第6話 理不尽に打ちのめされて

 その後、ギゲルが救助要請を出していた領主の軍がやって来た。


 領主軍の調査で森の奥にゴブリン達の巣を発見、幸い残っていたゴブリン達はやって来た領主軍だけで対処出来た。


 ゴブリンの巣は出来たばかりのようだったが、その規模はかなり大きかった。


 もし、ミイナが生きてゴブリンの事を知らせてくれなければ、ティカ村は確実に全滅しただろう。


 ゴブリンの巣の中を調べた所、数十名の男女の服と白骨死体が糞溜めの中から。

 それとつい最近、ゴブリンに殺されたばかりと思われる一部骨が露出した少年の遺体が、食料庫と思われる場所から発見された。


 領主軍の別働隊が調査した結果、ティカ村周辺の集落の幾つかゴブリンに襲撃されて、無人の廃墟になっていた事が分った。







 ミイナは矢も盾もたまらず発見されたゴブリンの巣にやって来た。


 目的は無論、ゴブリンに連れ去られたであろう幼馴染のテオを探しに。


「ミイナ! 行っちゃダメだ!」


 ミイナの事が心配で付いて来ていたウィロがミイナの腕を掴もうとする。

 が、ウィロの手をするりと躱して、一心不乱に駆けて行く。


「駄目だ! こっちに来ちゃイカン!」


 領主軍の兵士の制止を振り切り、今まさに埋葬されようとしていたテオの下に駆けつける。


「テオ!! テオ!! ……テオッ!? イヤアアアァァァァァァーーーーーーッ!!!!」


 幼馴染の変わり果てた姿に半狂乱になって泣き叫ぶミイナ。

 ミイナのその痛ましい姿を見守る事しか出来ない領軍の兵士達。

 そしてそんなミイナをただ抱きしめる事しか出来ない自分の無力さに、心が打ちのめされるウィロだった……







 一方――リシェンはあれ以来一度も目を覚ます事なくずっと眠り続けていた。


 レイニィの見立てでは、まだ暫く目を覚まさないだろうと言う事だった。


 そんな状態のリシェンが居る教会に村長のギゲロがレイニィを訪ねていた。

 淫獣ゴブリンの後処理の報告と相談に。


 話し合いは長引いた。


 夕方から雨が降り出し、風も吹いていた。

 段々と雨が激しくなり、風も強風に。

 それはやがて、嵐となった。


 嵐の中、自宅に帰宅するのは危険ということで、ギゲロは教会に泊まった。

 そしてその日の深夜、ギゲロはレイニィの部屋に来ていた。


「リシェンの事、話してないわよね?」


「ああ、もちろんさ! 誰にも話してない。 ウィロにも口止めをしておいた。 その代り……分かっているな?」


「……ええ」


(ゴブリン襲撃の時、一人逃げ出しておいて良くもまあそんな恥知らずな要求が出来るものね! 図々しい! こんな奴に私は……!)


 レイニィは昔の事を思い出す。 まだ、自分が純粋だった頃――まだ、この村に赴任したての頃を……。


 最初はギゲロも優しかった。

 不慣れな自分を良く助けてくれた。

 そのうち、ギゲロから親類を亡くした孤児達を託されるようになった。

 それが下心あっての事とは露知らず、引き受けてしまった。

 社会経験が乏しいレイニィには、それが見抜けなかった。


 そして、ギゲロはその本性を表し始めた。


 一人二人と人数が増えて行くに従って食費と生活費が嵩み生活苦に喘ぐようになった。

 そんなレイニィにギゲロはある提案をした。


 教会と孤児達の生活を援助する代わりにその美しく魅惑的な体を要求したのだ。

 妻ラーナにはない――いや、かつては持っていたが、今はもう失われてしまった若さに溢れ、はち切れんばかりの瑞々しい体を。


 レイニィは孤児達のため、仕方なくギゲロの提案を受け入れ――レイニィは純潔を散らした。


 だが、ギゲロの要求は日増しにエスカレートして行った。

 酷い時には、村の男達の相手を一人でさせられた事もあった。

 幸い、淫獣対策に避妊魔法を教わっていたので、妊娠は回避できた。


 レイニィはギゲロのその要求が嫌で、教会本部に再三にわたって異動願いの手紙を出したが、任せられる人材がいないのを理由に本部は異動を拒否し続けていた。


 孤児達も心配だが、レイニィ自身もそろそろ限界だった。

 いよいよとなったら、神官を辞めてでもこの村を出て行くつもりでいた。


 その矢先、リシェンがこの教会に転がり込んで来た。


 初めのうちは会話が成り立たず、意思疎通が出来なかったので大変だったが、リシェンが言葉を話せるようになると彼の事を知って驚いた。


 ファーレシアと対を成す異世界トゥーレシア人だったから。


 それからはリシェンにトゥーレシアの事を色々教えてもらった。

 話を聞けてとても楽しかった。

 段々とリシェンに情が湧いてきた。

 まるで弟が出来たように感じた。


 本来なら加護やギフトホルダーち、トゥーレシア人を発見した場合には、国や教会に報告義務があるのだが、レイニィはそれをしなかった。


 国は孤児だった自分に何もしてくれなかったし、教会は教義を盾に、義務や責務を押し付けて自分を奴隷のように扱き使った。


 そんな相手に報告すれば、リシェンがどんな扱いを受けるか分からない。


 村人達にはリシェンの事を記憶喪失の遭難者として話し、リシェンには硬く口止めした。

 ”皆に知られたら処刑されるから”と、嘘をついて。

 それにリシェンが来てからギゲロの要求がガクンと減った。


 ギゲロはリシェンを警戒したのだ。


 レイニィが回想を終えると同時に、ギゲロはレイニイの後ろに回り込み、右手を神官服の上からレイニィの豊満な胸を揉みしだき、左手は股間に這わせる。


「アンッ! これで最後にして下さいよ、ギゲロさん。 私、リシェンに嫁ぐんだから……」


 そう不満そうに言うとレイニィは、灰色の神官服の前ボタンを外し、胸元を大きくはだけて神官服と神官帽をその場に脱ぎ捨てる。


「分かっている。 この村の英雄様の奥方になられる御方だ。 これ以上、手は出さないさ。 残念だけどね。 この関係も今日限りだ」


(そもそも、あんな化物の女なんかに手を出せるかよ!)


 ギゲロもレイニィに習い服を脱ぐ。

 脱ぎ終わるとギゲロはレイニィに抱き着き、レイニィはギゲロの行為に身を任せた。


 レイニィも純潔を奪われた初めの頃は苦痛であった。

 ギゲロに抱かれ続ける内に快楽を覚え、行為を自ら進んで楽しむようになった。


 援助を受け続ける限り、ギゲロの要求も続く。

 ならば、楽しまなければ損だと割り切って。


 だが今はリシェンに告白され、プロポーズも受け入れた。

 最初はただギゲロから逃れるための打算から。


 レイニィは思う。


 リシェンには自分自身も知らない無限の可能性があった。

 彼は神話の中に登場する伝説のスキルカード、アダマスの持ち主。


 希望が見えた気がした。


 今までの苦労が報われた気がした。

 もう苦しまなくて済む。

 自分も幸せになれる。

 そう思うと自然と涙がこぼれ、溢れた。


 もっとも、この涙が地獄の日々から救われる感動からか、ギゲロに与えられている快楽から来る喜びからなのか、今のレイニィには分からないが。


(ギゲロとのこの行為も、今日でやっと終わる……。


 その後は、ギゲロに仕込まれた技とこの体を使ってリシェンを虜にしてしまえばいい。

 そうすれば、リーシェンは私から離れられなくなる。

 そうなればリシェンは私のモノ!


 私の言う事、望む事、何でも聞いてくれる旦那様が出来上がる!)





 ――一方、その頃のリシェンは


 レイニィの部屋の開いた扉の隙間から、中で繰り広げられているショッキングな光景をただ呆然と見詰め続けていた。


 あろうことか、親友の父親と自分を受け入れてくれた愛する人の濡れ場を目撃してしまった。


 しかも、二人の会話の流れから、どうやらギゲロとレイニィは以前から肉体関係にあったらしい。


 レイニィの部屋の前。


 艶めかしい愛する人の喘ぎ声が開いた扉の向こうから漏れ聞こえる。


 どれくらい時間が経っただろうか。


 余りのショックに感覚が麻痺したリシェンはフラフラしながらその場を離れる。


 そして、教会の建物内から外に出ると――


「ド畜生おおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!!」


 雨が降り頻る嵐の中に飛び込んだ。


 怒りと憎しみに絶叫を上げながら嵐の中を駆け抜け――しかし、それも吹きすさぶ暴風と地面に叩きつける雨音、轟雷の大音量に無常にも掻き消される。


 悲しみと悔しさから滂沱の涙が流れ――しかし、それも顔面を叩きつける雨粒と混じり合い区別がつかなくなる。


 今のリシェンは心臓を刃物でズタズタにめった刺しにされた様な痛みと、その傷口から吹き出すドス黒く、気持ち悪い、嫌な何かが心の中を満たしていく感覚に支配され――やがて自分を見失っていった。


 翌朝、嵐が立ち去ったその後。


 この村でリシェンの姿を目撃した者は誰もいなかった。







 ――その後、とある村の教会前にて行われる二人の女性のやり取り。


「こんにちは、神官様」


「こんにちは、村長のお母様」


 白々しい挨拶から会話が始まる。


「今日はウチの畑で取れた野菜をお届けに来ました」


「まぁ! こんなに美味しそうな野菜を……いつもありがとう御座います。 子供達も喜びますわ」


一人はウィロの母で前村長の妻ラーナ。


一人はこの村の女神官レイニィ。


「いいえ! 神官様には何かとお世話になってますから! それに神官としての仕事の傍ら、孤児の子供達の世話もありますし……大変でしょう?」


 ゴブリン襲撃以来、レイニィに対する村人の――特に女性からの見る目と態度が変わった。


 夫や恋人を誑かす淫婦から、ゴブリンから逃げずに最後まで戦い、この村を守ってくれた勇敢な女性――恩人に。


「いいえ、そんな! それに、大変なのはラーナさんやウィロ村長も同じでしょう。 ……何せ、御主人であるギゲロさんや少なくない村の人達が亡くなられたんですから」


 ギゲロはゴブリン襲撃の後処理が終わってしばらく後、複数の村の男達と共に森の中で狩りをしていた時に野生の大熊に襲われて死んだ。


 ギゲロ達の遺体の近くには、折れた矢や鉈が刺さって死んでいる大熊の骸が転がっていた。

 恐らく、両者相打ちになって死んだのだろうと結論付けられた。


「ウチには良く働く嫁のミイナがいますから。 それに一緒に亡くなった村の人達の所は息子さん達が代わりに跡を継いで頑張ってます。 ウィロなんて、”いなくなったリシェンが戻ってくるまで代わりに僕がこの村や教会を守るんだ!”――なんて言ってます。 泣き言なんて言ってられませんよ!」


 ギゲロの葬式の後、すぐにウィロがティカ村の村長になってミイナを娶った。

 死んだ村の男達も、その息子が跡を継いだり、娘が婿を貰って跡を継いだりしていた。


 ちなみに、死んだ男達は全員ギゲロの取り巻きで、ギゲロの命令でレイニィと幾度も体を重ねた者達だ。

 お陰でギゲロ亡き後、それをネタにレイニィを脅して肉体関係を強要するという存在も同時にいなくなった。


 どこか哀れんだ目でレイニィと会話するラーナ。

 それに気付くレイニィ。


 恐らく、ラーナは夫ギゲロの裏の顔を知っていたのだろう。


「ええ……いつか必ず、私達家族の下に帰ってきてくれると信じていますわ」


 だが、レイニィは持ち前の対人技能スキル【建前】を発揮して微笑みでスルーした。


 先の事は分からないが、今はやっと掴んだ平穏を甘受するレイニィであった。

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