第14話 リシェン、ティカ村に帰る

 ティカ村に続くあぜ道を、トボトボと重い足取りで俯いて歩くリシェン。

 まるで足に鉛か何か、重りが付いている感じだ。

 数日前に降った雨で地面が泥濘んだ後に走ったであろう荷馬車の轍をじっと見詰めながら歩き続ける。


 レジとボロ――主にレジにせっつかれてリシェンはティカ村に――レイニィの下に向かうように強制された。


 しかし、やはり、と言うか――とてもレイニィに会いに行く踏ん切りが未だどうしてもつかなかった。


 思い起こされるのはレイニィとギゲロが裸で抱き合い繋がっている姿。

 大好きなレイニィが――ギゲロと。

 そんな光景が頭にこびり付いて離れない。


 (うっ!?)


 思い出した途端、気持ち悪くなり吐きそうになる。

 ボロとレジに拾われた後も夜眠るとその光景が夢に出て来てうなされる。

 起きると顔が涙まみれで濡れているなんてしょっちゅうだ。


 何度引き返しそうと思った事か。

 しかし、それは出来ない。


 何故なら――居るのだ。

 義母が――レジが自分の跡を付けているのだ。


 気付けたのは、ほんの偶然。

 何気なしに後ろを振り向いた時、視界の隅で何かが動いた気がした。

 その場所を注意深く見ると、茶色の頭髪が草陰から少し出ているのに気が付いた。

 レジは気づかれない様、自分の跡を付けて来たのだ。

 

(義母さん、貴女はヘリコプターペアレントですか!?)


 心の中でツッコミを入れながら溜息を吐く。

 どうやらレイニィに逢わずに返るという選択肢は自分には無い様だ。

 リシェンは引き返す事を諦め、仕方なしに歩みを続けた。







 ティカ村に辿り着いたリシェン。

 麦畑や野菜畑が一面に広がる懐かしい眺め。

 たった二年間だけだが、レイニィやウィロ達と一緒に過ごした大事な場所。


 教会のある場所は、村の中央より奥――東側。


 そこに向かう。


 さすがのレジも村の中は入ってこないだろう。

 村の中に見慣れない人物がいれば嫌でも目立ってしまうから。


 村人達は畑に出ては害虫駆除や雑草の草引き、鶏や豚、牛の水や餌やり等の家畜の世話とリシェンがいた頃と変わらず忙しなく働いていた。


 畑仕事する人や道をすれ違う人達に頭を下げて挨拶を交わすリシェン。


 それに驚く村人達。


 半年の間、行方知れず――というより、ギゲロとレイニィに殺されたのでは――と、一部の村人からそう思われていたリシェンがティカ村に帰って来た。


 すぐに村中に話が広がり大騒ぎとなる。


 村人達のそんな様子を不思議気に思い、首を傾げながらレイニィの居る教会に辿り着くリシェン。

 相変わらずのボロボロの教会。

 いつ崩れてもおかしくない教会の無事な姿に少し安堵する。


 しかし、問題はこれから。


 レイニィにどう声を掛けたものか、考えあぐねて教会の入り口で右往左往する。


 そんな不審者のような行動をとっていると、扉が開かれ中から出て来たレイニィとばったり遭遇――目が合う。


「や、やあ、レイニィ! そ、その……ひ、久しぶりっ!」


 いきなりの遭遇に心の準備が出来ていなかったリシェンは大いに動揺する。


「……えっ……リ、シェン?」


 リシェンを見たレイニィは一瞬、リシェンの顔を見て呆けた。

 ”男子三日会わざれば刮目して見よ”とは良く言ったもので、レジに体を鍛えられ逞しくなったリシェンを見てレイニィは胸がドキドキした。


(な、何よ、リシェンたら! もの凄く……いえ、ちょっとだけ……ちょっとだけよ! 格好良くなったじゃない!)


 レイニィはこの時、初めてリシェンを異性として認識した。

 今のリシェンはレイニィの好みドストライクに育っている。

 そうなるともうリシェンを弟として見る事が出来ない。

 完全に一人の男として意識してしまう。


 それはともかくとして、レイニィはその意識を頭の隅に必死に追いやる。 

 今はリシェンの事が優先。

 今までどこに居たとか、話を聞き出さなければならない。

 

「中に入って。 話しはそれからにしましょう」


 頭を切り替え、リシェンを教会の中に入るよう促すレイニィ。

 レイニィは教会にある来客用の応接室にリシェンを通す。

 来客用の応接室――とは言っても、内装も古くてボロボロでとてもそうは見えないが。


「リシェン!」


「リシェンだ! リシェンだ! リシェンが帰ってきた!」


「今までどこにいってたの?」


「リシェン、ずっといる? もう、どこにもいかない?」


「ああ、それは……」


 応接室に行く途中、孤児達と遭遇する。

 リシェンはそこで村に帰るにあたりお土産を持って来た事を思い出す。

 一応孤児達のために木製の玩具や日持ちのするお菓子を持って帰って来た。

 と言うより、ボロとレジに無理矢理持たされた。


「そうだ、これ皆にお土産。 喧嘩しないで仲良く分けな。 話しは後でしてやるよ」


「うわ~い!」


「オモチャとお菓子だ!」


「ありがと、リシェン!」


「また、後でね~!」


 リシェンにから渡された――と言うより、半ば強引に奪っていった子供達。

 これでレイニィとの話し合いに邪魔は入らない。







 応接室に通され中に入り、二人きりになる。

 気不味い空気がその場を支配する。

 何かを話そうとして――しかし何を話して良いか分からず俯き押し黙るリシェン。

 ただ時間だけが過ぎていく。


「どうして、黙っていなくなったの?」


 レイニィが痺れを切らしてリシェンに問い質す。

 語調には怒気が込められていた。


 レイニィの問に一瞬、彼女の目を見て何事かを言おうとしたリシェン。

 しかし、すぐに顔を逸らして再び俯く。


 それにイラつくレイニィ。

 リシェンにも何か事情があるのだろう。

 だがしかし、レイニィもリシェンの事を凄く心配した。


 リシェンが寝ていたはずのベッドから居なくなり、村に滞在していた領主軍や村人達にも手伝ってもらい、森や山の中を駆けずり回り、捜索したが見つからず。

 ギゲロ達に何かされたのではとギゲロに問いただしたりと。


 しかし結局、リシェンの姿どころか痕跡すら見つけられなかった。

 そんな自分達の心配と苦労を知らず、ただ黙っているリシェンが許せなくて。


「私が! ウィロが! 皆が! どれだけ心配したと思っているの!」


 遂にレイニィの怒りが爆発。

 そのレイニィの怒声に驚くリシェン。


 初めて見るレイニィの怒った姿。


 普段のレイニィはチビ達――孤児達の悪戯に対してもこんなに声を荒げて怒ったりしない。

 ただし、お仕置きは苛烈であるが。


 そんな彼女にどう伝えようか考え――しかし、思いつかない。

 リシェンは仕方なく自分が見た事、そしてその後――何があったのかをそのままをレイニィに伝える。


「……俺、見たんだ。 レイニィが、その、村長と……裸で抱き合っている所を……それがショックで……訳が分からず雨が降る嵐の中を走ってた。 そしたら増水した川に落ちて、そのまま流されてさ。 偶然、俺を見つけてくれたドワーフの夫婦に拾われて。 レイニィの所に戻ろうにも、村長との事がショックで、戻れなくて……。 その人達に騎工師や武術の弟子にしてもらって――そのまま養子になったんだ……」


 リシェンのその衝撃の告白にたちまち顔色を青くするレイニィ。


(ああ、やっぱり! あの時、リシェンに見られていたのね! しかも増水した川――多分、ナラ川ね。 ナラ川に落ちてたなんて……。 もし、リシェンの言う通り、その人達に拾われなければ、今頃は……)


 苦々しい思いで顔を歪めるレイニィ。


 実際にはリシェンは川に落ちた時点で溺れ死んだのだが、ギフトスキル【庇護の寵愛】の効果の一つ――不老不死が発動して生き返れたのだが、レイニィはその事を知らない。


(ギゲロの奴! 死んでからも迷惑な! どこまで私を苦しめれば気が済む――いえ、違うわね……これは私への罰なんだ。 リシェンを私の幸せの犠牲にしようとした、神が下した罰なんだわ。 なら、私はリシェンに償わなくちゃイケない……)


 レイニィは徐ろに立ち上がると雰囲気を一変させた。

 それまでの厳しくも慈愛に満ちた聖職者から男を魅了する夜の蝶へと。


「そう……見られたのね。 私とギゲロの愛し合う姿を……。 貴方のご想像の通りよ。 私はギゲロを愛してる。 でも、村での体面があるから隠していたの。 貴方との関係は良い隠れ蓑になると思ったのだけれど。 それにギゲロに抱かれるの、好きだったの。 子供の貴方と違って、ギゲロは私をとても気持ち良くしてくれるから」


 淫婦の如く振る舞うレイニィ。


「ごめんなさいね、リシェン。 私はこんな女なの。 淫らでふしだらな女なの」


 灰色の神官服をはだけさせるレイニィ。はだけた所からレイニィの扇情的な肢体が顔を覗かせる。


「いきなり、何言出すんだよレイニィ!?」


 レイニィの変化に戸惑うリシェン。


「なんなら、貴方も抱いてみる? 私を――今、ここで」


 レイニィは襟に手を掛け、灰色の神官服を脱ぎだした。

 一枚一枚時間を掛けて服を、下着を脱いでいく。


「何やってんだよ、レイニィ! ヤメロよ!」


 リシェンはレイニィから顔を背ける。


 それでもレイニィは脱ぐのを止めない。

 最後にロングショーツに手を掛け――脱いだ。


 レイニィは自身の裸体を――雄を引き付ける蠱惑的な肢体に見るものを吸い込む様な艶のある灰褐色の肌。

 シニョンを解くと明るく鮮やかで美しい銀色の長髪が流れるように腰まで落ちる。

 そして女の象徴であり、男を誘惑する最大の武器の一つである豊満な乳房を惜しげもなくリシェンに見せつける。


 いつも穏やかに微笑むレイニィ。

 料理が苦手で子供達に文句を言われて困るレイニィ。

 村人達の怪我や病気を治療する姿のレイニィ。

 そんな何事にも一生懸命なレイニィの姿に惚れたリシェン。


 でも、レイニィの今の姿はどれも違う。

 今まで見てきたレイニィの姿のどれでもない。

 リシェンはレイニィに裏切られた気持ちになり失望する。


「……そんなレイニィ、見たくなんか、なかった」


 そう言うとリシェンはレイニィに背を向け応接室から出ていった。

 リシェンが出ていった後――レイニィは崩折れて、その場に膝を抱えて座り込む。


「さよなら、リシェン……。 私、なんか、忘れて…幸せに……なって…ね………」


 レイニィは子供達に聞かれぬよう声を押し殺して涙を流した。

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