第25話
母はいろんなことを教えてくれた。
子離れとは、親が子をひとりの人間として尊重することなのだという。
親子はいつまでも一緒にはいられないのだ。
だが、親にとって子どもはいつまでも子ども。
心配しないわけがない。
それでもいつまでも心配ばかりはしていられない。
その子の能力や行動を信用して、いつの間にこんなに頼もしい存在になったのだと感じることを喜びとするものなのだと。
親離れとは、子が親からの保護を受けずに自立して行動することなのだという。
やだよ。
ひとりで外の世界になんか行きたくない。
親離れなんて出来ない。
怖いよ。ママも一緒に来てよ。
外の世界の私も泣いていた。
ポロポロポロポロ涙はただ流れていた。
でも、誰も気付いていないので耳も髪も枕もびしょ濡れになった。
治療についての恐怖もあった。
あれ程死にたいと思ったこともあったのに、いざ死んでしまうかもしれないと思うと怖かった。
今より悪くはならないかもしれないが、結局この先もずっとこのままだと知らされることになるかもしれないのも怖かった。
でもどうせならずっとこのまま中の世界でママと過ごしている方がいいかもしれない、とさえ思った。
外の世界の怖さを聞いていた。人間関係や社会の荒波について、事件や事故、災害についても母は包み隠さず教えてくれた。
その時はどこか他人事だと聞いていたが、いざ目の前にするかもしれないと思うと、そんなこと聞きたくなかったと今更耳を塞ぎたい気持ちになった。
だが、外の世界の美しさや楽しさもしっかり聞いていた。
それはとてもキラキラしていて、ウキウキするものだったが、母と一緒に感じられないなら意味がないとさえ思った。
それくらい、母の存在は大きく、かけがえのないものだった。
でも、母は違った。
治療は必ずうまくいくと言った。
あなたには素晴らしい未来が待っている、と。
「あなたはもう大丈夫。
外の世界でも立派にやっていけるわ。
ううん。全然立派じゃなくてもいい。
それでもあなたなら大丈夫。
こんなに辛くて苦しくて悔しい思いしてきた人なんていない。
それはあかりの魅力であり、強みなの。
それは確実にあかりの味方になってくれるし、背中を押してくれる。
あかり、自分を信じなさい。
ママは、あかりを信じてる。」
そんなの無理だよ…。
ママがいたから今まで頑張れた。
ママがいてくれたから、どんなに辛くて苦しくて痛くても悔しくても嫌な思いをしてもイライラしても悲しくても、
この閉じ込められた空間の中でどうにかなりそうでも、頑張れた。
ママが一緒に、精一杯支えてくれたから、この世界でも生きていられた。
楽しかった。安心できた。
母がいなかったら、私の心はとっくに死んでいただろう。
肉体的には自殺すら出来ないのに、こんな絶望感を味わい続けていたら、今の私の精神状態があるはずがなかった。
いよいよ明日投薬という夜、母は私を強く抱きしめてくれた。
背中をさすって、頭を撫でてくれた。
その体温を私は初めて感じることができた。そしてそのまま眠ってしまったが、起きた頃にはその体温は感じられなかった。
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