第64話「上に乗って、堅くなって?」

 第六十四話「上に乗って、堅くなって?」


 廃校舎の四階から暗闇の外界へ落下した男がひとり……


 ーーその瞬間


 「あっ!」


 深幡みはた 六花りっかが声を上げた。


 「あーーあ」


 深幡みはた 一花いちかも同様だ。


 「!ぼっ僕は何を……」


 桐堂とうどう 威風いふうは今頃我に返ったらしい。


 そしてーー


 暴れ狂う悪魔の腕……怪物クーベルタンの眼前で、疾走はしりながら”ほくそ笑む”プラチナブロンドの美少女がひとり。


 「ありがとう!どーどーくん、あと、この場を少しだけ任せるね!」


 教室中央から駆けてきた羽咲うさぎは、呆然と下を見る桐堂とうどうとすれ違いざまにそう言い残して同じ窓から華奢な身体からだを躊躇無く踊らせていた。


 ーーヒュォッ!


 左手にボロボロの魔剣を握った少女は、左右のプラチナブロンドを靡かせて闇の底に消えていく。


 「く、クイーゼルさん……僕は”どーどー”じゃなくて桐堂とうどう……」


 結局、元の木阿弥……プラチナブロンドが眩しい美少女の彼に対する認識はその程度で……


 ドカァァァーーー!!


 「くおっ!?」


 そして、彼には焦がれるプラチナブロンドの美少女の言葉を訂正している暇は無いっ!


 ゴロゴロと転がって、その一撃を躱した桐堂とうどう 威風いふうは、ターゲットを失った悪魔と対峙して、再び大剣を構えていた。



 ーー

 ー


 「……………」


 「……ぅ……ん……?」


 ーーし……んだのか?


 ーーいや、俺は……生きてる?


 ーーあの日……九年前のあの時から……生きているのかも怪しい存在だったけど……


 「……くん」


 「盾也じゅんやくん!」


 ーーあ……あぁ……そうだ……生きてる……


 「盾也じゅんやくんっ!!」


 この娘の……この少女に巻き込まれたせいで……おかげで……それを実感できた……


 「もう!早く目覚めなさいっ!鉾木ほこのき 盾也じゅんや!」


 俺の視界には心配そうに見下ろす二つの瞳……こんな良夜りょうやの”月華げっか”さえ霞んでしまう翠玉石エメラルドの瞳……


 「…………」


 俺は、あまり優しくない口調を浴びせる天使の声で目を覚ました。


 「盾也じゅんやくん、解る?盾也じゅんやくん?」


 「…………」


 ーー土のにおいがする……


 どうやら俺は今、草むらの上に寝っ転がっているらしい。


 「盾也じゅんやくん!解ってると思うけど、あまり時間が無いの!直ぐに、わたしに……って!盾也じゅんやくん?」


 俺は草むらに葉っぱまみれで横たわったまま、ゆっくりと上半身を起こしてキョロキョロしていた。


 「おれ……生きてる……生きてるぞ?」


 意識と感覚がイマイチ繋がらない俺は少しだけ混乱していた。


 そして、興奮気味に忙しく自身の手足を確認する俺を、羽咲うさぎは冷ややかな目で見ていた。


 「当たり前でしょ、幻想職種カテゴリ、”シールド”の能力ちからを持った貴方がこんな事ぐらいで死ぬわけが……」


 「”シールド”?……いや、身体からだが動かないのに、能力ちからも何も……って!動く!動くぞ!俺の身体からだ!?」


 自身の手足を確認して、指をにぎにぎしたり、膝をかくかく曲げる俺。


 俺の身体からだは不思議なことに完全に自由になっていた。


 「だから盾也じゅんやくん、時間がないの!直ぐにクーベルタンが追ってくるだろうから……」


 「……クーベルタン?どこから?」


 その時、俺は羽咲うさぎの切羽詰まった言いようにも、そう言えばそう言う状況だったなぁと、暢気な感想を浮かべていた。


 ……なんだか未だ頭が”ぼぅっ”としているようだ


 キョトンとした顔で尋ねる俺に、羽咲うさぎは無言で右手の人差し指を上空に向けて指さす。


 「……」


 ーーた、たしかに……そう言われてみれば、フィラシスの大騎士ジャンジャック・ド・クーベルタンのターゲットは羽咲うさぎ……と俺?だし……必ず追ってくるだろう……


 「……で、俺にどうしろと?羽咲うさぎには、なんだか策があるようだが?」


 桐堂とうどうにこんな奇行を取らせて、俺をこんな目に合わせたのだ……


 羽咲うさぎには策があるはずだ……


 あるよな?……あったら良いなぁ……


 …………なかったら殺……いや、胸を揉む!!


 「……うん、やっと本題に入れるよ、あのね、盾也じゅんやくん、あの男はわたし達を追って必ず飛び降りて来ると思うの……」


 彼女は少し安堵の表情を浮かべると続ける。


 ーーヒュン!ヒュオン!


 そして左手の片手剣を二、三度振った。


 ーーキン!


 今まで通り、鈍い光と共に”その剣”の刀身は新たなものとなる……が……


 「”五番”は駄目みたいだな……」


 ”四番スパーク”の合わせ技で、それ以降の剣にもある程度の影響はあるだろうと予測はしていた。


 そして、果たしてその予測は的中し、”五番目”の剣は見事にボロボロのやいばと成り果てた形で顕現していた。


 「…………」


 ーーヒュン!ヒュオン!

 ーキン!


 再び剣を振るう羽咲うさぎ


 「”六番”も駄目だ……」


 続いて彼女の手元を確認した俺の指摘に……


 ーーヒュン!ヒュオン!

 ーキン!


 ーーヒュン!ヒュオン!

 ーキン!


 「”七番”も”八番”も……」


 現れるそのどれもが見るも無惨な状態の剣……


 ーー不味まずいな……もしかして……


 俺の脳裏に最悪の結果が浮かんだときだった。


 「っ!」


 羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳が一瞬で険しくなる。


 「駄目だ……盾也じゅんやくん、来るよっ!」


 そう言って上方を見上げる羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの瞳……


 視線の先は、校舎の上方……俺達が落ちてきた窓だ。


 「くそっ!」


 どうやら桐堂とうどう達の足止めは早々に失敗したようだ。


 ーーあいつら……無事だと良いが……


 「盾也じゅんやくん!早く!早く、わたしの上に覆い被さって!それで堅くなって!」


 「…………へ?」


 状況から、残してきた連中の心配をしていた俺に意味不明の事を言う羽咲うさぎ


 そして間抜けな声を漏らす俺。


 彼女は……羽咲うさぎは……俺の反応などお構いなしに、さっさと草の上に仰向けになった。


 ーーえっと……羽咲うさぎは何て言った?


 暫し思考する俺……


 ーー”わたしの上に覆い被さって!それで堅くなって”


 「……………………」


 真っ白になった。


 「なっなんですとっ!!」


 そして、少し間を置いてから、思わず大声を上げる!


 「は、はやく!」


 プラチナブロンドの美少女はさらに俺を急かす!?


 ーーいや……はやくって……状況解ってるのか!?


 因みに俺はサッパリだ!


 草原くさっぱらの上に仰向けで身を横たえる美少女。


 月光の下、プリーツスカートが重力で地面の方に下がり、彼女の白い太ももの形を浮かび上がらせている。


 そして、”重力それ”に全然負けていない胸の二つの膨らみが、その存在感を我が儘に主張している。


 ーーゴクリ……


 青白い月明かりに照らされた陶器のような肌と滑らかな至上の曲線……


 「はやく!盾也じゅんやくん、時間が無いの!上に乗って、堅く……」


 「乗って?」


 「そうよ、さっきから言ってるでしょう!それで堅く……」


 「乗って、堅く?」


 「…………」


 「…………ぁ!」


 そこまで言って初めて羽咲うさぎは、彼女を見る俺の表情と考えに気づいたようだ。


 「あぁっ!」


 羽咲うさぎの顔は見る間に朱に染まっていった。


 「ちっ!ちがうの!そんな意味じゃ!いえ、そんなっていうか!つまりエッチな意味じゃ無くて……」


 「えっち?」


 俺はなんというか、聞き返しながらも彼女の肢体から目が離せない。


 「ちがーーう!そうじゃなくて!!……う、う……うわーーーん!」


 「…………」


 遂には起き上がって、魅惑的な肢体を隠すようによじって泣き出す少女。


 ーーもう暫く眺めていたい気もするが……


 ーーいや、あんまり虐めるのも可愛そうだろう


 「わかったよ」


 俺は短く応え、起き上がった彼女の上半身をそっと草の上に倒す。


 「…………ぁ」


 朱に染めた頬のまま、為すがままに再び横たわる彼女。


 「…………」


 俺は、腕立て伏せのように両腕を突っ張って出来るだけ身体からだが触れないように気をつけながら、仰向けの少女に覆い被さった。


 「……うっ……」


 朱に染まった顔のまま瞳をそらす羽咲うさぎ


 「で、どうすれば良い?作戦なんだろ?」


 俺はそのままの体勢で聞く。


 「ひゃっ!その……あの……耳元で……は、やめて……」


 「ああ?……わ、悪かった、位置的にちょっとな……気をつける」


 そう言いながら少し顔を離す俺だが、実は意図的だ。


 羽咲こいつには、なんか意味の解らないまま、”飛び降り自殺あんなムチャな”体験させられたんだから。


 ーーそれに、こんなチャンスはなかなか無いしな!役得だよ、役得……


 「えっと……えっとね……”あれ”が近づいてきたら盾也じゅんやくん、また動けなくなると思うから……今のうちに”能力ちから”を……」


 「ああ!堅くなれってそう言うことか!」


 ーーけど、また動けなくなるとはどういう……?


 一部まだ疑問が残るが、おおよその合点はいったとばかりの俺の言葉に、俺の下の羽咲うさぎはこの状況に耳まで染めて黙り込んでしまっていた。


 ーーおぉぅ!可愛い!最高に可愛い!


 恥じらいと羞恥に頬を染める美少女!


 それをこんな間近で!俺はこの瞬間のために生まれてきたと言っても過言では無い!


 「あの……盾也じゅんや……くん?」


 「!?ああ、わるい、ちょっと浸っていた」


 またもや俺の思考はお留守になっていたようだ、俺の悪いクセだな……要反省だ!


 「……?」


 羽咲うさぎは相変わらず頬を染めながらも、不思議そうに俺を見ていた。


 「悪くない策だ!俺の”シールド”で相手の初撃を躱し、カウンターを狙う!」


 そうだ、相手は俺が動けないと思っているに違いない。


 自身の攻撃が防がれることは無いと確信しているからこそ、躱されないように至近距離まで一気に、無防備に、突っ込んでくることだろう……


 そこを狙ってヤツの、”神の身体セルマンコル”で覆われていない箇所を……たとえば、首、頭……そこを狙い撃ちする。


 「後の問題は剣が……」


 ガッシャッーーーーン!


 どうにかそこまで俺達が準備を整えたとき、上空で何らかの破壊音が響いたかと思うと……


 バラララッッーー!


 大量のガラス片が降り注いできたっ!!


 「!ぐっ……うぅ……」


 同時に、羽咲うさぎの言ったように、俺の身体からだの自由が効かなくなる!


 再び重力に押しつぶされるように俺の身体からだは地面に……


 ーーくそっ!


 ザシュッ!

 ザシュッ!

 ザシュッ!


 ーーい……痛ぇ……


 両腕を突っ張り、なんとか俺の下の羽咲うさぎを潰さないようにしながら……

 俺はガラスの破片を背で受けて羽咲うさぎを落下物から護っていた。


 グォォォォーーーーーーー!


 「ちぃっ!」


 休む暇無く、巨大な影が……他の落下物とは比較にならない巨大で、異形な物体が……獣のような咆哮をまき散らしながら飛来する!


 ギャギャギャーーー!

 ギャギャギャーーー!

 ギャギャギャーーー!

 ギャギャギャーーー!


 巨大で”ドクンッ!ドクンッ!”と脈打つ気味の悪い”悪魔の四本腕”が、夜空を席巻する。


 「マジかよ……」


 この瞬間とき、天空を支配するのは我のみぞ!


 と、まるで星無き空を行くが如し、上空でやりたい放題に暴れ廻る大蛇のような腕……


 それらは本物の大蛇の様にのたうったかと思うと、一転今度ははがねの槍の様に一直線に硬直してターゲットの俺達に降り注ぐ!


 ギィィーーン!

 ギィィーーン!

 ギィィーーン!

 ギィィーーン!


 ーーがはぁぁーー!


 だが俺は……耐える……ひたすら……


 「なっなにぃぃぃぃぃぃぃーーーーー!!」


 勢いよく天から振り立つ四本の凶悪な楔!


 だが!それらを全て弾き返す俺の”金剛石ダイヤモンド”の盾 !


 「いけぇぇ!羽咲うさぎぃぃっ!!」


 叫ぶ俺の胸の中で、羽咲うさぎはコクリと頷いてから勢いよく飛び出した!


 ーーダッ!


 「ぬぅっ!?」


 攻撃の要たる悪魔の腕を四本ともあらぬ方向に弾かれ、磔になった聖人の様な無防備を晒して落下してくる異形の怪物バケモノ……


 今の羽咲うさぎにとって恰好のまとだ!!


 ーートンッ!


 片足で地を蹴ったプラチナブロンドの美少女は、月の煌めく夜空に軽やかに舞い上がる。


 ヒュン!ヒュオン!


 キン!


 上昇する過程の少女の左手で、魔剣の刀身が鈍く輝き!


 そこから、刃こぼれ一つ無い綺麗な九番目のやいばが姿を現していた。


 ーー使えるっ!”九番”は使えるぞ!


 「羽咲うさぎ!”九番目”の魔剣は……!」


 ギャギャギャーーー!

 ギャギャギャーーー!

 ギャギャギャーーー!

 ギャギャギャーーー!


 だがその時ーー


 怪物クーベルタンの開いていた悪魔の四本腕が再び制御を取り戻して、空中の少女に迫っていた!


 ーーっ!


 羽咲うさぎは左手の魔剣を振りかぶって直ぐ眼前にまで迫った怪物クーベルタンにその魔剣を振るおうと振りかぶるが……


 ガシィィ!

 ドカァァーー!


 同時に少女の華奢な身体からだを襲う巨大な腕達!


 「くっ!殲滅フェアニッヒトゥング!!」


 羽咲うさぎは空中での敵の攻撃から身を翻しながら、それでも!渾身の一撃をたたき込んでいた!


 ーザシュゥ!ーーズバァァ!ーードシュッ!ーーバシュッ!ーーズシャッ!ーーザシッ!ーーシュバッ!ーードスッ!ーーグシャッ!ーーズバシャッ!ーーズシュゥゥゥー!


 瞬時に、同時に、瞬く間に、四方八方!縦横無尽!矢鱈滅多ら!網の目の如く!やいばは斬りつけられる!!


 「がっ!はぁぁぁっ!!ぐはぁぁっ!」


 その数多のやいばは、見事なほどに、怪物クーベルタン胴体セルマンコルを避けて放たれていた。


 ーーそうだ……”九番”は多重世界の剣パラレルソード


 幾つものあるべき、いや、遭ったかもしれない可能性のやいば


 何本もの同じ剣を、幾つもの同じ剣撃を、数多の唯一の世界を重ね合わせて一瞬だけ同時刻、同じ場所に存在させる可能性の剣……


 ーー今度こそ!今度こそ終わりに……この”化け物クーベルタン”の顔を見るのも最後にっ!!


 ブシャァァァァァーーーー!


 「ぎゃっぁはぁぁぁぁぁーーーーー」


 夜闇に踊っていた四本の悪魔の腕は根元から破壊され、続いて自前の両腕と両足を切断、最後に信じられないと驚愕の表情を浮かべた頭が夜空に舞った。


 ーーカシャァァーーン!


 怪物クーベルタンを完全に解体した”九番目”の魔剣は……


 最後にその男が握っていた、例の金属で出来たコの字型の”取手とって”を完全破壊したのと同時に、自らも柄とやいばの僅かな根元部分を残して砕けて霧散していた。


 ーーうごく!?動くぞっ!


 その瞬間、俺の身体からだは自由を取り戻した。


 「羽咲うさぎ!」


 ーーボタッ!


 ーードサッ!


 ーーバタッ!


 俺は天空から降り注ぐ、肉片と血の雨を躱しながら落下する少女を追った。


 攻撃の瞬間、幾許いくばくかの反撃を受けていたのだろうか?


 彼女の華奢な身体からだは体勢を立て直すこと無く、闇の空で頼りなく翻り落ちてゆく。


 ーーくっ……そこか……!!


 月明かりを頼りに、ひらひらと舞い落ちる一輪の月華を求めて走る俺。


 ーーがしぃぃ!


 ずざざぁぁぁーー!


 俺の腕にズッシリと重みが掛かり、俺はそれを大事に抱えたまま、その勢いのまま、草の上を滑って転けていた。


羽咲うさぎ羽咲うさぎ、大丈夫か!怪我は!?」


 そして草の上に尻餅をついたまま、大事に抱えた少女に……


 俺は自分の腕の中でぐったりと力なくその身を横たえる少女に必死に声をかけていた。


 第六十四話「上に乗って、堅くなって?」END

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