リュシュと濡衣・3


 ルカスを殺そうとした毒は、無色・無臭で味がない。

 だが、魔の強い者や、リュシュのように味に肥えた舌を持つものならば、おそらくわかるのだろう。

 そういわれてみれば、サリサも試食しておかしいと思った。

「ご、ごめんなさい。でも、それを言っちゃうと、途中で毒が混入されたっていう可能性がなくなるでしょう? 間違いなくエリザ様が毒入り菓子を作ったことになるでしょう? そうしたら、エリザ様以外に犯人がいなくなっちゃうと思って……」

 大人には無害な毒である。

 だが、エリザが毒だと知っていてリュシュに食べさせるだろうか? それに、サリサにも……。

「おかしいですね。どうして効果がわからないのに、我々大人に試食させる必要があるんでしょうか? ましてや、味に敏感なリュシュに? 下手をしたら、毒入りがばれてしまうのに」

 サリサは、親指の爪を噛んだ。

 最高神官の仕え人が、冷静な意見を挟んだ。

「味に問題がないかどうか、確認したということも考えられませんか? なんせ、エリザ様は身重の身。ご自分で確かめることはできませんので」

 サリサの発言に、一瞬賛同の声を上げかけたリュシュが、仕え人にきりきりと迫った。

「あ、あ、あなたって人はーっ! それじゃあ、やっぱりエリザ様が犯人だとでも言いたいんですか!」

「い、いえ、私は、考えられることを言っただけで。う……く、臭いです!」

 リュシュは確かに肥やし臭かった。が、仕え人の胸ぐらを捕まえて怒鳴り続けている。

「エリザ様がそんなことするはずないでしょー! あなたの性格、信じられない!」

「わ、私は……。そのような、個人的感情は捨て去った身です!」

 仕え人二人のやり取りは続いていた。

 しかし、サリサは考え込んでいた。ふと、爪を噛むのをやめた。

 確か。

 サリサは、サラが山下りする前日を思い出した。

 あの日、サリサとエリザは、一緒にお茶を飲み、お菓子を食べた……。

「その焼き菓子はエリザも食べている……」


 毒殺犯が、自分に毒を盛る。

 ありえない。

 しかも――彼女は身重なのだ。子供が……いる。

 子供にも、毒を盛ることになる。


 取っ組み合っていた二人が、一瞬静かになった。

「サリサ様。これはもしかしたら……」

 仕え人が、ある結論を出した。同じ結論をサリサも出した。

「犯人の目的はルカスじゃない。エリザ……」

 推理能力に欠けるリュシュだけが、目をぱちくりさせていた。

「で、でも、その毒じゃあ、大人はまず死にませんよ?」

 と、言ったところで、リュシュの顔色も引いてしまった。


 ――犯人の目的は、エリザの子供の死――


 初めての子供だから……と思っていた。

 だが、あまりにもエリザと子供の体調は悪すぎはしなかっただろうか?

 安静に次ぐ安静。医師も手を焼いていた。

 珍しい毒。

 誰もその存在に気がつかなかったとしたら?

 あの焼き菓子だけはなく、もっと過去から毒を盛られ続けていたのだしたら?

 思わずぞっとした。

 そして……。

 まだ、犯人は捕まっていない。

 今この瞬間にも、エリザに毒を盛り続けているのかも知れない。


「そ、そう言えば、舞米も少し……。でも、山の小屋に引っ越しして、水が変わったから、味が違うんだなって……」

 リュシュが、恐る恐る言い出した。

「サリサ様、これはエリザ様の小屋にある食料すべてを検査したほうが……」

 その言葉が終わらないうちに、サリサは立ち上がっていた。

「すぐに検査を! それとリュシュに、すぐ解放の手続きを! すべて任せますから!」

 仕え人が敬意を示すまもなく、サリサは牢屋から飛び出していった。

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