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一族に定められた手続きに従い、この場所と、今までに知り得たことを書き記した手紙をしたためると、少女は横目に彼女の寝姿を見た。ゆっくりと上下する寝具の隙間から、この世のものとも思えぬ美しい銀の髪が覗いている。それは本物の銀線と遜色なく輝き、それでいて手に取ると清水のようにさらさらと流れる。綺麗だ。嘆息しながらも、彼女の過去を思いやって深い哀しみにくれる少女だった。
つい先日、街の往来で見つけた彼女は、記憶の一切を失くしている様子だった。無理もない。その壮絶な人生は、想像することもおこがましいくらいであるはずだ。幼い身には有り余る苦痛。銀の香を持って生まれ、竜に命をつけ狙われる運命。さらに、彼女は既に銀冠を戴く、『銀冠の姫巫女』であった。一族の仇敵たる竜を滅し得る、生ける太陽。我ら銀の民の悲願であり、希望。悠久の時をかけて探してきたもの。
それを自分が見出すことになるとは、夢にも思わなかった。そうだろう。竜狩りギルドに送り込まれたのだって、単に竜の情報を集めるためだった。医術師の殿方に近づき、竜の生態を知る。彼は導術の応用についても詳しかった。長い歴史を生きる一族の間でも失われた知識は多く、それを補完できたのは僥倖だった。本当に心惹かれてしまったことだけは誤算だったが、大した問題ではない。
しかし今や、事情は全く異なっていた。銀冠の姫巫女。守らなければいけない。それが使命であり、何に代えても成し遂げなければならないことだ。
自分は近いうちに死ぬのだろう。
ある男は蝋で固めた翼で空を飛び、太陽に近づきすぎて死んだという。自分も同じ運命をたどることになると、少女は直感していた。しかし、それでいいと思った。目の前に眠る彼女は、それほどのものだ。命を懸けてもいいほどに優しく、美しく、愛らしかった。
その時が来るまでは、秘密にしておこう。忘れさせていてあげよう。そう思った。長くはない時間だけでも、幸せであって欲しい。きっと彼女に、そんな時間はなかったのだから。悲惨な出来事の連続だったはずだから。何もかも、忘れてしまいたいと願うほど。
少女は慎重に、手紙を細く折り畳む。筒状の金具にそれをしまい込んで、しっかりと封をする。隠していた鳥籠を持ってきて、静かに待つ小鳥の足へ、金具をくくり付けた。
新月の空へ、少女は鳥を放った。手紙が届くのはいつになるだろう。できる限り、遅く届いて欲しい。自分の我儘だった。せめて少しでも長く、彼女の隣にいてあげたいから。鳥の翼が闇へ紛れるのを、哀しげに見上げていた。
少女は髪留めを抜き取って、握る。使命を負った時、母親に託されたもの。過去を見つめる銀の民としての証。そんなものよりも、傍にいて欲しかった。送り出して欲しくなかった。聡い自分は言えなかったが、今はそれを後悔していなかった。
それを見つめる。銀でできた、鳥の羽。銀の民に自由を。とび色の髪をなでながら、少女は苦笑した。馬鹿馬鹿しいと思った。
重すぎる銀の翼ではきっと、どこへも飛んでいくことはできないのだ。
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