第3話 お見合いとプロポーズと忍び寄る恐怖

 ――成人式が始まる数時間前


 鬱蒼と生い茂る木々と草むら。

 そんな森の中、茶色の土が剥き出しになった道を夢中になってただひたすら走り続けるエルフの少年少女。


 二人は何かから必死になって逃げていた。


「ハア、ハアッ!……何で、何でこんな所にアイツラが! ここら辺はアイツらのテリトリーじゃないのに!」


 少年は護身用に手に持っているナイフを強く握りしめる。

 ナイフの刃渡りは短く頼りないが素手よりは遥かにマシという程度だっだ。


「まっ、待って! テオッ!!」


「急いでミイナ! アイツラに捕まったらお仕舞いだ!」


 二人が走る後を複数の小さな影が追ってくる。


 ガサガサッ!


「っ!? もう追いついて来やがった!」


 少年はつたないながらもナイフを構える。


「キャッ!?」


 先回りして少女を捉えようと草むらから飛び出した複数の影。

 その影は少年――テオの幼馴染である少女――ミイナとの間に割って入る形となった。

 そしてあえなく捕まってしまうミイナ。


「い、イヤッ!! 離して!! 助けて、テオッ!!」


「ミイナ!? クソッ! ミイナを離しやがれ!!」


 好意を寄せる大切な幼馴染を不埒者達の手から助けるためにミイナに駆け寄ろうとするテオ。

 だがそれよりも早く、ミイナは近くの草むらに引きずり込まれてしまう。


「イヤーーーーーーッ!!!!」


「ミイーーナーーーッ!!!!」


 絶叫を上げなが連れ去られるミイナ。

 テオはミイナの名を叫びながらその後を追って行った。







 今日はティカ村で収穫祭が行われる日でもあった。


 成人式を迎える若者達は成人式後のこの収穫祭を楽しみにしていた。

 祭りには普段なら味わえない豪勢な食事や酒が振る舞われる。

 祭りに参加して皆で飲んで食べて遊んで大いに騒ぐ。

 これは娯楽の少ない農村部に住む者に取って数少ない楽しみだ。


 普段はお目に掛かれない、ちょっと贅沢な装飾品なども露店に並ぶ。

 装飾品は女性にとって嬉しいアイテム。

 意中の女性を口説くのにそのアイテムを求めて男達が露天にやって来る。

 そうした好循環が生まれ、財布の紐が緩くなるのを狙ってわざわざ遠くの街から行商人もやって来るのだ。


『きゃあ、きゃあ♡』


「何これ!? 何で女の子達がたくさん俺に纏わりついてくるの!?」


「リシェンが特殊スキル持ちだからだよ」


「え? ――って、ウィロ凄ッ!?」


 お祭り会場には既に他の成人を迎えた男女が会場である村の広場に来ていた。

 この収穫祭、実はお見合いパーティーも兼ねているのだ。


 パーティーメンバーの中でも特に一番人気なのはウィロ。

 爽やかイケメンで農家として将来有望なスキル構成。

 しかも父親がティカの村長で、自身も次期村長とくれば女子は放っておかない。


 次点でリシェン。


 理由は単純。


 顔はそこそ良いし、それに何と言っても特殊スキルの持ち主だから。

 特殊スキル持ちは優秀な者が多い。

 なので、婚姻相手としてはとても人気が高い。

 王侯貴族や豪商など、身分が高い者や経済的に豊かな者が優秀な人材を取り込むため、伴侶選びにそれを条件とするほどだ。


「俺、ウィロ以外に話してないのに」


 ウィロはリシェンに呆れて言う。


「そりゃあ、あんなに大きな声で話してたら周りに聞こえるよ。 特に女の子達は聞き耳を立ててたはずだよ。 何せ、自分の将来が掛かっているからね。 良い旦那様を捕まえようと必死さ」


「でも、俺は……」


「レイニィ一筋、だろ? だったら、いい加減告白しなくちゃね」


「うっ!? ――だけど、これじゃあ……」


「はあ……仕方ないなあ、リシェンは」


 一つ溜息を吐くとウィロはここにいる成人を迎えた少年少女や、まだパートナーがいない青年達全員に向けてスキルを披露し合おうと言い出した。


「自分の能力をお互い見せ合えば、男子は女子に自分をアピール出来るし、女子は自分に相応しい相手かいるか知る事が出来る。 もちろん、これは強制じゃないから見せたくないなら見せなくてもいい。 ――どうかな?」


 他人に自分のスキル見せるのに消極的な者もいるが、”やろう!”と言う意見が圧倒的に多かった。


「リシェン、僕が皆の気を引いてる今の内に」


 ウィロがリシェンに耳打ちする。


「えっ? あっ! ありがとう、ウィロ!」


 ウィロが女の子達を自分から引き離してくれる作戦だと理解したリシェンは、ウィロに礼を言い、その場を離れた。


「上手くやるんだよ、リシェン」


 去って行く親友の後ろ姿にそっと声援を送った。







 リシェン達、お見合い組が集まる広場を遠くから羨むように眺めるレイニィ。

 その横を子連れの村人が通り過ぎる。


「……こんにちは」


「こんにちはー! 神官様!」


「はい、こんにちは」


 子供は元気にレイニィに挨拶するが、母親の方はどこかよそよそしい。

 それどころか避けている風にも見える。


(……アイツとの関係で村では孤立しちゃったな……)


 レイニィは成人した少年少女達を憂いを帯びた目で見詰める。


(私もあんな頃があったなぁ。 あの頃は、私も将来に夢も希望も持ってたけど、アイツの所為で……)


 フーと、溜息を吐いたレイニィ。

 その溜息を吐く度にレイニィの精気が抜けていき、存在感が薄くなるようだった。


「レイニィ!」


 自分の名を呼ばれ驚くレイニィ。

 相手はリシェンだった。

 ボーッと考え事をしてる間にいつの間にか自分の近くにいたのだ。

 急いで駆けて来たのか、リシェンの息が少し上がっている事に気付く。


「どうしたの、リシェン?」


 レイニィは動じる様子を見せずにリシェンに対応する。


「レイニィこそ、こんな所でどうしたの? それにチビ達は?」


「今日はあなた達が主役なのよ。 脇役がしゃしゃり出るなんて出来ないわ。 それに、ティカ村の収穫祭でもあるから、お祭りで怪我人が出た時のためにここで待機してるの」


 半分は本当だが、もう半分は嘘だ。


 自分も収穫祭を楽しみたいが、そうすると村人達の視線が痛い。

 男達は自分をイヤらしい目付きで見てくるし、女達は女達でまるで汚らわしい物を見るような目で自分をあからさまに避ける。


 要するに、自分は村の嫌われ者なのだ。


 だが幸い、教会の子供達やリシェンには村人達も普通に接してくれている。

 それなら、一人で隅っこに居る方がずっと良い。


「それにおチビさん達なら、あそこで元気に遊んでいるわ」


 レイニィが視線で指し示した方向を見ると、収穫祭のお祭りの出し物を、村の子供達と一緒に回って楽しんでいた。


(よし! これで邪魔は入らない! 告白するなら今だ!)


「レイニィ! 俺、レイニィに話したい事があるんだっ!」


「な、なに!? 急に大声出すからビックリしちゃったじゃない!」


「俺、レイニィが好きだ! 愛してる! 結婚してくれ!」


 ロマンチックな言い回しもなくド直球で告白する。

 ここら辺はまだまだお子様なリシェン。


「えっ? リシェン、いきなり何を――」


「いきなりじゃないよっ! ずっと前から考えてた! でも、俺は成人したけど、まだまだ子供で……それにスキルだって大した事ないけど……頑張って働いて、レイニィを楽させてあげたい! 幸せにしたいんだ!」


 レイニィはリシェンに感謝していたし、好意にも気付いていた。

 リシェンがこの教会に来てくれたお陰で、自分を蝕む者が余り近づかなくなったから。


 ただ、それだけで恋愛感情を持つには至らないのも事実。

 なのに、リシェンからいきなりの愛の告白と求婚。

 これにはさすがにレイニィも面食らった。


 レイニィはすぐさま思考を高速回転させ、この問題の最適解を自分なりに導き出す。


(リシェンが私に好意を持っているのは気付いていたけど、まさかプローポーズされるとは思わなかったわ。 困ったわね。 でも、悪い気はしないわ!


 ……じゃなくて! どうする? リシェンは成人したとは言ってもまだまだ子供。


 将来的に不安があるし、それに私にはギゲロの問題もある……あっ! そう言えばさっきウィロがこっそり教えてくれたけど、リシェンってあの伝説のアダマスのスキルカードが出たって言ってたわ!


 その上、スキルは特殊スキル一つとギフトスキルが二つも!


 教会本部に報告すれば、リシェンは現人神あらひとがみ認定されて生活の保証がされる! ギゲロからも離れられるし、今ある問題が全て解決するじゃない!


 ……でも相手はリシェン。 今まで弟のように思っていた相手だし、正直、恋愛対象には思えない……。


 けど、結婚してから段々相手をそういう風に思えるようになるって話も聞くし……そうね! あんな奴より、リシェンの方が万倍ましだわ!)


「私で……良いの?」


「そうじゃないなら、こんな事言わない!」


(よし! 言質げんちは取ったあ!)


「はいっ! これからもよろしくね、リシェン……じゃなくて、私の旦那様!」


 喜びに涙ぐむ姿を見せるレイニィ。

 だがこれは、リシェンの気を引くためのレイニィの演技であった。

 女性との交際経験が全くないリシェンに、この演技は見抜けない。

 レイニィはそれも計算しての演技だ。

 女とは、かくも恐ろしいものである。


 確して、ハッピーエンドを迎えるかと思いきや――


「大変だ! 淫獣が……ゴブリンが出たぞぉ!」


 禍事まがごとを知らせる村人の叫び声が村中にとどろいた。

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