俺と白音の関係。

「シロさ~ん、これどこに置きましょうか?」


「シロさん、業者さんから確認の電話です」


「こんにちわ~!『洋食のおにぎり屋』です」


 ひっきりなしに来る質問や人を彼女はまるで機械のように処理していく。


 化粧っ気もない。 ジャージ姿に長い髪を後ろで束ねただけなのに凛とした雰囲気を出すその姿に一瞬見惚れてしまった。


「部長、機材類の整理終わりました~、それと皆の分の仕出し弁当も届きましたよ」


「そうか……それじゃここらで昼休憩にしよう」


 俺の言葉を合図にあちこちから歓喜の声が上がる。


 そしてその五分後には全員が思い思いの場所ですでに食事をはじめているのだった。

 

 冬も終わりに近づき、昼間の間くらいは稽古もやりやすい季節になってきたな。


「今日の稽古は五時まででしたっけ?」


 メモ帳に目を通しながら先ほどの彼女が問いかける。


 本来メイク係の筈なのだが、金も人手も無い学生の演劇サークルである以上、各人で仕事を兼務しているのだ。


 その横で脇役兼脚本であるサークルメンバーがタオルで汗を拭きつつやってくる。


「その後は飲みだな、今日は部長も来るのか?」


「あまり飲まないけど参加するぞ」


 その答えに彼が『おっ!』という反応をする。


「最近はあの美人の彼女のところにはいかないのか?」


「あの人とはもう別れたんだよ」


 からかうような目をした奴に一言だけ返す。


「そうなのか?」


 驚くと同時に興味があるのか身を乗り出してくる。


「予約する店はどうしましょうか?それに何人来るのかも聞いておかないとですよね」


 失言だったかと舌打ちしたくなったが、良いタイミングで彼女が予約する店と人数を確認してくれた。


「……大谷先輩、人数の確認してきてもらえますか?」


「OKOK」


 大谷と呼ばれた男はすぐに立ち上がってその場を離れる。


 なんともフットワークの軽いやつだなと内心思うが、あのノリの軽さも懐かしく思えてくる。

 気の合う仲間と馬鹿騒ぎするのが心底好きなんだろう。


「…………」


「…………」


 俺と彼女の沈黙の後に大谷が戻ってくる。 答えは全員飲むだそうだ。


 当たり前か……演劇サークルと言う名目でも殆どの仲間たちはその後の宴会の方が主目的なのだ。


「そういえばシロちゃんは今日は飲むの?」


 問いかける男に彼女は朗らかに答える。


「すいません、相変わらず私ってお酒飲めないんですよ……なのでまた食べる専門になりますね」


 その会話を聞き流しながら、俺はお茶の缶に口をつける。


 この嘘つきめ!という言葉を飲みこんで……。









 飲み会は予定よりも十五分早く始まった。

 

 普段の時もこれくらい早く集まれば良いのになという軽口すらも肴にして、皆が皆で飲みあっている。


 俺はというと烏龍茶を片手に淡々と過ごしていて、隣にいる彼女は居心地悪そうな、調子悪そうな様子で、同じように烏龍茶を飲んでいた。


 ふと、新入生歓迎の飲み会ですぐに撃沈し、壁に持たれたまま眠っていた彼女の姿を思い出した。


「シロちゃん……大丈夫?」


「ははは……大丈夫ですよ」


 サークル仲間に心配されてそう答える彼女の顔色は悪い。


 何かに耐えているような苦渋の顔もしている。


「雰囲気に酔ったんだろ……夜風に当たってきた方がいいな」


 促すと彼女は青白い顔でコクリとうなづいて席を外した。


 それを確認してから、一際騒いでいるグループにゆっくりと近づき、


「彼女、調子悪そうだから、一次会で帰すぞ」


「ええ~マジか~!」


 良い感じに酩酊していた彼らは、残念そうではあったが意外とあっさり了承してくれた。


 こういうところはやはり気の良い奴らだな。


「それと、俺も明日講義が早いから帰るぞ」


「おう!じゃあな!」


 ……俺が同じように言ったときはそれ以上にあっさりと了解してくれる。 全く素晴らしい奴らだよ。


「……すいません、中座しました」


 タイミングよく彼女が帰ってきた。 少し調子の良くなった様子だが、すぐにまた悪くなるだろう。


「ほれ……烏龍茶」


 あらかじめ頼んでおいた烏龍茶を渡す。


「あ、ありがとうございます」


 素直に受けとって口をつける。


 そこまできたところで店員さんがラストオーダーの知らせをしてくる。


 やっと『飲み会』は終了したようだ。 それじゃ一度トイレに云って気合いをいれてくるとしよう。


 ……これからが本番なんだからな。







 安らかな寝息をし、俺の目の前で一升瓶を抱えて横になり、半分尻を出して寝ている女…… それが俺の彼女である城崎白音だ。


 複雑な思いを飲み干すようにチビリと缶酎ハイを舐めた。


 一次会終了後、シロと仲間たちから呼ばれている彼女は帰宅するや、玄関口にセットされていた一升瓶をくわえ、豪快に飲み込んだ。



 いつものことなので、彼女がふらついて身体をぶつけないように傍に立つ。


 アルコールが入って調子を取り戻したのか、靴を脱ぎ散らかしてフラフラと2DKの居間へと酒瓶持って入っていく。


 靴を揃え、その後に続いた。


 この間掃除したばかりだというのに何本かの酒瓶が絨毯の上に薬莢のように転がっていた。


 ……もう驚かない。


 おぼつかない足取りで居間に辿りついた彼女はもう一度瓶の中身を全て流しこみ、その場に座り込む。


 溜息ついて俺もそれに従う。


「やっと飲めました~」


 頭に成分がまわりはじめたなのか力の抜けたような面持ちで笑みを見せる。

 

 気分が悪いのを曖昧に誤魔化そうとしていた先程より、綺麗なのが余計に複雑だ。 いい加減、飲めないフリはやめたらどうだ? という言葉をかけるつもりはもうとう無い。


 サークルの仲間達は気の良い奴らだが、目の前で一升瓶を空にする彼女を見たら流石に引いてしまうだろう。


 また彼女の女としての名誉と、肝臓を守るためにも、こいつがアルコールその他中毒に近い状態 だということも隠さなければならない。



 彼女は一人か俺の前でしか酒を飲まない。 本人曰く、酔った姿を他人に見られるのは恥ずかしいそうだ。


 だが恋人とはいえ、目の前で半分尻を出して寝ている自分の女を見るのは辛いということには納得してくれない。


 そんな俺の葛藤も気にせずに白音は寝返りをうち、口元から涎を垂らす。


「考えてもしょうがない……さっさと寝よう」

 

 床の上なので居心地が悪いのか、寝返りをうつ白音を跨いでベッドの上を片付ける。


 今回は前回ほどには積み上がっていなかった。


 掛け布団をめくり、準備が終わったので、荷物を取りに行くとしよう。


 グニャリと柔らかい肢体を両手で抱きかかえながら、俺は日課になりつつあるため息をつき……呟いた。


「どうして……俺はこいつと付き合っているんだろう」


 キュッと袖口を荷が掴んだような気がした荷物をベッドの上に慎重に置き、施錠確認をして照明を消す。


 そして俺も寝ようと寝具へと入り込む。 講義の時間が早いということは本当なのだから……。 

 

 熱い体温と酒精の化身に包みこまれ、ゆっくりと眠りについた。

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