白石和弥の問いかけ、そして…
「くそっ、飲み過ぎたな」
激しい痛みによって目が覚めると、二日酔い特有のあのグラリとした感覚に一瞬回っている錯覚に陥るが、もちろん世界は回っていない。
フラフラとベッドから立ち上がり、洗面台へと向かう。
鏡の中の俺は当たり前に自分だった。 しかし何だか不思議なことに違和感があった。
鏡なんてそう毎日は見ない。 せいぜい麻輸に連れられてのVIPパーティへと行くときくらいだ。
それでさえ最近は無い。 確か白音が来てからだったような気がするが、何か考えようとするとまた頭痛がするので蛇口をひねって顔を洗った。
ヒンヤリとした水が暑くなってきた朝には心地よい。 おかげで多少はすっきり出来た。
時間を見るとそろそろ大学へと向かう頃合だ。
頭を振りながらタンスから服と、布団の傍に落ちてあったズボンをはく。
少し酒の臭いがするが気にしない。
大学生なんてものはそんなものだと自分自身に言い訳をして家を出る。
そうだ。 そういうものだ。 少しだらしなくて楽しいことを探す。 社会に出る前のモラトリアムを十分に楽しもうとする普通の若人。
若さゆえの蛮勇で少しばかり逸脱をしているくらいでそれ以外は普通の大学生なのだ。 俺は。
誰に言うでもなく、意味など全く無い理論。
アルコールと若干の『ミドリ』が何らかの化学反応を脳内で起こしているのか、普段ならば優柔不断な俺が珍しく今日は前向きな気持ちになっていた。
それは昨夜、さんざんに自身のミスを暴かれて落ち込んでいる自分に明るく声をかけてくれた女性のおかげなのかもしれない。
そうだ、楽しければ良いじゃないか。 お互いがそうであるなら。 彼女がそうであるのならば。
だが俺は知っている。 こういう日に限って自分にとって良くも悪くも大きな出来事が起こることを。
そしてそれが的中していることを頭の片隅でなんとなく理解はしていたのだ。
後になって思えばという言い訳をしたいくらいに。
午前の講義は正直に言えば、ただ居るだけになってしまった。
頭は相変わらず割れるように痛むし、それとは一拍遅れてやってきた吐き気によってまともに教授の話を聞くことなど出来なかった。
幸いトイレに駆け込むというようなことはなかったが、それでもかなり辛かった。
教室の最後尾でボソボソとした講義の声を聞きながら机に突っ伏していると、気がつけばもう昼休みに入っていて、そこまでたってからやっと二日酔いは大分治っていた。
とりあえず今日は軽いものを食べるとしよう。 素うどんでいいだろうか?
半分呆けた頭で食堂に入ると、悲鳴にも似た嬌声が殴りつけるように耳に入ってくる。
少しはマシになってきたとはいえ、その高音は中々に応えるので視線を向けると、
二人連れの女性が窓の向こう側を指差している。
また『キャー』という声が入ってきたので顔をしかめながらも気になって近づいて見てみるとどこかで見た男が目に入った。
そしてその人物の前には見慣れた人物が少し腰が轢けたような格好でそこにいた。
「白音…?それにあれは」
なにか嫌な予感がしてまだ少し残る頭蓋の痛みにそのときには限界と思える速度で彼らに近づく。
「あっ…友和さん」
振り返った白音は弱りきっていたようで少し目が潤んでいたようにも思える。
対照的に彼女に話しかけていた男は静かに視線を向けると爽やかな笑顔を浮かべてこちらに口を開く。
「やあ、真田君…こんにちわ」
弾けるようなまぶしさに一瞬だけ面食らうが、誰だかわかって静かに鼓動が早くなる。
「白…石さん?どうしたんですか?こんなところで」
ほんの少し前にあった俺が麻輸に白音を始めて紹介したイベントで出逢った人だ。
そのイベントで酔いつぶれた白音を介抱してくれて、その後にVIPルームに招待してくれ、その後に何故か俺達の大学に来て白音を俺の目の前で白音を連れて行った人。
そしてその跡に唐突に俺達が通う大学にやってきて白音を連れ去り風のように去っていった。 というより風雲急? 台風? どちらにしろ迷惑な出来事だった。
「いや~、ちょっと用があってね」
何も敵意などこもっていない友好的な台詞。 何故か不快な気持ちが沸いてくる。
それが顔に出ていたようで、
「そう怖い顔しないでくれよ、ちょっとデートに誘っていただけさ」
「デ、デート!」
思わず大声が出て、とたんに鈍い痛みが走る。 まるでたじろぐように身体がふらついた。
「そうだよ、聞けば彼女はこのあと特に講義も無かったようだしね、この近くにケーキの美味しいカフェが出来たんで誘ってみたのさ」
その仕草も言葉も柔らかく、男の俺でさえ同じように言われたらなんとなく着いていってしまうような物言いだった。
「その…私は…」
「用はないはずだよね?さっき言ってたし、それじゃ行こう!」
「えっ?ちょっ…待っ」
「待ってくれ!」
咄嗟に出た言葉は思っていたよりも大きかったようで、その場に居た全員が視線を俺に集める。
「し、白音…い、いや…彼女は俺と…その…約束が…」
狼狽する心をどうにか抑えつけても口から出る言葉はあてども無い。 というかこういうときくらいもっと気のきくことが言えないのか…俺は。
「ふーん、そうなのかい?」
「ええっ!そ、そそそうなんです!だ、だからごめんなさい!」
おたついている俺以上に白音が慌てふためき頭を地面と直角にして何度も謝る。
グズグズな俺とペコペコと謝っている白音の姿はとても滑稽に見えるようで周囲の人達からクスクスとした笑いがこぼれている。
その中で笑っていないものは三人だけ。 俺と白音、そして白石さんだけだった。
「そうか~、約束があるんじゃしょうがないね」
「そ、そうなんです!だ、だから…ごめんなさい!」
困っていたところに俺の言葉でホッとしたのだろうか、白音は今までの中で一番大きく頭を下げて謝罪し、もはや直角を通り越して腹部を頂点に二等辺三角形としている。
それが通じたのか、白石さんは一度目を瞑って黙り込と、
「それじゃ三人で行きましょう!」
それだけ言うと強引に白音を抱き上げて行ってしまう。
「……あっ!ちょっと待て!」
少しの間、あっけに取られ、思い直して慌てて追いかけるが小柄とはいえ女性一人を抱えながらでも早い。
なかなか追いつけず、結局彼が大学の駐車場に止めた車まで追いつくことが出来なかった。
「ハア、ハア…やっと追いついた…ぞ」
「ずいぶん遅かったね。待ちくたびれたよ」
待ちくたびれたって…ほんの数分くらいだろうが! そもそも白音を無理やりつれてきたのもそっちじゃねえか。
一息にそう罵倒してやりたかったが、思いのほか息が切れていて口からでてこない。
荒い息を吐きながら睨みつけても知らん顔で助手席のドアを開けてなにやらごそごそしていやがる。
「はい、スペースは開けてあげたよ、多少狭いだろうけれど我慢してくれるよね?」
「狭いって…ここ荷物置場じゃねえか」
そうなのだ。 白石(もはやさんづけをする気もない)が乗ってきていた車は赤いスポーツカーは2シーター。 人が座る席は運転席と助手席しかない。
本来は二人乗りであるはずの車の後部には申し訳程度のスペースがあり、本来はそこは荷物等を置く為の空間だ。
しかしその場所には色取り取りの花束が置かれていて文字通り腰を降ろす隙間も無い。
「ああ気にしないで花の上に乗っていいよ。本来は白音さんに買ってきたものなんだけど…まあ、しょうがないよね」
決して少なくない花は今朝にも店で買ってきたものなんだろうか?
瑞々しくまた丁寧に束ねられていてその上から体重をかければ当然花々は潰されてしまうだろう。
綺麗なものを壊してしまうことに対する妙な罪悪感が心をもたげるが、ここで乗らないのでいるのも負けた気がする。
いい加減白音にちょっかいをかけるのも止めてもらう為にも話しなければならない。
だから…しょうがないのだ。
「それじゃ失礼します」
やや低い天井に頭をぶつけないように慎重に体勢を低くして乗り込み、足を折りたたんで着座する。
瞬間、ズボン越しに圧縮された花の感触と香りに包まれ、それらが妙な居心地の悪さを増加させる。
「わ、私が後ろに乗ります!私の方が身体小っちゃいですし!」
「いや~、それは悪いよ。白音さんは女の子だし、第一に君の為に買ってきた花をプレゼントする相手自身に駄目にさせるなんてそんな意地の悪いことさせるような男なんて普通はいないよね?えっと…真田君?」
「……ああその通りだよ。白音、俺のことはいいから乗ってくれ」
嫌味な物言いにかなりムカッとしたが、我慢する。 この点では芳樹さんに感謝しよう。 イラつく言い方にはあの人で慣れていたからな。
「わ…わかりました」
シャープな作りの座席に座り込むと白石がそっとドアを閉めて運転席に白石が入る。
「さてと…それじゃ出発しましょうか!」
華やかな外装の車内に響く明るい掛け声は場違いに思えるほどに虚しく響いた。
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