第65話「バリサンなのよっ!?」
第六十五話「バリサンなのよっ!?」
「
尻餅を着いたまま、両腕に抱えた少女の顔を覗き込んで俺は何度も確認していた。
「……だ、大丈夫だよ、
俺の腕の中で少女はそう答えて少しだけ引きつった顔で笑った。
「……」
ーー
ここまでの戦いによる疲労……
一見、大きな傷は負っていないように見えるが、多分あちこちに打撲痕もあるだろう……下手をすると骨に届いているものもあるかも知れない。
「……
「あ、あぁ……」
ーーこのままクーベルタンの復活も
「…………」
ーーもし、そうじゃ無い時は……その時は……
「
「っ!」
俺はそこでやっと、腕の中の
生返事のみで心中で考えを巡らせる事に気を取られていた俺に、現実で彼女は何度も声をかけていたようだった。
「えっと、恥ずかしいよ……その……そろそろ降ろして……」
「あぁ、わ、わるい……」
俺は草むらの上に尻をついた体勢のまま、そっと彼女を地面に降ろす。
「…………」
「え……と?……
「…………ねぇ
クッ!ハハハァァーーーーッ!!
ーー!!
辺りに男の高笑いが響きわたった!!
「往生際が悪いなぁっ!!”
そこには巨大な悪魔の四本腕を生やした……
「ちっ!」
ーーいや!もういい加減いいだろうがっ!!しつこい!しつこすぎる!!
そこには異形で無傷の……ジャンジャック・ド・クーベルタンの姿があった。
「くそっ、キリが無いな……RPGのナンバリング後期のボスキャラかよ……」
ーー何度も何度も
実際は
俺は最悪の予感的中に絶望感よりも、寧ろ極度の疲労感に襲われていた。
ーーやっぱり……ここは……やっぱり……”アレ”しかないのか?
「…………」
ーー選択肢はやはり……”そこ”に行き着くのか……俺の最後の最後の最後の”
いや、違うな……これは俺の決断だ。
さっきまでの俺とは違う……
決意した俺は、ゆっくりと立ち上がりパンパンと尻についた草を払う。
ーーゴクリッ
高笑いを続ける異形の男を前に、俺は…………
ーーー
ーー
「こぉらーー!」
「!?」
ある決意をした俺の目の前に……
不意に、白く透き通った美少女のご尊顔が現れて俺の視界前方を塞ぐ!
「うさ……!?」
「
彼女は疲労した
そう、息が触れあうほど目の前で、俺の行動を制するように立ちはだかる。
「いや、俺は……」
「”いや、俺は”……でもないっ!!打つ手が無いから、キミ、なにしようとした?」
「…………」
俺は思わず目を逸らす。
「ほーら、痛いとこ突かれるとすぐ目をそらす!!
ーー!?
ーー驚いた……そこまで解るのか!?……と
「うっ……けど、後はコレしか……」
「コレしか無い?なにそれ!そういえば、さっきも似たような事言って、密かに”
「いや、それは反省してる……ていうかアレだって俺は……」
「あーあ、それで結局、敵を倒せなかった
「お、おい!」
ーーひ、非道いな……俺の決死の覚悟は誰のためだと……
「何よ!怒ってるの?”お前のために命を賭けたのに、なんだその言い草は!”って?」
「…………」
肩幅に足を開き、適度に括れたウエストに両手をあてた美少女は、呆れた顔を作って思慮に欠ける無謀な俺に意見する。
「……」
確かに俺は自分勝手だった。
過去の俺は、ただただ自分勝手に逃げた……
”
そして
それだけ勝手をして、それでも結局……結果はコレだ。
目的を……敵の駆逐を……未だ達成することが出来ていない……
「
返す言葉も見つからない俺に、プラチナブロンドの少女は”ふぅ”と溜息を吐いていた。
「なんで、いつもキミはそうやって自分を雑に扱うかなぁ……いつも途中までは良い線いってるのに……」
「…………」
「その……途中までは……ま、まぁ、そこそこ、か、カッコいい……のに……」
「……
「だっ!だーかーら!」
予期せぬ
「俺はどうせあの時死んでいたとか、生き残るのは”じゅんや”の方が良かったとか……そんなこといつまでも考えてて……だからここで
そこまで言って……
姿勢はそのままに、彼女は
「好きで好きで堪らない
ーーは?
急に俺の声色?使って何言っているんだ……
「…………とか思ってる顔だっていってるのっ!!」
唖然とする俺の顔から少し
「……え……と……」
俺はキョトンとする。
ーーいや、それってどんな顔だ?……ってか、後半はいくらなんでも支離滅裂すぎだろ……
「ち、ちがう?」
あからさまに不審な顔をした俺に、彼女は腰に手を当てたまま不機嫌に睨みながら……
それでいて、少し不安げな顔で聞いてくる。
「……た、多少の偏向報道と誇大妄想はあるものの、概ねそんな感じだ」
俺は彼女のそんな表情を見ているとそう答えるしか無い。
そして
「概ねそんな感じだ……感じだけど……」
ーーバチンッ!
「っ!?」
彼女の不安を取り除いた後、俺は若干の反論を用意した。
そしてそれを試みようとした言葉がまだ終わらぬ間に、俺の両頬を挟み込むように叩く彼女の白い手の平。
「だが?なに?……あのね、
白い両手で俺の顔を固定した彼女は、
「あなたは
「いや、俺は……」
「
「お、おい……」
反論しようとする俺の意見を全く無視して、プラチナブロンドの美少女は意図的とも感じるやり方であったが……冗談めかしながら柔らかく微笑んでいた。
「
そして、俺の顔を強制的に固定したまま彼女は暴走気味に言い切った。
「おま……それは
俺は流石に呆れた声をあげるが……
「この世の物質は、自身がそうあるべき、そしてその周りの環境が、世界がそうあるべきと干渉することで、その物質の本質を決定づけている。世界を構成する意思力とは、すなわち、この世の道理、世界秩序そのもの。結局、存在というものの根本は、自己の認識と他者の認識による自己確立と相互干渉の結果である……」
「……う、
激しい口調から一転、瞳を閉じて、今度は静かに何事か暗唱を始める少女。
そしてそれは俺には馴染みのある
以前、初めて俺の工房に来た彼女にその話をしかけた時は……確か苦手っぽかったけど……
「……少しは勉強したのよ、わたしだって……あなたの世界を……」
ーーあなたを知りたくて……
「……」
そう、お調子者の俺には、都合良くそう聞こえていた。
「自信が持てないんでしょう?……だったら、わたしが決めてあげる!」
ーー真剣だ……彼女の言動は唐突で、行動は横暴だけど……その
「あなたは
プラチナブロンドの美少女は、そこまで言うと静かに自前の宝石の輝きを長い睫毛で遮り、桜色の控えめな唇を少しだけ動かして小さく深呼吸する。
「だから…だから貴方は、可愛くて、強くて、性格も良い、
そう言った後、少女は俯いた。
サラサラと流れるプラチナブロンドの髪がブラインドとなり、彼女の表情は窺えない。
「
ーー!
不意に俺の両頬にあてられた手に少し力が入り、彼女はババッと顔をあげた。
「さぁ!あなたはどう有りたいの!?自己確立しないと、わたし……相互干渉もできないよ……」
「…………お、俺は……」
正面から見据える
頼りなげで、情けない……でも……確かに彼女の中には……”
「俺は
「
「あと……
「!?」
ーーへそ曲がりだな……俺も
その台詞を口にした直後、流石に俺は自分で自分に呆れていた。
「あ、あの……それは……言葉の綾っていうか……その……ジーコとソゴーというか……」
ーー戻ってる!戻ってる!
ーー勉強の成果が、有名サッカー選手と某百貨店に!
先ほどまでの毅然とした彼女と比較して、”わたわた”と慌てる
「……え、えーーと、コホンッ!じゃ、じゃあ、誰かを犠牲にしない前提で作戦を考えなさい!もちろん自分の身も!」
「…………」
彼女は何とか体裁を整えて結論を言えたみたいだ。
でも、きっと、それが彼女の伝えたかった唯一の言葉だろう。
ーー
ー
「茶番はもういいか?……
そう言葉を放った、フィラシスの大騎士、ジャンジャック・ド・クーベルタンは、ゆっくりと一歩、また一歩、こちらに向かって歩みを始めていた。
「……」
「……」
無言でそれを睨む俺と
「そう言う目で見られるとは心外だな、今生の別れと思い、暫くお前達の茶番に猶予を与えてやっていたのだぞ……」
歩み寄る男の背には、相も変わらず巨大な四本の悪魔の腕が”ウゾウゾ”と蠢いている。
ーー処刑の準備万端かよ……
「ああ、ありがたくて涙が出るな……クーベルタン男爵、感謝するよ」
俺は余裕で歩み寄る男に右手を差し出して、言葉とは裏腹に親指を下に向ける。
「なに、全ては神の御慈悲だ」
俺の軽口に、クーベルタンは口元を歪めて嫌みに
そして何を思ったのか、そこで一旦歩みを止める。
「……それより、貴様等にひとつ聞きたいことがある」
「?」
ーー聞きたいこと?今更何を……
ーーいや、この状況で、少しでも時間を稼げるのはこっちも願ったりだが……
ーーというか、いっその事、”中々やるな!おまえもな!”ってな感じで、夕日の草原でお互い大の字に寝っ転がって引き分けってのは……やっぱ無理だよなぁ
立ち止まった、クーベルタンは碧眼を光らせてその場から油断なく俺達を睨んでいた。
「何故、
「……」
ーーそれは……俺にも解らない……なんで……だ?
俺は無言で首を横に振る。
いや、知らないモノは答えようが無い、もうちょっと時間稼ぎするにしても見当が……
「ふっふっふ……」
ーー!?
「ふっふ、おほほっ……そんなこともお解りにならないのかしら?クーベルタン男爵、貴方の神様もたいした神様ではないようですわね、おほほっ!」
「う、
ーーな、何故に、おほほ言葉?
首を左右に振る俺の横で、プラチナブロンドの少女がさも楽しげに微笑んでいた。
いや、微笑みと言うより少し意地の悪い笑い方だ。
「……
「あれはね!圏外なのよ!”
プラチナブロンドの美少女は、左手を腰に当て右手でビシッと相手を指さして、なんとも可愛らしい格好で大見得を切っていた。
ーーバ、バリサンって……俺は携帯電話かよ……
「ふふん、既に実証済みよ!」
得意そうに可愛らしい口の端をあげる美少女。
ここまでやられっぱなしの相手に、上から目線アンド上から意見……さぞ溜飲が下がって上機嫌だろうなぁ、
ーーけど!それもこれも、”あの時”、俺を犠牲にした実験の成果だろうが!
そう言われて俺の中で蘇る記憶。
散々コンクリート壁に打ち付けられた俺の頭の痛みの思い出が……それを物語っている。
得意げな笑みで、小刻みに揺れるプラチナブロンドの尻尾を見ながら、俺は思った。
ーーなんか、すっごく納得いかねーーっ!!
「ふん、いかな事かと思ってみれば、そのようなくだらぬ理由か……時間の無駄だったな」
「おまっ!ちょっと、無駄だと!どんだけ頭痛かったか!あと舌も噛んだしっ!」
「…………フンッ!」
クーベルタンの野郎は、そんな俺をチラリと見ることもせずに鼻息一つであしらい、既になにやらブツブツと呟いていやがった。
「我が名はジャンジャック・ド・クーベルタン、フィラシス公国が大騎士、
「なんだ?
「……それは
「いまこそ欲す、飽食の魔神、数千の魔族を従えし魔王、
ーーヴォヴォヴォォォォォーーーーン
その男の忌忌しい詠唱と共に、”聖剣”の理不尽なる力という光に包まれた怪物の
第六十五話「バリサンなのよっ!?」END
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