酒の肴は俺。
どんなことでも人は慣れる。 それが楽しければ人間の精神はそれを許容し、また魅了される。 そこを否定することは出来ない。
ケラケラと笑いながら楽しそうに会話をしている白音を見ていたらそんな一節が頭によぎった。
あの会合から一ヶ月余り、白音、そして俺は毎度毎度会合に顔を出している。
「そうなんですか~?」
「そうよ…飲み過ぎてそのまま潰れちゃっっておかげで私がずっと介抱させられたわ」
「信じられません、友和さん。今はぜんぜん酔っぱらわないじゃないですか~」
「いまは飲める限界がわかるようになったからだよ、そんなの最初の一、二回くらいだ」
憮然と返す俺の顔が面白かったのか、大笑いする白音、その姿を悪戯が成功した子供のようなドヤ顔の麻輸に腹立ち混じりに反論する。
「そもそも介抱って、俺が目を覚ました後に散々説教してくれたじゃないか。フラフラだってのに怒鳴るから頭が痛くてしょうがなかった」
「あら当然でしょ? せっかくのパーティで緊張し過ぎて飲めない酒を飲み過ぎたおのぼりさんに注意するわよ」
俺の反論など読みきっていたようで、そ知らぬ顔で一蹴される。
俺としても言えば言うほど自分の失敗を披露するだけなのでそれ以上は何も言えない。
「そういえば友和さんって、いっぱい酔うとどうなるんですか?私と一緒のときはあまり飲まないんですよね~」
拗ねたように口ぶりを尖らす仕草はとても愛らしい。 俺は黙り込んでグラスに口をつけるだけ。
それを見て、また麻輸がサディスティックな笑みを浮かべて白音に耳打ちをする。
「ええ~!本当ですか~? 見たい見たい~!友和さん今日は一杯飲んでくださいよ~」
「飲まねえよ! っていうか白音に言うなよな~、お前もさ」
「別にいいじゃな~い、これくらい。 それにちゃんと白音にだけしかわからないように耳打ちもしたんだから」
麻輸も少し酔っているのか。 朗らかに顔を赤らめて普段とは珍しく人懐っこい顔で白音と顔を見合わせて『ね~』と味方につける。
最近はいつもこんな感じだ。
初めての邂逅が嘘のように白音と麻輸は友好的になっている。
それはそれで望んだことではあるのだがその反面、麻輸はよく俺の過去の失敗やあったことをネタにして白音に報告してしまう。
何回注意しても止めてくれない。 本当に止めてもらいたいのだが、白音自身が聞きたがるのでもはや毎度のことになってしまった。
「すいません、ちょっとおトイレに」
いい具合に白音が席をはずしてくれた。 すぐに麻輸に耳打ちをしようと顔を近づける。
「おい、いい加減に止めてくれよ、もう十分暴露しただろ?」
「何言ってんのよ、まだほんの一部しか話してないわよ、まだあんたが酔ってすっころんでテーブルをひっくり返したことも……
「わ~! 止めろ止めろ!というか止めてくれ~」
慌てて彼女の口を閉じようとするが、ヒラリと身をかわしてくれたのでソファの上でずっこける。
「情け無いわね~、大なり小なりみんな失敗もしてんのよ、笑い話に変える方がよっぽど健康的だわ」
ソファの上で倒れてる俺は恨めしそうに彼女を見上げる。
「だったらお前にだって失敗もあったってことだよな?それを話せよ、俺だけなんてズルイぞ」
「残念ですけど、失敗なんかしたことないのよ、ごめんなさいね…それよりあんたのお姫様が声かけられてるけどいいの?」
「えぅっ?」
身体を起こし振り返るとちょうどトイレから出てきたであろう白音が他の男に声をかけらている。
「結構格好いいじゃない、あんたよりもイケてるし、何よりわざわざ声をかける所も男らしいわね」
確かに所謂いまどきの若者(俺だってそうだが)が爽やかな笑顔で白音と話こんでいる。
「行かないの?俺の女に何か用?って」
だが俺は立ち上がらない。 ソファに座りなおして飲みかけのグラスの中の酒を全て飲みこむ。
「別に俺が言うことじゃないだろ、白音の好きにさせてやれよ」
やや固い声色は簡単に見抜かれたようで、麻由は飽きれたように隣にドカリと座る。
そして、
「本当に煮え切らない男ね。過ぎるのも良くないけど、無関心なのも同じくらい駄目なのよ」
ジト目で睨まれてるのを視線の端で感じながらも尚、一口あおりながら、
「俺がいちいち行くのもなんか違うだろ」
返した言葉には本当に飽きれてしまったようで急に興味を無くして自身の酒を飲み干して、
「本当に女心ってわかんないわよね、ああいうときは良いのよ、スッと行ってさらっと言葉を吐けばいいの、それだけで女は嬉しいのよ」
「説教なら止めてくれよ、俺は白音の意思に任せるんだ」
「……そのグラス、とっくに空よ。 一体何を飲んでるのかしら?」
「うっ、な、何でもいいだろっ!」
言い訳が出てこず、図星そのものの言葉が出てきたところで白音が返ってくる。
「お待たせしました~」
「さ、さっき…何の話をして…たん…だ?」
酔いすぎたのか口がうまく回らない。
「はい!一緒に飲まないかって誘われました」
愉快そうな白音の言葉に心臓がドっと跳ね上がる。 内心の動揺を隠そうともはや氷だけのグラスを傾ける。
「ふ~ん、それでなんて答えたの?」
「はい! 友達と一緒に来てるのでごめんなさいって言いました!」
ハキハキとした答えに、ホッとしてうっかり息を大きく吐いてしまうと、それを見逃さなかった麻由がぷっと噴き出してしまった。、
「どうしたんですか?」
「さっき友和、あなたが話してるところを見て凄い動揺してたのよ」
「ち、違う…そ、そんなことは…」
「も~う!友和さんたらそうだったんですか~!大丈夫ですよ~、私は友和さんをほっとくことなんてしないですから~」
キラキラとした瞳とアルコールで紅潮した顔で麻輸ごと俺を抱きしめてくる。
「ち、違う…そ、そんなことはしてない…俺は…ただ白音のい、意思にだな」
「だからこの子の意思で戻ってきたんでしょうが」
「ま、まあな…」
その言葉に何も言い返せず三度、氷すら溶けきったグラス内の水を飲み込む。
「心配し過ぎですよ~、私はどんなに楽しくったって友和さんの傍に居ますから」
「あら良かったわね…これで私もゆっくりと話の続きを出来るってもんだわ」
「だ、だからそれをやめろって言ってんだろ!」
途端に花開くように笑声が咲き乱れる。
駄目だ。 いくら言おうと逆効果になる。 まったくどうすればいいんだ?
「あら逃げるの?」
「トイレだよ、トイレ。これ以上は付き合ってられんわ」
「は~い!いってらっしゃ~い」
喧騒の中では色濃く目立つ高い声を背中から声をかけられ、さらにその後にまた楽しそうにコソコソと二人は話し合っている。
いかん。 また俺のことを話してるんだろう。 逃げようが、その場に居ようが結局ネタにされるのだ。
もはや諦め、少し休憩をしてからまた戻るとしよう。 居ない間にどんな話をされてるかわかったものじゃない。
せめて少しでも麻輸の話を邪魔するくらいのささやかな反抗ぐらいしか俺にはできないのだから。
まだ居る時に話されたほうが幾分精神衛生的には良い。
トイレから出ると、扉の前で芳樹さんと明さんが話をしていた。
珍しく二人はやや固い顔をしているのが珍しかったせいだろうか? もはやいじめに近いあの席に戻るのを躊躇したからのかはわからないが、俺は二人に声をかける。
「どうしたんですか?」
「ああ…真田君。別になんでもないよ…ちょっと打ち合わせをしていてさ」
表情を見ればそのような話ではなかったように思える。
「なにかあったんですか?」
「いやいや大したことじゃないんだよ、本当に…」
「そうそう、酒の肴君は大人しく席に戻っていてくれや」
すでに白音達の会話を把握しているのか、いつもの余裕な態度で少しだけイラつく言葉を返してくる。
「はあ…わかりましたよ。大人しくいじめられてますわ」
これ以上、精神的負担を抱えるのも嫌なので大人しく席に戻る。
通り過ぎた後の二人の顔が未だ硬いのが少しだけ気になったが…。
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