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その御仁にものを尋ねる時、訊き方を違えてはならなかった。そうでなければ、決して答えてはくれない。私がそうと気が付いたのは、初めて竜狩りに出向いた、その帰路でのことだった。
「あなたは何を目指しているのですか。とても、金儲けのためとは思えません」
問い質すと、赤髪の偉丈夫は薄く笑う。打ち倒した竜の骸を背に、その居姿は並び立つ者のない英傑そのものだった。
「さて、話すと長くなるのでな。しかし、そう問えるお前なら、いつか理解できる時が来るだろうさ」
偉丈夫が携える槍の、竜鱗でできた穂先が輝いた。そこに滴る血は竜のものだけではなく、犠牲になった仲間の血も含まれている。医術師として身を立てた自分すら手の施しようのない亡骸。それを積み重ねてなお、どうしてこの男はその先を行こうとするのか。
今も、明確な答えはわからない。
しかし、そこに確かな意志があることは疑いようもなかった。そしてそれは、あまりに高潔であるはずだ。ただひとりが負うには荷が勝ちすぎるほどに。とはいえ、かつて独力で竜を打ち倒したこの男は、ただの人間と比ぶべくもない。成し遂げるだろう。そう確信があった。
何が、かの者を衝き動かすのか。
富も名声も、既に手に入れているはずだ。欲ではない信念。その拠り所となる過去は、若き私には知る由もないことだった。それでも、なぜ、どうしてと問うことはできない。その御仁は、自分と同じ視点を持つ者を求めている。自分と同じに世の趨勢を読み解き、理解できる者を。なればこそ、問いは既に答えになっていなければならない。ただ答えを確認するに留めなければいけない。
「竜狩りは、手段のひとつでしかないのですね」
明くる日に訊くと、男はうなずいた。なんのための手段かと、続けざまに訊くような野暮はしない。考えろ。追いついて来い。男が言外にそう伝えているのがわかったから。そして追いついたその日には、並び立つ相手には、滔々と自分の考えを語ってくれる。そういう人だった。
男は、私には想像もつかないほど多くの物事を視野にとらえている。竜の素材の流通を制御して利益の最大化を図り、孤児の受け入れと地位改善に努め、古神話を通じて失われた文明を探求する。逆に、竜については興味を失っているようにも見えた。
そもそも、竜との関わりが謎だった。初めて竜を倒したと言われるのは三十年ほど前のこと。ギルドの中にも、街の中にも、当時について語る者は少なかった。ミルナシア貴族が貿易利益の独占を画策し、都市国家として帝国から独立する契機になった戦争。その最中に突如現れた竜を屠ったのがこの男で、その時の生き残りは今もギルドの武人として彼の下で活躍している。ただ一匹で数千数万の両軍を壊滅させた竜をいかに倒したのかはともかく、伝説の存在であるところの竜をどうして再び見つけることができたのか。竜狩りを商売として軌道に乗せることができたのか。初めての竜との邂逅は、男に何をもたらしたのか。
(竜には、まだいくつもの秘密がある)
そして男はそれを慎ましく伏せている。私には、その端緒をつかむことすらままならない。しかし、いつか知る時が来るのだろう。どこまでも聡明な男自身が、お前にならいずれわかると、満足げに口にしたのだから。
私は親の顔も知らない。ギルドが私の家で、傲慢を恐れずに言うならば、竜殺しの英雄こそ私の親代わりだった。
それに報いようと思うわけではない。そもそも医術師として、導術師として、既にギルドに大きな貢献をしているつもりだ。ただ、追いつきたいと思った。高みから見える世界を知りたいと思った。たとえ、天頂から見える景色こそが、何よりも暗く濁った深淵なのだとしても。
(好奇心は、猫を殺すという)
知るためなら、相応の対価を払っても構わない。そう思うことこそ愚鈍の極みだと、我ながら呆れるしかなかった。
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