第21話

「ゆかり、俺たちの子。あかりだぞー。今まで会わせてあげられなくてごめんな。あれから半年も経ったなんて…ゆかり。会いたいよ…」



退院して家に帰ってすぐ、あきらさんは婚前写真を私に見せた。いや、あかりに見せた。

いやいや、婚前写真の私にあかりを見せてくれたのです。


あの夢と希望と幸福に溢れていた頃の写真がとても眩しかった。1年も経っていないのに、もう随分昔なことのように感じられました。



それからは、写真の私に向かってあきらさんは話しかけるようになりました。

勿論もちろんあかりにも話しかけていました。


こんなに話す人だったのね、というくらいに様々なことを話してくれました。


私のこうゆうところが好きだったとか、最初は一目惚れだったとか。

恥ずかしくて目の前で聞いていたら赤面してしまうようなことも素直に、情熱的に話してくれました。

こんなにも私のことを愛してくれていたなんて、知らなかったのです。


あきらさんは硬派で真面目な人でした。

なので、余計なことは言わず表情も分かりづらいので何を考えているのか悩むこともたくさんありました。


突然素敵なレストランを予約してくれたり、薔薇バラの花を贈ってくれることもありましたが、決してドヤ顔はしませんでした。

むしろ、知らん顔をしたりするので私としてはそんなあきらさんが無性に可愛く思えたり愛おしくなったりして、あきらさんの真逆ともいえるような大袈裟ともいえるリアクションで喜びました。


それでも、ああそう。とでもいうようにクールを気取るので、なんとか驚かせたり喜ばせたりしたかったのにそれは出来ずじまいでした。



そんなあきらさんが、写真の私に向かっては泣くのです。


声を出して笑うのです。時には怒ります。

こんなに感情豊かな人だったのかと、こんな状態になって知れるなんて、私が成仏できずにさまよっている幽霊ならついうっかり成仏してしまいそうでした。



あきらさんが珍しく休みだったある日、看護師さんが顔を出しました。

最近入った割と若い看護師さんです。


いつもはろくすっぽオムツもまともに変えてくれないのに、今日は無駄に身体の向きを変えて傾けたり、身体を拭いたり着替えをさせたり、マッサージをしたり。

やけにかまいに来るのです。


「今日は休みなんで、僕ができるので大丈夫ですよ。」


そんなこと言わないでとばかりに、ずかずかと看護師さんが私に手を伸ばし抱き上げると、


「あけみちゃん、本当に可愛いですよね〜。毎日話しかけてるんですよ〜。」


明らかに色目を使って私の旦那を舐め回していた。



(ちょっと!私の旦那にちょっかい出さないでよ!)


そう思ったのに声に出せないもどかしさにもだえている時に私の旦那はボソッと言って笑ったのです。


「いつもあかりを可愛がってくれて、どうもありがとうございます。」



さっと青ざめた女豹のようだった看護師は、獲物を奪われたハイエナのようにびたいやらしい顔をして去っていった。



私はこの人の子を産めてよかったと、心から思いました。



そうそう。この人はこういう人。

決して器用ではないし、誤解もされやすいかもしれないけれど

人の本質を見極めたり、上部ではない何かを察することの出来る人なのです。


この人の遺伝子は残すべきだ。

あの日私はこう強く思ったのです。

だからあの時も私に迷いはありませんでした。


それが、この人のことを苦しめてしまう人生になるとも知らずに。

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