第二章 日帰り王妃とバリア・フリー その2
王妃バイトは今日も順調だ。
私は多少慣れてきたバイトの時間に、
ルスランは私のことをそういう意味で全く意識してない上に鈍いのであれば、もういっそどさくさに
水中庭園の中で、私は
いやでもこれ、私が言い慣れると同時にルスランも聞き慣れて、真剣に告白しても聞き流されるようになるだけでは?
水中庭園の中で、私は
ちなみに水中庭園とは、文字通り水の中にある庭園である。空中庭園の失敗を
四方八方を水に
だから気をつけろよとロベリアは忠告してくれたけれど、今のところ密談を行う予定もなければ、ここが魔力が無いと使用できない
水がぐにょんとたわんだ様子を見るに、また誰か使用者が入ってきたのだろうけど、水が
壁も
指で壁をぶにぶにとつっついてみる。指の力で中に押し込まれていくけど、破れたりしないし、指も
ポケットに単語帳だけ
「
「王妃様が開かなかった
「うっ……魔力が無いと開かない柵にも問題があると思いませんか?」
しまった
「王妃様業なんにもしてないのに、課題が増えていく……」
「それな」
「おうひさまはさ、どんなおうひになりてぇの?」
舌っ足らずな様子まで見事に再現されていて、目の前にいる女の子は本当に小さな小さな子どもではないかと
「どういう意味?」
「いやさぁ、何て言うのかなぁ」
今度は見上げなければならなくなった相手の
「レミアムはさ、世界で
「ん、あんまり」
忙しいのは知ってる。見ていれば分かるから。だけど、どうして忙しいかは知らない。ルスランは教えてくれないから。聞いても、私には教えてくれないから。
私は絶対にルスランの味方だと分かってるくせに。
そういうところは、ちょっとずるい人なのだ。
「そっか。──聞く?」
「うん」
もちろん。
「力のある国が黄水晶を
初めて聞くこの世界の成り立ちだ。あったこと、起こったこと、授業ではテストに出るかどうかくらいしか気にせず聞き流してしまう、歴史と呼ばれる話。自国の物は教科としてしか学ぼうとしていない、必死になって知らなくても生きていけてしまうこと。でもきっと、知っていた方がいいことで、本当なら知っていなければならないこと。
けれど、自国の歴史すらそんな有様の私だけど、
「だけど、それから何百年か
「うん」
「でもさ、そうなってからが長すぎて、もうこれが当たり前になっちまったんだ。各国は協会に気に入られようと必死で、
いつの間にか天井の
「だけど、レミアムだけは違う。ルスラン様が独立させたからだ。レミアムは世界で唯一、協会に
「外には、分かるけど、内にも?」
「そりゃあな。協会には、
ロベリアの瞳は、私を通り越して後ろの魚を見ている。その瞳の中を、魚の光がくるりくるりと回っていた。今は
「ま、そんなことだから、協会の甘い
くるりと瞳の中を泳いだ光のように、ロベリアの
「私?」
「そ。独立以降そっぽ向かれてた貿易も、最近はやっと再開され始めて、いろいろ
「そしてまさかの魔力0!」
「そう!
私も同じポーズを取り、両手の指先をロベリアの指につける。二刀流異文化交流である。光りはしなかったけど、体温はじわりと移ってきたし、きっと私の体温もロベリアに移っただろう。特に意味もなく押し合い
「王妃様つっても、いろんな人いるじゃん。ぐいぐい表に出てくる人、政策に口出さなきゃ気が済まない人、表には出たくない人、地位だけあればいい人、自分の実家が守れればいい人、王様に愛されればいい人、子どもだけいればいい人。王妃様はどれかなぁって見てたけど、いまいち分かんねぇんだよなぁ。楽しそうで何よりだって感想しか出てこねぇんだけど」
「ひたすら楽しいです、すみません」
ぐいぐい押してたら、ロベリア側の力が
まるで星が降ってくるみたいだ。世界にちりばめられた地上の星を、私は見たことがあった。
「んー……たぶんこれ言っちゃうとレミアムの人とか、特に王妃になりたかった人にぶん
「おー。っていうか、俺がこういう話を王妃様にしてるってばれたら、ぶん殴られるどころかあの方に首飛ばされるから、王妃様こそ内緒にしてくれよ」
「えー? ぽろっと言っちゃったら困るから、そういうことは最初に言ってよ。そういう心構えで聞くから!」
くるくる光を回して色や形を変えていく魚達の中で、
「私はたぶん、王妃とかはあんま関係なくて……ただ、ルスランの味方なんだよ」
「好きだから?」
「そう、だけど、たぶんそうじゃなくて……好きとかそういうのの前から、私はずっとルスランの味方でいようって決めてるんだ。好きになったのはその後だから、なんかこう……違う気がするんだよなぁ」
一匹だけ光らない黒っぽい魚に手を
なんだかちょっと親近感が
「私の夢はね、ルスランが一人で泣かなくていいように、手の届く場所にいることだったんだよ。目の前にいるのに届かないのも、自分じゃどんなに
チラシの裏に書かれた、なんてことのない曾お
問題は……好きってどうやって言えばいいの?
そして、全く反応が無いロベリアをどうすればいいのだろう。話題の切り
「ごめん、話変わるんだけど、あの人気分悪いのかな? それとも
「んあ?」
間の抜けた声を上げたロベリアは、私が見ている先を
「んー……
「見えねぇ。ちょっと近づくか」
ここから判断することは諦めたらしい。
ロベリアが掌で水壁に
この世界、ほんと魔力0に厳しい。ぶにぶにいじけながら、ロベリアの後についていく。
「あ」
「あ?」
「宿題忘れた……」
「わざと忘れてたのかと思ってた」
「えー……」
あいたたたと打ったところを押さえたまま、そろそろと立ち上がる。
「私はこれでも平均よりは上位寄りの成績保ってるんだよ。めちゃくちゃ頑張ってその程度だけど。
ロベリアの手によってあっさり道を作った水壁を
「どっかで見たな……ローウン家の者かな。
「二週間って居残り長くない!?」
一体何日がかりの居残り業務なのだ。ごり押し結婚式で方々へ迷惑がかかっていることは何となく予想していたけれど、こんなに何日も居残り業務した果てに燃え尽きちまったぜ的な状態になるほどだったとは。それなのに、
あれ? 私暗殺されて
「結婚式前からルスラン様
「何も幸いじゃない気がするんだけど」
一応めでたい日に何してくれてるんだあの人は。
「でもそいつら結構な数が帰されてるから、残されてる面子は薄々疑われてるのを感じてるんだろうな。日に日に
「何も幸いじゃない気がするどころか何も幸いじゃないね」
結婚式に何を
「あのさ、私の故郷には報連相って言葉があってね。これ、三つの単語を略してて、部下にも上司にも重要なことって言われてるんだけど」
「三つの単語……報復、
「部下と上司のくだり聞いた上でその単語チョイスする!? ……あの、ロベリアさん。ルスランは気難しい所もあるかもしれないけど、私の大事な家族なんで、報復だけは
「あ、いま初めて王妃様のこと王妃様って思ったかも」
私の王妃様業、主にロベリアに対して発揮されてる上に私の思ってた王妃様業と全然
ロベリアが言うにはあっちでぐったりしている人はただ疲れているだけだろうということだけど、それでも意識が飛ぶほどだったらやっぱり見て見ぬ振りはまずい。結局そのまま歩を進めることにした。
ぐにょんと動いた
「あ、あの、もし……そこの方……ど、どこかお
「もし……もし……」
ロベリアはそっと羽のように青年の肩に触れるけれど、青年はぴくりとも動かないし呻きもしない。ロベリアが
「あの、
このままでは
「いっ……」
「大丈夫ですか? どこか痛みますか?」
「うっ……」
呻きながら
「な、なりません、お願いでございます、ど、どうぞ、その方をお
そぉっと触れている、ように見えてわりとしっかり青年の腕を摑んでいるけれど、青年は身体を起こせないでいる。
「ロベリア、私は大丈夫だからお水持ってきてあげて。それと、誰か呼んできて。大丈夫、大丈夫ですよ、もし気持ち悪いなら
背中をさすりながら声をかければ、青年は私の肩に顔を置いたままちょっとだけ身動ぎした。けれど
「大丈夫、大丈夫、大丈夫ですよー」
具合が悪くなった人を相手にするとき、
「な、なりません、王妃様」
ロベリアがこそっと耳打ちしてくる。耳打ちといってもロベリアの反対側に青年の頭があるので聞こえているかもしれないけど、青年はそれどころじゃないのか全く反応しない。本当に大丈夫だろうか。
「
どもりながらそう言って、そっと青年の背中に
「ロベリア、いいよ。私でも支えられるし、ずっとは無理だけど。とりあえずお水持ってきて。それと
「え、ええと……水……」
おどおどとした演技でちらりと向けられた視線が水壁を見た。
「それは
「ちっ……」
何か聞こえたような気がしないでもないけど、すぐにおどおどとした少女の仮面をかぶったロベリアは、具合の悪い人に水中庭園の水を差しだすのは
「あ、
気づいてしまった事実に絶望した私の耳元で、青年が
「申し訳、ありません……ご
「大丈夫ですよ。具合が悪いなら無理しないでください。大丈夫です、具合が悪いときはお
どうやら意識はちゃんとあるようだけど、どう見ても具合がいいようには見えないし、そんなにすぐ復活するものでもないだろう。しばらくこのままの体勢でいたほうがいいかと思ったけれど、私ははたと気づいた。いま彼は地面に膝をついている私に
「あの、椅子に
足腰に力を入れて、伸し掛かっている青年を押し戻そうとしたら、ふっと重さがなくなった。青年が自力で身体を起こしたのだ。
「大丈夫、です。……本当に、ありがとう、ござい、ます」
まだ苦しいのだろう。
手入れが行き届いた金色の
絶世の美人は、今にも泣きだしそうな顔で私に謝るから、何も悪いことはしていないはずなのに罪悪感が
「本当に、何とお
「大丈夫です、ほんと、全然。それより具合が悪いんですか?」
青年の顔色は
私が
「も、もう
「え?」
「もう僕は終わりです……」
「え」
「ローウン家もお
しくしくと
「えーと……ドウシタンデスカ?」
どうしよう。なんだか凄く
青年は、下から
「ロ、ローウン家は確かに
「えーと……」
「
ファイト。
美人
「もうこの世には神も救いもないのかと思っておりましたが、こんなにも絶望に飲まれた世界でも、生きる希望は見つかるのですね……」
「えーと」
「ああ、祖国を裏切った
とりあえず生きてほしい。
「僕の生を望んでくださるのですか! ああ、なんて幸福なことでしょう! 汚名を着せられて
とりあえず生きてほしいし、手を離してほしい。
思ったよりまずい体調じゃなくてよかったけど、思ったよりまずい人だった模様だ。両手で
青年の後ろにはロベリアがいる。そっちじゃなくて私の後ろに来てほしいと思ったけど、ロベリアが青年の首の後ろ辺りに両手を構えているのを見て
さっきまで具合が悪くてぐったりしていた人を絞めさせるのは気が引ける。ここはなんとか普通に手を
「思ったより元気ですね!?」
「そうなんですよ。具合が悪くなるのはいつものことなのですが、今日はやけに回復が早くて。……やはりあなた様は天使!?」
もう失礼に当たるかもなんてなりふり構っていられない。
「どうしたんですか
水を求めて100デシベル。私は
錯乱した青年によって混乱した私の絶叫は、どうやら水中庭園には
同じく、私の血の気もさぁーっと引いていった。……え? これ、
「あ、やべ……」
青年の後ろで首をきゅっとする準備をしていたロベリアがぽつっと
引いていく水を無意識に追った私の視線は、
「…………月子、
「この渾身のおおきなカブ体勢を見てそう思うなら、ルスラン今日はもう早く
「父上、母上……先立つ不孝をお許しください。
青年はとりあえず生きてほしい。ファイト。
白銀王の日帰り王妃 守野伊音/角川ビーンズ文庫 @beans
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