閑話 罪人達

 リシェンが村長のギゲロと自分の婚約者であるレイニィとの情事を目撃し、精神的なショックを受けてティカ村から飛び出した後。


 ゴブリンの襲撃から立ち直り、ようやく村は復興した。

 それを祝して村を上げての祭りを開催する――そんな準備の最中であった。


 ギゲロは自分の取り巻きである村の男達数人で、村で振る舞う食材を調達する狩りや採取を行う係を担当する事を自ら買って出た。


 ギゲロ達も連日木を切り倒したり、木材を運んで加工したりで村の復興のために体を酷使し過ぎてクタクタだ。


 それに森の中は領主軍がゴブリンを殲滅したとは言え、それから既に一月以上は経過している。

 別の驚異となりえる存在が入り込んでいるとも限らない。


 そこで森の中の見回りも兼ねての狩猟である。

 場所は村から少し離れた森の奥にある川辺。

 その川は流れが穏やかで水深も比較的浅く、鴨などの水鳥が生息し、鹿や猪が良く利用する水飲み場で穴開場的な場所でもある。

 にも関わらず、危険な野生の獣や魔獣といった生物が出没する頻度が少ない。

 それに狩猟した獲物の血抜きや保存といった処理にも最適な場所でもあった。


 ギゲロ達は未だ陽も出ない早朝に村を出発し、日程は二日の泊まり込みの予定で狩猟を行う事にした。


 気温は今の時期はとても涼しい。

 なので狩った獲物がすぐに腐る事もない。

 多少時間を掛けても大丈夫と言う理由での日程だった。


 ギゲロ達は初日の狩猟や採集を正午の内に引き上げ、今は河原で取ってきた獲物を解体し、肉を捌いて宴会の準備を始めた。


 宴会を初めてしばらくすると、村人の男が一人、ギゲロの所に擦り寄って来た。

 男はモジモジしながら恥ずかしそうにギゲロに何事かを言いたそうな素振りを見せている。

 ギゲロはその男――カモンの仕草が気色悪く、堪らず自分からカモンに話し掛けた。


「何だ、カモン。 俺に何か用か?」


「村長、その……レイニィと、また……」


 カモンのその言葉でギゲロは察した。

 カモンはレイニィにいたく執心していた。

 その有り様はギゲロ以上に。


 だが、今のギゲロは他の男になんぞレイニィを譲るつりは毛頭ない。


 一時、リシェンと婚約したレイニィ。

 そのリシェンをゴブリンの襲撃のドサクサに紛れて殺そうとしたのだが、リシェンの力を目の当たりにして恐れ慄き、レイニィを諦めた。


 しかし、その当のリシェンは行方知れず。

 ギゲロの障害になる者は居なくなった。

 ならば遠慮は要らない。


「ああ、またレイニィを抱かせてやる!」


「「「「「「「おお~!!!!」」」」」」」


 そのギゲロの力強い言葉に、カモンと他の男達が歓声を上げた。

 レイニィを抱きたいのはギゲロやカモンだけではない。

 他の男達もだ。


 彼等にとって、レイニィは村の女――いや、街に用事で出掛けた折に時々見掛ける貴族の女なぞ目じゃない極上の美少女だ。


 若い娘特有の張りのある瑞々しい素肌に、腰付きは細いのにクビレがあり、それでいて豊満な胸と形の良いお尻の魅惑的な体。

 整った美しい容貌に灰褐色の肌、その肌色に良く映える銀の髪と金色の瞳。

 普段は長髪に隠れて分からないが、妖精族――ダークエルフの血が混じっている事を証明する人より少し尖った特徴的な耳。


 そんな女を放って置く程、彼らは枯れてはいない。


 ギゲロの言葉に気を良くした取り巻きの男達はレイニィをいの一番に抱かせてもらうため、ギゲロの御機嫌を取る。


 しかし、彼らは知らない。

 自分達の命を刈り取る死神が直ぐそこまで近づいている事を。

 そしては作為的に仕組まれたものである事を。


 森との堺から突如現れたはとても興奮していて、ギゲロ達を見つけると、そちらに向かって突進する。

 は体長5mもの巨体を誇る大熊であった。

 それに気付いた男達が驚いて声を上げる。


「ひいっ!?」


「なっ!?」


「大熊!?」


 大熊は魔獣ではない。

 さりとて高を括って良い相手ではない。

 巨体を誇る大熊は、野生の狼や魔獣に匹敵するとても危険な存在だ。

 それに大熊が生息するのはもっとずっと山奥か森の奥深く。

 それがギゲロ達の驚きの理由の一つでもある。

 すぐさま、ギゲロと男達はその場から逃げようとした。


 しかし――


「っ!?かっ、体が動かない!?」


「なっ、何で!?」


「どうなってんだよ!?」


「ギゲロさん!!」


「くそっ!! コイツは補助系魔法スキル【束縛バインド】だ!! 誰かが魔法を使って俺達の動きを封じてる!!」


「ヒッ!? くっ、来るな! 来るなあああぁぁぁぁぁ!!」


 ザシュ!


 大熊の爪による一撃がギゲロの取り巻きの一人、カモンに当たった。


 肉が抉れ骨が砕けたがまだ辛うじて生きていた。


 今度は大熊の顎が倒れたカモンの首にソッと近付き――


 バキ、ゴキ!


 カモンの首を食い千切る大熊。

 そして歯に引っ掛かる首の皮一枚で繋がっていたカモンの頭と一緒に男達に顔を向ける。


「「「「「「ヒイイィィィッ!!!!」」」」」」


 何故、自分達がこんな目に合うのか誰にも知らされず、一人また一人と大熊の餌食になっていく男達。


「た、助けてくれ!! ぎげろ゛ざーーーーーーん゛ん゛ンッ!!」


「うぎゃあ゛あ゛あ゛ぁぁぁァァァーーーーーー!!!!」


 そしてとうとう生き残りはギゲロ一人だけになった。

 と、そこで拘束が解かれ、身体の自由を取り戻すギゲロ。

 同時にギゲロに向かって来た大熊は、ギゲロの前で立ち上がり、右前足を振り上げる。


「クッ!」


 それを回避しようとするギゲロ。

 しかし振り下ろされた鋭い爪がギゲロに僅かに触れて服を引き裂き、左肩から右側の腹に掛けて引っ掻き傷が出来て赤い血が滲む。


(コイツからは逃げられん、か……なら、覚悟を決めて戦うしかない!)


 大熊から逃げる事を諦めたギゲロは、腰から下げた長剣を大熊を睨みながら引き抜いた。







 大熊と死闘を繰り広げるギゲロ。

 こんな危険な命の遣り取りは冒険者時代でも経験がない。

 それでも自身が身に付けた経験と技術で大熊の攻撃を凌ぎ、少しずつ大熊を追い詰めていく。


 大熊の動きはギゲロに与えられた攻撃による傷で段々動き鈍り、頻繁に足の動きが止まる様になる。


 そして遂に、大熊は足の動きを完全に止めた。


(しめた!)


 このチャンスを逃す手はない。

 大熊の攻撃を何度か受けてしまい、ギゲロも満身創痍であった。

 最後の力を振り絞り、ギゲロは大熊の横から長剣を喉に深々と突き刺した。


「ハアッ! ハッ、ハッ……やった! ザマア見やがれ、大熊め! 俺は生きてる! 生き延びたぞおおおぉぉぉっ!」


 生き延びた事に感激し、心が打ち震えるギゲロ。


 この様な感覚は、冒険者時代でも数回しか味わっていない。

 冒険者時代でも、幾度も魔獣との戦いは経験した。

 しかし、ギゲロは自身の実力より超える危険は常に回避してきた。

 そういう経験をしたのはほとんどの場合、予想外の出来事で危険に陥っいた時だけだ。


「……このままここに居ては、いつ他の野獣や魔獣がやって来るか分からん。 早く村に帰ってレイニィに回復してもらわんと……」


 大熊との長時間の死闘を繰り広げたギゲロ。

 既に日が傾き掛けている。

 このまま夜をここで迎えるの危険だ。

 血の匂いに釣られ熊や狼、もしかしたらたらまた大熊が現れるかもしれない。

 何より魔法で自分達の動きを封じた何者かがまだ近くにいるはずだ。

 ソイツがどういうつもりか分からないが、また余計なちょっかいを出してくるとも限らない。

 ギゲロは負傷した体を引き摺りながら村に帰還するために歩き出した。


 だがその時、茂みから複数の人間が姿を表す。

 彼等はギゲロにとって見覚えのある者達だった。


「なっ!? お前達!! それに、お前は――」

 

 ギゲロが何事か言おうとしたが、ギゲロの前に現れた集団の中でも一番年若い男がギゲロの目の前に立ちはだかり、持っていた長剣でギゲロの喉を突き差した。

 そのせいでギゲロは最期まで言葉が続かなかった。


 それを皮切りに、他の者達も各々手に持っていた凶器でギゲロに襲い掛かった。


 その者達の怒り、憎しみは如何ばりのものか。

 手に持つ凶器でギゲロの肉を裂き、骨を砕き、脳と内蔵を引きずり出し。

 飛び出て地面に落ちたギゲロの目玉を踏み潰しても。

 それでもその者達の凶行は収まる事はなかった。


 それからどれ位の時間が経っただろうか。

 その者達が無我夢中でギゲロの体を潰し切ると、そこでようやく凶器を振るう手を止めた。

 

 原型を留めなくなったギゲロの体を――ギゲロであったモノを見詰めながら誰かが呟く。


「――やった……殺っちまった……」


 それに続いて他の者達も心の内を吐露し始めた。


「もう俺の女房や娘達が苦しまなくて済む……」


「コイツらに悩ませられる事も、ないんだわ……」


「姉ちゃん……ううっ! 敵は取っただよ!」


 その中で中年の男が、まだ年若い――少年と言っても良い若者に歩み寄り、話し掛ける。


「……すまねえ。 俺達が情けねえばかりに、お前に罪を犯させちまった。 ……申し訳ない」


 中年の男は若者に対して頭を下げた。


 若者は頭を左右に振り、男の謝罪を――その行為を止める。


「いいんですよ。 一人でもやるつりでしたから。 感謝しているんです。 協力してくれた皆さんには。 だから、だから――頭を上げて下さい」


 流れ行く雲が浮かぶ空を見上げながら若者は涙を流す。

 その涙は犯した罪への良心の呵責からか、それとも目的を成し遂げた達成感からか。

 涙の意味は本人も分かっていないのかもしれない。


「……」


 若者に頭を下げていてた男は頭を上げ、無言でその場を離れる。

 離れた所で中年の男は他の者達に素早く指示を出す。


「証拠は残すな! 足跡は必ず消せ! 見張りは誰にも見られていないかもう一度周りを良く確認しろ!」


 共謀者達はその指示に従い、予め決められた役割分担通り行動する。


 凄惨な殺人が行われた場所は河原。


 彼らの中に魔法適正――土属性の魔法スキルを持つ青年が補助系魔法で河原の石を退けて穴を掘る。

 念の為、穴の深さは長くして。

 その穴の中にギゲロであったモノ、血が付いた大量の河原の石を放り込んで埋戻し、その上に綺麗な河原の石を敷き詰め元の状態に戻す。


 最後に水属性魔法スキルを扱える妙齢の女性がギゲロを殺し、潰して運んだ時に付いた血を洗い流す。


 そして偽装は完了した。


 これで大熊に襲われて死んだ村の男達同様、ギゲロも喰い殺されたと思うだろう。


 見張りに立っていた狩猟経験が豊富な年寄りが技能スキル【遠目】【聞き耳】【気配察知】を使用し、周辺に自分達以外いないか確認を行う。


 後はニセのアリバイを口裏を合わせて証言するだけだ。


 目撃されない様に皆、素早くこの場から立ち去る。

 その時、若者は誰かに、或いは自分に言い聞かせる様に呟いた。


「全部……終わった、よ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る