! リシェンがレイニィの所に来てくれたお陰で男手が出来た! 村の手伝いを良くしてくれたから、教会の収入が増えて楽になったんだ! それこそ、ギゲロに頼らなくて済むくらいに!」


 必死になってリシェンを弁護するウィロ。


 それよりもウィロがギゲロの名を呼び捨てするのに驚き、疑問を抱くリシェン。

 彼は田舎者ではあるけれど、礼儀正しく他人にも優しい。

 そんな彼が裏では非道な行ないをしていたとしても、自分の父親を呼び捨てにするのが考えられなかった。


「ウィロ、ギゲロって……仮にも自分の父親だろ?」


 別にギゲロを庇うわけではない。

 だが、ウィロの様子がおかしい。

 今の彼は自分の父親を嫌い、完全に憎んでいる。

 リシェンはそんな気がした。


「……父親なんかじゃないさ。 アイツは……ギゲロは僕とは血が繋がってないんだ。 それどころかアイツ、僕の本当の父さんを殺した」


 彼は母ラーナから聞いた真実を話して聞かせる。


 昔、たまたまこのティカ村に立ち寄った旅人がいた。

 淫獣のオークに襲われ、馬が怪我をした。

 旅人は馬が怪我を癒すその間、この村に滞在する事になった。


 それこそがウィロの父親、ハイエルフのエンデだった。

 エンデは同性が見惚れるくらいに容貌が美しく、気品があった。

 どこかの貴族か何かだろうと村人達は考えていたが、その事で村人が尋ねてもエンデは一切語ろうとはしなかった。


 ただ、彼は元々どこかに腰を落ち着ける場所を探していたと言う。

 ならばと、ラーナの父親であった村長から、この村に落ち着いてはどうかと提案された。

 彼は博識で一人旅をしているだけあり、見かけによらず身体能力にも優れ、武術の心得もあった。


 そんな相手を逃がす手はない。

 そして彼はティカ村の住人として暖かく迎え入れられた。


 程なくして、彼とラーナは恋に堕ち、ラーナは子供を孕んだ。


 それがウィロだった。


 村長の娘婿として、また跡取りとして、将来を嘱望しょくぼうされたエンデ。


 そこにアイツが――ギゲロが村に帰って来た。


 ギゲロは辺境のティカ村に嫌気をさして冒険者となるべく村から出て行った。

 しかし、時が過ぎ歳を取り、寄る年波には勝てず、冒険者としての限界を感じたギゲロは冒険者を引退して村に帰って来たのだった。


 村長はかつての自分の許嫁と結婚し、ラーナを儲けた。

 本来なら自分が婚約者と結婚し、この村の村長になるはずだった。

 それが気に入らず、村長を逆恨みした。

 さらには見知らぬ男が村長の娘婿に居座ろうとしていたのも気に入らなかった。


 ラーナは当時、街でも滅多にお目に掛かれない美少女だった。

 彼女を手に入れて、自分がこの村の村長になりたい。

 そして楽な暮らしを手に入れたい。


 そこでギゲロは一計を案じた。


 ギゲロは村人数人を仲間に引き込み、ラーナの父親の前村長とエンデを罠に嵌めて殺した。

 しかし、それをラーナに知られてしまった。


 ギゲロはウィロを人質に取り、ラーナを脅迫して口を封じた。

 そして前村長とエンデに成り代わり、村長の座とラーナをまんまと手に入れた――というわけだった。


 その元凶であるギゲロが死んだ。

 それで問題の全てが解決したわけではない。

 その一つがレイニィの問題だ。


「ウィロ……俺の代わりに、レイニィやチビ達の事、よろしく頼む」


 ウィロの話を聞き終えたリシェン。

 やはり不甲斐ない自分では彼女を本当の意味で幸せには出来ない。

 そう感じてレイニィと別れる決断を下した。


「……リシェンはそれでいいのかい? レイニィと本当に、このまま別れていいのかい?」


 リシェンに追い縋るウィロ。

 ウィロもウィロなりに感じ取っていた。

 このまま二人が別れても心に大きな傷を残す。

 それでは一生悔いて生きていく事になる。

 せめて二人が以前の様に笑って過ごせるようにしたい――と。


「言いわけが、ない! でもっ! こんな俺に、レイニィと一緒にいる資格なんてないんだ!」


「……資格なんて……誰が…それを決めるんだよ……」


「えっ?」


「誰がそれを決めるんだよおぉぉぉっ!!!!」


 ウィロは思いの丈を拳に込めて渾身の一撃をリシェンの顔目掛けて放つ。

 普段のリシェンなら十分に躱せる速度だが、思いも掛けない相手からの行動に反応しきれずウィロの拳がリシェンの頬に突き刺さる。


「グッ!?」


 ウィロに横面を思い切り殴られ、その勢いで地面に倒れ込むリシェン。

 以前のリシェンなら確実に気を失っていたであろう体への痛手も、レジの厳しい鍛錬で賜物で彼の打撃を十分耐えきれた。


「ウィロ、何を――」


「いいか! リシェン、よく聞けよ! 僕は、僕はっ! レイニィの事が、ずっとずっと、好きだった! それこそ、お前が、この村に来る前から! レイニィが、この村に、来た時から!」


「や、やめ――ウィロッ!」


 リシェンに馬乗りになり、リシェンの顔を何度も殴りつけるウィロ。

 ウィロを止めようと彼の腕を掴むリシェン。

 しかし、体勢が悪く、暴れるウィロの腕をなかなか掴む事が出来ない。


「だけど、あのクソ野郎! 母さんや他の女性ひとだけじゃあ飽き足らず、レイニィの身も心も傷付けた!」


 ウィロは泣きじゃくりながらリシェンに訴える


「だけどある日、リシェンがレイニィの所に来た。 ギゲロがリシェンを警戒してレイニィに手を出す事がなくなった。 暗かったレイニィもリシェンと出会って明るくなった。 お前もレイニィが好きになった。 なら、リシェンとレイニィをくっつけようと思った。 お前には事情を隠していたけど! 悪いと思ったけど! 僕にはお前なんかより、彼女の方が大事だったから! そうすれば! レイニィは幸せになれると思って……それなのに……それなのに! お前は僕の期待を裏切った!」


「勝手な事言うなよ! なら、最初から俺なんかに頼らず、お前がレイニィを助ければよかっただろ!」


「アイツとは血の繋がりなんてないけど、レイニィはそれを知らない! そんな僕が――ギゲロの義息の僕じゃあ、レイニィを余計に傷付けて! それこそ、助ける事なんて出来ないんだよ!」


「だからって、今更になってレイニィの事情を! ホントの事を話すなよ! ズルいだろうが! そんな重たい問題を丸投げされてた俺の方が溜まったもんじゃないぞ!」


「だけど! もう、お前に頼るしかなかったんだよ! 悪いか! それに僕には! レイニィよりも守りたい人ができた! 結婚したんだよ!」


「はあぁっ!?」


 リシェンはウィロの言葉に驚きながらも、彼が馬乗りになった状態から強引に身体を横転させて逃れた。


「ぐっ!?」


 リシェンの横転に巻き込まれる形で地面に倒れ込むウィロ。

 ウィロは起き上がろうとして――しかし、リシェンの方がそれよりも早かった。

 素早く起き上がったリシェンはウエントリヒを指輪から展開させて、蛇腹剣の刀身の切っ先をウィロの眼前に突きつける。


「……」


 黙ってリシェンを睨みつけるウィロ。


「冷静になったかよ……」


「こんな事されたら余計に頭に来るよ」


「それは俺のセリフだっての! ……それに、お前の所為で、このまま引き下がれなくなったじゃないか……」


 眉を寄せ、唇を尖らせて不機嫌な表情を作るリシェン。


「じゃあ!」


「はぁ……上手く行く自信なんてない。 それこそ、今より拗れるかもしれない。 その時は、ちゃんとフォローしてくれよ?」


「ああ! もちろんだよ!」


「それと、結婚おめでとう。 相手は誰だよ?」


「ミイナって言うんだ。 ゴブリン騒動の時、村に知らせてきてくれた娘がいたろ? その娘だよ」


「ああ……てっ、マジかよ! ウィロって、以外に手ぇ出すの速いな!」


「リシェンが奥手なだけだよ」


「俺は純情なんだよ!」


「アハハ! 自分でそれを言うかい!」


朗らかな雰囲気に、ウィロは神妙な顔でリシェンに質問する。


「リシェンは、その……気にしないのかい? レイニィが父さんや村の男達に抱かれていた事……」


「話を蒸し返すなよ……」


 リシェンは先程よりも一層顔を顰めてウィロに文句を言う。


「ごめん……でも、大事な事だから気になって……」


「たく……気にしないって言ったら嘘になる。 なんせ、間近で見たからな。 でも、それは村長に強要されての事だろ? レイニィが自分で望んだ事じゃない。 その事でレイニィを責めるのは絶対に違う。 悪いのは村長のギゲロなんだから」


 顔を上げて空を見上げるリシェン。

 どこか遠くを懐かしそうに見ながらウィロに話す。


「それに、俺の死んだ父さんも言ってた。 その人自身、問題を解決しようと努力して頑張ったのに、それを解決出来なかったからって、その人を責めたら駄目だって」


「良いお父さんだったんだね。 羨ましいよ……」


「でも、一番大事なのはレイニィの気持ちで、レイニィが俺の事、何とも思ってないならともかく、好きでいてくてるなら――それはちっとも大きな問題じゃない。 でも、俺はレイニィの本心を知らない。 ……まだ、どうすればいいのか、俺にも分からないんだ」


 レイニィの事を知って、それでも尚、レイニィを愛し受け止めようとするリシェンだからこそ。

 そんなリシェンだからこそ、自分はレイニィの相手に彼を選んだのだと。

 今ならそう思えるウィロであった。


「だからウィロ、頼みがある」


 リシェンは覚悟を決めて、最後の賭けに出た。

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