第4話 淫獣

 ”淫獣”――それは他種族を主に生殖・繁殖目的で襲う凶暴な魔獣の事。


 相手が異性であれば襲い、捕え、確保し、相手に自分の種を植え付け、子を孕ませ繁殖する又は相手の種を強引に搾取し、子を孕み繁殖する。


 相手が同性であれば捕食し、異性だと生殖・繁殖を終えるか、生殖機能を失えば殺すか捨てるか食料とする。


 どちらにせよ、淫獣に捕まれば暗い未来しかあり得ない。


 その中でもゴブリンは最もポピュラーで――そして、最も質が悪い。

 単体なら大人でも十分勝てる強さだが、動きがすばしっこく、捉えるのが難しい。

 複数になると、その素早さを活かした連携で獲物を狩るという厄介な習性がある。


 その上、繁殖力も淫獣の中では一・二を争い、”ゴブリンを一匹見付けたら千匹いると思え”と言われるほどだ。


 実際、過去にはゴブリンによって幾つかの国が滅んだ記録も存在する。

 それだけに、数が増えるととても危険で厄介なのだ。


 その淫獣出現の報をもたらしたのは、成人式に参加する予定でこのティカ村に向かっていたエルフのミイナだ。


 一度はゴブリンに捕まったミイナだが、一緒にいた幼馴染のテオが命を賭して助けてくれたのだ。


 だが悲しいかな、多勢に無勢。


 テオはミイナをゴブリン達から助けた後、自ら囮となりミイナを逃した。

 そしてミイナは命からがらこのティカ村まで何とか逃げてこれたというわけだ。


 服が破れ、泥だらけの身なりで村人達に懇願するミイナ。


「お願いです! テオを……私の幼馴染を! どうか助けて下さい!」


「そんな事、言われても……」


「なあ……」


 困惑する村人達。

 彼等は飽くまで村人であって軍の兵士や冒険者ではない。

 数が少なければ村人達が相手をしても十分勝てるが、数が多ければとてもではないが対応できない。


「ゴブリンが出たって!?」


 話を聞いたウィロの父親で村長のギゲロが駆けつけて来た。


「あっ! 村長!」


「それで君、ゴブリンの数はどれ位だ?」


「……分かりません。 でも、この村まで来る時、あの森でたくさん見掛けました」


「な…んだとっ!?」


 周りの村人達がザワめく。

 このティカ村からゴブリンが出たという森までの距離がとても近い。


「お願いです!! 幼馴染を助けて下さい!!」


「諦めろ。 その幼馴染は既に死んでいる」


 ギゲロは尚も縋り付くミイナに対し、無情にもキッパリ言い切った。


「そんなっ!!」


「村長……」


「とにかく、収穫祭は中止だ! 女子供は家に帰って戸締まりを! 今日、成人式に来た娘達、客人や商人達は村から退避するか教会に避難を呼び掛けろ! それ以外の男は皆、集会所に集まってくれ! 急げ急げ!」


 ギゲロの指示が飛ぶ。

 村人達は指示に従い行動を起こす。


「ぼ、僕達は?」


 話を聞きつけ、この場に来ていた今日成人式を迎えたばかりの少年達が不安そうに尋ねる。


「もちろん、お前達もだ!」







リシェンは自分を呼びに来たウィロと一緒に急いで集会場に向かう。

その道すがら、ウィロから一通りの説明を受ける。


「ゴブリンてあのゴブリン? 子供くらいの大きさで、弱くて、でも繁殖力が強くて、数にいわせて襲って来る……」


「その上、女なら人だけじゃなく、他の魔獣や淫獣――オークだって孕ませるとんでもない奴らさ」


 その説明にゾッとするリシェン。


 もし、レイニィがゴブリンに捕まってしまったらと思うと、その先を想像したくない。


「折角、リシェンがレイニィと上手く行ったのに。 まさか、こんな事になるなんて……」


「ウィロのせいじゃないだろ。 それより、これからどうするの?」


「先ずは近くの街にある役所に知らせて、この村を治めてる領主様に軍を出してもらうよう頼むんだ」


「軍を出してくれるの? ゴブリンなら冒険者に押し付けるんじゃない?」


「少数ならね。 でも、ゴブリンが――ゴブリンに限らず、オークやトロルなんかの淫獣が、人を積極的に襲うようになったらそれは危険の合図。 大量繁殖の兆候が高いんだよ。 それを放っておいたせいで滅んだ国が昔からたくさんあるんだ。 そうならないよう、領地持ちの貴族――領主様は淫獣に対応する義務がある。 もし、対応を怠ったら――」


 ウィロは親指で自分の首を斬る真似をする。


「一族郎党処刑だよ」


 ウィロの迫力に、思わず”ゴクリッ!”と、生唾を飲み噛むリシェン。


「だけど問題は、そのゴブリンの事を知らせて軍が来てくれるまでの間、自分達の手で村を守らなくちゃいけない。 今回はその役割を決める大事な集会なんだよ」


「だったら武器もいるね?」


「うん……でも、ちゃんとした武器は高いから、鎌やナイフ、包丁なんかを細い木に括り付けて即席の武器を作るぐらいしか出来ない。 ウチの父さんは昔、冒険者をやっていたから剣を持ってるけど、それだって一本で銀貨一枚と半銀貨一枚の1500――普通の宿屋に5ヶ月は泊まれる額だよ」


「やっぱり、頼りは軍だよね……」


(地球なら銃があるから余裕で倒せるけど、この世界にそんな物は無い。 その代りにスキルがあるけど、農民が持てるスキルなんてたかが知れてるし。 例え持ってても、戦闘経験がほとんどないから宛にも出来ない……)


「早く知らせて、すぐ来てくれるのを祈るしかないよ」


「……」


 そこから二人共、話が続かなくなり黙り込んでしまう。

 そしてそのまま集会場に辿り着いた二人。

 集会場には既に村の大人の男衆、今日で成人を迎えたばかりの少年達、それに混じって行商人やその護衛の冒険達などが集会に参加していた。

 収穫祭に来ていた観光客の一部は村から避難を開始していた。


「既に馬を使って領主様に知らせを送った。 だが、今からだと急いでも軍が来るのに4、5日掛かる。 それまでは俺達で凌がなければならん。 行商人達と先に話しをしたが、彼等はすぐに村を出る。 武器になりそうな鉈、手斧なんかを村の蓄えから買っておいたが金も数も足りん。 申し訳ないが、行商人達が村を出る前に各自で必要な武器を買っておいてくれ」


「村長! ここにいる冒険者に頼めないだか?」


 複数の村人が冒険者達に向かって言う。

 それに対して冒険者達の反応は目を逸らしたり俯いたりと消極的なものだった。

 ギゲロは頭を左右に振り、その村人の意見を否定する。


「無理だな。 彼等はギルドを通して行商人と契約している。 それを破ればギルドから重い罰則を受ける。 だから俺達が頼んでも依頼は受けない」


「そんなあ……」


「いざとなったら教会の神官様にも戦ってもらうつもりだ」


「えっ!?」


「なっ!?」


 ギゲロの口から飛び出したその言葉に驚くリシェンとウィロ。


「戦闘経験があるのは元冒険者だった俺と、神官としての修行を積んできた神官様ぐらいだ。 それに神官様には怪我を癒す魔法スキルを持ってるからな。 多少の怪我をしてもすぐに治してもらえる」


「おお! それは助かる!」


 ギゲロを睨みつけるリシェンとウィロ。

 ギゲロはそれに気づく事無く淡々と話を続ける。


「これから男達は交代で村の周辺を見回りしてもらう。 それで人員の割り振りは――」


 村長の話しが終わると、皆一斉に動き出した。

 リシェンはギゲロに突っかかるように向かって行った。


「村長! レイニィをゴブリンと戦わせるってどういうつもりですか!」


「ん? どうした、リシェン。 それにウィロも。 どういうつもりも何も、さっき話した通りだが?」


「父さん、レイニィには教会とそこに避難している人を守る大事な仕事がある。 なのに、レイニィにその教会を離れてゴブリンと戦ってもらうって……無理があるよ」


「だがなウィロ、ゴブリン共の数が多ければ村人達だけでは対応しきれない。 いくら俺が元冒険者だからと言っても昔の話だし、限界もある。 少しでも戦力は欲しい。 まあ、そうならないようにするつもりだ。 それに領軍が間に合えばその必要はなくなる。 これはあくまで備えとしての対応だ」


「だけど、レイニィが加わった所で焼け石に水じゃないですか。 なら、皆で一緒に避難すれば……」


「そうだな。 しかし、そうするとリシェン、我々はどこに避難すればいい? それに皆が避難すればゴブリン共が必ず後を追って来るぞ。 そうなれば結局は同じ事だ。 なら我々にとってまだ地の利があるこの村に留まって、領軍を待つ方が安全だ」


「そうかもだけど……」


 リシェンは何とか反論しようとするも、言葉が思いつかない。


「父さん、レイニィはリシェンとさっき婚約したばかりなんだ。 何とかならない?」


「何だと!? それは本当か!?」


 ウィロからの思いがけない話に驚くギゲロ。


「はい、本当です。 レイニィは俺のプロポーズを受けてくれました」


(どういうつもりだ、レイニィの奴。 ……さては俺から逃るつもりか。 だが、そうはさせんぞ!)


「……リシェン、レイニィを心配する気持ちは分かるが、これも皆のためだ。 我慢してくれ」


「で、でも……」


「リシェン!」


 ギゲロはリシェンの名を呼び強く威圧する。


「分かりました……」


「話を理解したのなら、お前達も早く行商の所へ行け。 ああ、そうだリシェン。 お前の分は俺がだそう。 婚約祝いだ。 ただ、余り大した金額は出せないがな」


「有難うございます。 ギゲロさん」


 胸の中がモヤモヤするリシェン。


 結局、ギゲロに言い返せず、良いようにあしらわれたリシェンであった。

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