悪夢とサリサ

悪夢とサリサ・1


 暗闇だ――


 サリサは戸惑った。

 今までもエリザの夢に入ったことはある。

 一度は、マリを助けたとき。

 真っ青な空と同化して溶け込んでしまったエリザを、必死にかき集めて組み上げた。

 一番死に近かったが、早くに対処できたことと、大満月の力が逆に幸いして、さほど難しいことではなかった。

 二度目は、エリザが子供の夢を見ていたとき。

 のどかな風景の村だった。サリサにとってもそのままそこに留まりたくなるような。

 あまりに優しい夢だったので、逆にサリサも引きずられ、危険だった。だが、戻る場所を苔の洞窟にしたことで、無事戻る事ができた。


 だが、今回は。

 エリザが恐れる闇の夢なのだ。

 どこからか、音がする。


 きり、きり、きり……。


 大満月の光が、高窓からかすかな光となる。

 照らされて浮き上がるのは、祈りの儀式用の聖装のエリザだった。

 巫女姫の衣装にちりばめられた輝石が輝く。それは銀の粒子のようだった。

 あたりには、石臼にひかれて細かな粒子となった粉が舞う。

 月の光を浴びて、青白い光の帯となった。

 静寂。かすかな音。 

 蒼白な顔で、エリザは石臼を挽いている。

 その音だけが、闇の中にこだましている。


 これが、エリザが恐れて戻れない風景?

 やや拍子抜けである。

 誰が追いかけてくるわけでもない。

 何か恐怖があるわけでもない。

 戻りたくないほど、居心地が良さそうでもない。

 この夢を見て、死に至る病みを感じる要因がない。

 ……それとも、エリザにとって薬の精製作業が、実は死ぬほど嫌いだったとか?


「エリザ、戻りましょう。もう作業はおしまいです」

 サリサは声をかけた。

 だが、エリザは作業をやめない。入れ物の中から何かを取り出し、石臼にかける。

 はじめは、ごきごき……と嫌な音が響く。

 そして、だんだんと細かくなって、きりきりと鳴る。

「エリザ?」

 作業場にサリサは足を踏み入れた。そして、ぎょっとした。

 エリザが石臼で挽いていたもの。

 それは、サリサが最後に見たサラの姿だった。

 エリザは、なんと白骨化したサラを石臼で挽いていたのだ。


「サリサ様! どうか……サリサ様!」


 石臼の音は、いつの間にかサラの最後の声となる。

 骨が、ごきごき……と崩れてゆく。

 そしてきりきり……。

 エリザは、黙々淡々と、作業を続けていた。


 エリザの手が鷲掴みした銀の髪。その先についた骸が口を開いた。


 ――私は殺された! この女に!


 が、次の瞬間には、石臼の下敷きになっている。

 きゃああああ……という悲鳴にも似た音。


 ――助けて! 助けて!


 サリサは思わず目をつぶり、耳を塞いだ。

「やめなさい! エリザ! エリザ!」

 次の瞬間、サリサはサラの骨を掴むエリザの手を押さえた。


 サラの最期。

 それは、サリサにとって忘れられない消えることのない傷だった。




 ――その頃。


 水晶台の横であくびしていたリュシュだが、突然、どすん! という音に驚いて、立ち上がった。

 なんと、エリザの手を握りしめていたはずのサリサが、床に倒れたのだ。

「う、うわ……。だ、大丈夫かな? サリサ様」

 全くピクリともしない。

 リュシュはサリサを揺り起こそうとした。

 そして……。

「ぎゃ! よ、よして! やめて! 冗談でしょ!」

 思わず叫んでいた。

 サリサの体は冷たく、心臓は止まっていた。

「ふざけないでよ! サ、サリサ様ったらあああ!」

 リュシュは、慌ててサリサの胸を叩きまくった。

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