第63話「いってらっしゃい?」

 第六十三話「いってらっしゃい?」


 ズリュ……グチャ……ズチャ……ズズズゥゥーー


 焦げた肉の匂いと焼けた古タイヤのような悪臭……ドロリとした寒天状態のなんとも言えぬ物体が密集した塊から……


 「鉾木ほこのき 盾也じゅんやぁぁっ!!」


 恐ろしい雄叫びをあげながら信じられない復活を果たす異形の怪物……


 ーージャンジャック・ド・クーベルタン!!


 「鉾木ほこのき 盾也じゅんやぁぁっ!!雑魚がぁぁっ!神の御業みわざにっ!神が創りたもうた奇跡の身体からだにぃぃっ!……鉾木ほこのき 盾也じゅんや如きがぁぁっ!!許さぬっ!許さぬぞぉぉっ!!」


 「…………」


 俺は呆然と立ち尽くす……


 いや、俺だけじゃ無い……羽咲うさぎも……


 「……あの……メッチャ怒ってるんですけど……あの御方……」


 ーー特に、雑魚で問題外の俺にしてやられたのが大変にご立腹の様子だ……


 「…………そう……ね」


 ビビりながら横に立つプラチナブロンドの美少女に確認する俺はーー


 ーー!?


 ーーって、なんで離れてんの?え?え?羽咲うさぎさんっっ!!


 いつの間にか、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルさんは何故だか妙な距離を俺から取っていたのだ。


 「…………」


 ジトーとした目で俺は美少女を見る。


 「…………あはははははっ」


 「…………」


 なおも、ジトーとした目で俺は美少女を見る。


 「な、なんとなく?……えへっ!」


 「…………」


 俺はなんでも天使の笑顔で済ませようとするこの……このとんでも可愛い女を今日こそは……今日こそは……


 ブォォォーーンッ!!


 ーーっ!?


 てなことを考えている暇は無いっ!


 クーベルタンはまだ半ばしか再生していない状態でも、構わず悪魔の腕を振るって俺達を……特に俺を仕留めにかかって来た。


 ーーちっ!なら、完全に再生する前にもう一度……いや、何度でも叩いてやるよっ!


 キィィーーン


 俺は両腕を前面にクロスさせ、唯一で最大の能力、”シールド”を展開した。


 「羽咲うさぎ!俺が防ぐからその隙に剣を!」


 先ほどの攻撃でボロボロの刀身となり、使い物にならなくなった四番目の魔剣は、依然、怪物の足元に転がったままだった。


 「う……ん……えっ!?」


 「っなにっ!?」


 そして、俺の指示に羽咲うさぎが頷く間もなく、奴はそれを行動に移していた!


 ーードシャッ!!


 「ぐっ、ぐはぁぁっ!」


 突如!俺の身体からだは鉛となり、押しつぶされ、倒れた。

 顔面を床にしこたまぶつけた俺は、無様な叫び声と共にうつ伏せに床に張り付いたのだ。


 「じゅっ、盾也じゅんやくんっ!?」


 飛び出そうとしていた美少女の二本のプラチナの尻尾がユラリと反対方向に舞って、彼女の整った白い顔が此方こちらを向いていた。


 「だ、駄目だ羽咲うさぎ!躱せっ!」


 ーーっ!


 ダンッ


 即座にその場から飛び退く少女。


 ドカァァァッ!


 間髪置く暇も無く、少女のいた場所は、巨大でうねる黒い物体に叩きつけられていた。


 舞い上がる砂埃と無数の破片に破戒され飛び散る床のコンクリート片。


 喰らっていれば確実に彼女もそうなっていただろう……


 「く……そっ……ぐ……ぅぅ……」


 その光景を床に擦りつけた頬を捻って確認した俺は、何とか立ち上がろうと足掻くが、床に張り付いた四肢に渾身の力を込めても俺の身体からだは数センチも持ち上がることは無い。


 ーーな……んで……だ……?


 突如俺の身の上に起こった不可解な現実……


 不自由な状態で、俺は首を捻って今度は怪物の本体を確認した。


 「なっ!?」


 「クッ……ハハハハハハハァァーー!」


 そんな俺と目が合い、高らかに笑い声を上げるジャンジャック・ド・クーベルタン。


 「…………」


 ……俺は理解した。


 そう……奴の右手……


 背後に生える悪魔の四本腕でなくて、自前の腕の方に握られた見覚えのある金属製の物体……


 嘗て幾万いくま 目貫めぬき羽咲うさぎに渡した金属製のコの字型の”取手とって”……


 御前崎おまえざき 瑞乃みずの討魔競争バトルラリー時に掠め取って、後日俺に使用した金属製のコの字型の”取手とって”……


 俺の借金の形に、あの食わせ物……黒頭巾野郎、幾万いくま 目貫めぬきが半ば詐欺紛いの方法で作成した契約の魔装具……


 ーー


 「くそっ!また”取手とって”かよっ!」


 ーー奴は……クーベルタンは、瑞乃みずのから”お守りアムレット”だけでなく、例の”取手とって”までも奪い取っていたのだ!


 「ははははっ!素晴らしいなぁ、聖剣の能力はっ!これほどのダメージを受けても……例え滅しようとも破片からでも蘇る!」


 勝ち誇ったように笑う男に、俺は床に張り付いたまま歯ぎしりする。


 「ちっ!なにが”ははははっ!素晴らしいなぁ”だ……小出しに小道具を出して来やがって……お前はテレビショッピングかよっ!」


 「…………」


 俺の負け惜しみとも言える叫びに、フィラシスの大騎士は打って変わって冷たい視線を向けていた。


 ブンッ!


 「ぐはぁぁっ!」


 男が右手に握る”取手とって”を少し下方に下げただけで、俺は潰れた蛙のようにさらに床を抱いて拉げていた。


 「相変わらず口だけは達者だな、雑魚が……」


 ーーぐぐ……くそ……これは重力の暴力だ……


 俺は内臓まで床下に引き込まれて今にも千切れそうな感触の中、僅かに動かすことが出来る視線で奴を睨んだ。


 「……つ……続きは……WEBで……って……か……」


 息も絶え絶え、青息吐息でそう絞り出してニヤリと笑ってやった。


 「…………」


 そして、俺を見下ろすクーベルタンの碧い瞳に静かな殺意が籠もるのが解った。


 「盾也じゅんやくんっ!」


 この隙に……俺とクーベルタンがじゃれ合っていた隙に、羽咲うさぎはボロボロの魔剣を拾い、窮地の俺に駆け寄って……


 「いまは邪魔だ……月華の騎士グレンツェン・リッター……」


 ブォォォーーンッ!!


 ブォォォーーンッ!!


 「っ!!」


 クーベルタンの背後から、二本の悪魔の腕が彼女めがけて襲いかかった。


 ドカァァァッ!


 ドシャァァッ!


 それを何とか躱しながら距離を取る羽咲うさぎ……


 ーーちっ……羽咲うさぎの援護は望めないか……


 ーーいや……というより、防戦一方のこのままでは、羽咲うさぎが圧倒的に不利だ……


 「滅せよっ!背徳者っ!」


 ーーっ!!


 羽咲うさぎの事に意識を向けた一瞬……いや、そうしなくても微動だにできない今の俺は……


 ドドドドォォォーーン!!


 ドカァァァーーー!!


 バキィィィーーンッ!!


 グシャァァーーッ!!


 残った二本の悪魔による腕で、怒濤のラッシュを雨あられと浴びせられていた。


 ーーがっがはぁっ!


 バキィィィーーンッ!!


 ーーうぐっ!


 ドカァァァーーー!!


 ーーくっ……


 如何に”金剛石ダイヤモンド”の盾級といえど……


 昆虫採集の標本よろしく、床に張り付いて微動だにできない俺は、為すがまま……


 頭上からの絨毯爆撃を食らい続けては、そう長く持たないだろう。


 バキィィィーーンッ!!


 ーーぐ……はっ……てか……この床って意外と頑丈だな……


 絶体絶命……というより最早死に体で、俺は下らない事を考えながら……


 「…………」


 床にめり込んで……ボロ雑巾の身体からだは意識と共に沈んでいっ……


 ーー

 ー

 ーーガキィィィーーン!!


 「……………………あ……あ?」


 まさに俺の意識が途切れる瞬間……


 甲高い金属音と共に、俺の身体からだに被弾するはずの悪魔の腕が、逆に天高く弾き返されていた。


 ーーな……なんだぁ……?


 朦朧とする意識の中、俺は……俺の前に立つ……


 いつの間にか俺を庇うように立つ壁のような木偶の坊を見上げていた。


 「ははははっ、ジュンジュン、待たせたね……真打ちは友のピンチには必ず現れるものだよ!」


 そう……歪んだ俺の視界には見知った馬鹿が……いた。


 「桐堂とうどう……威風いふう……か」


 虫の息の俺の言葉を聞き、木偶の坊はキラリと白い歯を輝かせた。


 「無事でなにより……後は任せたまえ!」


 無駄に爽やかな笑顔を向けた大男は、こいつの好みらしい目立つ大剣を構えて、目の前の怪物に対峙する。


 「ぐ……はぁ……」


 「せっ先輩!大丈夫ですか!!遅くなってすみません、直ぐ手当を……姉さんっ!」


 一息ついて、力が抜ける俺に駆け寄って来たのは可愛らしいショートボブの後輩少女、深幡みはた 六花りっか


 「その男は六花りっかが面倒見なさい、私は彼をサポートして怪物を押さえるわ」


 少女の声にそう答え、剣を構える桐堂とうどうの後ろで魔法珠まほうじゅを展開する姉の深幡みはた 一花いちか


 ーーおおっ……勢揃いってか……映画のクライマックスみたいだな……


 未だ意識が朦朧とする俺は、どこか的の外れたことを考えながら肝心の羽咲うさぎの状況を……


 ドガシャァァーーッ!!


 ズドォォーーン!!


 ーーくそ、あれだけ隙間無く二本の悪魔の腕による攻撃を繰り出されれば、羽咲うさぎでも次の魔剣を用意する動作も取ることが出来ない……


 「クイーゼルさんっ!いま助けますっ!」


 ガキィィィーーン!!


 「うおっ!?」


 そこに割り込もうとした桐堂とうどうが、別の悪魔の腕により、構えた大剣ごと壁際まで吹き飛ばされていた。


 「ちょっと!私まで巻き込まれるでしょ!先生直伝の”槍炎そうえん”をお見舞いしてやるんだから、桐堂あんたはちゃんと壁として、余計な事をせずに機能していなさいよ!」


 俺のクラスメイトである深幡みはた 一花いちか、ショートボブの見た目だけは可愛らしい少女は、妹より若干つり目気味の大きな瞳で、目の前の大男を遠慮無く罵倒していた。


 「……て、キミは僕のファンクラブ……会員番号二十六番の……」


 「はぁ?そんなの御前崎おまえざき先生の指示で調査のため入っていただけでしょ?馬鹿?」


 「う……キミ……ひとに面と向かって馬鹿なんて言っちゃ……」


 「実際、馬鹿だから仕方ないでしょ、一応、”騎士級シュヴァリエクラス”だから調査してたけど、中身がこんな”お馬鹿”じゃそれもとんだ骨折り損よ!言っとくけどあんた、自分で思ってるほどモテてないから!」


 「…………」


 少女のあまりにもな言いように流石の桐堂とうどう 威風いふうも呆然と立ち尽くす。


 ーー非道いな……勝手に調査しといてその言い草……


 俺は時間がたって、次第にハッキリしていく意識とともに目の前の喜……いや、悲劇を目の当たりにしていた。


 ーーだが、桐堂とうどうには同情するが……今は羽咲うさぎの援護をするのが優先だ!


 「桐堂とうどうっ!とーうどーーうっ!!」


 俺は相変わらず身体からだはうつ伏せに床に張り付いたままで、心情的には認めたくは無いが、いま、この瞬間、唯一、頼りにするしかない男に声を掛ける。


 「気にするな!お前は見た目”だけ”は二枚目だし、背も”むだ”に高い!それに”深幡みはた 一花いちか”が会員番号二十六番って事は、少なくとも後二十五人はお前のファンって事だろう!」


 俺の指摘に、放心状態の”木偶の坊”の顔がパッと輝く。


 「そ、そうか……ちょっと所々気になる箇所はあったが、ジュンジュン!キミの言う通りだ!特に特徴の無いジュンジュンとは違って僕はモテモテだったと、今、思い出したよ……因みに会員総数は四十二だ!」


 すっかり自信を取り戻した単純な”木偶の坊”は、誇らしげに聞いてもいない数字を掲げて胸を張っていた。


 「馬鹿じゃないの?……実際は冷やかしみたいなのと、”対幻想種技能別職種エシェックカテゴリ”持ちのエリートだから将来の事を考えた浅ましい女達がほとんどで、それを差し引いたら、良いとこ十人もいないわよ」


 「なっ!」


 「あ……そういえば……”深幡みはた 六花りっか”も確か桐堂とうどうが好みじゃ無いと言っていたよなぁ……」


 俺はつい、六花りっかとホテルのラウンジで話したときのことを思い出し、要らぬ事を呟いていた。


 「……あ……あぁ……」


 桐堂とうどう 威風いふうは死んだ……


 立ったまま……大剣を掲げたまま仁王立ちで……劇画調に息絶えていた。


 ”我が生涯に百片の悔いあり!”ってな残念な表情だ……


 ーーって駄目だろ!やる気なくさせちゃ……今は桐堂とうどうに復活して貰って羽咲うさぎの援護を……


 「六花りっかっ!そんなことないよな!な!なっ!」


 俺は直ぐさま、近くで床に白い両膝をついて俺を気遣ってくれていた少女に振っていた。


 ーー六花りっかなら……一花あねと違って心優しい彼女なら……きっと空気を読んで……


 「……あの」


 「…………」


 「…………ごめんなさい」


 ガーーーーン!


 と言う効果音が、石のように固まった状態の文字が……俺には桐堂ヤツの背後にハッキリと見えた。


 ーーてか、嘘の吐けない素直ななんだな……


 俺は申し訳なさそうに俯く少女を……んっ?


 床に張り付いた俺の眼前には……少女の白い膝……ひざ?


 いや、そんな場合か、えっと……その少女を暖かい視線で眺め……って結構良いアングルだ……白い膝に……ウチの制服のスカートって結構短か……


 「桐堂とうどうくんっ!お願い!それを投げ捨ててっ!」


 ーーおぉぅっ!?


 動けないなりに”ビクリ”と全身を震わせる俺!


 突如響く透き通った声……


 ーーそれ?


 ーー投げ捨てて?


 俺は不自由な首を頑張って少しずらし、後は視線で声の主を捉える。


 そこにはーー


 ドカァァァーーー!!


 悪魔の腕をなんとか躱し続けながら舞う、プラチナブロンドの美少女の姿が……


 「…………」


 一瞬、翠玉石エメラルドの瞳と目が合ってーー


 その瞳は……口元はニコリと微笑んだけど……瞳は全然笑って無くて……


 ーーなっ……なんだか……結構な状況で放って置かれて”おかんむり”の……


 ーーいや……俺のそばで両膝をついて心配そうに看病してくれている、後輩少女に温かい視線を向けていた俺に?



 「く、クイーゼルさんっ!!クイーゼルさんが僕の名をっ!」


 途端に復活する現金な”木偶の坊”。


 「うん、桐堂とうどうくん!お願い!」


 「は…………はいぃぃっーーーー!!」


 力一杯返事した”木偶の坊”の視線はサッと床に張り付いた俺に向いていた。


 ーーえっ!えっ?


 てか……何て言った?


 羽咲うさぎはさっき何て言った?


 ーーそれ?……俺?


 ーー投げ捨てて?……どこから?……ってまさか、ま、窓から!?


 「とっ!桐堂とうどうっ!まて!ここ四階?」


 ダダダダッ!


 地響きをたてて走り寄る馬鹿!


 「待て、まって……お願い!桐堂とうどうっ!桐堂とうどうさん!モテモテの桐堂とうどうさぁーーんっ!」


 がしっ!


 ーーあっ?浮いた……


 俺のベルト部分を持って、荷物のように簡単に持ち上げる男。


 どうやらあの”取手とって”の能力は外部からの力には効力が無いらしい。


 「ちょっ……桐堂とうどう先輩!落ち着いて、鉾木ほこのき先輩は怪我人で……」


 傍らの少女がそれを止めようと立ち上がって声を上げるが……


 グイィィーー


 俺はそのまま馬鹿力でクレーンのように釣り上げられる。


 「おいっ!桐堂とうどう!…………って羽咲うさぎっ!違うんだって!誤解だって!別に俺は、不可抗力とは言えポジション的においしいなぁーなんて、六花りっかのスカートを覗いてなんか……」


 ーーっ!?


 憧れの羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルに名前を呼ばれ、正気を失った桐堂とうどうは駄目だと、思わず、命令元の羽咲うさぎに要らぬ弁明をする俺。


 「……ぅぅ」


 咄嗟に深幡みはた 六花りっかはボッと頬を赤らめて一歩下がり、両手でスカートを防衛する。


 「サイテー」


 姉の深幡みはた 一花いちかは白い目で俺を一瞥して端的に感想を述べる。


 桐堂とうどうは……


 「ガッガガーー!!」


 ーーって最早ロボットかよ!


 俺は四階の窓から桐堂とうどうクレーンに吊り下げて出され……


 「たっ高い!高いって!下、真っ暗!怖っ!や、やめてーーーー!」


 ”取手とって”の能力ちからで四肢をバタつかせることも出来ない俺はーー


 ドカァァァーーー!!


 ーースタン!


 「いってらっしゃい!」


 向こうで悪魔の腕を跳んで躱して着地した、プラチナブロンドの美少女が見せた笑顔を最後に…………


 ヒューーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーーーーーーーーードサッ!!


 ……………………闇に消えた。


 第六十三話「いってらっしゃい?」END 

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