エリザと悪夢・4

「何事です!」

 ちょうど様子を見に来たサリサが部屋に飛び込んだ時、医師と癒しの者が力づくでエリザを押さえ込んでいるところだった。

「また、発作を起こしたようです」

 癒しの者が答えたが、それ以上は言葉が出ない。暗示も癒しの言葉も届かないので、医師がバナの葉をエリザの口元に当てたところだった。

 バナの葉とは、感覚を麻痺させる薬草である。嗅ぐと体の筋肉が弛緩し、意識が飛んでしまう。

 大量に使うと意識が戻らなくなってしまうので、このような危うい状態では普通使わない薬草なのだが、他に方法がない。

 しばらくすると、エリザはおとなしくなった。

 医師と癒しの者は同時にため息をつき、座り込んだ。


 あの日以来、エリザは眠り続け、覚醒しようをすると発作を起こす。それを何度も繰り返していた。

「以前の妊娠騒動のときと違い、エリザ様は目覚めようとしています。栄養を取らないとお子に障ることを、本能的に感じておられるのでしょう」

 癒しの者が説明する。

「眠りながらも、口に無理矢理粥を入れると、受け入れるのですが……発作のたびに吐き出してしまわれて……」

 医師の者も説明する。

 他の付き添いの者たちは、エリザが吐いた物を片付けている。八角の部屋には窓がないので、かなり臭いが残ってしまう。

 サリサも思わず口に手を当てる。

「ずいぶんと嫌な夢を見ているようですね……」

 サリサにも医師にも癒しの者にも、今のエリザの状況はわかっていた。

 かつての深い眠りのときは、フィニエルの暗示が発端となって、エリザ自身が自分で自分に暗示をかけ、夢の世界に埋没していたのだ。


 だが、今回は違う。眠りは非常に浅いのだ。

 エリザは、子供を守るために目覚めたいと願っている。闇の深いところから、勇気を出して足を踏み出そうとすると、恐ろしい夢に捕まってしまい、そのためにもがき苦しんでいるのだ。

 その夢に埋没すると死に至る。

 だから、結局医師と癒しの者は、まるで橋のない峡谷を渡ろうとしているエリザを、再び向こう岸に追いやるしかないのだ。


「それでは、このまま寝たきりではありませんか?」

「ですがサリサ様、このままではその方がよいかも知れません」

 癒しの技を施している最中に夢と共鳴したのか、蒼白な顔をして癒しの者が言った。

「乗り越えられないものは、乗り越えようとしなくてもいい。忘れた方がいいことは忘れたほうがいいのです。今の状態で安静を保っていれば、お子を無事に生むことができるかも知れません」

 そして、医師も付け足した。

「今度発作を起こしたら……お子の命どころか、エリザ様も……」

 サリサは、ひとまず落ち着いて眠っているエリザの顔を見つめていた。

 たしかに、これ以上バナの葉を使ったりしたら、エリザは二度と目覚めなくなってしまう。発作をおこさないように、眠りを誘う香草を使って安らかな眠りに留めておいたほうが、無難と言えば無難かも知れない。

 だが……。

「でも、このままだと、子供を生む時に体が衰弱しきってしまいます。エリザは子供を癒し続けています。出産の時に体が持たない。子供は助かってもエリザは……」

 珍しいことに、医師の者が最高神官の腕をとった。驚いてサリサの言葉は途中で途切れた。

「仕方がありません」

「仕方……ない?」

 医師と癒しの者がうなづいた。


 かつて、ムテの危機的状況の時代に、命を落とした女から生まれた子供が、何例かあったという。

 行き倒れてしまった妊婦が、せめて子供だけでもと、自分の寿命を削って胎内の子供を育て、自らの命は捨ててしまう。まさに、赤子のための単なる器となってしまうのだ。

 通りがかりの者が、心話を伴う産声に呼ばれ、母親が散った灰や骨の中に赤子を見出す。

 もちろん、すべての赤子が人に見出される幸運に恵まれるとは限らないので、ムテにはもっと多くあることなのだろう。

 ムテの霊山の癒しの力や医療を考えれば、そして、エリザ自身の持つ癒しの力を思えば、たとえ、途中でエリザが死んだとしても、いや、彼女が命を捧げれば、子供は助かる可能性が高い。


 霊山の一部の者たちは、エリザとサリサの仲を認めている。やむなしというあきらめに近い気持ちではあるが。

 だが、その者たちでさえ、エリザの命よりも最高神官の血を引く子供をとるのだ。

 普段ははっきりしない医師がはっきりと言った。しかも、医師らしからぬ言葉を。

「サリサ様、それはエリザ様の運命なのです」

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