第17話

私だって、自分が健康体で元気そのものであったとしても寝たきりの人の世話をしたいと思うものなのか。ましてや親身になって介護できる自信なんて全くない。


周りの友達はアパレルや美容関係などの企業でキラキラと楽しそうに働いているのに、私は人のオムツ替えたり指突っ込んで便を出したり…なんで私がこんなことしなくちゃいけないんだろう。



そんなことを考えたとしても、誰も責めることなんて出来ないのだ。


この仕事にやりがいも誇りも持っていて日々充実感と奉仕ほうしの精神に満ち溢れている人もいるだろうが、そうでないからといって悪いなんてことは全くもってありえない。



むしろ好きなことして稼げる人なんて、ほんの一握りだからだ。


人生はそんなにうまくてあまいものではない。


にがくて不公平で理不尽だともがくのが人生なのだ。



そんな私は足掻あがくことも叫ぶことも出来ずに生かされている。



私の面倒を見てくれている全ての人達のお陰で生き長らえさせていただけているのだ。



どんなに下手でも無理矢理でも、やって貰えるだけ本当にありがたい。




私はそうゆう立場なのだ。



随分ずいぶんと皮肉な言い方になってしまったが、もちろん感謝している。

本当だ。


ただ、なんとも卑屈ひくつな考えばかりしてしまっている自分が憎いし、あわれで仕方ない。




青虫はさなぎにならなければ、蝶々にはなれない。

さなぎになんか、ちっともなりたいと思ってないのに。


という台詞が、先日観せてもらったおもひでぽろぽろという映画に出てきた。



始めからさなぎとして生まれてきた私は、さなぎとして終わってしまうのだろうか。


蝶になることは、出来ないのだろうか。




父の話に戻ろう。




父は仕事から帰ってクタクタのはずなのに、私の手や足をマッサージしながら今日あった出来事や世間話、たまに職場の上司への小言だとか、公開中の映画についてなどの私がここにいても知り得ない世界の話なんかもしてくれる。



ただ、日によっては全くしゃべらなかったり、口数が少なかったり、遠くを見つめて黙って何かを考えていたり、ため息をついたり、マッサージに込める指の力が強かったり、時には爪の跡がつくこともあった。

それに気が付くと、慌ててさすりながら

ごめんな、痛かったな…と申し訳なさそうにしたが、力が込められていることを自覚していないこともあった。


タキシード姿の父はなかなかだった。元からスマートではあったが、今では年々コケてしまった頬のくぼみがより強調され、身体は益々ひょろひょろしていったが、肉体労働のためほとんどが筋肉ではあるのようだ。脂肪という名の嗜好品しこうひん贅沢品ぜいたくひんを父が食べるのをあまり見たことはなかった。




そんな父を見ているのは、とても辛かった。


父は、本当にたまにだが、私に背を向けて泣いていた。


そして、ウェディングドレスを着た母に向かって話しかけていた。



私はこっちにいるというのにね。

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