第7話 リシェン、ドワーフに拾われる
「ええのう……ふへへ、最高だぁ!」
硬く、それでいて大きくそそり立つソレにゆっくり手を這わせる髭づらの小柄な男。
「あっ! そこはダメだよ!」
慌ててリシェンはその手を払い除ける。
「いいじゃねえか。 減るもんじゃなし」
「そこは繊細なんだ。 もっと丁寧に扱ってくれよ」
「仕方ねえな……」
ガン!
「「あいたっ!?」」
二人同時に頭に衝撃が走る。
いつの間にか二人の後ろには立派な揉み上げが生えた少女がいた。
二人の間で交わされた会話の余りの悍しさにプルプルと体を震えさせながら、お玉とフライパンを握りしめて立っている。
「二人共! 朝っぱらから気色悪い会話してんじゃないよ! そんな事より、ご飯出来たわよ! 早く行らっしゃい!」
「「は~い」」
二共、叩かれて出来たタンコブを擦る。
髭親父のタンコブは若干火傷も負っていた。
どうやら調理に使われた後の予熱がまだ十分残っているフライパンで叩かれたようだ。
二人は女性に急かされ、大きな金属製の人型が鎮座する工房を後にした。
――半年前
嵐の爪痕が残る川沿いの道を、背嚢を背負って急いでスタコラ走るずんぐりむっくりした体型の小柄な髭面の男。
嵐による大雨の影響で、大量の水が土砂を巻き込んで川に流れ込み、いつもは透き通った穏やかな川の流れも茶色く濁った激流へと姿を変えていた。
その増水した川の水量も減り、ようやく元の穏やかな川に戻りつつあった。
「ふいー! 昨日の嵐は凄かったなー! お陰で三日三晩遺跡で足止めを食った! レジの奴にドヤされっぞ! ん?」
川の岸辺に何かが引っ掛かっているのに目が止まった。
それは人の形をしていた。
というか、明らかに人である。
「ん? 土左衛門か?」
そこら辺に落ちていた木の枝を拾い突く。
つんつん!
……ピクッ
「おお! 生きとる! よーこんな川に落ちて生きてんなー! なら、しゃあーない。 引き上げてやるかぁ」
男は背負っていた背嚢を下ろしす。
そして川に落ちぬよう、注意しながら浮いている人をヒョイッと掴んで、その小柄な体型からは想像出来ない膂力を発揮し、片手で引き上げる。
「ほっ! ほっ! ほっと!」
そまま問題なく元いた川沿いの道に戻り地面に降ろす。
「さて、手当てしてやらんとなあ。 ……なんだあ? まだ子供じゃねえかあ。 この増水した川の流れでよく生きてたなあ。 運が良い奴だ」
男は少年の体を調べ、体の具合、怪我の箇所を調べる。
と、そこへ全長5m位の人の形をした何かが、男が向かっていた方向からズシンズシンと大きな足音を立てて現れた。
それは金属製の、大きな鎧を思わせるモノであった。
そして男を確認すると、ゆっくり歩いて近寄り、男に声を掛ける。
『何してるンよ、アンタ』
「おお、レジ! 俺を迎えに来てくれたんか!」
『これでも心配したんだからね。 で? ソレ、生きてんの? 見たところ、子供のようだけど?』
「辛うじて、な。 見捨てるのも目覚めが悪かったんで、たった今、川から引き上げたところだ。 レジ、悪いがコイツをその
『はいよ』
☆
夢を見た。
まだ、両親が生きていた幼い頃の夢。
リシェンではなく、
そこで自分は何かを拾い、義務感に駆られてソレを持って交番に届ける最中だった。
『君、ちょっといいかい?』
平凡な顔立ちの若者が理真を呼び止める。
『何? オジさん』
『オジさんじゃねーし! まだ若いから! まだ十代だから! おにーさんだから!』
青年が憤るが、理真には理由が全く分からなかった。
理真から見れば、青年も立派なオジさんなのだ。
『もしかして、ゆうかいはん? ヨウジセイアイシャてやつ? 男の子げんていの』
と、幼児にはあり得ない語能を披露してみせる理真。
『ペドフィリアでもねーし! 男にも興味ねーし! ってか、良くそんな難しい言葉知ってるな、坊主……』
『おかーさんにおしえてもらった! ”世の中には小さい男の子しか愛せない、かわいそうなオトナもいるから、遠くから白い目で見守ってあげましょうね”――て、いわれた!』
『……君のお母さん、かなり変わってるね。 まあ、それはどうでもいいとして。 君が持ってるソレ、俺の嫁さんが落とした物にソックリなんだ。 もしかして、この辺で拾った?』
『うん!』
『じゃあ、それ、俺の嫁さんのだから返してくれるかな?』
『ヤダ!』
速攻で断る。
(怪しい人に渡してたまるもんか!)
『えっ!? 何で!?』
驚くオジさん改め、おにーさん。
『おにーさんが落としたっていうショウコがないから!』
『……それも、お母さんに教えてもらったの?』
『うん!』
――と、そこにこの世のもの者とは思えぬ美貌と妖艶さを兼ね備えた、小柄な美女が現れた。
その美女は、この地球上ではあり得ない髪と瞳の色――灰紫色をしていた。
しかし、そんな事は些細な問題。
理真は一目で恋に落ちた。
生まれて初めての恋――初恋、というやつだった。
『何してんだい、アンタ。 んな所で』
『ああ、フー。 この子が君の落とし物拾ってくれたんだけど、持ち主の証拠がないから渡せないって言うんだ……。 困ったね』
眉を寄せ、困り顔を美女に向ける青年。
そんな青年を尻目に美女は理真に声を掛ける。
『ふ~ん……。 ねえ、坊や。 それ、あたしが落とした大事な物なんだ。 返してくれるかい?』
『うん! いいよ!』
速攻で快諾、美女に落とし物を差し出す理真。
(美人にわるい人はいないって、お父さんもいってたし!)
『うおぅい!? 何でだ!?』
理真の変わり身の速さに驚く青年。
『だって、おねーさん、びじんだから。 ボク、おねーさんのこと、すきになったから!』
『おやおや、素直な子だねぇ。 ふふっ! いい子じゃないか』
美女の笑顔が見れて大満足の理真。
(やっぱり、わたしてよかった!)
『……理不尽だ。 まあ、いい。 君にはお礼をしなくちゃ――だね』
『そうだね。 じゃあ、アタシ達のギフトでもあげようかね』
美女のその言葉に驚く青年。
『いいのか?』
『アタシらの神力は減る事が無いだろ?』
『確かにそうだけど……まあ、君がそう言うなら』
二人が話し終わると、青年と美女は手を素早く動かして幾つもの手印を結び、何やらブツブツ唱え始めた。
『『汝に我の祝福を』』
そう言いながら、青年と美女は理真に向かって手を翳す。
すると青年と美女の体は灰紫色に輝き始めた。
その輝きは二人の体から溢れ出し、光の粒子となって理真の体の中へと入って行った。
『?』
『君に俺達の力の一部を分け与えた。 将来、きっと役に立つ』
『でも、いいかい? その力に頼り切って、力に溺れちゃ駄目だからね』
『うん! わかった! じゃあね、びじんのおねーさんにおじさん! バイバーイ!』
『おじさんじゃねぇって言ってんだろ!!』
その時の理真には二人が何を言っているのか意味がサッパリ分からなかった。
だがそれがとても大事な事だと言う事は何となく分かった。
とりあえず自分は使命は果たした。
理真はそんな自分に満足して二人に手を振りながら別れを告げる。
そして元気に走りながらその場を離れていった。
――後に、この二人が神であるという衝撃の事実を理真はTVの報道番組で知る事になる。
☆
「……」
夢から覚めると、そこはいつも自分や孤児達が使っている寝室ではなく、全く知らない建物の内装だった。
「あや、起きたかい坊や!」
寝ている状態から視線を動かしていたリシェンに対して気さくに声を掛けてきた少女が聞こえた。
そちらに視線を動かすと、自分よりも低いであろう身長と、顔はとても愛らしいが立派な揉み上げが生えた美少女が立っていた。
「……こ…こ、は…?」
「ここはアタシらの家だよ。 にしてもアンタ、運がいいねぇ。 増水した川ン中に落ちたら普通死んでるよ」
「おれ、は……」
リシェンは起きたばかりで鈍っている思考を徐々に回転させる。
(そうだ! 確かレイニィと……見て。 思わず嵐の中……教会を飛び出したんだっけ。 何も考えられなくて夢中で走ってたら……川に落ちて、そのまま……)
「それにしても不思議だねぇ。 あんだけ怪我してたのに、もう治っちまったよ。 アンタ、自動回復スキルでも持ってんの?」
言われて自分の両手を目で確認する。
確かに少女の言う通り、腕には打撲どころか過擦り傷一つ無い。
体も痛みを訴える箇所は特に無いように思えた。
「いえ、持ってません……。 その……助けてくれて……ありがとうございました……」
命を助けてもらったのだ。
とりあえずお礼を言わなくてはと思い、感謝の言葉を口にする。
「いいって事! まぁ、もっとも、アンタを見つけて川から引き上げたのはウチの亭主なんだけどね」
「旦那さん?」
リシェンは少し驚き聞き返す。
地球の母国である日本と違い、この世界では早婚は常識。
とは言え、さすがに幼過ぎではないかと思ったのだ。
「は~い! だんなっ、れ~すっ!」
リシェンが尋ねると、呂律が回らない男の声で返事が返ってきた。
声の様子から男は酩酊しているのが分かる。
「アンタ! 真っ昼間から……しかも怪我人の前で酒飲んでんじゃないよ!」
「え~! ソイツ、もうケガなおったんらろ~? それによ~、よっかも、レジのつくったサケがのめらかったんられ~! これくらい、いいらね~かっ、てんだ!」
「アンタ、ドワーフのクセして酒が弱いんだから……程々にしときなよ!」
「は~い!」
少女の”ドワーフ”と言う言葉でリシェンは理解した。
ドワーフ――このファーレシアでは妖精族と呼ばれるファンタジー世界ではとても有名な種族の一つ。
男性はずんぐりむっくりとした体型に髭を伸ばし、女性は体型こそ人間の少女と変わらない容姿をしているが、顔に揉み上げを生やしている。
ドワーフにとって男性は髭が、女性は揉み上げがステータスなのだ。
ドワーフは男女共に身長が130~140cm。
小柄な体型に反して筋肉がとても発達しており、酒好きで有名な種族でもある。
妖精族の寿命は人間の約十倍、千歳にもなる。
「たくっ! ……ごめんね。 見てくれはあんなでも、腕は確かな”
「”騎工師”!?」
騎工師の言葉に反応し、物凄い勢いで起き上がるリシェン。
実はリシェン――レイニィからこの世界の話を聞いた時、憧れた職業があった。
それが騎工師である。
騎工師とは金属や巨獣と呼ばれる生物の甲殻を加工して、空飛ぶ船や馬の要らない馬車。 戦闘用あるいは作業用の人型の乗り物――
一度は騎工師になる事を目指そうとした。
しかし、弟子入りしようにも田舎の田舎、”超”と”ド”が付く田舎のティカ村に、そんなハイカラな職人が居るはずもなく。
都会に出ようにもお金も無いし、伝もない。
そもそもこの世界――ファーレシアの常識も知らなかった。
それに自分を介護してくれた神官のレイニィは飛び切り美人のお姉さん。
そのお姉さんとお近づきになりたいし、離れたくもない。
結果、騎工師を諦めざるえなかった。
「騎工師って、騎甲鎧や騎甲車や騎甲飛船とか!――を、作る職人さんの事ですよね!」
興奮したリシェンはドワーフ少女の顔の間近まで自分の顔を近付け、物凄い速さで捲し立てる。
「近い近いっ! 顔が近いって! ……まったく。 そうだよ、ウチの亭主は世界で一番の騎工師なンよ!」
どこか誇らしげに言う少女。
「いや~、そんなこといわれると、てれるろ~!」
頬を真っ赤にしてのたまう髭面の男。
もっとも、本当に照れているのか、酒で酔っているせいなのか分からないが。
「おっ、俺! リシェンって言います! 前々から騎工師に憧れてたんです! お願いです! 俺を弟子にして下さい!」
先程の勢いそのままに、寝かされていたベッドから全裸で飛び起きる。
川に浸かっていたリシェンの服は当然水浸しだったのでドワーフ少女に脱がされていた。
そうとは気付かず、リシェンはマッパのまま男に向かって床に跪いて手を付き、額を床に擦り付けて懇願する。
所謂、土下座である。
「い~ろ~! れしにしてやるろ~!」
リシェンのその殊勝な態度に感銘を受けた――と言う訳でもなかろうが、男はアッサリ了承した。
「よっしゃー!!」
「ちょっ!? アンタ、いいのかい?」
慌てる少女に対し、呑気に酒を煽り続ける男。
「い~ろ、い~ろ! ちょうろ、ひとれがたりなかったんれ、ほしいところらったんらろ~!」
「まあ、アンタが良いなら止めないけど。 ……明日、覚えてないって言ってもアタシ知らないよ」
「も~んら~いなっしん! おれにろ~んと、まっかせろ~い!」
「駄目だ、こりゃ……」
完全に酒に飲まれた男を呆れた眼差しで見据える少女。
その時、”ああ、そうそう”と言って、男を見ていた少女は何かを思い出したようにリシェンに顔を向ける。
「それはそうとアンタ、服着な。 そのままじゃあ、風邪引くよ」
「え? あっ!?」
少女の指摘で自分が服を着ていない事実にようやく気づいた。
慌てて股間にぶら下がる物を両手で隠し、少女に見られた羞恥から全身真っ赤に染まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます