第54話「じゅんや?」

 第五十四話「じゅんや?」


 「どういうことですか?私にはさっぱりです」


 「……」


 キャラクターに似合わないショートボブ少女の返答に、羽咲うさぎの整った眉がピクリと反応した……


 「わたし達はお互いのことで”すっごく”大事なお話があるの、解るでしょう?いえ、解らなくてもよろしくてよ、”部外者”には関係の無い事ですのよ、ふふふ」


 ーーいやいや、なんか刺々しいっていうか、変だろ?その言葉遣い


 プラチナブロンドの美少女は不自然極まりない笑顔で、一つ年下の少女に妙なプレッシャーをかけていた。


 「…………そうですか、ですが私も鉾木ほこのき先輩にはお伝えしたいことがあるので、出来るなら同席を」


 「盾也じゅんやくん!解ってると思うけど……わたしの方がずっとずっと先約よね、解ってるでしょう……わかって……るよ……ね」


 相手の言葉が終わるのを待たずして、今度は俺に詰め寄る羽咲うさぎ


 威勢良く詰め寄った割には後半はなんだか頼りない、縋るような翠玉石エメラルドの瞳。


 ーーくっ……羽咲うさぎはともかく、おとなしそうな深幡みはた 六花りっかがこう出てくるとは……


 俺は同じ学校の年下少女の意外な一面に驚きつつも、目の前の必死な美少女に頷いてみせた。


 「……えっと……すまない、助けて貰っておいて勝手だが、その、少しだけ外してくれないか?深幡みはたさん」


 俺の言葉に、深幡みはた 六花りっかの優しげな瞳は一瞬だけ悲しそうな色を浮かべ、その後、ゆっくりめに頷いて彼女は教室の扉の方へ向かった。


 ーーガララ


 「…………」


 老朽化して立て付けの悪そうな引き戸を三割ほど明けたところで、ショートボブの少女は振り向く。


 「色々と……騙していてごめんなさい……でも、先輩とまた会いたいって言ったのは本当ですから……あと、私の事は”六花りっか”って呼んでくれると嬉しいです」


 ーーガラララ、ピシャン!


 そう言いのこして少女は教室を出て行った。


 「…………」


 ーーま、本気マジか?っていうか俺ってもしかして……今、モテ期なのか?


 「別にモテ期ってわけじゃ無いから……あのも物好きだって言うだけ、希少種かわりものよ!」


 俺の心を読んだかのように、絶妙のタイミングで言葉が投げかけられた。


 「…………」


 声の主を見た俺の視界には、やや不機嫌そうな表情で俺を見上げた羽咲うさぎ


 「……物好きって、俺は下手物かよ!」


 「…………」


 いつものノリのつもりで突っ込んでみたが……


 既に気持ちを切り替えたのか、真剣な瞳でこちらを見上げるプラチナブロンドの美少女。

 真摯な翠玉石エメラルドが、ここから先は冗談では無い事を物語っている。


 「……で、聞きたい事って?」


 その空気を察した俺も、表情が自然と引き締まり、羽咲かのじょ盾也おれにこれから投げかけるであろう、半ば解っている質問内容を白々しく再確認していた。


 「…………」


 「…………」


 ーーゴクリッ!


 と、生唾を飲み込む音が聞こえてきそうなくらいの静寂。


 俺が彼女の事を注目する中、やがて少女の整った桜色の唇がゆっくりと動いた。


 「鉾木ほこのき 盾也じゅんやは既にこの世にいないって……どういうこと?」


 「…………」


 ーー正直……驚いた……驚いた本当に驚いた


 質問が俺の過去の事であると、俺の特殊な対幻想種技能別職種エシェックカテゴリのことだと予測はしていたが……


 これは驚いた……彼女が聞いてきたのはもっと深い質問……根幹の……真実を求めるのか……


 「…………」


 「盾也じゅんやくん?」


 沈黙したままの俺を心配そうな瞳で見つめる少女。


 「……大丈夫だ、別に怒っていない……それに俺は、お察しの通り?正確には”盾也じゅんや”じゃないしな」


 「っ!」


 彼女の翠玉石エメラルドが大きく、大きく見開かれる。


 「そ、それって……」


 「あぁ、だがそれより……”あのも物好きだって言うだけ”の下りなんだが、”あのも”って、”も”っていうのは羽咲うさぎもそうだってことか?」


 「へ?……え?……」


 真剣な表情のまま、翠玉石エメラルドの瞳を大きく開いたまま固まる少女。


 話を思いっきり混ぜっ返す俺に、羽咲うさぎは対応できずに大きな翠玉石エメラルドをパチクリさせる。


 「いや、だから、ぶっちゃけ羽咲うさぎもその”物好き”って事かと……」


 「わっ!?わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」


 ーーな、なんだ!なんだ?


 一瞬で耳まで朱に染めた目の前のプラチナブロンド美少女……その彼女が奇声を発して大きく後方に飛び退いていた。


 「な、なに言ってんのよ!今は関係無いでしょ!それはっ!それにそんな事言った憶えないし!”も”って何よ!”も”?言ってないよ、ホント、盾也じゅんやくんの聞き間違いでしょ!」


 そして短機関銃サブマシンガンのように浴びせかけられる反論の雨あられ……


 「わかった……いや……悪かったって……」


 わたわたと大げさなジェスチャーを交えて落ち尽きなく言葉をばらまく羽咲うさぎに、俺は自分でまいた種の収拾を図るため、謝っていた。


 「ま、まったく……ボーとしてるくせに妙に目ざといんだから……」


 そんな俺の対応に、ようやく渋々と納得したような彼女だが、言葉をばらまきすぎて、最後は暗に自ら認めるような発言になってしまっているようなところが、らしいといえば羽咲うさぎらしくて、中々にキュートだった。


 「って、いうか!盾也じゅんやくんは、また誤魔化す!その話は今してないでしょ!わたしがしてるのは……」


 「”盾也じゅんや”じゃ無い、俺は”じゅんや”……だ」


 「………………ぇ?」


 「…………」


 「…………それ……って……?」


 「だから、”盾也じゅんや”……漢字で”たてなり”って書いて”じゅんや”の方じゃ無くて、平仮名表記で”じゅんや”の方って意味だよ……」


 「…………」


 翠玉石エメラルドの瞳を白黒させて言葉を失う少女。


 ーーそりゃそうだ……誰にどこまで聞いたか知らないが、いきなり意味不明だよな……ふつう……


 そうだ、彼女の反応は正常な反応だろう。


 ーーだが、そもそも羽咲そっちが聞いてきたことだ、それに……確かにこの先は正真正銘命がけになるだろう……


 「…………えっとな……つまり」


 ーーなら、それは……俺の剣に命を預ける彼女には……話しておくべきかもしれない


 そもそも俺が……俺の独りよがりで……軽々しく羽咲うさぎの”過去プライベート”に土足で入り込んだのが発端だ……だから……


 自分で思い出すのも苦痛で、出来れば蒸し返したくない”恥部かこ”も……


 だから、俺は羽咲うさぎには話さなくてはならないだろう。


 目の前で戸惑うプラチナブロンドのお嬢様を眺めながら、臆病者の俺は……


 俺はようやく”その”覚悟を決めていた。


 第五十四話「じゅんや?」END

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