エリザと焼き菓子・5
エリザがどうにかお菓子を上手く焼けるようになったのは、それこそサラが山を降りるギリギリだった。
前日、最高神官は毒味をさせられた。
エリザがドキドキしている目の前で、サリサは焼き菓子を食べようとした。が。
口を開けたら、エリザもつられて口を開けるし、躊躇したら慌てて口を閉じるし……で、どうも緊張するのである。
勇気を出して一口。どんな味でも、美味しいといえばいいのだ。
サリサがぱくっと焼き菓子を口に入れた瞬間、エリザもごくんと唾を飲みこんだ。
……。
違和感。
緊張していたからだろうか? 何か薬草っぽい味を感じて、サリサは奇妙な顔をした。
「あ、あの……。ダメですか?」
おどおどとエリザが聞く。
「いいえ、美味しいですよ」
やっと、エリザに笑顔が戻る。エリザもうれしそうにお菓子を手に取った。
「ところで……。どうしてお菓子を?」
「サリサ様にも秘密です」
頬張ったお菓子を噴出しそうになって、エリザは真っ赤になった。
そればかりは、どうも教えてもらえないらしい。
エリザは焼いたお菓子を持って、久しぶりに母屋まで降りてきた。
まだ、早朝である。
最高神官が祈りの祠に上がってゆく姿を、エリザは久しぶりに見た。
いつもよりも下方から、しかも遠くから見上げる。それでも銀の粒子を感じて際立って見えるのだ。
近くて遠い人……。
巫女姫にとって、彼は幻であり届かぬ存在なのだ。
慕えば慕うほど、思えば思うほど、虚しくなる。割り切ろうと思っても、あの微笑を見ていたら、切なくなってしまうのだ。
――それは、きっとサラ様にとっても同じ。
本当は、お友だちになれたはずなのだ。
心の痛みをわかりあい、癒しあえる友人に……。
つい、隣に付き添ってくれているリュシュに独り言のように漏らしてしまう。
「私が至らなくて、初見の儀式で倒れちゃったり、祈りの儀式に出られなかったり……だから、仲良くなるきっかけがなくて、こんな仲になってしまったと思うの」
エリザは、焼きあがったお菓子を見つめて、ふっとため息をついた。
最後に会ったのは、何と祈りの儀式の練習で張り倒された時なのだ。さすがに緊張する。
「私は、絶対にそうだと思いませんわ。今からでも遅くありません。このまま帰ってお茶にして、そのお菓子を食べちゃいましょう」
リュシュは呆れてため息をつく。
――どうしてここまで仲直りにこだわるのか?
あれだけサラを苦手とし、避けていたエリザが……である。
リュシュには、何か特別な理由があるとしか思えなかった。
今日を乗り越えれば、サラとは永遠のお別れなのだから、エリザの気の済むように……とは思うのだが、なんとなく憂鬱である。
手痛いしっぺ返しが待っているような気がする。
そんな仕え人の気持ちを知ることもなく、エリザはサラの住む小屋にまっすぐ歩き出した。
仕え人とも喧嘩別れしてしまったサラは、今、子供と二人きりのはずである。
「二人っきりはよくないと思うんですけれど……」
そういうリュシュを残して、エリザは一人でサラに会うため、扉を叩いた。
かつて、マヤを殺すかもしれない事件を起こしたサラの元に、エリザを一人ではやれない。リュシュはあたりをウロウロした。
何かあったらどうしよう? などと、ハラハラしながら……。
サラは、最高神官と言葉を交わした日以来、大人しくしていた。
だが、それは憎しみを忘れたのではなく、むしろ、希望を失ったからである。
五年後、そして再び五年後と、サラが霊山に戻ったとしても、サリサはサラを愛さない。
それをはっきりと示されたのだ。
サラはここ数日山下りの準備で忙しかった。倉庫にあった薬石や薬草も、あのシュロ草以外は仕え人に処分させた。
シュロ草だけは地下の保管庫に収めたままにして、取っ手の付いた石を裏返しに置き、完全にわからなくしてしまった。
サラにも似たこの草は、人知れずこの小屋の地下に眠り続け、時にサラの恨みで染み出してくることだろう。
誰にも知られず……。
でも敏感な子供だけは、サラの気持ちを察してくれるかもしれない。
サラの苦しみを我が物として、いっしょに苦しんでくれるだろう。
それだけでも、サラは慰められるのだった。
突然のノック。
サラははっとした。
もう仕え人が迎えに来たのかと思い、慌てて出てみる。
だが、そこにいた女は、サラが憎んでも憎んでも憎みきれない女だった。
朝の光を浴びて輝く髪、そして肌は、目の下に隈を作っているサラよりも、はるかに美しい。手に小さな袋をもって、やや緊張して立っている。
エリザの銀糸の髪はさらさらで、ややふんわりとしたサラの髪とは違う。大きな瞳も、サラのやや釣りあがったムテらしい目とは違う。
だが、何よりも違うのは、ムテ人としての素質である。
マヤのように優れている女にも脅威を感じたが、何も秀でたところがない女にも負けるのか? と思うとますます腹が立つ。
この場で夢で見たように首を絞めてやりたいが、サラは気持ちを抑えた。もう、復讐などなされている。この女もマヤと同じ運命を辿るのだ。
「何か用?」
そっけなく聞くと、エリザはもごもごと何かを言った。
情けない女。一人じゃ何もできないし、言葉も出ないなんて。こんな女が一番腹立たしいのだ。
「どうぞ。上がってくださらない?」
サラは顎で合図した。
エリザが家の中に入ると、扉がガシャンと閉まった。
リュシュが慌てて窓に回ったことは、言うまでもない。
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