そりゃ、愛ってやつだよ。

 まったく俺ってやつはよ~……。


 ビルの屋上に立ち、普段は見上げることのない星空は煙のおかげで妙にキラキラと光って見える。


 それがますます自分自身の状況を皮肉に照らしだすので頭をかきむしってイライラを発散した。


「悩んでるな~若人よ~」


 粘つくような声はそれだけで誰かわかってしまう。


「……なんか用ですか?」


「い~や~、部屋の中があまりにも煙たくてよ?爽やかな空気を吸いに来たってだけさ…まっ、お前と一緒だな」


「…ちっ」


 もはや隠す余裕も無い悪意すら受け流してユラユラと俺の隣にやってきて柵へと背中を預ける。 


「それで…自分のどういうところで悩んでるんだ?」


「……関係ないでしょ」


 俺の考えを読まれていることが見えてひどく不愉快だ。 これ以上この人にかき回されることは望まない。 

 

 だがそんな決意さえ可笑しくて堪らないのか俯きながら笑いを隠さない。


「くっくっく、つくづく真面目なやつだな。だからこそ俺はお前が好きなんだぜ」


「俺はあんたが嫌いですよ」


「そりゃ残念だな、だけどよお前が俺のことを嫌いなように残念だけど俺はお前が大好きなんだぜ……そうだな洋子の次くらいにな」


 まだからかうのか。 いい加減我慢も限界に近い。 すでに怒りは『ミドリ』の羽毛でさえ包み込むことが出来ない。


「このっ…!」

 

「おっと…まあそう怒るなよ、ただでさえ暑いってのにこれ以上そうすることはねえだろうが」


 振りあげた拳はあっさりと避けられてトロリと空しく空を切った。


「いったい何なんですか!放っといてくださいよ!」


 屋上で響く声は遮蔽物が少ないせいか思ったよりも広がり、すぐに消える。


「てめえで望んで、てめえで連れてきて今度は自分の都合でやめろってのは我が侭が過ぎるんじゃねえか?」


「ど、どうしてそれを…」


 白音が言ったのか? いやそれとも白音から聞いた麻輸からか?


「安心しろよ、お前の大事な奴らは何も言っちゃいねえ」


「それじゃどうして…」


「あんなもん、白音ちゃんと麻由ちゃんが一緒に来てお前の顔を見ればすぐに想像できるだろうが、お前は真面目で良い奴だがそのぶん読みやすいな」


 キシシと歯をみせて笑われては怒りも持続できない。


 ギシリと柵を掴む。

 

 彼の言ったことはそのまま自分が思っていたことだった。


「……俺が馬鹿だったんですよ、白音を勧誘するなんて…こんな会なんて秘密にしておけばよかった…いや、いっそのことまた会おうとしなければよかったんだ」


 うな垂れる俺の懺悔を芳樹さんは珍しく沈黙して聞いてくれた。 そして、


「馬鹿じゃねえの?お前が秘密にしたって会おうとしなくたってあのお嬢ちゃんは絶対お前を探すし見つけちまうよ」


「ど、どうしてそんなことがわかるんですか!」


「そんなもん愛だよ、愛」


「い、一体何を言ってるんですか」


 目の前の男からは連想できない言葉が出てきて戸惑ってしまう。 いやはっきり動揺してしまう。


「なあ友和君よ、人間ってのは世知辛いもんだよな。飯食って寝てクソ垂れてれば生きていけるのによ他人を求めちまう。 女にツレ、そこまで求めなくても周りに人がいなけりゃ寂しくて仕方ねえ」


 そこで一端言葉を切って俺の方を見る。 その瞳はひどく真面目だった。 はじめてみるかもしれない。   


「俺も同じだ。こんな不道徳な会をつくって面倒くせえ会合を仕切り、クソくだらねえことに心を砕く……それでも辞められねえんだ、いつか終わるとしてもな」


「……それが一体俺とどう関係が?」


「お前じゃねえよ、あのお嬢ちゃんだ。あの子も難儀だよな、田舎でノホホンと暮らしてて、こんな忙しい街にやってきてみれば恋人はよくわからねえ集まりに所属してしかもその横にはぺッピンな女がいやがる、そりゃ色々焦るよな」


 芳樹さんが何を言いたいのかはまだわからない。 ただ白音に関しては同意だ。


 元々白音がこっちに来たのは俺を追いかけてきたからだ。 出なければ身体も小さければ気も小さい彼女が東京にやってくることはなかっただろう。


 それでも彼女がやってきたのは……、


「愛だよ、それ以外になるがあるってんだ?羨ましいね~色男は」


「ありがたい話だとは思いますけど」


 白音の気持ちが彼の話通りならば本当にそう思える。 心から喜べる。

 

 だがそうだとしたらやはり俺は最低な人間だろう。 その好意を利用しているのだから。 


「面倒くさいね~、愛されてるなら素直に喜べばいいじゃねえか」


「ですけど……」


 いまだ煮え切らない態度の俺を先ほどとは違う親しみを込めたように笑う。


 そして立ち上がると意外に強い力で背中を叩き、


「まあそれでもいいさ、いい加減どちらかに決めな、これからさきはますますシビアになっていくだろうよ、どっちもなんて言ってると両方失うことになるかもな」


 体重をかけた柵が音を立てて揺れる。 何だかそれがひどく不安定で理由のわからない不安を刺激する。


「それって……」


「ああ!芳樹さ~ん、ここに居たんですか!芳樹さんが居ないと盛り上がらないじゃにですか、早く来てくださいよ」


「ああ~、わかったわかった…今行くわよ~、それじゃあな」


「……ええ、また後で」


「ニシシシ…ああ、また後でな」


 芳樹さんが何を言いたかったかはわからない。 ただそれよりも今は少しだけ一人で考えてみたくなった。


 これからのこと。 決断すべきことを。 


 夜空の星々は輝いて、ビルの下の煌きと同じように全てを包み込んで居るように見えていた。

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