白音、攫われたってさ
ボンヤリとした光を見上げながらベッドに寝っころがっている。
帰宅してすぐに白いシーツの上に仰向けに倒れてから何時間たっているんだろうか?
わからない。 ただ何もする気が起きない。 寝込んでいるように横になっている。
白石に突きつけられた言葉に俺は反論ができなかった。
白音が戻ってきて、気取られないように努めてはいたがぎこちない俺の態度に白音は不審な表情はしていたが彼女は何も聞いてこなかった。
白石は変わらず、自分が良く行く店のことや趣味のことを軽快な話術で話続けていた。
話自体はすごく盛り上がるというほどでもなかったが気まずい雰囲気にはならず、その点では白石の話術はその外見以上にスマートだ。
そう、俺とは比べようもないほどに。
ブブブブッブ。 ブブブブッブ。
枕元で携帯が震えている。 顔を動かさずに手に取り電話に出る。
「もしもし…私よ」
「ああ…どうした?いまは忙しいんだけど」
「そんな暗い声でよく言えるわね、聞いたわ…和哉が来たんですってね」
「どうしてそれを…」
「どうだっていいじゃない、それで?その様子だとだいぶへこまされたようね、まあ当然でしょうけど」
かっと血が充満する。 白い天井も赤く染まるほどに。
「何が当然だ!いきなり来て無理やり連れて…それで…あんなのまるでストーカーじゃねえか…何も知らないで…あんなこと言われて…だから…」
怒りは持続しない。 というよりも失速してしまう。 なぜならその先を続けようと思えば白石の問いかけの答えを決めなければならない。
つまり白音のことを…。 それができないからこそ言葉は止まる、その後を続けられない。
怯え。 竦みまくってる現状に気づきながらも惨めにその場に立ち止まってしまう。
俺が一番イラついているのは自分自身だ。
「……少しは気が済んだ?」
「…ごめん、色々余裕が無いんだ…いまは」
「…私もいきなり電話して悪かったわ。そうよね、もう少し落ち着いてからまた話しましょう…あなたも私も」
「本当にごめん、それじゃまた」
「ええ、また後でね…絶対よ?」
電話を切ったあとの室内は寒々しく静かになった。 震えてしまうのはそれだからだろう。 きっとそうだ。 そうだと思いたい。
いや誤魔化してもしょうがない。 白石に言われたことはかつて麻愉に言われたことと同じだ。
いい加減に決断しなければならない。
だがどうすればいい? どうすれば…。
ブブブブッブ。 ブブブッブ。
また電話だ。 麻愉がもう一度かけてきたんだろうか?
「だから話ならまた後でするって言っただろう!」
「…えっ?もしもし、白音ですけど」
「あああ!ご、ごめん…ちょっと勘違いしちゃって!ど、どうした?」
「い、いえ…そ、そのちょっと様子がおかしかったから気になって…その、迷惑でした?」
不思議に落ち着く可愛らしい声。 ああどうしよう。 乱れた心が落ちつていく。
苛立ちが収束されていく。
「い、いや…そんなことないぜ!さ、さっきまで麻愉と話してたからさ…」
「麻愉さんと?そうですか…それでどんな話をしてたんですか?」
「大したことは話してないんだ、本当にくだらないことさ」
「それなら話せますよね?教えてもらえますか~?」
う、うん? ずいぶんと聞いてくるな。
でも言えるわけがない。 だってそれは白音のことなのだから。
「ま、まあ…その…あれだよ!今度の緑遊会の会合のことさ」
「へ~、そうなんですか~?」
「あ、ああ…とは言ってもまだ決まってないみたいだけど」
「友和さん?」
「な、なんだい?」
「それ…嘘ですよね?」
「い、いや…う、嘘なんかじゃないさ!」
「いいえ!嘘です!」
「ど、どうして…」
「友和さん、嘘が下手すぎですもん」
「う、嘘なんかじゃねえよ!本当だって!あ、ああ…本当だって、ど、どうしてそう思うんだ?はっきり言ってみろよ」
嘘を思いっきり見破られてなかば暴走気味に言葉が出てしまう。 それを発した瞬間、電話の奥で一瞬だけ息を呑む音が聞こえた。
「そ、それじゃ言わせてもらいますけどね!友和さんは…ぶつっ」
「うん?どうした?おい白音、ちっ…切れやがった、電波が悪かったのか?」
早速着信履歴からもう一度かけ直すが、プルルルル…プルルル…プルルル…。 中々でない。
今の今まで話をしていたのだから気づかないはずが無い。 もしかして怒っているんだろうか?
そういえば最近の白音の様子はなんとなくおかしい。 いやそれを言ったら俺もあまりらしくないといえなくもないが、それはこの一年くらいの大騒ぎがあったからだろう。
とにかく怒っているのなら誤解はとかないと……って誤解ってなんだ?
別に麻愉とは大したことは話してないし、白石のことは今は関係ないだろう。
それじゃなんて言えばいいんだ? というより何を話せばいいんだ? いかん!頭がこんがらがってる。
落ち着け! まずは白音の話を…ってまだ出ないのかよ!
「…もしもし?」
「…!あんた誰だ!」
つながった電話の先から聞こえた声は白音では無く男だった。 声色に心当たりは無い。
「…ああお前が駒形芳樹か、お前の女は預かったからよ」
「ど、どういうことだよ!」
「うるせえよ…とにかくまた後で連絡するからよ?待ってろや…あっ?ボリに連絡したら女が楽しく漬けられちまうからな……ブツッ!」
粘つくような悪寒を感じさせる口調の相手は乱暴に電話を切った。 何度かけ直してもすぐに留守電に繋がってしまう。
一体全体何だって言うんだ? いや原因はわかってる。
芳樹さんだ。
電話の相手は俺のことを芳樹さんだと思っていた。 ならば白音は人違いでさらわれたことになる。
さらわれた? その単語にぞっとしてしまう。
相手は間違いなく危険な連中だ。 気負いのかけらもないあの慣れた口調がそれを物語っている。
警察にはもちろんいえない。 漬けられるの意味はわからないが想像したくもないくらい最悪なことであろうことは間違いないだろう。
一人で考えていても埒があかない。
白音の携帯にかけるのを諦めて、俺は今回の原因へと電波を飛ばした。
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