第5話 生まれて初めての命のやり取り
リシェンは納得出来ないまま。
しかし、ギゲロの言う事も一理ある。
とにかく、今は行商人から必要な物を買う事にした。
だが今回、ティカ村に来た商人達が売ろうとした商品の中に、武器は余り持ち込まれていなかった。
収穫祭でそんな物騒な物が売れるはずがないからだ。
しかも、リシェンが長々とギゲロと話し込んでいる間にほとんど売れてしまっていた。
残っているまともそうな武器は、鋳造品の銅製で短めの剣が一本。
それも作りが悪い粗悪品だった。
だが今は贅沢を言える状況じゃない。
それに価格は鉄貨一枚――100。
これなら価格も安いし、素人のリシェンでも扱える。
リシェンが剣を購入した時、リトラー《小人族》の行商人が変わった指輪を一個オマケでサービスしてもらえた。
それは銀色の輝きを放つ機械っぽい細工が施された指輪だった。
「アンちゃん、それやるよ! さっきそこで村長と話してるの聞いたけど、婚約したんだって? だったら彼女さんに指輪の一つでもプレゼントしなくちゃカッコつかんだろ!」
「ありがとう、オジさん」
(でもこれ、どう見ても男物だよな。 女性に送るようなデザインじゃないし。 きっと売れ残りを押し付けられたんだろう)
とりあえず自分の右手の指に嵌めてみる。
中指が丁度良いサイズだった。
(ん~……これ、レイニィには似合いそうにないし。 自分で嵌めておくか)
リシェンは指輪をレイニィに渡さず、そのまま自分が嵌めておく事にした。
この指輪が後にリシェンにとって大いなる助力となる事を、この時の彼はまだ知らない……
☆
教会に戻るとレイニィが教会を開放し、行き場のない避難者の受け入れや怪我を負っていたミイナの治療を終えたところだった。
「レイニィ!」
「どうしたの、リシェン? ゴブリン対策の話し合いに行っていたんでしょう?」
「村長がレイニィにもゴブリンと戦ってもらうって言い出して……反対したけど、聞いてもらえなかった……」
「……そう」
レイニイは驚く事なくリシェンの話を受け止めた。
(アイツが言い出しそうな事ね。 多分、私達を囮にして一人だけ逃げるつもりね)
「ゴメン、レイニィ。 俺に力が無いばかりに……」
「リシェンが謝る事じゃないわよ。 こういう状況じゃ仕方ないわ。 それにゴブリンがすぐに襲ってくるとは限らないし。 こう見えて私、リシェンより強いからゴブリンなんて返り討ちよ!」
レイニィは腕を軽く折り曲げ力瘤を作る動作をして見せ、リシェンを気遣い明るく振る舞う。
「リシェン、リシェン、だいじょぶ?」
「ゴブリン、おそってくるの?」
「みんな、しんじゃう?」
教会に預けらた子供――孤児達が不安そうにリシェンとレイニィに寄って来た。
「皆、大丈夫だ。 領主様の軍がすぐ来てやっつけてくれるさ!」
「そうよ、リシェンの言う通り。 それまで皆、教会の中で大人しくしていましょうね」
レイニィはまだ小さい孤児達に不安を与えないよう優しく微笑みながら言い聞かせた。
☆
それからリシェンは村の大人達に混じって交代で村の内外を見回った。
手には丈夫で長い木の棒を持ち、腰には今日の昼に行商人から買った銅製の短い剣――ショートソードを差して。
まだ若く、経験も浅い少年達は、大人達の班に均等に割り振られた。
ウィロも一緒の班だ。
「ウィロが一緒で良かった。 知り合いが一人でもいてくれたら心強いし」
「僕もだよ、リシェン」
ウィロは小さい頃から父親のギゲロから剣や槍の手解きを受けていた。
少なくとも、そこらの素人よりは剣の扱いを熟知している。
そのウィロに武器の扱いについてのアドバイスをもらいながら辺りを見回るリシェン達の班。
ふと、何か違和感を感じ、辺りを見回すリシェン。
「どうかした、リシェン?」
「……何か、変な感じがする」
「気のせいじゃないか? 怖がりだなあ、リシェンは」
一人の村人がリシェンを
「そんなんじゃ――」
『キャアッ! ギャアッ! ゴギャアーーー!!!!』
その時、森の中から今まで聞いた事がない不気味な獣の叫び声が聞こえた。
「こっ、この声! もしかしてゴブリンかっ!」
全員すぐさま武器を構える。
だがゴブリンが襲ってくる気配は一向になかった。
「……大丈夫のようだな。 しかし、ゴブリンが村の近くまで来ているなんて……」
「父さんが言ってたけど、ゴブリンは淫獣の中でも慎重で狡賢いから集団で人を襲う時、しばらく様子を見るんだ。 自分達と相手を観察して、隙きが出来たら相手を襲撃するって」
「厄介だな」
「今の見回りの人数じゃあ、ゴブリンに襲われるかもしれん。 村長に言って人数を増やしてもらおう」
見回りから帰還したリシェン達は、すぐにギゲロに報告した。
すぐに意見が取り入れられ、一班・六人から十人に増員された。
その分は班が減るので負担は大きくなるが、それも軍が来る数日の我慢だ。
それから一日、二日と過ぎ、何事もなく四日目の早朝迎えたその日。
未だ太陽も登りきらない時間――
「ゴブリンだーーー!!!!」
とうとうゴブリンが村を襲撃した!
「クソっ! あと一日待てば領主軍が来るってのに!!」
「リシェン!」
「俺が行く! レイニィはここにいて!」
リシェンは入り口に立て掛けてあった木の棒を持って外に飛び出した。
声がした方向、魔獣や淫獣の襲撃に備えて物見櫓とバリケードが組まれた村の入口に向かう。
途中、ウィロやギゲロ達と合流した。
「おいっ!! ゴブリンはどれ位いる!!」
村の入口に辿り着くと、ギゲロは物見櫓の上に居る見張りに大声を張り上げて訪ねた。
「村の入り口の外を中心に百以上!! 正直、数が多過ぎて分からない!!」
「チッ! 予想以上の数だ!」
ギゲロは舌打ちして村人達に指示を飛ばす。
「ゴブリンとは絶対一人で戦うな! ゴブリンは動きが素早いし連携もしてくる! 常に数人がかりで戦え!」
そうしている間に大量のゴブリンは村の入口に殺到する。
遂には入り口に到達、武装した村人達を襲いだした。
ゴブリンが近付くに連れ、その姿をハッキリ視認する。
黄緑色の鱗のようにヒビ割れた皮膚に体毛が一切生えていない体。
衣服を纏わず、体型は大体が子供並の大きさ。
だが少数、体型が大きい個体が存在した。
大人と同じ大きさの個体が十数体。
それに3mの巨大な個体が一体、ゴブリンの群れの一番後ろに控えていた。
それら大きい個体をゴブリンロード。
一番大きい個体をゴブリンキングと呼び、そいつらは並のゴブリンよりも遥かに強い。
ゴブリンキングに至っては、一匹で村一つ余裕で壊滅できる。
ベテラン冒険者でも複数で挑まなければ勝てない相手だ。
村人達は接近してきたゴブリンを、ナイフを括り付けた手製の槍で突き、槍の間合いの内に入れば別の者がフォローに入り鉈でゴブリンを叩き切る。
リシェも木の棒をぶん回してゴブリンを殴りつけ、棒が折れたら腰に差したショートソードで応戦する。
「へへっ! 余裕じゃね――うわっ!?」
「た、たすけ――」
「ぐあっ!?」
「ぎゃあ!!」
しかし、多勢に無勢。
徐々にゴブリンに圧倒され倒されていく村の男達。
その上、戦闘経験が碌にないのでゴブリンの物量に押され、遂には村に侵入を許してしまう。
(ここらが潮時か……ロードだけじゃなく、まさかキングまで居るとはな。 これじゃあ、この村はもうお仕舞いだ)
村長のギゲロは初めから追い詰められた場合には、村人や家族を見捨てて自分とレイニィだけで逃げるつもりでいた。
(本当なら、リシェンだけゴブリン共に始末させるつもりだったんだがな。 クソッ! ゴブリン共のお陰で俺の人生設計が台無しだ! とにかく、レイニィだけでも連れて逃げるぞ!)
ギゲロは混戦の最中、誰にも気取られる事なくにその場を抜け出す事に成功した。
「クッ!」
リシェンとウィロはお互いの死角をカバーし合い、大人顔負けの活躍をしていた。
だが、ゴブリンの怒涛の襲撃に体力の限界が近づいて来ていた。
「リシェン! 後ろ!」
「ッ!?」
咄嗟にショートソードの腹で防御する。
バキンッ!
「しまっ!?」
元々の造りが粗末な上、今までの使用で金属疲労が蓄積していた鉄製のショードソードはゴブリンの一撃に根本から折れてしまった。
ゴブリンは勝利を確信したのか、イヤらしい笑みを浮かべ、リシェン目掛けて鋭く尖った爪による一撃を繰り出す。
(殺られるっ!! クソッ!! もっといい武器があればこんな奴……)
その時――リシェンのその思いに反応したのか、指輪がカチリと音を立てた。
刹那、指輪に施された絡繰が高速で動き出す。
指輪は解けるようにリシェンの手と前腕部を覆い、手甲が形成される。
さらにその手甲から空間を空けて小型の金属製の盾が形成された。
その盾がゴブリンの鋭い爪を防いだ。
「グギッ!?」
驚くゴブリン。
そのゴブリンをリシェンは盾が出た右腕で振り払おうとして――
シュン!
「えっ?」
ゴブリンの体が真横に綺麗に切断された。
見ると盾の先端からは妖しい灰紫色の光を放つ剣が生えていた。
ウィロが父ギゲロが冒険者時代に使っていた鉄製のショートソードで自分に向かってくるゴブリンを切り伏せ、リシェンの下に駆け寄る。
「リシェン、それ……」
「俺にも分からない……けど、今はこれに頼るしかない!」
リシェンとウィロは向き直り、再びゴブリンの群れと相対す。
☆
「ちょっ!? どこに行くのよ!!」
「この村はもう終わりだ! 逃げるぞ!」
ギゲロはゴブリンとの戦場を抜け出した後、自身の馬小屋に行き、二頭の馬と予め脱出の準備を整えていた荷物を取りに行った。
そしてそれらを教会の近くに置くと教会に行き、援軍の要請を頼むフリをしてレイニィを教会から連れ出したのだった。
「リシェンが危ないって言ったのは嘘なの!」
「嘘じゃないさ。 今頃、リシェンはウィロ諸共、ゴブリンロードやゴブリンキングに殺されているだろうよ」
「なっ!? あ、あなた、自分の子供まで犠牲にするって言うの!?」
「ウィロは俺の実の子じゃない。 たまたまこの村に立ち寄ったエルフの旅人が、ラーナとこさえて出来た子供だ。 俺は村長の椅子が欲しくてね。 前村長の娘のラーナをその男から奪ったのさ!」
「……あなた、もしかしてその人を――」
「それはご想像にお任せする。 時間が無い。 さあ、行く――!?」
「きゃあっ!?」
ギゲロはレイニィの手を強引に引っ張り、荷物を載せていない方の馬にレイニィを乗せようとして――馬ごと何かに吹き飛ばされた。
一緒に吹き飛ばされ、地面の上に倒れ込んだレイニィが起き上がろうとしたその時、巨大な影がレイニィの体を覆った。
「ゴ……ブリン、キング……!」
「ゴブリンロードもいやがる! クソッ!!」
いつの間にかギゲロとレイニィの近くには数体のゴブリンロードと一緒にゴブリンキングが立っていた。
ゴブリンキングに吹き飛ばされ、地面に倒れたギゲロは仰向けの体勢でゴブリン達の様子を見ていた。
(クソッ!! ここまでか!! ……いや、待てよ。 アイツら……)
ゴブリンキングとゴブリンロード達はギゲロには一切目も暮れず、レイニィだけをじっと見詰めていた。
イヤらしい、とても醜悪な笑顔を浮かべると、レイニィの体をゴブリンキングが掴む。
「イヤッ!!」
レイニィはゴブリンキングに捕まり神官服をビリビリに破かれてしまう。
(しめた! ゴブリン共め、全員レイニィに目がいってやがる! 今の内に!)
ギゲロはゴブリンキング達がレイニィに夢中になっている隙きに立ち上がり、刺激しないようそっと動いて、まだ無事な荷物を積んでいる方の馬に近付く。
そして、一息に跳躍して馬に跨る。
(ゴブリン共にくれてやるには惜しい女だが、命には変えられん! 悪く思うなよ、レイニィ!)
ゴブリンキング達は余程女に飢えてるのか、立ち去ろうとする馬に乗ったギゲロを一瞥しただけですぐにレイニィに視線を戻す。
ゴブリンキングはレイニィのロングショーツに手を掛けると一気に破り捨て、レイニィの禁断の園を暴いた。
「ッ!? ……クッ! このっ!」
ゴブリン達によって裸体を無理やり晒されたレイニィ。
必死にゴブリンキングに抵抗するがビクともしない。
(淫獣対策に避妊魔法を自分に掛けてるけど、殺されたら意味ないよね……。 せっかく男の人の――リシェンのプロポーズを受けたのに。 これが最後なんてヤダな……)
神官の修行の一環で、魔獣や淫獣の戦闘訓練をある程度経験を積んでいるとはいえ、この追い詰められた状況の最中、どこか他人事のように達観した感じのレイニィ。
実はレイニィ、このティカ村に神官として赴任して間もない頃、とある事情から村長のギゲロに自らの体を差し出し、純潔を奪われた。
その行為は未だに続いている。
だからといって人外の醜悪な、しかも女を繁殖の道具として使い、用が終われば殺して喰らう。
そんな相手のなすがままにされるのはさすがに許容出来ない。
(とはいっても、私にはもう抗う術がない。 どうすれば……)
「レイニィーーーーーーッ!!!!」
と、そこへゴブリン達に寄って集って傷つけられ、全身血だらけになりながらもレイニィのピンチに駆けつけたリシェン。
そのリシェンの後を追って来たウィロ。
二人共、満身創痍のボロボロだ。
「リシェン!? 駄目!! 来ちゃ駄目っ!!」
レイニィを取り囲んで嬲りものにしているゴブリンキングとゴブリンロード達。
それを目撃したリシェンは目を見開き、怒りに眉を吊り上げ、歯を剥き出し、体中の血がまるで沸騰したかのように熱くなる。
(お前ら!! 絶対許さない!! 許すもんかあぁぁぁーーー!!!!)
リシェンの心の叫びに呼応して体の中――いや、魂に直接何かがねじ込んでくる。
ソレは力――先日、芽生えたばかりの力――【トウトマシン】。
『万物を解析――学習――』
「じゃあ、アレを調べて理解しろ」
『物質の制御――』
「アイツらの細胞の動きを止めろ。 震える事も、声を口から漏らす事も、息をする事も許さない」
細胞もまた物質により構成されている。
【トウトマシン】はリシェンの命令を忠実に実行し、ゴブリン達の動きを止めた。
ゴブリン達は最早、体を髪の毛一筋動かす事も叶わない。
それどころかゴブリン達は認識や思考も出来ない。
細胞が動きを止めるという事は思考すら止められている状態。
いや、そもそも細胞の活動が停止する事は生命活動の停止――すなわち死を意味していた。
『万物をマナに分解――』
「ここに居るアイツらを全部――マナに戻せ!」
生命活動を強制的に停止させられ、既に息絶えたゴブリン達は体の端――頭の天辺、手の指先、足のつま先から灰紫色に光る粒子が現れては大気中に溶けて消えてゆく。
粒子が出ている体組織は消滅。
その現象はゴブリンの体を徐々に侵食していき、やがてゴブリン達の体は魂ごとこの世から完全に消失した。
この世の全ての物質・力はマナで形作られている。
この【トウトマシン】はその物質・力を分解してマナに戻す事が可能だ。
だが、そんな芸当が出来るのは世界最高の魔法スキルの使い手か神々ぐらいなもの。
それをリシェンは今、ここでやってのけたのだ。
ドサッ!
「リシェンッ!?」
リシェンは使い慣れない能力を酷使し過ぎて倒れてしまった。
レイニィが慌てて倒れたリシェン下に駆け寄り体の状態を確認する。
「良かった……傷は多いけど全部浅い。 多分、初めてスキルを全力で使った反動で気絶したのね……」
こうして、悪夢の元凶であるゴブリンはリシェンの活躍により、この世から消え去った。
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