リュシュと濡衣・2


 霊山の敷地内で一番下方にある岩屋。

 その一帯で山羊や鳥が放し飼いされている。堆肥置き場が近い。つまり臭い場所である。

 しかも奥に入れば入るほどじめじめしていて、居心地は悪い。


「でも、負けませんもの!」

 そう大声で叫んで、リュシュは泣いていた。

 岩屋の一番奥の牢屋に入れられて、はや一週間。きっと、真犯人が見つかるさ! と信じて、甘んじて受けているものの、もう限界である。

 下手なことを言って、エリザの罪になっても困る。だから、だんまり作戦を取ったのだ。

 甘いお菓子大好きなリュシュにとって、乾パンだけの食事も悲しい。心なしか痩せたような気がする。

「いいえ、最近太りすぎだったのよ!」

 そう言ってみても悲しくなる。たしかに、ムテとしては丸っこいリュシュではあったが、痩せるよりもお菓子のほうがよかった。

 誰にも会えない。ただ、一日に一回だけ尋問に仕え人たちが来るだけだ。その時に乾パンを置いていってくれるのだが、一番苦しいときでもある。

「話を聞かせてくれたら、蜂蜜もつける」

 などと、サラの仕え人が言うものだから、リュシュの忍耐は尽きかけているのだ。しかも、元々彼女が嫌いだし。

 それに、日に日に冬が近づき、凍え死にそうになる夜が続いている。

「どうせもう尽きている寿命ですもの!」

 そう叫びながらも、リュシュは鼻水をたらして泣いていた。

 

 尋問者の気配を感じて、リュシュは泣き止んだ。

 気丈にもとりすまして、居住まいを正す。

 誰が来たって、何も言うものか! と、気合を入れていた。

「リュシュ……」

 その名で呼ぶ人は、霊山では二人しかいない。エリザと……。

「サリサ様ぁー!」

 緊張が解けたリュシュは、滝のような涙を流した。

 それを見て、サリサは申し訳なさそうな顔をした。この岩屋にリュシュを押し込めたのは、他ならぬ最高神官なのだから。

 最高神官とはいえ、法の下に従っている。いや、一番上の立場だからこそ、従わないとならないものだ。

 だが、これが濡れ衣だと知っているだけに、彼の苦悩は大きかった。

「本日の尋問担当は、私です」

 事件の最終的な処罰も、最高神官にゆだねられている。

 付き添っていた最高神官の仕え人が、牢屋の鍵を開けた。

「リュシュ……。本当に申し訳なく思います。今日は、お茶とライ麦パンと蜂蜜で、一緒にお昼でも食べながら、尋問させてくださいね」

 そういうと、何と最高神官は牢屋に入ってしまった。

「もったいないです。こんな汚いところで……」

 鼻水をたらしているリュシュの横で、サリサはお湯を沸かし始めた。

 仕え人は、さすがに肥しの臭いに顔をしかめて、持ってきたお香を炊きはじめた。


「たまには、私が入れるお茶もいいものですよ」

 サリサはそういって微笑んだが、心から笑っているわけではない。むしろ無理をしているのがありありである。

 お茶はますますリュシュの鼻水をずるずるたらさせ、ついにサリサが布を差し出すほどだった。

「リュシュ、事件前後、エリザにおかしなことはありませんでしたか?」

 チーンと鼻をかんだリュシュだが、サリサの質問に食いかかった。

「サリサ様! まさか、サリサ様までエリザ様を疑っているんですか!」

 仕え人が、口を挟んだ。

「サリサ様は、感情に支配されていい立場にはありません。正しい事実関係こそが、真の犯人に迫る道なのですから」

 リュシュは口をつぐんだ。

 サリサも、実は葛藤の日々だったのだ。真実を知りたい。でも、知るのは怖い。

 やっと、どうにか覚悟がつくまでに、一週間も時間がかかった。

「エリザを信じているからこそ……真実を知りたいのです」

「でも……」

 リュシュの口は重たかった。

「たとえ、エリザが原因だとしても、それは事故だったと信じます。あの人は、人殺しできる人ではありませんから」

 リュシュは顔を上げた。

 その顔は泥だらけになっていて、しかも少し痩せている。涙と鼻水でひどい状態になっていて、とてもムテの霊山の者とも思えない。

 そこまでエリザを信じている。でも、同時に不安だったのだ。

 エリザのことを話したら、隠された事実が暴露されるのではないかと……。だから、何も言いたくはなかった。

「私……。何もわからないんです。でも……」

 リュシュは重い口を開いた。

「その時はわからなかったのですが……今から思えば、確かにエリザ様が焼いたお菓子は、ちょっと薬草っぽい味がして……おかしかったんです。だから……エリザ様が、ど、毒を入れたかも? って……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る