その先は言わせない。
気まずい沈黙が広い部屋に響く。 まるで……いや、考えすぎか?
「……本当に聞きたい? 私がなんで機嫌悪い……か」
「! あ、ああ……聞きたいよ。 本当に」
「……引かない? というか驚かない?」
「引かないよ、引くわけ無いだろ」
返事はすぐに返した。 ここで迷うようなら最低だ。
「……じゃ、言う。ああ!でもちょっと待って!」
恥ずかしそうに両手で顔を隠す。 一体どんな告白をするんだろうか?
麻輸と同じように俺も固める。 覚悟を。
約束した以上、俺はそれを正面から受け止めなければいけない。 少しでもたじろいではいけない。
心臓が緊張で高鳴る。 アルコールの沈静作用すらそれを抑えることができない。
「……うん、覚悟決まった。 ……言うわよ?」
「お、おう」
「すー、はー……言うわよ?」
「あ、ああ」
「わ、私は…ふあっ!
「ふあっ?」
ビクっと跳ね上がったかと思ったら高温で麻由の口から飛び出した『ふあっ』の意味がわからない。
「っやあ…ふあっ、う~ん…あうっ!」
なにやら悶えるように動く麻由の真意がわからない。
「ど、どうした? ふあっ!ってなんなんだ!」
「ち、ちがっ…み、みみ……」
「へっ? みみ? あっ、耳?」
やっと意味がわかった。 こちらからは死角になってわからなかったが、白音が麻由の耳に吸い付いていたのだ。
チュパチュパとした嘗め回す音がいやらしく室内に響く。
「な、ななな何をやってんだ~!お前は!」
「む~ん?むにゃむにゃ~、えへへ~柔らかくて美味しいですね~?」
その感触を楽しんでいるのか、飴玉を転がすように器用に唇を動かしている。
その度に滑らかに動く舌と口内のぬめりが目に入って悩めかしくみえる。
「ちょっ…だ、駄目…ふっ!ああっ、駄目だってば……」
同時にその動きに反応するのかいつもより高い麻由の声がさらにそれを助長させる。
「と、とにかく…は、離しなさい!ぺっ!しなさい」
子供のようにニコニコした赤ら顔の白音に引っ張られるかのような口調になってしまう。
「も、もう…い、いい加減に…」
不味い、俺の前であられもない声をだしてしまったからなのか、はたまた大事な話をしようとしたところで邪魔をされたからなのか、身悶えるような声の中にはっきりと爆発寸前の怒りがこめられ、
そして……
「離しなさいよ~~! ああっ…ふにゃ~」
爆発した。 だがさらなる誘爆は酔っ払いの巧みな舌使いによって四散して変わりに俺が聞いたこともない可愛らしい声をあげて力が抜けてしまう。
「だ、大丈夫…か?」
どうにか麻由を引き離すことはできた。
その際にトロリと粘質の高い唾液がたっぷりと濡らされた耳と唇の間を一瞬繋げたが、すぐに儚く途切れ白音の口元にその名残をペタリと流れる。
はあはあと身悶えるようにビクビクとしている。
数分くらい両手で自身の身体を抱きしめるように黙り込んでいた彼女はガッと顔を上げて傍にあったクッションを投げつけてきた。 俺に。
「うわっ…や、やめろ…バカ!」
「う、うるさい…で、出てけ~、出てけ出てけ出てけ!」
なんで俺が怒られてるんだという当然の疑問を感じながらも、ヒステリックに怒鳴り続ける麻由の剣幕と投げつけられる物の大きさと固さが変わっていくのに気づく。
慌てて玄関へと走り出し、靴もかかとを踏んづけたままマンションから逃走した。
そのままの勢いでマンションの入り口まで駆け抜けたところでやっと一息つけた。
どうやら追ってきてはいないようだ。
はあとここ数年で一番の溜息をついてしまう。
「一体どうすりゃいいんだよ」
嘆きの言葉が自然と出てしまい上を見上げる。
でかい声はもう聞こえない。 白音が追い出されている様子も感じられない。
さすがにあれだけヒステリーを起こしていても泥酔した彼女を放り出すようなことはしないようだ。
「本当にどうしたらいいんだ」
もう一度同じ言葉が口から自然と出てきた。
落ち着いた頃を見計らってもう一度行ってみたほうがいいだろうか?
いやあれだけ醜態(あくまで麻由のせいではないとはいえ)を見せてしまったのでは彼女も家に入れてはくれないだろう。
なによりあんな姿を見た後では俺もどんな言葉をかけていいのかわからない。
そしてこうなった原因と同じ部屋に居る状況でもう一度あの問いを投げかける度胸は俺には到底ない。
ふとさっきのことを思い出して頭が赤くなってくる。
あの言い方はやはり不味かっただろうか? 我ながら自分らしく無いことをしてしまったな。
我ながら酔ってたな。 いや追い詰められていたんだろうか? いずれにしても絶好の機会を失ったことは間違いないだろう。
「それでもな~」
またまた独り言が洩れてしまう。 いつまでもここに立ち尽くしていてもしょうがない。
やはりこのまま帰るしかないんだろうか? それもなんというか…いやはっきり情けない気もする。
弱り果てていた俺の尻ポケットで携帯が震えた。
麻由か?
戻ってこいと言われても正直困るのだが、連絡を無視するわけにもいかない。
一、二度覚悟を固めるために深呼吸をしてから携帯を覗き込む。
相手は予想外な人間だった。 ある意味二番目に来てもらいたくない連絡ではあったが、この状況では最悪の次に最悪な選択肢でもある。
それでもそれを了承するしかなかった。
暗闇に浮かぶ液晶画面。 そこにある差出人は駒形芳樹と映し出され、件名には緊急呼び出しという文字が照らし出されていた。
「あの人実は俺のこと見張ってるんじゃねえか?タイミング良過ぎだろ」
毒づきながらも僅かにホッとしたようなニュアンスを込めてメールを開く。
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