第9話 心を解放

 14階の先の、階段を登る。

 この世界でも昨日と同様に身体に疲労感は残るようで、いつの間にか寝ていたようだ。


「おはようございます」


「……おはよう」


 外は相変わらず、綺麗な青空が広がっている。

変化があるとすれば、高度が7階分高くなっていることだ。


「階が上がって行くたびに、敵は強力になっていくのですね。……やはり君の戦闘能力も上げて欲しいです」


今のままではダメだ、とはっきり言われるのは辛い。でも彼女は悪意で言っているんじゃない。落ち込んでいる場合じゃない。

前に進むため、変わる必要があるんだ。


「……やっぱり今のままじゃキツいのか?」


「はい。2人だったらなんとかなってきましたが、今後も今の戦法で倒せるか分かりません」


「戦法って俺が囮で月白が倒す役ってことか」


「ええ。上に行けばそのうちそんな単純な戦法に引っかからない影も現れそうですし、そもそも1、2体なんて規模では済まないかもしれません」


「あ……そりゃあ無理だ」


 さすがに今の戦法のままでは、数の暴力には敵わない。


「それに私と君が分断される可能性も考えて。この世界では何が起こるのか予測できません。


君と出会ってから色々変化があったのですから、なおさらでです。

孤立してしまったら私はともかく水無くんでは太刀打ちできません。自分で身を守るようにしなければ」


 分断される。その可能性を考えていなかった。

 彼女に敵を倒す力、そして精神的に頼りきりだった。

 そんな自分とは違い、こんな時にでも、他人のことの心配が出来る。月白は強いな。


「それと、君には戦闘に躊躇いが感じられます。……なぜですか?」


「なぜって、俺が剣を振り回したところで勝てる自信がないからだよ。刀だって重いし、訓練したことないし……逆に何で月白は剣を振り回すことが出来るんだ?」


「あまり深くは考えたことはありませんが……火事場の馬鹿力ですかね。無我夢中でしなければいけないことをしようとしてるだけです。


君が思い切って戦えないのは――変な思い込みが原因なのではないでしょうか」


 月白は続ける。


「確かに物理法則は確かに存在していますが、ヘリオンさんが言うにここは君の心象世界。剣を扱うのに筋力の大きさが影響するとでも?」


「!!」


「自分自身はどうあるべきか?自分でどう定義するのか?……自分は早く動こうと思うのではなく、早く動けるんだと知るのです」


 ここは俺の心象世界。

 俺が自分自身のことを弱いイメージで縛っていては、弱いまま。

 弱いから、どうせ戦っても無理だという意識が少しでもある。

 それを除いてまずは目の前の戦いに集中出来るようにすることが必要だ。


「もちろん口で何回聞かせるよりも、自分で体感しなければ難しいでしょうが……」


 せっかくここまで月白が教えてくれてるんだ。


「ああ、やってやる」



 【デジャヴ】。


 14階の扉を超えて初めて影が現れる。

 空気を読んだな、影。

 いつものように接近してきた。


 俺自身が影に対してしっかりと対峙したのは、月白と会った直後のことだ。あの時は衝動的に飛び出してしまっただけだったが、今は違う。


「今回、俺1人でやる」


「分かりました。気をつけてください」


 月白をがっかりさせたくない。

 もし、目の前の障害に対峙することを避けてしまったら。ここで何も一生変わらない。この現実を無視はできない。

 月白が言っていたように誰かに頼ることは必要だが、いつまでも頼り続け逃げることは自分のためにならないのだ。

 なぜなら、後で途方もない後悔の念が襲ってくるのだから。

 あの時、ああしておけば良かった、と。

 行動しなかったことによる後悔ほど、絶望はない。

 何かに行動をして失敗するのなら、まだいい。悔しい思いをすることはあっても、自分を嫌いになるまではいかないだろうからだ。

 だから、どうしようもなく自分のことが嫌いな自分から、そんな辛い現実を受け止めた上で前に進む自分へなろうと。

 この変化は気持ち悪く感じるし、なんか怖い。

 でも、この違和感を飲み込まなければ。

 内面から生じてくる迷いを一時的にでもいいから殺そう。


「──りゃあっ」


 今まで重くて、持ち上げることすら無理だ、という考えはいつの間にか消えていたことは後で気づいたことだ。

 影の腕を払って斬撃を与える。


「効いてます!」


 影はよろめいた。

 でも致命傷までには至らない。

 剣打の音と足音以外に存在しないはずの音が耳を刺激することに気付いた。

 それは不協和音、と表現するのが正しいだろうか。


 心がざわつく。


「……何だ?」


 冷や汗が流れるのがわかる。


 嘲笑だ。


 視界に余計なものを入れないようにしていても、聴覚情報は瞼のように断つことは出来ない。


 これも、日常生活の中で苦しめてたものの1つだ。


 何でだよ……何でここでまた思い出させるんだよ。







 ---


「交代です」


 そんな声を認識した後、ふら、と倒れかけた身体をなんとか持ち直す。


「だ……」


 ダメ、だ。

 せっかく自分を変えようと思ったのに挫けてはダメだ。


 俺と戦闘を交代した月白が応戦する。


「不快ですね……この!」


 俺でなくとも、こだまする不快な嘲笑ノイズは月白にもある程度の作用はあるようだ。

 しかし、彼女の膂力を覆せるほどではない。

 影を倒す。

 今までだったら、またここでまた自分一人では何も出来なかった、と自己嫌悪で自分を満たそうとするんだろう。しかし踏み止まらなければ。


「途中までいい線いってましたよ。いきなり変わるわけではありません」


「また月白を頼っちゃったな」


「そうですね……大事なことは努力を継続することです」


「む……」


 そう。何事も継続が大事なのだ。

 その言葉自体は何度か聞いたことはあるが、それが自分ごととして捉えられたのは、今回が初めてだと思う。


 俺と月白はこんな調子で敵を倒していった。

 まだ1人では完全に影を倒せないが、力が身になっていることが分かる。


 1日で登れるのは7階分。

 もうすぐで21階に到達し、明日が来るのを待つことになるだろう。


 塔の中央を陣取る螺旋階段の上部からは相変わらず光が差し込んでいる。

 上に登るにつれて、その天井が近づいていくことがはっきりと認識できるようになっていった。


 1日に登れるのが7階分までであることは間違いないとしたら。7の倍数が最上階であることを考えると……流石にそれはなさそうだ。

目測で42階、いや49階になるのだろうか。


 今日がこの世界に迷い込んでから3日目。

 仮に49階が最上階だとしたらあと4日消費し、7日目に到達することになる。

 あと4日。月白の言葉を大事にしていけば到達出来るだろう。


 いや、到達してやる。

 この辺獄はきっと、自分の人生における試練なのだから。


 ……何か、気になってた気がするけど、今はそれよりもこの前向きな気持ちを忘れないようにしたい。

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