エリザと悪夢
エリザと悪夢・1
「サラの仕え人! 絶対にあの女ですよ! 犯人は!」
リュシュが叫んだ。
「よしなさい。証拠も何もありませんし、多少の意地悪はあっても、彼女は比較的冷静な人ですから」
「だってぇ! ……じゃなくて、ですけれども、昔からよくサラ様とつるんでミキア様をいじめたんですよ! アイツ……じゃなくて、あの人は!」
興奮すると、元々ムテらしい品位に欠けるリュシュは、ますます品位が落ちてしまう。
サリサは大きなため息をついた。
「彼女もマサ・メル様との間に『神官の子』を、儲けた人ですよ? 子供を殺そうとするなんて、ありえません」
「でも、彼女の子供なんて、神官崩れで村を追われて、今はエーデムに移り住んでいるって噂ですよ?」
リュシュの言い分にも一理ある。
元々彼女は唱和の者だった時代から能力不足のエリザを目の敵にしていたし、エリザが瀕死の眠りについた時だって、反対派の中心だった。
自分の子供が神官崩れでムテにいることができなかったのに、エリザの子供が最高神官にでもなったら、とても嫌かも知れない。
つまり、動機は考えられるということだ。それに、エリザの容態を知っていてあの態度は、どう考えたって仕え人としての常軌を逸している。
「動機はいいとして……証拠もないのですから、下手なことを言って騒いではいけません。それよりも、あなたのほうが、今は充分に不利な立場なのですから」
リュシュはむくれた。
「私にはエリザ様のお子を殺す動機がまったくありませんよ!」
「信じていますから。だからこうして、彼女の訴えを退けて、再びあなたをエリザの仕え人としたでしょう?」
「とはいえ……エリザ様ったら八角の部屋から出られないじゃないですか? 医師と癒しがびったりで、私が出来ることなんかないんですよ。結局、サリサ様は私を疑っているんです! それに、どうして私がルカス様の面倒を見ることになっているんです?」
といいながら、泣きそうな赤子を必死にあやすリュシュは、やはり人がいい。
母親が死んだことを、子供はすでに察している。常に不安げに打ち震えているのだ。
この子供の将来も、考えなければなるまい。
エリザは、あの日から八角の部屋に運び込まれ、看病されている。
悲鳴を上げて倒れたあと、意識が戻らない状態が続いている。
その間に、毒物検査の結果が出た。
なんと……舞米に大量の毒が混入されていた。
毎日食べても大人には問題がない量だという。だが、その一部は蓄積されて子供に回ってしまう。おなかの子供にとっては、あっという間に致死量に至る。
エリザは、無意識のうちに子供を癒し続けていた。だから、本人も体に無理がかかっていたのだ。
精神的なもので保たれていたのだが、極度の衝撃で心の壁が崩れ落ちたのだろう。体が一気に弱ってしまい、エリザ自身にも毒が作用したのだ。
「いったい何の毒なのか……わかりません。よほど珍しい植物か、薬石でしょうか……」
最高神官の仕え人も少し疲れが出てきているようだ。彼女は、徹夜に近い状態で本を調べている。
リュシュが怪しいといい続けているサラの仕え人であるが、こちらもなぜか負けずに犯人探しをしている。喧嘩して追い出されたとはいえ、彼女はサラの仕え人である。自分で犯人をつきとめたいと思っているのだろう。
怪しいことは事細かにサリサに報告してくれるのだが、彼女の犯人像はリュシュとエリザから抜けきれないらしい。
「エリザ様の自作自演ではないでしょうか? きっと、初めての妊娠による不安が、心を蝕んだのですわ。あの方には、マリに呪いをかけた前例がございます」
身ごもるまでは、子供、子供と言い続けて、異様にすら見えたエリザのことだ。彼女がそう考えるのも無理はない。
だが、身ごもってからのエリザは、母親になる事をとても楽しみにしていたのだ。
「エリザは、そこまで追いつめられていません」
「いいえ、意識が戻らないのも、自身が犯した罪におびえているからです。はずみとはいえ、サラ様を殺した事実に、あの方は直面できないでいるのですわ」
確かに今のエリザの状態は、まるで自供しているかのような有様だ。
時々発作を起こしてうなされ『私は何をしたの?』とか『そんなこと、私がするはずない!』とか『これは間違いよ!』とか、怪しいことを叫ぶのだ。
「サラが死んだという悲惨な事実を認められないだけです」
「お言葉ですが、サリサ様はエリザ様に甘いのです。とても、冷静とは思えません」
サリサは、さすがに腹を立てた。
「慎みなさい。誰に向かって口をきいているのですか?」
サラの仕え人は、苦々しい顔をしながらも、手を胸に当てる。
「申し訳ありません。尊きお方……」
そう謝られると、実にサリサも苦く思う。
こうなれば、証拠がなくても何でも、誰も彼もが怪しく見えてきてしまう。
今、エリザについている癒しだって、医師だって……。
サリサがエリザの側にいられる時間は極めて少ない。
誰も彼も追い払って、自分だけが付き添って、守ってあげたいと思うのに、立場がそれを許さない。
なのに、サリサは、日を重ねるごとに、リュシュを含めて誰も信じることができなくなっている。
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