エリザと焼き菓子・3


 祈りの儀式が終わったあと、エリザの体調は快方に向かった。

 サリサは、それを聞いてほっとしていた。

 そして……冷たく拒絶してしまったサラのほうは……。


 朝、サリサが散々悩んだ末訪れた食堂に、サラは現れた。

 だが、軽くサリサに会釈しただけで、仕え人とともに別の席に着いた。だから、サリサも会釈を返した。そして言葉を交わすことなく食事をした。

 かわいそうな思いをさせてしまったけれど、これ以上優しくして期待を持たせるのはもっと罪だろう。

 サラには、霊山を去ったあと、幸せになって欲しかった。

 嫌ってなんかはいなかった。ただ、困ってはいた。

 巡り合わせが悪いというのだろう。誤解したり傷つくようなことばかりが、サラにはなぜか訪れる。

 その責任は、サリサ自身にもあって、心苦しいのではあるが。

 

 ――サラの気持ちには応えられない。

 サラの幸せを考えても、同じ結論を出す。

 それは……エリザにも同じ結論となる。

 

 そう思おうとすると、サリサはぞっとしてしまう。

 どうしてもエリザを他の人には渡したくないと思ってしまうのだ。

 散々祈り所に閉じ込めたことを悔やんだくせに、もっとさらに深い穴蔵にでも閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくはない、などと、とんでもないことを考えてしまう。


 だがもう、同じ過ちはおかすまい。

 残された時間は短い。

 そのわずかな間だけでも、ともにいたいと思うのは……わがままだろうか?


 その翌日から、サリサは自室にて食事をすることにした。

 そのほうがサラのためにはいいだろうし、サリサにも時間的猶予ができる。つまり……エリザの側に長くいられるということだ。

 サラは誤解するかも知れない。だが、サラのためでもある。

 サリサは、そう自分に言い聞かせ、罪悪感を押しやった。




 エリザは、色々考え込んでいた。

 それは、サラにお礼とお詫びをいう方法だった。

 このまま、嫌な気分で山を下りられてしまっては、エリザの気持ちも晴れない。

 どうしたらいいのか思いつかず、リュシュに相談するのだが……。

「絶対にそれはやめたほうがいいですよ!」

 の一点張りなのだ。

「どうして? 私、仲良くはできなかったけれど、同じ巫女として気持ちはわかるような気がするの。だから、きっといつかわかってくれると……」

「いいえ! あの女はわかりませんとも! 私はミキア様の仕え人だった時もあるのですから、それは保証します。サラ様の性格の悪さときたら、ムテの霊山とガラルの主峰を合わせても届かないほどなんですから!」

 それに……と、リュシュはため息をつく。

「同じ巫女姫でも、エリザ様とサラ様には、天と地ほどの差がございます!」

「それは……私とあの方とでは、かなり能力差はありますけれど……」

 エリザは目を伏せた。

「そうじゃなくて!」

 と、リュシュは言いかけたが、口を塞いだ。


 エリザの仕え人に任じられた時に、最高神官から口を酸っぱくして言われたことがある。

『私の気持ちを代弁しないで下さい』

 最高神官の近くに仕えた者ならば、秘めようとして秘めきれない彼の気持ちは痛いほどわかっている。

 だが、エリザがそれを受け入れないようにしているのも事実。自らの心を保つために、エリザも必死なのである。

 最高神官に恥をかかせるわけにはいかない。

 ましてや、今のエリザに刺激は禁物だ。

『サリサ様は、エリザ様を愛しています』

 などと言ってしまったら、エリザの精神的なバランスは崩れ去ってしまうだろう。


 ……でも。


 エリザのサラに対する同類意識は、明らかに叶うことのない最高神官への想いからきていると思われる。

 尽くしても心を得られないサラと、心を受け取らないエリザとでは、同じ叶わぬ恋ではあるけれど同類ではない。

 それすらも、エリザは気がつかない。

 エリザの思い込みは、サラにとってあまりにも残酷というものだ。



「あ、そうだわ! お菓子よ! お菓子がいいわ!」

 突然、エリザが言い出した。

「だって、サラ様はもう何年も霊山にいるのよ。私なら、リュシュがいるから美味しいお菓子が食べられたけれど、あの人はいつも美味しくない舞米ばかりだったはずだわ! だから、お菓子よ! それがいいわ!」

「でも、もう霊山を降りるんですよ。これからは死ぬほど食べられるからいいんじゃないですか?」

 などというリュシュの言葉を、エリザは真剣に聞いてはいない。

「でも、リュシュのお菓子はもう食べられないわ! ねぇ、リュシュ。お願い! 一番簡単な焼き菓子でいいから、作り方を教えて!」

 大きな瞳を輝かされて懇願されると、リュシュも弱い。

「まぁ……私は受け取ってはもらえないと思いますけれどねぇ……」

 といいながら、エリザにエプロンを着せたりしてしまう。

 ムテらしからぬ大きな瞳は、間違いなくエリザの武器だろう。

 真直ぐ見つめられると……何でも「はい」と聞いてあげたくなってしまう。

 最高神官がこよなく彼女を愛するわけを、リュシュもなんとなく納得するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る