第一章 王妃(バイト)就任 その2
異世界の王様のベッドの上に日本人が正座しているのは変だろうし、ありかなしかで問われるとなし寄りではあるけれど、まあ、そんなこともあるだろう。けど、
そして、それらを丸ごと無視しているルスランは本当に凄い。私は長い付き合いだとはいえ、この部屋、寝室にいるルスランしか知らないので
ちらちら扉を
「この世界で魔術は、
「うん」
「ただし、
魔術のお話は、昔ちょっと聞いただけだけどちゃんと覚えている。ルスラン
ちらりと流されたルスランの視線が、寝室の扉に向く。最初は
「あれ絶対無礼だよな」
「王様が得体の知れない女子高生
「前例がないとあいつらすぐ
「こんな前例あったらやだよ」
「ほんとだよ」
しかし、私達がここで同意しあっていても話は進まないし、扉はきっとその内壊れる。そう判断したのはルスランも同じのようで、さっさと話を続けた。もうちょっと気にしてあげてもいいんじゃないだろうかと思ってしまうくらいあっさり意識から外された扉が悲しい。
「でも俺、リュスティナ様と同じで黄水晶が無くても魔術が使える特異体質なんだ。今まで俺とリュスティナ様くらいしか観測されてない個体でな……こう、いろいろ
「へぇー」
「
「へ?」
『全くこれっぽっちも欠片も才能がないなぁ』な私に、一体何のご用でしょうか。それとも、あれは何かのミスで、多大なる
期待が
ときめきとわくわくが止まらない私に、ルスランは
「この世界のどこにも所属していない、いうなれば
「もうちょっと私個人の
「……お前の魅力…………えーと、まあ、何だ、あれだ、いい奴だぞ」
「もうちょっと私個人の魅力を感じてほしい!」
「あー……
「もうちょっと私の魅力に確信を持ってほしい!」
語られる私の魅力が適当過ぎる上に、群がられる理由が酷過ぎる。私、全然関係ない。私じゃなくても全く問題ない事情だけを
悲しみに
「だからお前をこの世界に連れてきたくなかったんだよ。存在自体を知られていなければ群がられる心配はないからな。だが、こうなった以上仕方がない。お前はレミアム王である俺が囲う。血筋を考えても俺が後ろ盾になることは一番正当だし、
「……私は別にいいけどさぁ、ルスランはまずいんじゃないの?」
こっちでの手続きは日本に一切
「それに、いい加減
「そりゃあそうでしょうね」
「だからもう、
「えぇー……」
私にとっては異世界だけど、ルスランにとっては自分の世界で、故郷で、国だ。
「俺はその内養子でも取るか誰かに王位を渡すつもりだったから、別にいいさ。リュスティナ様はその特異体質での
「それは、どうなの」
「お前と、お父さんとお母さんがいるから、家族はもう
王様がそれって、いいのだろうか。私に国家経営は分からないし、最高責任者である王様本人がいいと言うならいいのかもしれない。小市民の一般的感覚としては、全然よくない気がするけれど。
「ゲッコウセキというものがあってだな」
「
「いまお前が思い
「すっかり日本に染まりきっちゃった説明だね……言われてた?」
すっかり過去形な話しぶりに首を
「過去に一つだけあったとかなかったとか言われてる、伝説の石だからな」
「え、すっごい適当」
私に渡してきた紙を受け取って、高そうな本を私よりに寄せる。ペンも借りたけど、万年筆っぽいので少し不安だ。こんなの使ったことない。そろーりと先っぽをつけて、ルスランが言ったことを、ルスランが書いた文字の下に日本語で書いていく。
「一人の魔術士が所持していたらしいけど、何百年も昔のことだし、それ一回きりだから実物を見た者は
「なんでレミアムにあるって思われて……
「魔術で消せない
「
失敗できない
「
そりゃそうだ。
ルスランが書いた文字の下に日本語で同じ意味の文章を書いた紙を持ち上げて、さっきルスランがしていたみたいにぺらぺら
私から紙を受け取ったルスランは、それを最初から読み直してもう一度ペンを取る。ここからが本題だ。私も心持ち背筋を正した、が、ここはベッドの上なので、正座し直したら
「よし、
くるりと回されたペンが見事で、思わず
「
「やったね!」
「俺が自由にできる財産はお前も好きに
「え、いやそんな大がかりなの要ら」
「政治の権限は
「……お
「小遣いとバイト代
扉の
「王妃としての能力なんてお前には求めてないけど、
「ルスランは何を参考にするの?」
「俺? ゾン
さらりと出てきたのは、お正月に買った
「いやぁああ!
「待て、それ確か七人くらいゾンビッビ持ってる女だろ!?」
「ゾン男に
「学園長はちょっと……いや、そりゃ人間は顔じゃないけど……人間じゃないし……年の差もお
私もできません。まずお友達になれるかも
詰めた内容をルスランが異世界語で書類に書きこみ、その下に日本語で同じ言葉を書きながら、私はそっとルスランを呼んだ。
「あのね、ルスラン……」
「何か
「
深刻な表情の私に、ルスランは書類を見ていた視線を私に向けた。私は、角度によって色を変える不思議な水色の
「私……ルスランの名前全部言えない……」
「は!?」
かっと見開かれた目から、自分の顔をさっと
「おまっ……! 俺がお前の友達の名前から始まって友達の家族の名前、友達のペットの名前、果ては移り変わる友達の彼氏の名前まで覚えてた間、ずっと!?」
「ずっと!」
「十年以上!?」
「十年以上!」
相手が好きな人だったら覚えられるだろとか言わないでほしい。好きな人補正があっても、なかなかに難しい問題がここにはあるのだ。
「何で言わない!?」
「言いそびれてずるずると……その内どんどん、
「……俺は王妃のお前に多くは望まない。けど、俺の名前は覚えてもらうからな!」
「それが一番難しい!」
「王妃としてじゃなくても、親友として、家族として覚えろ!」
「努力義務ですか!?」
「
「
全体的に寒色系なのに熱血な勢いで
「
「ごもっともです」
いやほんとすみません。
へこへこ頭を下げながら、ルスランの名前の下に自分の名前を書きこむ。
半眼になったルスランは、私の手首をがしりと
「名前の横に押せ」
「ていっ」
「そんな勢いいらない」
ルスランの
「何これ?」
「指紋認証つき
「ふぅん……指
「………………まあ、その程度の認識でいいさ」
ちょっと
それが分かっているからか、ルスランは拗ねただけで何も言わなかった。
紙を持ち上げて、ぱんっと両手で
「指紋で認証できる奴じゃないと複製できないようにしておいた。まあ、そもそも複製の魔術使える奴はかなり少ないけどな」
「ふぅん」
「…………別に、いいけどな」
二枚になった紙の片方を受け取って、やり場に困る。仕方がないので四つ折りにしてポケットに
私が隠し金庫にわくわくしている間に、ルスランはさっさと隠し金庫を閉めて隠してしまった。上から絵を
だって、
扉を開ける前にお互い定位置を調整する。ルスランは
「いいか、月子。お前に
「ういっす」
「だが、お前と俺は愛し合ってる。復唱」
「私はルスランを愛してる」
「そこだけは何があろうと守れ、いいな! 笑うなよ!? 俺が王様してても絶対に笑うなよ!?」
ルスランは、ここに至るまでにぐしゃぐしゃにしてしまった自分の
「気が
「ルスランこそ、私がしなだれかかっても
「……それが一番難しい」
「この
私達は
お前
いよいよ叩き割られそうな勢いで
学校から帰ってきてからの、
ルスランは、ゆっくりと片手を持ち上げた。とても
同時に、
老いも若きも、若いといっても私より年上だろうけれど、ほとんど男性だ。しかし、
その先頭にいたのは、ルスランと同じくらいか少し年上だと思われる青年だった。
「何だ、お前達。
「陛下っ……説明を、して頂きます」
椅子を下ろし、
ルスランは力を入れ過ぎて、私はしなやかさが
「月子、あれは俺の一の
「うん」
お互いぎこちなさを表に出さないよう、必死に笑顔で取り繕う。
「ちょうどいい。お前達に
いつもより
必死になんでもない風を
「彼女は春野月子。かのリュスティナ様の
どよめきが起こった。だが、私の肩を握る力はさらに増していく。あ、ちょ、痛い。
「この私、ルスラン・ヴォルドノ・トルプーギヴァ・アッターク・クスノナ・エルアリ・ルエマ・クアンロ・ハインワンドの旧知の友であり、ルスラン・ヴォルドノ・トルプーギヴァ・アッターク・クスノナ・エルアリ・ルエマ・クアンロ・ハインワンドの
「……陛下、
「一身上の都合だ」
肩をみしみしと
名前長いよっ!
※
何が何だか分からない内に始まり、何が何だか分からない内にひとまずは怒濤の異世界体験を終えた私は、一人で自分の部屋に立っていた。いろいろありすぎて処理できなかった情報と感情でいっぱいいっぱいになったまま、
「あら、月子帰ってたの?」
「うん……」
階段を下りれば、買い物から帰ってきたお母さんが冷蔵庫に荷物を入れている所だった。
「月子!? あなた、どうしたの!? 顔真っ赤よ!? 熱でもあるの!?」
「ねえ、お母さん! 私、ルスランと
「はあ!?」
「家の手伝いもちゃんとするし、テストも頑張るし、学校だってサボったりしないし、
ちゃんと最後まで
自分の!
「お、お父さんと相談して、お父さんがいいって言ったらね!」
「やったぁ! あ、これ
「結婚するのバイトするのどっちなの!?」
「どっちも!」
ポケットに
「月子、字はもう少し
「はーい……」
頑張ったつもりだったけど、
内容の
視線を契約書に向けたまま
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ルスランと同じ地面に立って、同じ空気を吸って、同じ空の下にいるって夢が、思いもかけず叶ってしまった。その上、
私、
「
真っ赤な顔で
※
就業時間 月~金曜:学校
休日 自由に取得可
賃金 ※提示内容に異義が唱えられた
※円
雇用主提示:雇用主所有財産の七割
労働者要求:時給900円 試用期間850円(家族割り適用)
決定までの臨時賃金:時給1800円 試用期間1500円
まかない 食べ放題飲み放題 ※酒類、
事業内容 国家経営
職種 国家公務員
制服 規程なし 特殊イベント時のみ正装(
就業場所 王城 王族居住区 場合によっては城外任務あり
就業内容 雇用主のサポート(縁談よけのいちゃつき含む)
特記
雇用期間 定めあり
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