第6話 物乞いマスター
どんなことでも、極めれば、学問として成り立つ。それを証明するかのように、リューイの前に置かれた箱には、多くの小銭が投げ入れられていた。対して俺の前にある箱には、一枚の小銭すら見当たらない。
俺とリューイは、リューイの言う、お金稼ぎとやらで、人通りの多い場所へやってきていた。身寄りのない子汚い子供と、身分を証明することもできない無職の男が、お金を稼ぐ方法なんて、それほど多くはないだろう。
予想通りというか、これしかないというか、リューイの教えてくれたお金がせぎは、物乞いであった。路上に敷物をひいて、その上に座ると、目の前に箱を置く。ただ、それだけの仕事なのだが、想像以上に奥は深かった。
「おい・・リューイ・・なぜ俺の箱にお金が入らない・・」
あまりにも違うその成果に、しびれを切らした俺が問う。
「うん・・そうだな、まず、見せ金を入れないと、入れる方も入れにくいかもしれないな」
「なんだ見せ金って」
「箱にあらかじめ小銭を少し入れておくんだよ。みんな自分が特別なことをしてるって感覚に抵抗があるみたいで、他の人もいれてますよ。あなたが最初じゃないですよって思わすだけで、安心して入れてくれるんだよ」
「なんだと・・・しかし・・俺は小銭一枚すら持ってないしな・・」
「しょうがないな・・」
そう言って、リューイが俺の箱に、数枚の小銭を入れてくれた。
「後で返せよ」
「すまないリューイ。この恩は忘れない」
「忘れていいから返せよ」
こうしてしばらく待つと、待望の、最初の恵みが投げ入れられた。静かに箱の中に入る小銭は、何度かバウンドすると、その存在を示すように、箱と小銭がぶつかる音を響かせた。たかが一枚だが、それは偉大な道への最初の一歩となろう。投げ入れられた小銭を見つめて、俺は目に熱いものを感じた。やばい・・涙が出てきた。
しかし、それ以降、新たに投げ入れられることもなく、ただ、冷たい目で俺を見つめ通りすぎる通行人の人々たち。そんな奴らには俺も鋭い眼光で答えた。
「ダメだよ。そんな睨んだような目をしちゃ」
リューイが俺にそう声をかける。
「なんだと。だってあいつら俺を虫けらを見るような目で見てるんだぞ」
「それはエイタがそんな目で通行人を見てるからだよ。いいか、誰も虫けらにお金なんて恵まないんだよ。お金を恵んでもらえる人は、可哀想な人じゃないとダメなんだ。今のエイタにはそれが全く感じられない。そんなんじゃお金なんて誰もくれないよ」
なんだと・・こんな可哀想な人間、そうはいないと思うけど・・そんな時、俺の前に小銭が一枚転がってくる。それは箱に入らずに、俺の座っているすぐ近くで止まった。それを拾おうとした瞬間、その小銭を入れたと思われるニタニタした戦士が声をかけてくる。
「おいおい。俺がせっかく恵んでやったお金を、何、手で拾ってんの? 口だろ、口で拾えや」
あ・・クソ野郎だ・・そう思った俺は立ち上がると、そいつを睨みつける。さて殴るか・・と拳を握ったのだけど、何かを感じたリューイが止めに入る。
「あ、冒険者様、すみません。こいつ新入りで何もわかってないんですよ。申し訳ないです。俺が口で拾うんで、勘弁してください」
そう言ってリューイは、その小銭を口で拾って、俺の箱に入れた。それを見た俺は、怒りが頂点に達して、そいつをブン殴ろうとした。だけど、リューイが俺に抱きついてそれを止める。
「ふん。まあ良い。ゴミはゴミらしい目で下を見て生きろや」
そう言ってその戦士は去って行った。俺はそいつの顔を覚えた。いつかボコボコにしてやると心に誓う。
「あんな奴はいくらでもいるよ。だけど、こうやって人様にお金を恵んでもらってる立場なんだから、我慢しないとダメだ。それが俺たちの生活なんだから・・」
ちょっと涙目で、リューイは俺に言ってきた。
俺は、口で拾って俺の箱に入れるリューイの姿を思い出して、彼に心の底から謝罪した。
「すまんなリューイ・・お前に恥をかかせた・・」
そう言われて、少し驚いたリューイだが、すぐに笑顔でこう返事をする。
「バカ・・俺たちの生活に、恥なんて言葉は無いんだよ。あるのは生きる為の方法だけだ」
そう言われて、俺も笑顔を返す。そんな感じで少し微笑ましい雰囲気になったけど・・さっきの戦士はいつか殺す。
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