第11話 彼女を襲う泥

ついに35階の扉を突破。


 今までの登場したタイプの影がランダムに登場してくる。

 が、なんとか2人で乗り越える。


 そして。これから36階から42階を駆け抜ける。


 ──かつかつかつかつ。


 2人分の足音は相変わらずよく響く。


 外の窓には、青い空と砂漠。


 ただ下の階と違うのは、雲が存在する面積の下方には、雲と同じ形をした影が砂漠の一部分を覆っていた。


その何とも言えない光景。


 特にこの光景に意味はない。ただ高い位置に登ってこれたなという感想だけ。


 回廊を通過し、塔の180度分進んだら階段がある。


 登ったら、再び同じ造り。繰り返しだ。


 この連続してきた平静さも、42階まできたところでようやく打ち破られる。


 【デジャヴ】。


その感覚を感じるも、敵の姿が確認出来ない。


 後ろ!……にもいない。


「月白、【デジャヴ】だ……!」


「え? は、はい!」


 不気味な静寂が、その場を支配している。

 そう。静寂を保ったまま、黒い線がこちらに伸びていく……!!


 自分が……自分が今回も迎撃する。


「気を付けてっ……?!」


 月白の声が途切れる。

 黒い線は、俺を横に躱して窓側をつたっていく。


「……ッ!!」


 予想外の展開にその通過を許してしまう。

 月白、と声をかける間もなく、彼女に接着する瞬間しか見届けることが出来ない。


 たん、と月白は床を蹴り、自ら宙に浮く。

 床を這う黒い線から逃れるには正しい判断かもしれない。


 無論、宙に舞うことは着地するまで自らの移動余地を奪うことになる。


 そのぐらいのことを理解していた月白は数秒後には着地できる。


 はずだったが。


 コンマゼロ秒の世界。

 軌道を変えたソレが線状の先を急に拡げる。


「これはッ……!」


 彼女は黒い影に捕まった。

 さすがに月白も、この世界で半永久的に戦い続けてきただけある。


 胴の拘束をなんとか避け、間一髪掴まれたのは彼女の右足首。

 致命的ではない。まだ挽回できる……!


「大丈夫か!」


「だいじょ──キミも気を付けてッ……!」


 安心したのは迂闊。

 床から黒い渦がいくつも召喚される。


 中から黒い槍。

 天井に向かって槍のように何本も突き刺していく。


 黒い槍は消えたが、彼女を拘束する掌は消えない。

 冷静さを取り戻し、観察する。

 影の腕から窓ガラスをつたい、そして月白の足元に伸びて彼女の足を掴んでいるのが分かる。


「あの先か!」


 ここは円柱状の塔。

 回廊のため、先が直線上に見えるわけではない。


 ……いや。


 そいつは姿を現した。


 一階で出会った、最弱の影と見かけは変わらない。

 腕から線を伸ばしているだけの違い。

 本体が直接こちらを仕留めにきたのだろう。


 そして黒い槍の第二波。

 渦の召喚の前触れがあるためこちらは予測しやすいが、それでも広い範囲で襲いかかってくる恐ろしい性能だ。


 俺は、拘束で躱すセルフイメージをインストールする。

 自分の脳にそれを焼き付ける。


 このぐらいはなんとかなっている……が。


 月白は掴まれている影の手を振り払おうと、無理やりステップでかわそうとする。


「──ッあ!」


 塔内に月白の悲痛な声が響く。

 槍が天井に刺さる音が響く。

 月白は致命傷は避けられたが、それでも鋭利な槍による裂傷が脇腹の下に出来上がっている。

 そして怯んでいる月白を、窓を這うように伸ばした影が拘束したままだ。


「月白!」


 月白に駆け寄ろうとする。


「早く、本体を! 叩いてくださいっ……」


 こんな時まで敬語なのか──という余計な念は捨てて再び全速力で突撃する。自分よりも、拘束する掌をなんとかして欲しいということだろう。


「ぐっ」


 しかし隙がなく近づけそうにない。

 考えろ──!


 直接叩けないのなら。

 兎にも角にも、月白を掌から解放したい。

 青空が広がる光景に向かう。


 出来なければ、後悔するが──


「早くっ……お願い、しま…す」


 ────やらないで後悔するよりは、よっぽどマシだ。


 剣撃で縦に衝撃を与え──窓ガラスは割れる。

 塔を構成するオブジェクトは破壊出来ないのではという疑問すら、以前の自分は恐怖に感じていただろう。

 側から見たら、なんてことないアイデアも実行することに意味がある。


 黒い線は千切れた。


「よし!」


 と思ったのもつかの間。

 ヒョオオオオオと自然音が顔面を通り過ぎる。

 足元のバランスを崩す。


「──嘘だろ?」


 ここは確か41階の高さ、しかも1階あたりの高さが通常の建物のソレではないので、実質もっと高い。

 ここも基本的に物理法則は適用され、当然重力も働いている。

 今、まさにそこから地上へ向けてまっさかさまに落下しそうになっているわけで────


「手を!!」


 拘束から解除された、月白による救いの手。


「ふぬああああああああ!」


 月白は叫ぶ。

 月白に掴まれた右足は、その小さな手から解かれて、


「ぐッ!」


 塔の中央の螺旋階段を包む、丸みを帯びた壁に飛ばされ叩きつけられる。

 月白も余裕が無かったためなのか、力の加減を誤ったのだろう。

 多少のダメージはあったが、助かった。


 だが、影の本体はその隙を突いた。

 再び、新たな影の線が──月白に伸びる。


「は、はや……?!」


 月城は西洋剣で弾こうとする。彼女の剣撃は決して鈍重ではない。

 むしろ、今まであのか細い肢体からは信じられないほどの速度で線を描いていたのだ。


 しかし、それをものともしないスピードで躱し、月白を拘束する。

 奴の掌は今までの影とは速さも強靭さも桁違いだ。


「くっ……!」


 立ち上がらなければ。

 月白を襲うのは掌による首絞め。気道を塞がれているだけで相当危険だ。

 月白はほんの僅かに宙に浮く。


「あ……が……」


 清廉な女子に似つかわしくない、その状態。

 影の掌から、黒い何かがゆっくりと拡がっていく。


 もちろん、それだけでは飽き足らない。

 その黒いのは、どろどろと月白の開かれた口に侵入しようとしている。


 あれ? 結構ヤバいやつだ。


 もしここで彼女を失った時の喪失感はどれほどのものだろうか。

 一緒に過ごしたのはたった5日間のはず。それなのに、仲間意識以上にこの気持ちは一体何なのだ。

 彼女を失う、なんてことは認められない。あってはならない。


 やるべきことは決まっている。


 まずは掌を繋ぐ線を切断。


 次に本体を……!


 ガキョォン


「?!」


 鈍い音が大きく響く。

 論理的な分析をしている間はない。


 剣が硬いものにぶつかり、切断出来ないという事実の認識。

 思考は放棄された。


 ただ、単純に外に押し出す。

 影も自分の重さには逆らえない。

 声も上げることなく、地面に向かい落ちていく。


「ハァ、ハァ」


 胸部を上下させる。割れた窓からの風が火照った身体を急速に冷やす。

 そしてその冷却のお陰か、敵を倒すことに集中していた意識をあるべきところに取り戻す。


「月白!!」


 彼女は床に倒れ、気を失っている。


 白亜の床に、白い髪を散らす。

 床には黒い槍が通過した跡が残る。これも時間が経てばじき消えるのだろうか。


 月白をここで安静させた方が良い気もしたが、時間の経過で影が出現してしまうことを考えると、早く上の階を目指した方がいい。

 そもそも現状ここが42階だから今日はこの階を突破できれば安全のはず。


「……しょっと」


 彼女を抱き上げる。依然として気を失ったままだ。

 影に遭遇しないよう、願いながら移動する。

 腕に抱きかかえるよりも、背中でおぶった方が走りやすい、と思い至った時。


 つい、腕の中の彼女をまじまじと眺めてしまう。

 そして腕に乗る重さを知覚。


 あれだけ派手に戦闘をこなしていた彼女は軽い。こんな細い体で戦ってきたのか──

 と思ってたら。


「……あ」


 月白は瞼を開ける。

 驚嘆と惚けが混じっているような、何ともいえない表情。

 冷静さ余裕さを備えた彼女のこういった反応を見るのは珍しい。


「おはよう」


 初めての先制攻撃をしてやった。

 月白は今の自分の状態を完全に理解したようで、表情に冷静さが戻らないまま、


「……おはようございます……そして下ろしてください」


 瞳、そして言葉でそう訴える。


「あ。ああごめん」


 彼女の細い肢体をそっと下ろす。


「……」


 彼女は黙って黒ドレスのシワを伸ばす。


「ありがとうございます。助けられたのですね」


「お互い様ってことで……着いたな」


 42階と43階を繋ぐ階段に到着する。


 沈黙が続く。

 でも、この瞬間に限ってはは嫌じゃない。


 それは「誰かを助ける」という経験を物ごごろついてからは初めて出来たからだ。その余韻にひたれている。


 ……いや。彼女は彼女で俺を助けてくれた。


 助けた、なんて思い上がりか。


 43階の扉の手前に到着する。いよいよ翌日が最上階だ。


「やっぱり私、寝ます」


 よほど疲れがたまっているのだろう。

 この世界では眠り、朝になれば傷は全回復する。


「────あ」


 俺もだ。

 気の緩みに任せ、逆らえずに倒れていっているのか。


 「────」


 その最中、彼女が何か呟いた気がする。が、それを拾うことは出来ないまま。

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