第一章 王妃(バイト)就任 その2

 異世界の王様のベッドの上に日本人が正座しているのは変だろうし、ありかなしかで問われるとなし寄りではあるけれど、まあ、そんなこともあるだろう。けど、しんしつとびらがばんばん叩かれまくり、かいじよううつたえる声がひびわたっているのはものすごくどうかと思う。

 そして、それらを丸ごと無視しているルスランは本当に凄い。私は長い付き合いだとはいえ、この部屋、寝室にいるルスランしか知らないのでほかの誰かといて王様やってるルスランは初めて見る。あの……扉壊れそうだけど本当に丸ごと無視しててだいじよう

 ちらちら扉をかくにんしている私の前で、ルスランはいつさい気にせず説明を開始した。

「この世界で魔術は、めずらしいものじゃない。日常生活に必要な範囲であれば、得手不得手はあれど誰でも使える。仕事にできるほど魔術を使えるやつは魔術士と呼ばれる。この辺りは前に説明したと思うけど、覚えてるか?」

「うん」

「ただし、すべての魔術はずいしようがなければ成り立たない。よって、魔術士にとって黄水晶は命に等しい。魔術士以外の人間にとっても、生活の、ライフライン……そっちの世界で言えばガスや電気と同じで、無ければ暮らしが立ち行かなくなる非常に大切なものだ」

 魔術のお話は、昔ちょっと聞いただけだけどちゃんと覚えている。ルスランいわく、ひいばあちゃんはとてもすぐれた魔術士だったそうだ。その昔、お前もちょっとやってみろと言われ『これはもしかして私にも魔法が使える!?』と盛大に期待していどんだ結果『全くこれっぽっちも欠片かけらも才能がないなぁ』でめられた悲しみをそうそう忘れたりするものか。

 ちらりと流されたルスランの視線が、寝室の扉に向く。最初はこぶしで叩かれていたと思われる扉からは、明らかにそれ以外の物でぶんなぐられている音が聞こえ始めていた。

「あれ絶対無礼だよな」

「王様が得体の知れない女子高生かかえて部屋に閉じこもったら誰でもそうすると思う」

「前例がないとあいつらすぐあせるんだ」

「こんな前例あったらやだよ」

「ほんとだよ」

 しかし、私達がここで同意しあっていても話は進まないし、扉はきっとその内壊れる。そう判断したのはルスランも同じのようで、さっさと話を続けた。もうちょっと気にしてあげてもいいんじゃないだろうかと思ってしまうくらいあっさり意識から外された扉が悲しい。

「でも俺、リュスティナ様と同じで黄水晶が無くても魔術が使える特異体質なんだ。今まで俺とリュスティナ様くらいしか観測されてない個体でな……こう、いろいろめんどうなんだ」

「へぇー」

他人ひとごとみたいに言ってるけどお前もだぞ」

「へ?」

『全くこれっぽっちも欠片も才能がないなぁ』な私に、一体何のご用でしょうか。それとも、あれは何かのミスで、多大なるりよくや、せめてこれっぽっちくらいは魔力がある可能性が!?

 期待がき上がってわくわくが止まらない。誰だって一度は魔法にあこがれると思うのだ。それも、本当に魔法が使える世界があって、しかも自分はそこにいた人の血を引いている。やっぱり、どうしても期待する。ちゆうびよう万歳! 魔法! 魔法!

 ときめきとわくわくが止まらない私に、ルスランはかとても可哀かわいそうな者を見る目を向けてきた。頂き物の美味おいしいプリンの私の分が、お客様に出されて無くなってしまったときと同じ顔だ。あわれみと、同情と、どうしようもないからあきらめろの顔である。

「この世界のどこにも所属していない、いうなればりよかくであるお前は、この世界での立ち位置がはっきりしておらず、後ろだてもないあやうい状態だ。そしてこの世界では、黄水晶を使わずとも魔術が使える存在はのどから手が出るほど欲しいいつぴんだ。その逸品であるリュスティナ様のまごであり俺ともけつえんであるという事実だけで……というより、その事実のみに、お前は世界中から群がられるだろう。その事実があるにもかかわらず魔術の才能がかいという、ある意味せき的なお前でも群がられる。お前でも」

「もうちょっと私個人のりよくに群がってほしい!」

「……お前の魅力…………えーと、まあ、何だ、あれだ、いい奴だぞ」

「もうちょっと私個人の魅力を感じてほしい!」

「あー……可愛かわいい可愛い。多分」

「もうちょっと私の魅力に確信を持ってほしい!」

 語られる私の魅力が適当過ぎる上に、群がられる理由が酷過ぎる。私、全然関係ない。私じゃなくても全く問題ない事情だけをほつして群がられるのは全然うれしくない。そんなモテ方嬉しくないし、モテてるとすらいえない。厨二病ノーセンキュー!

 悲しみになみだする私を前に、ルスランは深い深いためいきいた。

「だからお前をこの世界に連れてきたくなかったんだよ。存在自体を知られていなければ群がられる心配はないからな。だが、こうなった以上仕方がない。お前はレミアム王である俺が囲う。血筋を考えても俺が後ろ盾になることは一番正当だし、こんいん部分を空けとくとそこに群がられるから、手出しされるしよは全部つぶしておきたいんだ。というわけで、結婚するぞ。ちゃんとバイト代出すから安心しろ」

「……私は別にいいけどさぁ、ルスランはまずいんじゃないの?」

 こっちでの手続きは日本に一切えいきようがないので私の日常生活は何一つ変わらないし、恋する乙女としてはたとえかりめでもおよめさんになれるなんて夢のようだ。あと、はじめての異世界にこうしん丸出しのわくわく感もある。だけど、私はそうでもルスランはまったく事情がちがう。

「それに、いい加減うつとうしいんだよ。結婚しろ結婚しろ、あとぎ残せって」

「そりゃあそうでしょうね」

「だからもう、まとめて一石二鳥だ。お前はこの世界での立ち位置を確立できるし、俺は結婚しろこうげきからのがれられる。ご協力ありがとうございます、月子さん」

「えぇー……」

 私にとっては異世界だけど、ルスランにとっては自分の世界で、故郷で、国だ。いつぱん人でもどうかと思う仮初め結婚を、仮にも王様がやらかして大丈夫なのだろうか。

「俺はその内養子でも取るか誰かに王位を渡すつもりだったから、別にいいさ。リュスティナ様はその特異体質でのわずらわしさにレミアムをしゆつぽんしたし、父上と母上はまかった。王族が俺だけになった時点で、レミアムにはかくしてもらうさ」

「それは、どうなの」

「お前と、お父さんとお母さんがいるから、家族はもうらないよ」

 王様がそれって、いいのだろうか。私に国家経営は分からないし、最高責任者である王様本人がいいと言うならいいのかもしれない。小市民の一般的感覚としては、全然よくない気がするけれど。

「ゲッコウセキというものがあってだな」

げつこうせき

「いまお前が思いかべている物とは絶対違うという確信がある。古来魔術士は月に影響を受ける。満月の晩には力が増し、新月の晩には落ちる。それにちなんで、魔術士にとって最上級の名である月の名をつけられた石。つまり、月の光で月光石だ。黄水晶は使用に上限があるが月光石にはなく、無制限無条件に力を使い続けられると言われてたな。いわゆる課金アイテムか、二周目以降ゲットできるタイプの奴だな」

「すっかり日本に染まりきっちゃった説明だね……言われてた?」

 すっかり過去形な話しぶりに首をかしげる。ルスランは書き物の手を止めて、最初から見直した。ぱたぱたと紙をらしてインクをかわかす。あ、そこは魔法じゃないんだ。

「過去に一つだけあったとかなかったとか言われてる、伝説の石だからな」

「え、すっごい適当」

 私に渡してきた紙を受け取って、高そうな本を私よりに寄せる。ペンも借りたけど、万年筆っぽいので少し不安だ。こんなの使ったことない。そろーりと先っぽをつけて、ルスランが言ったことを、ルスランが書いた文字の下に日本語で書いていく。

「一人の魔術士が所持していたらしいけど、何百年も昔のことだし、それ一回きりだから実物を見た者はだれもいない。まゆつばものだが、それが本当なら喉から手が出るほど欲しい逸品だ。だから、他にもないかと長年探されてきたんだが、レミアムにあるんじゃないかって言われていてな。それもお前が群がられる理由の一つになる可能性がある」

「なんでレミアムにあるって思われて……にじみそうでこわい」

「魔術で消せないとくしゆインクだから、滲むのはいいが書き損じるなよ」

おどさないでよ!」

 失敗できないいちげき必殺のインクだなんて。ボールペンでさえ消せる世代にはなかなか厳しいものがある。考えると、私の周りには失敗できる物がいっぱいだった。消せる〇〇シリーズ、復活するデータ、消えないぼうけんの書。歴史のおんけいにしみじみ感謝する。

ずいしようを必要としない特異体質の魔術士がレミアムからしかはいしゆつされてないからだ。そんなわけあるか、月光石を持ってるんだろとうるさくてな。リュスティナ様も、そう言われ続けるのが煩わしくてお前の世界に行ったんだよ。無い物を無いと証明するのは有ると証明するより難しくてな」

 そりゃそうだ。

 ルスランが書いた文字の下に日本語で同じ意味の文章を書いた紙を持ち上げて、さっきルスランがしていたみたいにぺらぺらって乾かす。

 私から紙を受け取ったルスランは、それを最初から読み直してもう一度ペンを取る。ここからが本題だ。私も心持ち背筋を正した、が、ここはベッドの上なので、正座し直したらしずんでしまってじやつかんかたむいてしまった。けいしやができている私を、ルスランは、鳴り続けるとびらと同じくスルーした。

「よし、おうバイトの条件めるぞ!」

 くるりと回されたペンが見事で、思わずれる。もう一回やってほしい。

のみならず飲食物ぜんぱん食べ放題飲み放題」

「やったね!」

「俺が自由にできる財産はお前も好きにあつかっていい」

「え、いやそんな大がかりなの要ら」

「政治の権限はわたせないんだから、そこは持ってもらわないと俺のしようが疑われる」

「……おづかいは月五千でお願いします。いやでも新人バイトだし試用期間で月三千でも可」

「小遣いとバイト代いつしよにするな。どんなバイトでも月三千なんてふざけた額、労働基準法はんそつこう通報しろ。勤務時間はお前の学校がない時間限定だ。平日は夕方から夜にかけて。休日は出来れば朝から出勤してくれたら有りがたい。土日ならまりはだいじようかお父さんとお母さんにかくにんしてくれ。それ以外はおそくても九時までには帰す。それ以降は夜間賃金と残業代として割増ではらう」

 扉のだんまつを聞きながらり広げられているのは、勤務形態の確認だ。だん一緒にゲームしてる時のポジションはうんとなあなあで決めるのに、ルスランはこういうことにはちゃんと大人だった。王妃をバイトでやとう所は全然まともじゃないけど。

「王妃としての能力なんてお前には求めてないけど、せつかくだからついでにきさきを取れとうるさかったやつらをだまらせたいから、とにかく俺と相思相愛に見えるようがんってくれ。無理でも、少女まんだのなんだのを参考にして頑張ってくれ」

「ルスランは何を参考にするの?」

「俺? ゾン

 さらりと出てきたのは、お正月に買ったれんあいゲームのキャラだ。一応こいする乙女おとめとしては女の子向けのゲームもしてみようかなと思って買ってみた。その名も、腐良学園ゾンビッビ。口説いてくるゾンビのこうげきを受け入れて自分もゾンビになるもよし、すべての口撃をかわして卒業まで人間をつらぬくもよし。名前を見てもあらすじを読んでも恋愛……ゲーム……? となる大変なぞなゲームだ。なんでそんな物買ったんだと問われたら、ふくぶくろ、この一言でご理解頂きたい。ちなみに、何がおそろしいってまだ福袋の中には腐良学園ゾンビッビ2、3、3、4、5がねむっているのである。3はかぶった。ちゃんと、女の子向け(ハート)、と書かれた福袋を買ったのに、腐良学園ゾンビッビセットだった私の気持ちを誰か分かってほしい。

「いやぁああ! うわされるぅうう! じゃあ私ゾン

「待て、それ確か七人くらいゾンビッビ持ってる女だろ!?」

「ゾン男にたいこうするならそれくらいじゃないとかなと……じゃあゴリさん」

「学園長はちょっと……いや、そりゃ人間は顔じゃないけど……人間じゃないし……年の差もおたがいがよければいいんだろうけど、まずねんれいしようだし……あの、月子さん。俺、時計とうがいへきをよじ登ってかねを打ち鳴らした後にドラミングする女性とはちょっとお付き合いできません……」

 私もできません。まずお友達になれるかもあやしい。しかし、考えれば考えるほどよく分からないゲームだ、腐良学園ゾンビッビ。まあ、彼ピッピならぬゾンビッビのことは今はいておこう。実はいま一番重要な問題はそこではないのだ。

 詰めた内容をルスランが異世界語で書類に書きこみ、その下に日本語で同じ言葉を書きながら、私はそっとルスランを呼んだ。

「あのね、ルスラン……」

「何かへんこうしたいか? どこだ?」

ちがう……えっと、あのね……」

 深刻な表情の私に、ルスランは書類を見ていた視線を私に向けた。私は、角度によって色を変える不思議な水色のひとみを見つめ返し、そっと告白する。

「私……ルスランの名前全部言えない……」

「は!?」

 かっと見開かれた目から、自分の顔をさっとらす。やらかした自覚……現在進行形でやらかし続けてきた自覚があるだけに直視できない。大変申し訳ない。私にも言い分はあるけれど、本っ当に申し訳ない!

「おまっ……! 俺がお前の友達の名前から始まって友達の家族の名前、友達のペットの名前、果ては移り変わる友達の彼氏の名前まで覚えてた間、ずっと!?」

「ずっと!」

「十年以上!?」

「十年以上!」

 相手が好きな人だったら覚えられるだろとか言わないでほしい。好きな人補正があっても、なかなかに難しい問題がここにはあるのだ。

「何で言わない!?」

「言いそびれてずるずると……その内どんどん、いまさら聞けないふんに……」

「……俺は王妃のお前に多くは望まない。けど、俺の名前は覚えてもらうからな!」

「それが一番難しい!」

「王妃としてじゃなくても、親友として、家族として覚えろ!」

「努力義務ですか!?」

ばつそくありの法的が入る方だ!」

うそぉ!?」

 全体的に寒色系なのに熱血な勢いでったルスランは、走り書きで特記こうに付け足した言葉を私に復唱させた。ひどい、こんなことをけいやく書に盛り込むなんて! おに! ちく

いまだ名前覚えてないお前の方が鬼畜だろ!?」

「ごもっともです」

 いやほんとすみません。

 へこへこ頭を下げながら、ルスランの名前の下に自分の名前を書きこむ。

 半眼になったルスランは、私の手首をがしりとつかむと無理やり親指同士を合わせた。じわりと熱が伝わってきて首をかしげながら動向を見守る。

「名前の横に押せ」

「ていっ」

「そんな勢いいらない」

 ルスランのをして親指を紙に押しつければ、青色のもんが紙にうつる。インクがつけられたのかと親指をひっくり返して確認したけれど、私の指は白いままだった。もう一回紙を見る。そこには確かに私とルスランの親指の指紋が押されているのに、お互いの指は真っ白のままだ。何だろ、これ。不思議インクかな。

「何これ?」

「指紋認証つきいん。テレビで出てくるたびに、指紋認証っていいなと思ってたんだよ。お前はまだ判子持ってないし、俺もぎよくしか持ってないからちょうどいいかと。まだ試作段階のじゆつだけど、いつか運用できたらいいなと思って前から考えてたんだ」

「ふぅん……指よごれなくていいね!」

「………………まあ、その程度の認識でいいさ」

 ちょっとねてしまった様子から察するに、結構すごいシステムのようだ。でも、私は魔法使えないし、身近なものでもないので、何が凄いのか凄くないのかがよく分からないのだ。魔法が使えるだけで「すっごい!」状態である。

 それが分かっているからか、ルスランは拗ねただけで何も言わなかった。

 紙を持ち上げて、ぱんっと両手ではさむと紙は二枚になった。ポケットをたたくと契約書が二つ。もう一回叩くと契約書が四つ? そんなにいらない。

「指紋で認証できる奴じゃないと複製できないようにしておいた。まあ、そもそも複製の魔術使える奴はかなり少ないけどな」

「ふぅん」

「…………別に、いいけどな」

 二枚になった紙の片方を受け取って、やり場に困る。仕方がないので四つ折りにしてポケットにっ込んだ。ルスランが半眼になってこっちを見ているけれど、仕方がないじゃないか。ここが自室であるルスランは、ファイルみたいな物に挟んでかべめ込まれているかくし金庫みたいなのにってしまえるけど、私はそういう訳には……え、何その隠し金庫。凄い、かついい。そういうの好き!

 私が隠し金庫にわくわくしている間に、ルスランはさっさと隠し金庫を閉めて隠してしまった。上から絵をけられると隠し金庫があったなんて分からない。すっかり隠されてしまった金庫に不満があふれるけれど、そもそも隠し金庫なんだから隠れるのが当然だ。仕方ない、大人しくあきらめて、今度じっくり見せてもらおう。

 だって、とびらは今もばんばん鳴ってるし、集まってきている人の数もどんどん増えている気がする。がんって無視していたけどそろそろ限界だ。

 扉を開ける前にお互い定位置を調整する。ルスランはくついているからベッドから下りてもだいじようだけど、私は靴を履いてないからベッドにいるしかない。結局、横座りした私の横にルスランが座るという形に落ち着いた。

「いいか、月子。お前におうとして最善の形なんて望まない。基本的にいつも通りのお前でいい」

「ういっす」

「だが、お前と俺は愛し合ってる。復唱」

「私はルスランを愛してる」

「そこだけは何があろうと守れ、いいな! 笑うなよ!? 俺が王様してても絶対に笑うなよ!?」

 うんきゆうで、鹿をやったり、お互いしか分からないネタで笑い合ってきた私達は、お互いが家族以外の他人に会っている姿を見たことがない。

 ルスランは、ここに至るまでにぐしゃぐしゃにしてしまった自分のかみを適当にぐしで直しながら、大きくためいきいた。

「気がけきったしか知らないお前に、王様してる姿を見られるの地味にずかしいんだからな!?」

「ルスランこそ、私がしなだれかかってもき出すのなしだからね!?」

「……それが一番難しい」

「このろう

 私達はいまさら取りつくろえないほど、はじも、失敗も、大泣きも、いらちも、八つ当たりも、だいばくしようも、見せ合った仲だ。もう何やらかしても、あきれられることはあっても見捨てられることはないなと思うほど散々やらかし合った。だが、他人相手に取りましている姿だけは見たことがないのだ。

 お前だれだ精神がにょきりと顔を出してしまわないよう、気合いを入れなければならない。

 いよいよ叩き割られそうな勢いできしむ扉を見て、二人で呼吸を合わせる。

 学校から帰ってきてからの、とつげきおさなじみの実家訪問してしまったとうの展開に、正直全くついていけない。いけないのだけど、おたがいに勝手知ったる幼馴染けん親友兼家族兼、私だけそこにかたおもいをプラスした相手がいるのだから、どうとでもなる気がする。いつしよにいる相手って本当大事だ。こんな怒濤の展開でも軽口のおうしゆうをして、いつも通りでいられるのだから。

 ルスランは、ゆっくりと片手を持ち上げた。とてもかたなのか、すそは全くたわまない。しゆうも相まって、ぱっと見にはカーテンの生地みたいだ。そんなどうでもいいことを思いながらながめていると、その手が空中でくるりとひねられる。

 同時に、すさまじい音を立てて扉が開いた。部屋のドアは魔術でざされていたのだと今更知った。自動ドアだけど手動という、地味にじゆんした光景におどろいているひまはない。

 しんしつの中にれ込んできたのは、さっき私が落ちた部屋にいた人の一部だ、と思う。確信はないけれど、なんとなく見覚えがあるようなないような。

 老いも若きも、若いといっても私より年上だろうけれど、ほとんど男性だ。しかし、そろいも揃って顔がいいとはどういうことだ。顔面格差社会反対。

 その先頭にいたのは、ルスランと同じくらいか少し年上だと思われる青年だった。おそらくだんはきちんとしているであろう服も髪も乱し、り上げている体勢だ。なかなかインパクトある姿だけど、イケメンだった。顔面格差社会、断固反対。

「何だ、お前達。ずいぶん乱暴なことだ。我がはんりよおびえてしまうだろう」

「陛下っ……説明を、して頂きます」

 椅子を下ろし、うなるような声を出したイケメンに、ルスランは不敵なみをかべて私のかたく。私はルスランの肩にふわりと頭を預け、るなんてことはできなかった。がっとかたむき、がつんとほおぼねかたかざりに当たる。非常に、痛い。ほっぺつねり合いはしょっちゅうだけど、しなだれかかるとか、かからせるとか、甘いしっとりしたふんをだしたことがないやつらはこれだから! 鏡台しでは物理的にも無理だったけど!

 ルスランは力を入れ過ぎて、私はしなやかさがかいだったがゆえに起こった悲しい事故だ。ルスランと一緒に、心の中で要練習こうもくにチェックを入れた。

「月子、あれは俺の一の、マクシム・ゴルトロフだ。あの中では誰よりお前とかかわる機会が多くなるだろう」

「うん」

 お互いぎこちなさを表に出さないよう、必死に笑顔で取り繕う。

「ちょうどいい。お前達にしようかいしよう」

 いつもよりよくようが七割減、音量が二割減、音程が一割低となったこわに、お前誰だ感が溢れだすけど、それを表に出してはならない。ルスランもちょっとやりづらそうな空気をかもし出さないよう頑張っているのだから、私だってすまし顔をしなければ。

 必死になんでもない風をよそおって微笑ほほえむ私の肩をにぎる力が強くなる。

「彼女は春野月子。かのリュスティナ様のまごだ。そして」

 どよめきが起こった。だが、私の肩を握る力はさらに増していく。あ、ちょ、痛い。

「この私、ルスラン・ヴォルドノ・トルプーギヴァ・アッターク・クスノナ・エルアリ・ルエマ・クアンロ・ハインワンドの旧知の友であり、ルスラン・ヴォルドノ・トルプーギヴァ・アッターク・クスノナ・エルアリ・ルエマ・クアンロ・ハインワンドのきさきとなるむすめだ。以後、見知りおけ」

「……陛下、二回も名乗ったのですか」

「一身上の都合だ」

 肩をみしみしとつかむ手がこわい。そして痛い。そんなルスランに伝えたい言葉がある。あのね?

 名前長いよっ!



 何が何だか分からない内に始まり、何が何だか分からない内にひとまずは怒濤の異世界体験を終えた私は、一人で自分の部屋に立っていた。いろいろありすぎて処理できなかった情報と感情でいっぱいいっぱいになったまま、ぼうぜんと部屋を出て一階に下りていく。

「あら、月子帰ってたの?」

「うん……」

 階段を下りれば、買い物から帰ってきたお母さんが冷蔵庫に荷物を入れている所だった。とうを持ったままこっちを振り向いたお母さんは、ぎょっとした顔をした。

「月子!? あなた、どうしたの!? 顔真っ赤よ!? 熱でもあるの!?」

「ねえ、お母さん! 私、ルスランとけつこんしていい!?」

「はあ!?」

「家の手伝いもちゃんとするし、テストも頑張るし、学校だってサボったりしないし、ちゆうで投げ出してお母さんにやってもらったりしないし、絶対ちゃんと全部するから! ねえ、いいでしょ!? 私やっていい!? 高校生になったらバイトしていいって言ったよね!? ねえ、成績落とさなかったらいいって言ったよね!? だからいいでしょ!? ルスランと結婚していい!?」

 ちゃんと最後までめんどう見るから!

 自分の!

「お、お父さんと相談して、お父さんがいいって言ったらね!」

「やったぁ! あ、これけいやく書! 見て見て、契約書!」

「結婚するのバイトするのどっちなの!?」

「どっちも!」

 ポケットにっ込んだ紙をお母さんにわたしたら、お母さんは全部読む前にきゅっとけんしわを寄せた。

「月子、字はもう少しれいに書きなさい」

「はーい……」

 頑張ったつもりだったけど、如何いかんせん内面が雑なせいで字ににじみでていたか。

 内容のあくより先に入ったお小言に少し冷静になった。とりあえずせんたくものを取り込んでくるとあわただしくベランダに向かったお母さんの足音を聞きながら、改めて契約書を見る。私とルスランの青色のもんはなんだかきらきらして、すごく綺麗だ。

 視線を契約書に向けたまま身体からだ中の力が抜けて、すとんっと座りこむ。頭の中がいっぱいいっぱいで中身はうまく処理できないけど、二つ並んだ名前を見たら、もうたまらなくなった。契約書を両手で握りしめて、額をつける。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。かなってしまった。夢が、叶ってしまった。

 ルスランと同じ地面に立って、同じ空気を吸って、同じ空の下にいるって夢が、思いもかけず叶ってしまった。その上、かりめとはいえ、結婚できるのだ。

 私、がんってもいいかな。ルスランにそういう意味で好きになってもらえるよう、頑張ってもいいのかな。言葉にする勇気をき集めることも、実際に口に出すことも、できるのかな。

うれしい……」

 真っ赤な顔できしめた契約書はぐしゃりとつぶれてしまったけれど、私はしばらくはなすことができなかった。



よう形態 正社員以外

就業時間 月~金曜:学校しゆうりよう時~21時内、土日祝日:朝食~22時内で応相談

休日 自由に取得可 とくしゆイベント発生時のみ応相談

賃金 ※提示内容に異義が唱えられたため、現在こうしよう

※円かんさんは雇用主に任せるものとする

雇用主提示:雇用主所有財産の七割

労働者要求:時給900円 試用期間850円(家族割り適用)

決定までの臨時賃金:時給1800円 試用期間1500円

まかない 食べ放題飲み放題 ※酒類、煙草たばこ厳禁

事業内容 国家経営

職種 国家公務員

制服 規程なし 特殊イベント時のみ正装(そうしよくふくめ全支給)

就業場所 王城 王族居住区 場合によっては城外任務あり

就業内容 雇用主のサポート(縁談よけのいちゃつき含む)

特記こう 空き時間に要学校の宿題 ※雇用主のフルネームおく義務あり!


雇用期間 定めあり

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