和弥の攻勢 その後

「いや~、よかったよかった」


 夕日に照らされたアパートの前で俺はホッとしたようにその言葉を繰り返していた。

 

 横に居る麻愉は横目であきれ顔。


 目の前にいる白音ははにかむ様に少し頬を赤くして「心配かけてごめんなさい」と謝ってくれた。


 俺と別れて車に乗せられた白音は結局自分の自宅アパートまで送ってもらっただけだったそうだ。


 意外というか白石和哉という人は麻愉が言っていたように決して悪い人間ではないようだ。

 

 とはいえ行動に関しては褒められたものではない。 それは彼女も同じだったようで、


「それにしてもあの真面目なあいつがそんなことをするなんてね」


 やや非難めいた物言いをするが表情は読めない。 


 もともと感情をおおっぴらに出さない性格の女性なのでどう思っているのかはわからないが、今日の行動は彼女からしても驚いているようだ。


「ああ……今日は自己紹介のやり直しをしにきただけだよって言ってましたよ」


「うん?ということは……」


「そうね……もうアパートの場所まで知ってるからね」


 ポツリと爆弾が俺の頭上に落ちる幻視が見えた。


「……ここはもう危険か。よし、しばらく俺のアパートに泊まれ」


「えっ?」


「はっ?はああああっ?」


 一つ目は白音で二番目は麻愉だ。 


「なんでお前の方が言われた本人よりも反応が大きいんだよ」


「う、うるさいわね……あんたが非常識なこと言うからでしょ!」


「うっ、た、確かに……す、すまないな白音……い、いきなり……さ」


 暴走してしまったことを謝罪しようと彼女に向き直るが、白根は何も言わずに俯いている。 


「し、白音? ど、どうした?」


 再度問いかけても彼女は何も言わない。 ただ熱があるのだろうか顔が赤い。


 そしてうわ言なんだろうか? ボソボソと口元が動いている。 


 麻愉も訝しげにこちらに視線を向ける。 


 一体何を言ってるんだろうか? 

 

 腰を落としてそっと彼女のつやつやとした口に耳を近づけようとしたところで白音がガバリと顔を上げたので至近距離で目と目が合ってしまった。


「私、行きまーーーっす!」


「うわっ!ビックリした!」


 でかい声と潤んだ瞳に二重の意味でドギマギして声を上げてしまった。 


 んっ? いま行くって言ったのか?


「し、白音……い、いいの……か?」


「そ、その……ひ、久し振りですけど、が、頑張ります!」


 水分をたっぷり含んでキラキラした目に顔どころか袖口から見える腕や首に全身に血を満遍なく行き渡らせながら彼女は努力することを約束してくれた。


 が、頑張るって……それは……つまり……。


「頑張るって何を?」


 そんな白音と反比例するような底冷えする声で麻愉が口を挟んできてくれたので、空気が一気にクールダウンする。 


「えっ……あっ……ああっ……ち、違うんです!違うというか良いというか……だ、だから……あの……と、とにかくそういうことじゃなくて……」


 あまりにも一人で盛り上がってしまっていたせいか、冷静な問いかけに白音は麻愉がこの場に居ることを改めて認識し、そしてものすごく恥ずかしくなってしまったことでパニックを起こしたようだ。


 反面、俺は麻愉の一言と白音の尋常ではない狼狽振りのおかげで冷静になれた。

  

「と、とにかく落ち着け……なっ!」


 彼女を落ち着かせようと白音の肩に手をかけたが、それによって限界を超えてしまったようだ。


プシューという擬音が聞こえるほどに彼女の顔はよりいっそう赤を濃くした後、ガクリと全身の力が抜けてしまう。


 つまり白音は気絶してしまった。


「だ、大丈夫か!おい!お~い!」


 俺の悲鳴のような声と麻愉の「も~う、何なのよ」という言葉が、朽ち葉色の空に空しく響いていった。

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