元カノからの呼び出しと酔いしれる白音のメール
「なによそれ……惚気?」
久しぶりに訪れたBARのカウンター席で麻由は不機嫌そうに言った。
「えっ?どうしてそうなる?」
予想外の反応に驚く俺に、切れ長の瞳で飽きれ顔しながら彼女は返す。
「やっぱり鈍感な奴よね、それに!」
語尾を強調し、ロックグラスに入ったウイスキーを一息にあおる。
「今の彼女のことを普通、前の女に相談する?」
「……いや、そうだけどさ……サークルの奴らに相談するわけにはいかないし、他に話せる人間がいないんだよ」
バツが悪いため遠慮気味に反論する。
チラリと気まずそうに視線を彼女の隣へとうつすと爽やかに笑う、センスの良い男がそこには座っていた。
名前は白石 和哉。 ニコニコした柔和な顔立ちで、確か俺の一つ上の筈だ。
誰から見ても美人と思われるであろう麻由と十分釣り合うようなルックスを持っていて、ストリート雑誌のモデルもしているらしい。
「そっちだって今カレのデート中に人を呼び出すことないだろう」
白音と再交際をしてからずっと気まずい関係だった麻由からの唐突な電話には驚かされた。
半年前のある事件によって俺と麻由は別れることになり、彼女は俺が犯した不実を許すことはないだろうと思っていた。
だから今回のことは本当に驚いている。
そして呼び出された店について、和哉さんが居て更に驚き、二人が付き合いはじめたと聞いて声も出なかった。
半年前の俺達なら考えられない組み合わせだ。
「あら?別にいいじゃない。それに私達ってすぐ別れることになるかもしれないわよ?」
「ちょっ!和哉さん!あなたの彼女がこんなこと言ってますよ?」
驚いた俺が和哉さんに、話を向けると、
「う~ん?別にいいんじゃないかな」
事も無げにそう返してくる。
まったく……こいつらは!
「や、やっぱり俺にはあんたらが理解できない」
北陸の田舎出身である俺にとって彼女達のような人種とは結局最後まで馴染むことができなかった。
同じ日本人でほぼ同年代だという共通項も、生まれ育った環境、知性、品格があまりに違えば解り合うことも難しい。
交際中、麻由と俺の間では言い争いが絶えなかった。
「私から言わせればあなたが変わったのよ」
ロックグラスの氷がからりと回る。
「いつまでも『停滞』してるわけにはいかないんだよ」
「停滞?それはあなたも同じでしょう?いつまでわかり切った結論を先延ばしにする気?」
「……うっ……まあ……」
ぐうの根も出ないほどに解り切っている。
俺がはじめてアレをした時に先輩である彼女に注意事項と哲学を教えられた。
堕ちていくやつは放っておけばいい。
自己責任……、堕ちていくやつを引き止めても手を差し伸べることはしない。
こんなものをやっているからこそ自分の人生くらい自分で守りなさい……それくらいの覚悟を持て。
薄暗い部屋で叩き込まれたその哲学を徹底させることができない……それが俺の限界であり、彼女と俺との決定的な差だった。
「堕ちて割れた卵はさっさと片付ける…でないと周りも腐っていくわよ」
芝居がかった言葉も仕草も似合ってしまう。
そういえばはじめて出会った時からこんな女だったな。
反論出来ない俺に彼女はサディスティックな笑みを浮かべている。
和哉さんは涼しい顔で酒を飲んでいる。
「それにしても……皮肉よね?あの子にアレをやめさせたいのに、教えこんだ張本人はあなたなんですものね」
苦い顔を俺はしているようで、興が乗ったのかニコリとした顔で彼女が話を続ける。
「戻ってくる気があるならいつでもまわすわよ?あの子も喜ぶんじゃないかしら」
悪魔じみた誘惑をするが、今更そんな気は毛頭ない。
「やめておくよ……俺も来年には就活だからな、ボッとしてるわけにはいかないさ」
俺の返事を麻由はつまらなさそうに、和哉さんは静かに聞いていた。
「とりあえず、明日も早いから今日は帰るよ、話聞いてくれてありがとう……それと……」
「あの時はすまなかったなんて言ったらひっぱたくわよ」
機先を制せられて口ごもる。
「バカなあんたがバカなりに考えたことなんでしょ……許すとは言わないけれど理解はしてあげるわ」
こちらを見ず、麻由はそう言ってくれた。
「ああ……ありがとうよ」
謝罪の代わりに礼を言って俺は店を出た。 もちろん自分の分の代金を置いて。
店から出て、頭が冷えると弱気の炎がすぐに立ち昇る。
罪悪感、愛情、軽蔑? 色々な感情が混ざりあった複雑な気分だ。
ブブブッ、ブブブッ、
ズボンのポケットで携帯電話が震える。 取り出して覗きこむ……白音からだ。
内容は普通のカップルがするような内容。
文面は明るい……少し酔っているような印象も与える文面だが、おそらくは別のものだろう。
なんとなく気づいてしまう。 経験者にはわかるのだ。
わかってしまえば可愛らしい文章と絵文字もなんだか寒々しく感じられた。
それでも、メールが来たことに対してどこか喜びも感じている。
だがいつまでも虚しい快感を味わっていてもしょうがない。 俺は麻愉達のようにスマートに生きることはできない。
程良い距離感を維持できない。
ピッタリとはまりこんで抜け出せなくなるのが自分でもわかるからこそ決別をしなければならない……とはいえ、それが果たして出来るのか?
無限に問い続ける自問が俺の頭の中でリフレインしつづけていた。
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